16


黒い影がマヒロを襲い連れ去った。
当然、後を追うつもりでいるマルコではあったが、その前にエースやサッチに視線を向けた。
エースは戦いに集中して周りの事等眼中に入っていない。だがサッチは余裕があるのか視線が合うとコクリと頷きを見せた。

「流石」

マルコはクツリと笑った。
鍛えただけはある。
何も言わずに『勝手にサッチを鍛える』ことをしておいて本当に良かったと、マルコは我ながら自画自賛したい気持ちになった。

「てめェ!! 余計なこと考えてねェでさっさとマヒロちゃんを助けに行けってんだよ!!」
「ッ!?」

サッチは叫んだ。それにマルコは驚いて目を見張った。

―― ま、マジかよいサッチ!?

心内を読む術まで身に付けたというのかと思った時、サッチは「マジだ!」と叫んだ。

「!! ……そうかい。お前ェ、えらく出世したねい……」
「おう、お前のせいだ。ほぼな」

しみじみと感慨深げに零すマルコにサッチは険悪な表情を浮かべた。
恐らくカーナと同調したのが原因なのかもしれない。
離れた場所で倒れているカーナを一瞥したマルコは、青い光を纏うとその場を後にした。

「あれは流石におれっちには無理だな。真似できねェわ」

銀髪の妖怪の攻撃を躱しながらサッチはクツリと笑って見送った。そして直ぐ後に決着が付くとエースと共に逃走する。
モビー・ディック号の甲板で白ひげに一連を報告をしたサッチは、カーナを背負って自室のベッドに彼女を寝かせるとドサリとソファに腰を下ろした。

「おかしい……。心が読めるのってマルコだけみたいだ。……何でだ?」

そう首を捻って考えた。だが思い当たる節はマルコの一方的な修行と言う名の『見えない攻撃の応酬が全て』な気がするとサッチは思った。

「……嬉しく無ェぞバナップル……」

どうせならマヒロやカーナのような可愛い子の心が読めるようになりたいと、サッチは拳を握って悔しさに身悶えるのだった。





連れ去られたマヒロの気配を辿って異空間を抜けた先に降り立ったそこは、仄暗く湿気った場所だった。
マルコは松明代わりに左手に青い炎を灯し、周囲を見渡した。すると何の生物かわからない骨や腐敗した肉片がそこここに散らばっているようで、足を踏み出せばバキボキと音が鳴り、洞窟なのだろうか、それらの音が大きく反響した。

「死骸を集めて宿る身体を作るってェだけあるよい」

降り立った場所から更に奥深くへと続く道を辿ると、黒い影が現れ、散らばった骨を集い人型なり動物型なり形勢してそれらが襲って来た。
その影は骨だけではなく、腐敗した肉片にも纏わりつくと、その肉片もまた骨と同じように人型や動物型と形作り、悍ましい呻き声を上げながら蠢き、地面を這いずりながら襲って来た。

「チッ! 面倒だよい!」

両腕に青い炎を纏い、前方に向けて両手を翳す。
両手から青い光と共に青い炎がそれを包むと、勢い良く前方へと放たれ、大きな轟音と共にそれらを一瞬にして消し去った。
だが、襲い来る骸骨も肉片も消えはしたが、黒い影は健在で、地面に散らばる骨や肉片に纏わりついては形勢して襲わせる。

「埒があかねェよい」

マルコは不死鳥化して地を蹴って宙を舞い、マヒロの気配が最奥に留まったのを感じて先を急いだ。
ずっと続く暗がりを青い光が辺りを照らし続ける。その度に、地面に黒い影が現れてはその辺にある骨や肉片に息吹を与えていく様子を、飛行しながら見つめていた。

―― あの影は何も屍鬼の手によるものって感じでもねェな。……何だ?

観察して考えてバサリと大きく羽ばたいて止まる。そして振り返るとまた影が現れた。

「おれの影か!?」

不死鳥化を解いて青い光すら消してみた。すると今にも襲い掛かろうとしていた骸骨は突然ガラガラと崩れてバラバラになりその場に落ちた。更に肉片もまたベチャッと音を立てて崩れ落ちたのがわかった。
影は直ぐに消えて辺りは静寂に包まれる。

「影は作るな。……そういうことかよい」

この場所自体が屍鬼そのものといったものだろうか。だがそれらの影に屍鬼のような意志が感じられない。
とりあえず光さえ灯さなければ何もして来ないのだとわかれば、暗くて見え難いが全く見えないわけではない為、壁伝いに先へ進むことにした。

暫く続く暗い道を歩いて行くと、少し開けた場所に出たのか空気が少し変わった気がした。
一定の風向きが霧散するように離れて無風に変わる。そして、ふいに気配を感じて咄嗟に身を引いた時、手を付いていた壁がふっと消えてバランスを崩した時、思いもよらない方角から強い妖気を感じた。すると腹部に痛みが走ってかと思うと地に着いていた足が浮いた。

「なっ!?」

攻撃を受けて弾き飛ばされた、そんな感覚だ。
咄嗟に両腕に青い炎を纏わせて腕だけを不死鳥化し、壁への激突だけは免れた。だがそれと同時に再び目の前に影が現れ始めた。

―― 影はどうでも良い。それより今の攻撃は……。

バサリと羽ばたいて着地して顔を上げると、暗がりの中に青い炎により浮き出る姿にマルコはピクリと眉を動かした。

―― ……わかった上でも、こうして対峙するとなると嫌なもんだよい。

マルコにとってこれ以上無い大切な存在となる女がそこにいた。だが顔色は蒼白で目は映ろで、とても同一人物とは思えない。

「……マヒロ」
「マ……ルコ……さ……ん」

屍鬼に傀儡化されたのだろうが、意識は保たせたままのようだ。

「少し我慢しろよい。直ぐに助けてやるからよい」
「ッ……助ける? ……はっ、……傀儡とは…ッ、わけ…が違う。……あッ…くッ…して……マル……殺し……」

表情こそ冷酷だが、瞳からはポタポタと大粒の涙が零れ落ちていた。そして、サッチが傀儡化された時と同じような紋様が額に現れていたが、唯一違ったのは、その額に屍鬼の目と思われる瞳があった。
マヒロの身体から黒い妖気が漂い始めると、それに応じてマヒロの生気が失われていくようだ。

「……マヒロを……助けたくば、貴様の……力をっ、身体を、寄越せ不死鳥っ!」
「大口を叩いていた割には、最後は人の弱みに付け込むとはねい」

片眉と口角を上げた笑みを浮かべて呆れ気味にマルコがそう言うと、屍鬼に身体を奪われたマヒロはギリッと歯を食い縛って鋭い目付きへと変えた。そして妖気はより強く大きく放たれると周囲に現れた影がマヒロへと集まりだした。その途端に空間は歪み始めて洞窟と思われたその場が突如として消えると宙に浮く感覚に襲われた。
恐らく違う異空間へとたちまち変わったのだとマルコは察した。

黒い影に覆われたマヒロはその壁を突き破るように突進して右拳に溜めた妖気弾をマルコに容赦なく放った。それは霊光波動拳そのものの技で『霊光弾』と変わらないものだ。
マルコは咄嗟に霊気を纏った腕を交差させて防御姿勢で受けたのだが、思っていたよりも強くて重い攻撃だった。
後方へ少しばかり押され、足の裏に溜めた霊子で空間を踏んで勢いを殺す。しかし、両腕は痺れが伴い感覚が多少麻痺していた。

「傀儡じゃねェ。……同化したってェことかよい」
「身体を無くしたのだ。暫く拠り所が必要となった以上、惜しいがマヒロの身体を”貰う”ことにした……」

マヒロの顔でクツリと笑う屍鬼に、マルコは眉をピクリと動かした。その反応を見た屍鬼は更に笑みを浮かべた。

―― ククッ、……欲しい女が奪われては流石に貴様とて冷静でいられるはずはない。なァ不死鳥?

屍鬼はマヒロの身体に同化したことは正解だったと思った。

「玉を無くし、力を失った身体ではあったが思いのほか使い心地が良い。……お前と”身体を繋げた”ことが要因かもしれんなァ」

色欲にも似た表情を浮かべ、右手がそろりとマヒロの下肢の中心に添えて軽く撫でた。

―― マヒロの顔で、声で……下卑たことしてんじゃねェよい……。

忌々しい気持ちが沸々と湧き上がるのを理性で抑えつつマルコはあくまでも冷静を保った。

「……さぞお前の身体はマヒロ以上に使い心地が良いのだろうなァ」

恍惚とした物言いでそう言うとマルコはガシガシと頭を掻いて溜息を吐いた。

「あのよい、もうそれ以上、喋るなよい」
「あァ、マヒロの姿で言うべき台詞では無かったか? 安心しろ。意識はもう疾うに潰えた。もはやこの身体は我のものだ。くく……、交わりたいのであればいつでもくれてやろう」
「……」

屍鬼は両手を広げて勝ち誇ったように言ったが、マルコは眉間に皺を寄せて睨み付け、多少額に青筋を張りながら頬を引き攣らせた笑みを浮かべた。

―― 身体はマヒロでも、中身がてめェじゃあ抱く気になんざなれるわけねェだろい!?

マルコの反応に気を良くしたのか屍鬼は楽し気に笑った。

「おれを誘うなら”マヒロらしさ”を全面に出せば、多少は誘惑されても良かったんだがなァ。中身がまんま野郎なてめェじゃ意味無ェだろい」

屍鬼は、そんなマルコの言葉や態度など意にも介さずにクツリと笑うと広げた両手に妖気を纏い始めた。
より強く、より大きく――。
それに呼応するようにマヒロの身体から生気がどんどん失われていく。

―― もうマヒロは不要だってことかよい。……死んでも別に構わねェ、そんな使い方だ。

警戒して身構えつつマルコは徐に口を開いた。

「ずっと……」
「?」
「ずっと……、狙ってたんだろい?」
「マヒロをか」
「あァ」
「生まれ落ちたその日から魅力的な女だった。青い光の玉を継承する娘であることは直ぐにわかった。その点においてカーナも似た立場だったが、青と蒼は違う。時の力における正統な力は『青』だ。青で無くては意味が無いからな」
「……マヒロが子供の頃に事故に遭って両親を亡くしたのも、てめェの差し金だろい?」
「そういうこともあったな。マヒロの両親も共に見えるだけでなく戦う力を持った人間だった。それだけに、奪い切れずに失敗に終わったことは今でも残念に思う。……だがまァ、邪魔な親が死んだのは好都合だった。しかし、幻海にはほとほと苦戦を強いられたがな」

屍鬼はそう言うと左手を右手首に添え、右手は人差し指を立ててマルコへと向けた。

「そして誤算は貴様だ不死鳥。お前の存在、その力、全てにおいて計算が狂った」
「まァおれもこんな人生を送るとは思って無かったからねい。そういった点においてはお前と同意見ってとこか」
「素直に身体を寄越せば……、貴様の身体でマヒロを堪能したものを……」
「……いや、嬉しくねェし、物凄ェ嫌悪感が走ったよい」

マルコは顔を顰めた。

―― 大体それだとおれは楽しめなっ……じゃねェ、違ェ。

一瞬だけ何だか違う方向に思考が走ったがブンブンっと頭を振って思考を現実に戻した。すると屍鬼はニヤリと笑った。

「クク……、やはり惜しいな」
「な、何がだよい?」
「余程……、マヒロの身体が良かったと見える。やはり同化は避けるべきだったか……」
「ッ〜〜!」

屍鬼の言葉にマルコは目を丸くして絶句すると、意志とは関係無く全身がカァァッと熱くなるのを感じた。

「て、てめェには絶対――ッ!?」

顔を赤くして明らかな動揺を見せると、人差し指に瞬時に集められた妖気が弾丸となってマルコに放たれた。
放つ瞬間、瞬時に間合いを詰め、ゼロ距離射程で放たれたそれは、マルコを完全に捉えるには十分で、真面に受けてしまった。

ズドォォォン!!

大きな音と共に勢い良く放たれる妖気のエネルギーは容赦無くマルコを巻き込み、凄い勢いで吹き飛ばした。
そして――。
数キロ先へと身を横たえる身体に青い再生の炎が迸り、傷の再生を図っているのが見える。

―― くそっ……、油断した。

思考ばかりが先行して勝手に心を乱して隙を作る。それは自分の悪癖であることは重々承知しているのだが、それがまた顔を出したことにマルコは自分に腹を立てた。そんなことを思っていると――。

「よい!?」
「再生の炎、素晴らしい力だ!」

仰向けの状態で「しまった」とばかりに反省をしている隙を突かれた。
瞬時に目の前に姿を現した屍鬼が、両手をマルコの腹部に添えると大量の妖派を直接的に放った。

ズドン!

大きな音と衝撃によりマルコは溜まらずに「かはっ!」と呻いて血を吐いた。
屍鬼はそのままマルコの身体に馬乗りになると紐状の影をいくつも出してマルコの腕や足や首に巻き付けて拘束した。そして更に両手を組んでそこに妖気を纏わせ始めた。

「くっ!」
「流石に連撃を浴びれば不死鳥と言えども直ぐに回復はできないだろう!」

組んだ両手をまたマルコの身体に向けて放つ。

ズドン!

また同じように大きな音を上げて衝撃が走る。
激しい痛みに襲われ、ダメージも相当深いのか身体に力が入らなくなった。
ギリギリと歯を食い縛りながら苦痛に顔を歪ませて睨み付けると屍鬼はクツリと喉を鳴らして笑みを浮かべた。
そして――。
口調や声音、雰囲気さえもマヒロそのものに変えた。

「マルコさん」
「ッ……!」

表情は柔らかいが、情欲に絡んだ表情にマルコの心臓がドキンッと跳ねた。

―― 屍鬼! てめェ!!

愛しいとばかりにマヒロの手がマルコの頬に触れるとそっと顔が近付き唇が重なった。
最初は軽く触れるだけのキスで直ぐに離れた。だが間近で目が合うと微笑を浮かべたマヒロは今度は濃厚なキスへと変えた。
感覚は確かにマヒロそのものだ。しかし――。
小さなリップ音を鳴らしながら角度を変えては重ね、舌を絡めながら唾液を交わす。

―― こんな積極的なキスは、マヒロはしねェよい。

唇が離れるとお互いを繋げる銀糸がプツリと切れた。

「……成程、女の身で喰らうのも良いかもしれん」
「お前ェ…、雰囲気がまるで無っちゃいねェない」

恐らくそのまま”マヒロで”攻められたら瓦解していたかもしれない。

―― 身体は正直過ぎて焦っちまったが、萎えてくれて助かったよい。

中身が違うとはいえ身体はマヒロだ。中身が例え”野郎”だったとしても、身体は女で、マヒロなのだ。
意志とは裏腹に身体が反応してしまうのは仕方が無いことなのかもしれない。

―― ……ご無沙汰だったしなァ。

等と、何となく後ろめたさから言い訳を考えてしまうのは仕方が無いのかもしれない。
屍鬼は人の恋愛や情愛等の知識は皆無に等しく、己の欲による言葉を吐いたが為にマルコは平静さを保てたとも言える。

―― けど、これ以上はヤバい。色々な意味で耐え切れそうにねェ。……何が何でも……屍鬼(こいつ)とだけは絶対に!

ギリッと睨み付けるマルコに対して屍鬼はマヒロの色欲を前面に押し出して迫った。

「欲しい……」
「ッ、そ、そういうわけに――」
「マルコさんが欲しいの」

マヒロの左手がマルコの胸元を撫で、右手の指先がマルコの唇に触れた。
マヒロの顔で、声で、誘惑する。

―― いい加減にしろよい!

「あァわかった!」
「!」
「何もかも終わったら! マヒロが嫌って程、おれをくれてやるよい!!」
「!?」

心の底から腹を立てたマルコは叫ぶと同時に全身に霊気を纏い始めた。その霊気はこれまでと違いとてつもなく高密度で、マヒロ(屍鬼)は驚いて飛び退いて距離を取った。
マルコを拘束していた影はその強過ぎる霊気に圧され、ブシュッ! と、音を立てて消えていった。
ゆらりと立ち上がると青い霊気がマルコの身体の周辺でバリバリと音を立てて稲妻を発生させた。

「くっ! ならば更に攻撃を!」

屍鬼は妖気を高めて全身に黒い妖気エネルギーを発生させると地を蹴ってマルコに襲い掛かった。
スピードは速く、瞬時に間合いを詰めた。そして再び霊丸の構えから妖気弾をゼロ距離射程で放った。

ズドォォォン!!

先程と同様に大きな音と共に凄まじい勢いで襲い掛かる――はずだったのだが、それはマルコが纏う青い霊気にぶつかるとパン!と弾け飛んで霧散した。

「なっ!?」
「お前の欲しかった力が簡単に貫かれちゃあ意味無ェだろい?」
「くそ! 何故だ! 何故人間である貴様が!!」

屍鬼は苦悶の表情を浮かべてギリギリと歯を食い縛った。

―― 強大なその力を人間が扱えば身を滅ぼすというのに何故扱える!?

稲妻のように放たれる青い霊気はその剣から発され、それはまさに屍鬼が欲しかった力そのものであり、本来、主から奪おうとしたもの。

『次元刀法衣』
剣と法衣による攻防一体の力。
高密度の霊気が生むその剣と法衣は、力無き者が持てば法衣は守るべきものを攻撃して自傷する。マルコがこれまで自傷を続けていたのはこれが原因だったということに屍鬼は気付いた。

―― ま、まさか……。

空幻による時空間の力を加えた青い器に玉が収まり、そうすることで強化された力、それは――。

(もう良いでしょ? 本気で治すよ?)
―― あァ、頼むよい。

ボボボボッ!!

「青い炎!?」
「忘れてもらっちゃあ困る。おれはどんな傷を負っても青い炎と共に再生する”不死鳥のマルコ”だよい!」

両腕や背中にかけて青い炎が勢い良く燃え盛ると、マルコの傷は直ぐに再生されて消えていった。

「悪いねい。玉を貰ったことで最も強化されたのは不死鳥の力なんだよい。おかげで法衣が安定して自傷が消えたってェわけだ」
「ばっ、馬鹿な!?」
「これは最初から決まっていたことだよい」
「な、なん……だと?」
「おれが幻獣種トリトリの実を食った時から全て、この時の為に決まっていたことだ!」
「ッ!?」

マルコは右手に持つ剣を振るった。すると屍鬼の背後に剣筋と同様の亀裂が入って空間を切り裂いた。

「かはっ!?」
「まだだよい!」
「ま、待て! マヒロの身体まで傷を付ける気か!?」
「どこをどう見てんだい! マヒロの身体には一切傷は付いてねェよい!」
「なっ!?」

マルコの言葉に屍鬼は驚き、身体を見れば傷一つ無い。痛みは確かにあったというのに身体に外傷は無いのだ。それはつまり『次元刀』の力によるもの。

―― 人間が! 人間が扱えるなど!!

マルコは追撃を行った。そして再び空間は切り裂かれると同時に激痛に襲われた屍鬼は、外傷は無いもののガクリと膝から崩れ落ちれて地に伏した。

―― くそっ! だが、だがこれで我を倒せると思ったら大間違いだ!!

額を地につけたまま苦悶に歪んでいた屍鬼の口端が僅かに上がって笑みを浮かべたその時だ。

「マヒロ、逃がすなよい」
「!?」

―― えェ、わかってる。わかってる!

「な、何!?」

マルコがマヒロに呼び掛けると屍鬼の中でその呼び掛けに応じるマヒロの声が聞こえた。
『逃がすな』という言葉の意味を理解するのに時間は掛からなかった。
バッと顔を上げてマルコを見やると屍鬼はギョッとした。
高密度に圧縮された霊圧を伴う剣と、そこからバリバリとマルコの身体を包むように走る青い光の稲妻と、青い炎、そして青い海水が混じり合って盾となる姿に、屍鬼は完全に気圧された。

―― このままでは!!

主から奪うよりもマルコから奪うことの方が可能性が遥かに低いと瞬時に悟った。
屍鬼は『逃げる』ことを選択した。だがそれが全ての終わりに繋がるとは知る由も無い。
同化をしたマヒロの身体から黒い妖気を纏い離れようと試みた時、視界に移ったのは黒い妖気と共に身体から燃え盛る青い炎だった。

「なっ、何だと!?」
「影は実体が無い。逃げられたら気配を負うこともできねェ。なら、捕らえて消す為にどうすべきか……だろい?」
「ま、まさか! 貴様はわざとマヒロを囮にしたというのか!?」
「説明する間も無かったし、マヒロの中に”残した不死鳥に”全てを任せたんだが、上手くいったよい」
「!?」

―― マルコさん!! やって!!

「あァわかってるよいマヒロ。屍鬼、もうこれで終わりだよい」
「まっ、待て! 実体が無い我を殺すことなど――」
「実体が無くても核はあるだろい。屍鬼、てめェのその意志の元となる核を、本質を、時空を斬る力でぶった斬ってやるよい!」
「――!!」

マルコは右手に持つ剣に集中すると周囲に走る稲妻が剣に集中して覆い、剣を持つ手や腕に海水を伴う青い炎が守るように激しく滾りを見せた。
屍鬼は目を見開いた。

「や、やめろォォッ!!」

声を上げて逃げようとする屍鬼を、青い炎を纏うマヒロが逃がすまいと捕らえて離さず、マヒロの身体から脱出することができなかった。

「くそ! 生気を失い掛けた瀕死な状態で貴様ァ!!」
「瀕死? 何を見ているの? 私は死なないわ!」
「真尋!!」
「私を守ってくれる不死鳥が、マルコさんが、……私を自由にしてくれるもの! 死んだりなんかしない!!」
「離せ!!」
「往生際が悪いよい!」
「往生際が悪いわよ!」
「お、おのれェェッ!」

青い炎と黒い妖気を纏うマヒロの身体に目掛けてマルコは剣を振り下ろした。

ズオン!!

大きな音と共にマヒロの身体を貫き、後方の空間が大きく切り裂かれた。
その瞬間、マヒロの身体から発した黒い妖気が、影が、大きなうねりを上げて噴き出し霧散すると同時に黒から白へと色が抜け落ちて散っていった。
マヒロの身体は青い炎がチリチリと庇うように燃えながらグラリと傾き倒れ掛ける。するとマルコが咄嗟に駆け寄ってその身体を抱き留めた。

生気を無くして青白い顔色が血色を取り戻し、微弱な呼吸は健常な呼吸へと戻って行く。

「うっ……」

マヒロの声が漏れ出るのを聞いたマルコはホッとした様子で横抱きに変えて顔を覗いた。

「マヒロ」
「……あ、……マル…コ…さん……」
「どこか辛いところはあるかい?」
「……ううん、……無い」

マヒロの瞳からはボロボロと涙が零れ落ち、震える手でマルコの頬に触れた。そして顔を歪ませると声を上げて泣き出した。

―― 終わった……。終わった……!

マルコは泣き出すマヒロをただ無言で抱き締めた。そして、まるで子供をあやすように背中や頭を優しく撫で続けた。

―― やっと終わったよい。

嗚咽を漏らしながら泣き続けるマヒロの身体を、とても大事に、大切に、愛しく、包み込むように、抱き締める腕に自ずと力が篭もった。

久しく無かった二人きりの時を噛み締めるかのように――。

最終決戦 決着

〆栞
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