13


生活必需品に不足が生じた分を買い足す為にマルコが一人で下山して町を歩いていた。
修行に懸命になっているマヒロの代わりに自ら申し出たわけなのだが、マルコはスーパーの袋を両手に下げながらげんなりした様相を浮かべて速足だった。だが途中で角を曲がった時にピタリ足を止めると周りに人がいないことを確認したマルコは勢い良く後ろに振り向いて凄んだ。

「ぞろぞろと後ろを付いて来るんじゃねェよい!」
「だって!」
「見えるんでしょ!?」
「お願いでありんす! 話を聞いてくんなんし!!」
「拙者は矢が頭に刺さって痛いのでござる!!」

助けて見える人、助けて見える人、タスケテミエルヒト――。

霊気を得て強くなったは良いがまさかのまさかで大きな誤算が生じた。
今まで決して”見えなかった人々”が鮮明に見える。そして彼らの声を聞くこともできれば触れることもできてしまうのだ。

通常は決して”見えない人々”がマルコの存在に気付いた途端にマルコの後ろを付いて歩いた。

「どうしたんだい?」
「あの人は見えるだけじゃなく声も聞こえるし触ることもできる人なんだ」
「何だって!? またと無いチャンスじゃないか! あの人に付いて行けば成仏できるかもしれない!」

見えない人々がマルコの後を付いて歩く理由を話す為、マルコが行く先々でどんどんと人が増えて行ったのだ。マルコの耳には彼らの会話がしっかり聞こえているのだが完全に無視を決め込んでスルーしている。

見えているが見えていないふり。
聞こえているが聞こえていないふり。

―― ……うぜェ。

成仏できる、成仏できる、成仏、成仏、成仏〜!

―― マヒロはいつもこうなのかよい? くそっ、妖怪相手の方が数倍マシだよい!

「「「助けて見える人〜!」」」
「あ”ー! 五月蠅ェ! 一人だけ無駄に良い声で叫んでるのは誰だよい!?」

背後から伝わって来る大勢のウキウキオーラに苛々が止まらない。
マルコはほとほと参ったようで盛大な溜息を吐いてガクリと項垂れると頭を抱える破目となった。

元はと言えば――。
山から下りた先にある公園の入口でシクシク泣いている少年に気付いたマルコは首を傾げて見つめた――のがいけなかったのだ。
マルコに気付いた少年が涙を拭いながらと顔を上げるとマルコと目が合って瞬きを繰り返した。

「おじさん、ひょっとして……」
「おじっ……、な、何だよい?」
「え!? 見えるだけじゃなくて声も聞こえるの!?」
「よい?」

涙に明け暮れる日々をずっと送っていた少年はこの時に初めて笑顔を浮かべ、マルコの足に飛び付いて縋った。驚いたマルコは「お、おい、何だよいいきなり、離せよい」と声を掛けるも少年は首を左右に振って決して離そうとしなかった。
困ったマルコは少年の頭に手を置いてクシャリと撫でながら腰を下ろし、少年と目線を合わせた。すると少年は更に驚いて口をパクパクさせ、マルコは眉を顰めた。

―― いちいち妙な反応するのは何故だよい?

「さ、触れるの?」
「は? 触っちゃ可笑しいのかよい?」

マルコは少年の髪を指で軽く弄るとその手で少年の鼻を軽く摘んでみせた。少年は目を丸くすると眉をハの字にしてグスッと鼻を鳴らしてボロボロと泣き出し、マルコの懐へと飛び込んだ。

「お、おい」
「ふえェェん!」
「何だよい? どうして泣くんだい」
「ぼ、ぼく、ぼく……おうちに帰りたいよ〜!」
「よい? いや、それをおれに言われても……」

泣いて縋る少年の身体を抱き止めながらマルコは小さく溜息を吐いた。

―― 単なる迷子か。

そう思った時、少年は泣きながら言った。

「ぼく、ここで死んじゃって、パパもママも泣いてお花を添えてくれてたのに、お、弟ができたら、こ、来なくなっちゃって」
「へェ、そうかい。ここで死っ………はァ!?」

少年の言葉を咀嚼して飲み込んだマルコは目を見開いて素っ頓狂な声を上げ、抱き止めた少年の肩を掴んでグイッと身体から離して顔を覗き込んだ。

「お前……、生きてねェのか?」
「うっ、うぅ、多分。ぼくはずっとここで泣いてるのに、だ、誰も見てくれないし、声を掛けても誰も聞いてくれない。ぼくに誰も気付いてくれなくて……、でも、でも、おじさんがぼくに気付いて話を聞いてくれてこうして触ることもできるから、だから、だから」

少年は興奮気味に話し始める一方でマルコはポカンと口を開けたまま唖然としていた。この状況を飲み込むのに多少時間が必要だと思ったマルコは少年の頭をポンポンッと軽く叩くと立ち上がった。

「お、おじさん?」
「あー……、その、何だ」
「待ってよ。行っちゃうの? ぼく、ぼく」
「いや、どうすりゃ良いのかおれにもわからねェからよい。とりあえず用事だけ先に済まして戻って来るから、ちょっと待ってろい」
「や、やだよ! ぼ、ぼく、もう一人は嫌だよ〜!」

少年はマルコの足に縋りついて泣きじゃくった。
マルコは深い溜息を吐いて頭をガシガシと掻いてほとほと困り果てた。

―― いつもマヒロはどうしてんだ? まさかずっと見て見ぬふりをしてたってェのか?

両腕を組んで首を傾げて考えたがマヒロはそんな薄情なことをするような女には思えず、マルコは皺を刻んだ眉間に指を当ててぐりぐりと押して深く息を吐いた。

「必ず戻って来るから、約束するよい」
「うぅ、ふっ、ほ、ほんとに?」
「あァ」

仕方が無いとマルコは再び腰を下ろして少年と顔を付き合わせ、右手の小指を立てて差し出した。少年がキョトンとしているとマルコが苦笑を零した。

「指切りってェ奴を知らねェのか?」
「あ、し、知ってる。してくれるの?」
「約束だろい?」
「う、うん……うん!」

少年はパァッと笑顔を浮かべると喜んでマルコの小指に自分の小指を絡めた。

「指切りげんま〜ん――」

嬉しそうに笑って歌う少年にマルコも釣られるように笑みを零すと、突如として天から光が差し込んで少年の身体を包んだ。

「な、何だよい?」
「あ、ぼく…、じょうぶつできるみたい!」
「よい?」
「おじさんがぼくの寂しい心を汲んでくれたからだと思う。ぼく、これでやっと天国のパパとママと会える!」
「…………は?」
「ありがとうおじさん!」
「ちょっ…、ま、待つよい! お前の両親は既に死んでるってェのかよい!?」
「ぼく、明治生まれだから」
「は……め、めいじ?」

少年はニコニコと笑ってマルコに手を振った。マルコはキョトンとしながら釣られるように手を振ったのだが少年の言った『めいじうまれ』という意味がわからずに首を捻った。

―― 何か……、納得できねェ。

少年は光に包まれるとスッと姿を消していなくなった。
マルコは手を下ろすと両手を腰に当ててガクリと頭を落とした。

「………買い物…行くかねい」

溜息を洩らしながらポツリと呟いて顔を上げるとギョッとした。

「あんた、見えるんだね?」
「っ……」

―― あァ、こいつは完全に……死んでる奴だよい!!

ボロボロの衣服に鎧を纏い、頭に矢が刺さっている無精髭の男が目の前に立っていた。あまりにもはっきりとした姿で、あまりにも嬉しそうな声で、話し掛けて来る男にマルコは咄嗟に顔を背けて踵を返し、逃げるように走った。

「あァ! 待たれェい!」
「待てと言われて待つバカはいねェだろい!」
「待ってェェ見える人〜!!」
「お待ちになってェ見える人〜!!」
「待ってェェ!!」
「って、何で増えてんだよ!!?」

少年とのやり取りを見ていた死人達は次は自分達の番だと待機していたようで、逃げ出したマルコの後を追って彼らも必死に追い掛けたのだった。

所謂これが『霊が憑りつく』というやつらしい。

「え……、えェ!? な、何でこんなに沢山いるの!?」
「ゼェゼェ…はァはァ…、し、知るか…よい……」
「あァ! お嬢ちゃんも見える人だね!?」
「やったァ! 助かる!!」

成仏できる、成仏できる、成仏、成仏、成仏〜!

マルコは全速力で走るが彼らを引き離すことができず、何故だと振り向いた時に足が無いことに気付いた。当然だ。彼らは既に死んでいる人達だからだ。そうして全速力で山を登って家の前まで辿り着くと、玄関先でマルコの帰りを待っていたマヒロがマルコの後ろから大勢の死人が追い掛けて来る姿を見て口をあんぐりと開けて驚いたのだった。

「普段から私もよくありますけど、こんなに大勢来るなんて驚きました。マルコさんってきっと懐が深い人なんですね」
「…………嬉しくねェよい」
「ふふ。あ、次の方どうぞ〜」
「うぅ、あちきは主人と――」
「そう、夫婦喧嘩の末に殺し合って死んじゃったのね」
「……ょぃ……」

マルコについて来た人々が長蛇の列を成して待っている。マヒロが一人一人の話を聞いては納得させて成仏させて行く。その様をマヒロの隣で見つめるマルコは眉間に深い皺を刻んだまま目元を手で覆って溜息を吐いた。そして全ての人を何とか捌いて成仏して貰った後、マルコの『新生活』という議題で話し合ったのだが、 結局は慣れることしかないと結論付くのだった。

「マジかよい……」

マルコは机に突っ伏すと「暫く買い物は嫌だよい」と嘆き節を零し、マヒロは「はは…」と乾いた笑いを漏らすことしかできず、慰めとばかりにマルコの背中を優しくポンポンと叩いて撫でてあげるのだった。

見える人

〆栞
PREV  |  NEXT



BACK