15


激しい轟音と爆発音、時には風を切り裂くような音やチリチリと燃え盛る炎の音が鳴り響く中、彪卑下は大きな炎に包まれて絶命した。
蝿稚児は眼前のエースにではなく、突如として身体が貫かれる感覚に襲われて振り向いた。そこにいた男を見るなり目を見張り、ワナワナと震える手を伸ばすもガクリと力を無くし、ズルリと刀身が抜かれてどさりと地に伏し、ヒュッと抜ける音を最後に呼吸が止まって砂上と化した。

「炎帝ってマジでエグい技だよな」
「はァはァ……、っつぅかおれの敵を横取りすんなよサッチ」
「あァ、先に倒しちゃって暇だったからよ。雑魚も大方片付けたし、苦戦してそうだったからついな」

エースはドサリと腰をその場に落とすと大きく息を吐いた。

流石は屍鬼の下に仕える直属の部下といったところか、そんな妖怪を二人も同時に相手にするにはなかなか厳しいものがあった。霊気を纏うにしても俄かな力でどこまでやれるのか、正直言うと厳しいものではあった。だが自身の最大の技を放って彪卑下を漸く倒した。
そして蝿稚児へと視線を向ければ、見慣れた剣で胸を貫かれて倒れる姿がそこにあって、砂上と化す蝿稚児の姿に目を丸くした。
蝿稚児から視線を移して睨み付ける先にいたのはサッチだ。
サッチは肩を竦めると二本のサーベルを鞘に戻した。そしてカーナの元に戻って彼女を抱き上げると再びエースの側に歩み寄って隣に腰を下ろした。

「そういやァあいつは……、何て名前だったんだ?」
「ん? ……あ、聞いてねェわ」
「……」

サッチの返答にエースは敵とは言え銀髪の男に同情した。

「……女が絡むと本当に人が変わる癖、何とかしろよな。あまりに可哀想じゃねェか……」
「え? 何よその蔑む目……。可哀想って、敵に同情すんの!?」
「他に誰がいんだよ? 名前すら名乗らせねェってマジで酷ェって」
「……後日にでも目を覚ましたカーナに教えてもらうことにするってんだよ……」

以前に妖怪と戦った経験があったサッチは、慣れもあってか(カーナが絡んで激高したことが大きな要因でもあるが)、銀髪の妖怪を霊気を纏った二本のサーベルを駆使してあっさりとぶった切って絶命させた。
エースが二人を相手に苦戦している中、暇を持て余したサッチは、他の傀儡化された妖怪達の駆除に取り掛かった。そして全て倒した後、蝿稚児が彪卑下に向けて炎帝を放つエースの隙を突こうと攻撃を仕掛ける寸前だったことから咄嗟に助けに入ってグサリと胸を貫いたのだ。

「見るからに妖怪みてェな姿してっけど、そいつ、生きてんのか?」
「人間だってんだよ」
「どこがだよ……?」
「元人間だってェの。マジで傷付けたりなんかしたらおれっちマジで怒るからね?」
「お、おう」

エースは疑問を口にしただけなのだが、サッチはそれ自体が気に喰わなかったのか、額に青筋を張って頬を引き攣らせた笑みを浮かべたが、目が完全に笑っていなかった。
エースはヒクリと頬を引き攣らせ、苦笑を浮かべながら頷いて視線を外し、タラリと冷や汗を掻いた。

「とりあえず……」
「……」
「逃げようぜ」
「……そうね」

気付けば海軍が武器を持って自分達を取り囲もうとしている。
サッチはカーナを抱え、エースはサッチをサポートするようにその場から逃げ出した。

「火拳のエースと4番隊隊長サッチを逃がすな!! 追え!!」
「ちょっ、サッチも元気なんだから戦えよ!!」
「あァ、おれっちはこれでも結構疲労困憊だってんだ!」
「どこかだよ!? 説得力マジで無ェって!!」

サッチは逃げながらチラリとカーナに視線を落とすと自然とニンマリとした笑みを零した。頬を赤く、鼻の下が伸びた間抜け面だ。

―― マルコ! 早く倒して戻って来い! サッチをどうこうできるのはマルコだけだ!!

怒鳴ってもサッチには響かない。もう手に負えねェと、エースは匙を投げたのだった。
そして――。
マリンフォードの広場を駆け抜け、広い大海を一面に見渡せる沿岸へと出ると足を止めた。
振り向くと海軍と共にサカズキが姿を現し、エースは思いっきり顔を顰めた。
サカズキの後ろにはクザンやボルサリーノの姿もあって、センゴクとガープが少し遅れて姿を現した。

「火拳のエース、並びに4番隊隊長サッチ。それと……その化物の女も含め、全員捕らえろ!」
「誰が捕まるかってんだよ」
「おれもまた捕まる気は無ェ」

サカズキが海兵達に指示を告げるとサッチとエースは不敵な笑みを浮かべた。

「何かあるみたいですよ?」

クザンがサカズキに声を掛けるとボルサリーノもクツリと笑って「匂うねェ〜」と言葉を零した。そんな彼らの言葉を無視するように最後方にいたセンゴクは、ズンズンと歩を進めて全面に立つとサッチとエースを睨んだ。

「不死鳥とマヒロという女はどこに行った?」
「あー、あいつらはティーチっつぅか、屍鬼ってェ奴が拉致しやがった」

エースが顎に手を添えながら少し首を傾げてそう答えた。

「な、何だと?」
「マヒロを攫ってとんずらしやがったからマルコが後を追ったってェわけ」

説明不足だとサッチが付け加えてそう答えた。

「ど、どこに行ったというのだ!?」
「どこと言われてもな。あー……異空間?」
「「「は?」」」
「だろ? 説明してもわかるわけねェってェの。っつぅかエースまで一緒になって首を傾げてんじゃねェってんだよ!!」

―― 何か酷く傷付くんですけど!?

エースは彪卑下を倒すのに必死だったのだ。
マルコやマヒロ、そして屍鬼がどうなっているのかなんて余裕は無く、所在はわからないままだった。
ただサッチが落ち着いているから信じて待つだけなのだと軽く思っていたのだが、サッチの『異空間』発言に海軍と一緒になって首を傾げた。

―― ……異空間って何なんだよ?

サッチは屍鬼に攫われて異空間は体験済みだ。だからサラリと言ったのだ。だが現実的にそんな空間が存在するのかすら知らない人間にとっては「え? 何言ってんの? 頭大丈夫かこいつ?」といったように解釈されることはわかっていた。わかってはいたが――サッチの心は見事に軽く抉られたのだった。

「わけのわからんことを……まァいい。後ろは大海しか無いけェのう。最早逃げられん。大人しく縄に着け」

サカズキがそう言って一歩前に踏み出した時、ポコポコと海面から音が聞こえてくると同時に突如として大きな船が姿を現し、海軍達は目を見開いて驚いた。

「白ひげ!?」
「グララララッ! こうして驚くのは二度目だなァセンゴク!!」

モビー・ディック号の先端に立つ白ひげの姿にセンゴクは唖然として見上げ、その姿を見た白ひげは楽し気に笑った。
サッチとエースは海軍達が驚いている隙にさっさとモビー・ディック号へと飛び乗った。

「おのれ! 白ひげェェ!!」

サカズキが腕をマグマ化して攻撃しようとしたのだが、白ひげがグラグラの実の能力で前もって津波を引き起こしていた為、マリンフォードに津波が襲い掛かった。
クザンは元々戦う気は無かったようで、自分やセンゴク等の能力者に海水がかからないように凍らせて身を守った。
ボルサリーノは咄嗟に飛んで宙を飛んで難を逃れ、クザンが凍らせた波の上に着地して「ふぃ〜、危ない危ない」とお道化る一方、サカズキは思いっきり海水を浴びてその場に力無く膝を突いた。

「……今回だけだぞ」

センゴクは白ひげにそう告げた。そして戸惑う海兵達に撤退を告げ、力無く倒れるサカズキに「諦めろ」とだけ残して背を向けて立ち去った。

「グララララッ! 世話になったなァセンゴク!」

白ひげはセンゴクにそう言うとガープが額に手を当てて「ガハハハハッ!」と大きく笑った。

―― せめてもの『礼』といったところかセンゴク。

「さァて、我々は復興せねばならんな!」

破壊されて酷い有様となったマリンフォードを見つめて意気揚々と海兵達にガープは指示を出し始めた。
白ひげはニヤリと笑みを浮かべると隊員達に指示を出し、モビー・ディック号はマリンフォードから悠々自適に脱出して離れていくのだった。

「……おのれ……甘い……わ……」
「仕方が無いでしょ。助けられたのは事実なんですから」
「お腹空いたねェ〜。少し早いが晩飯食べに行こうかね〜」

クザンは欠伸をしながら立ち去り、ボルサリーノは町にあるレストランへと足を向けた。
サカズキは重い身体を動かしてギリッと歯を食い縛りながら暫く海を睨み付けていたが、何も言わずにその場を後にしたのだった。





エースが蝿稚児と彪卑下の二人に苦戦し、サッチが銀髪の妖怪に襲い掛かっている頃、屍鬼は傀儡化した妖怪達にマルコとマヒロを襲い、二人を引き離すように指示を出していた。

マルコとマヒロの間に距離が生じた時、屍鬼はマヒロを自身の住処に引き摺り込むつもりでいたのだ。

妖怪達は屍鬼の指示に従い二人に襲い掛かった。しかし、突如として青い光を強く放たれると襲い掛かった妖怪達が一瞬にして一掃されてしまった。

これには屍鬼も驚き唖然とした。

―― な……、何だと!?

今の仕業はマヒロかと思った。しかし、前に立っているのは不死鳥マルコだった。
まるでマヒロを庇うように背後に立たせ、右腕に青い霊気を纏わせていた。
とても強く、鋭く、煌々と光る青い霊気を纏う右手には、何やら武器らしきものを握っているのが目に飛び込んだ。

「ば、馬鹿な!?」

屍鬼は驚愕してワナワナと震えた。
狂喜したこれまでの震えとは全く真逆の感情が屍鬼の心を支配する。

「マヒロ、見えるかい?」
「……え、えェ。まだ一応は……見えます……」
「怖ェかい?」
「……そう…ね。力が無いから……」
「そうか」

マヒロは戸惑いながら屍鬼を見つめて畏怖の表情を浮かべ、対照的にマルコは微笑を零して屍鬼に目を向けた。
二人の会話の意図がわからない屍鬼は考えたのだが、マルコの力が明らかに先程までと異なって強さが増していることだけは確かだった。

―― 何をした……? 一体何をしたというのだ!!

恐怖に似た表情を浮かべる屍鬼にマルコは片眉を上げると少しニヤリと笑ってスッと右手にあるソレを目の前に翳して見せた。

「屍鬼、こいつが怖ェか?」
「!?」

青い光で象られてあるそれは剣そのもの。その剣から発せられる異質な力に屍鬼は思わずゴクリと固唾を飲み、少し後退りながらマルコを睨み付けた。

「貴様! それは、その力は……!」
「あァそうだ。これが本来お前が欲しかった力だよい」

マルコは一歩前に足を踏み出すと同時に全身に霊気を纏った。
バチバチと雷のような音を立てて身体の周囲に青い光が発生する。
屍鬼は妖気を集めて黒い妖派を放ったが、その青い光がまるでマルコを守るようにそうはさせないと強く発光して黒い妖派を飲み込んだ。

「へェ…、こりゃあ凄ェな」

マルコは感心するように笑みを浮かべるとマヒロも「凄い……」と目を丸くして驚いていた。
屍鬼は苦心する表情を浮かべながら、やはり本物だと確信した。

あれがずっと欲しかった力――。
今まさにその力が目の前にあるのだ。ずっと、ずっと、欲しかったその力――『世界を制し圧する時空の力』だ。

―― 人間がそれを纏うなど、……それを許したというのか!? 何故だ!?

屍鬼は驚きと戸惑いによって激しく動揺してみせた――が、直ぐに冷静を取り戻すように思考を改めた。

―― 落ち着け。人間からなら奪い易いではないか。元より不死鳥の力も欲しかったのだ。纏めて得られるのならこれ程に好都合なことは無い!!

今度は余裕を持ってニヤリと笑みを浮かべた。

「ゼハハハハッ!! あァそうだ。一石二鳥とはこのことか、なァマルコ?」
「とりあえず……、ティーチを無効化させねェとな」
「な、何だと?」

マルコはそう言うと手にしていた剣をフッと消した。そしてその手をグッと強く握ると、その腕を中心に周囲を囲うように派生したものに屍鬼は驚いて目を見張った。
マルコの後ろで見つめるマヒロも屍鬼と同様に驚いたが、直ぐに理由がわかると一転して泣きそうな表情へと変えた。

「マルコさん…、それって……」
「あァ、海だよい」
「なっ!? 海だと!?」

マヒロに少しだけ振り向いたマルコがそう答えると屍鬼が大きく反応した。

「ヤミヤミの実を媒体に繋がってるってェんなら、ティーチの身体を海水で浸して無効化させりゃあてめェはその身体から離れるだろい?」
「バカな!! 貴様とて悪魔の実の能力者のはずだ!!」

動揺する屍鬼が声を荒げる一方でマルコはニヤリと笑った。

―― そもそも、そのような芸当が何故できる!? 霊気でも何でもない!? 一体何だ!?

マルコはその腕を振り払うように空を切った。すると腕の周りに現れた海水がまるで鞭のように形を変えて大きく撓り、屍鬼へ目掛けて襲い掛かった。
屍鬼は慌てて地を蹴ってそれを躱し、距離を取ろうと後方へと飛んだ。だが――。

「!?」

突然思ってもみない方向から青い霊派が飛んで来た。それを真面に顔面に喰らって吹き飛んだ屍鬼は、身体を地面に強く打ち付けて激しく転がった。

「ぐっ!」

低く呻く声を漏らし、ギリッと歯を食い縛りながらマルコへと目を向けようとした。だが直ぐ目の前に人の手がフッと現れると胸倉を掴まれて身体が浮いた。
マルコが衣服を掴んで飛んだのだ。そしてどこに向かって飛んだのかと視線を向けるとそこは海のど真ん中だ。

「ま、待て!」

屍鬼は声を上げて叫んだ。

「一緒に海に浸かってやるよい!!」
「貴様とて海に浸かれば力が抜けるはずでは――」

マルコは屍鬼を掴んだままドボン!!――と大きな音と激しい水飛沫を上げて勢い良く海へと落ちた。

「ま、マルコさっ!? わっ!!」

ドサッ…――。

マヒロは慌てて海へと向かって走ろうとした。だが想像以上に力が抜け落ちて思うように足が動かず、蹴躓いて倒れてしまった。

「……嘘…でしょ……?」

両腕に力を込めて身体を起こし、唖然として両手を見つめた。

「こんなにも…衰えるの? ……こんなに……」

マヒロは拳を作って集中するが、青い光を纏うことも、自身の霊気すら感じることができなくなっていた。
周囲を見渡せば、エースやサッチが戦う敵の姿が先程までとは違い、ぼうっとした姿にしか見えなくなっている。

―― はっきりと見えてたのに、もう見えないようになって来てる……。

奪われる覚悟はあった。見えない普通の人間になることも憧れていた。だがいざこうなると不安が自ずと生じるのも無理は無かった。
妖怪達が一斉に襲い掛かって来る前、あの一瞬で全てが変わった。

「マヒロ、良いねい?」
「……はい」
「マヒロ……――」
「!」

青い光を纏ったマルコの右手がマヒロの腹部に触れるとズブリと体内に入って行った。その様にマヒロは驚いて身を引こうとした。だがマヒロを抱き留めるマルコの左腕がそれを決して許さず、逃げることは出来なかった。
そして――。
マルコが右手を引いてマヒロの腹部から離れると、そこには青く光る玉があった。
マヒロはその玉が何かを知っていた。
過去に祖母である幻海から霊光波動拳を継承する際に受け取った『霊光玉』だ。それを引き抜かれたということは――。
そう思った矢先に身体中からガクリと力が抜け落ちて倒れそうになった。
マルコの左腕がマヒロの身体を支えてくれていたが、まるで貧血を起こしたかのようにフラフラとして気分が悪くなった。

「ッ……マル…コ…さん……」
「直ぐには慣れねェだろうが我慢してくれよいマヒロ」
「その…霊光玉、私が、祖母から受け取った分だけじゃッ…無い……のね?」

マヒロがそう問い掛けるとマルコはクツリと笑ってコクリと頷いた。元々備えていた霊気を根こそぎ奪われたのだとマヒロは察した。

―― じゃあ、もう、私は……。

マルコの右手がマヒロの腹部に触れる瞬間にマルコが告げた言葉が鮮明に声となって頭の中で響く。
「マヒロ……普通の女として生きろい」――と。

本当はずっとそうありたかった。
周りの子と同じように普通に生きていきたかった。
特別な力なんていらない。
何度そう言って泣いたか、もう覚えていない。
でも、その力があったからこそ出会えた。
その力があったからこそ――。

「もう私は戦えないんだ……。もう一緒には……」

マヒロはそう力無く言葉を零した。

何とも言えない寂しい気持ちが湧いてジワリと涙が目に浮かんだ。
格闘技だけなら人間相手に何とか戦えるだろうが、これまでとはきっと勝手が違うのだろう。
男が相手でも余裕で戦えていた時とは恐らく違う。
力負けはするだろうし、躱せた攻撃も躱せるかどうかわからない。
見えていた攻撃も見えないかもしれない。
全てにおいて衰えたのだと察した。
ではこれから先、自分に何ができるのだろうか――と、悪い癖で思考はどんどん下降の一途を辿って気落ちした。

〜〜〜〜〜

「終わったら、お前、おれと――」

〜〜〜〜〜

「!?」

―― そうだった!!

涙がポロリと一滴落ちた時、突然思い出したマヒロは顔を真っ赤にした。
この時、この場所で、それを言うのかと、驚きながらも、心の底では嬉しかったのが正直な所。
両手で頬を包んで軽く悶絶仕掛けた。

―― ……って、そういう場合じゃないでしょ!?

自分の世界に没入して周りが見えなくなるのも悪癖だった。
マヒロは現実に戻ってヨロヨロと再び立ち上がると海辺へと向かった。そして海面を覗き見た時、ドンッ――! と凄い勢いで海面が膨らみ誰かが飛び出して来た。

「マルコさん!」
「はァはァ……、まさか引き摺り込まれるとは思ってなかったよい」
「え?」

ポタポタと海水で濡れたままなのに普通でいられるマルコに、マヒロは変な感じだと思わずクツリと笑いそうになったのだが、あるものを目にしてギョッとした。

「えェ!? 何それ!?」
「ん?」

マルコは濡れた腕ではあったがグイッと顔を拭い、マヒロが青い顔をして驚く姿に首を傾げて視線を落した。

「あァこれか。ティーチだよい?」
「だよい? ……じゃなくて、どういうこと?」
「ッ……」

マルコの返事にマヒロは首をコテンと倒しながら疑問を口にした。

―― ……か、可愛いって思っちまった。……何だよいそれ……。

マルコは咄嗟に口元を手で覆って顔を背けた。顔に熱が集まり口角が自然と上がってニヤついてしまう。
霊気を根こそぎ奪った為、普通の女になってしまったからなのか、何故だか妙に可愛らしさが増した気がした。

「ねェ、マルコさんってば!」
「あ、あァ悪ィ。分離したんだよい」
「分離?」
「悪魔の実の能力者は海水に浸ると力が抜けるだろい? ヤミヤミの実を食ったティーチの身体は海水に濡れると力が抜け落ちて泳げねェから、屍鬼は咄嗟にティーチの身体を手放したんだよい」
「じゃ、じゃあそのティーチさんは……」
「あァ、こいつは……まァ、ティーチの死体だよい」
「ッ……」
「……」

引き上げて掴んでいたティーチの身体はどさりと倒れたまま。角が生えた後も無く、普通の風貌ではあるが目は閉じられて呼吸一つしていない。

マヒロは口元を押さえて目を瞑った。

―― あー……、やっぱり間違いねェな。……これは本当に、あれだ。

マヒロの言葉や仕草や雰囲気に、マルコは戸惑いを覚えた――というよりも、いちいちそれにドクンッと心臓が跳ねて反応をしてしまうのだ。
力が無くなり普通の女となったマヒロを見ていると、以前よりも増して庇護欲が掻き立てられた。

「あの……、じゃあ屍鬼は?」
「ッ……、あ、あァ、あいつは……」

マヒロの言葉にマルコはコホンと一つ咳払いをして気持ちを切り替えた。
まだ戦いは終わっていないのだ。
集中して屍鬼の気配を探る。だが気配は消えたままだ。

―― 実体の無ェ影だから……か。

妖怪と言うよりは虚。
本質を見極めて制さねば倒せない。
影に気配は無い。

―― さて、どうする……も何も、まずは捕らえることからだな。

マルコは腕を組むと片手を顎に触れて「ん〜」と少し唸りながら首を捻って考え始めた。するとマヒロが目をパチクリさせて唸るマルコに何故そんなに考えるのかと不思議に思った。
そんなマヒロにチラッと視線を向けたマルコは、溜息を盛大に吐いて頭をガリガリと掻くと「よい」と発して何やら意を決したように真面目な目を向けた。

―― マルコさん?
―― 仕方が無ェ。荒業だが他に思い浮かばねェからよい。

「マヒロ」
「はい」
「悪いようにはしねェし、絶対におれがお前を守るからよい」
「え?」
「ちょっと”協力してくれ”よい」
「え……?」

マヒロは眉間に皺を寄せて首を捻った。

―― 協力? 力が無いのにどう協力するの?

マヒロが返答に困っていると、マルコは軽くかぶりを振った。

「あァ良い。説明している暇は無さそうだからよい」

マルコがそう告げるとマヒロは目を丸くして戸惑った。

「どういうこ――ッ!?」

詳しく話を聞かせて欲しいと言い掛けた時、足首をガシッと掴まれる感覚に襲われたマヒロは視線を落した。それと同意に視界一杯に黒い影が覆うようにして現れて真っ暗になった。

「やっ!? 何!?」
「仙崎真尋、我に力を寄越せ。我に力を。ワレニチカラヲ」
「なっ!? 屍鬼!?」
「オマエノカラダヲヨコセ」
「やっ! やだ! マルコさっ――ッ、ッ〜!」

何も見えない中、耳に届く声は屍鬼の声。
わけもわからずに手を伸ばせば空を切った。
自分が今どこにいてどのような状態にいるのかもわからない。
焦ってマルコの名を呼ぶも声が突然出なくなった。

―― 苦しい! 熱い!! やだ!!

呼吸が苦しくなり、突然身体が熱くなった。そして途端に小さな黒い虫が全身を這いまわるような感覚に陥り、マヒロは叫ぼうとした――が、やはり声が出ない。

―― 嫌ァ! 助けて! 助けてマルコさん!!

「仙崎真尋……センザキマヒロ!!」

―― ッ!

「ギョクヲドコヘヤッタ!? ナゼギョクガナイ!!」

―― ぎょ……く……?

「ノゾミノツナ、オノレ、キサマノカラダヲウバイ、タタカウシカナイ」

―― !

「フシチョウハ、オマエガヨワミ。フシチョウハ、オマエヲコロセナイ!!」

―― やっ、ダメ!

「オマエノカラダデマジワレバ、ウバエルカ、アノチカラヲ!」

―― ッ!?

屍鬼の声が『交わり』と言った。それを最後にマヒロは何も聞こえなくなり、全身の感覚が抜け落ちた。

―― 奪われたんだ。

そう心が悟るとマヒロの意識はそこで途絶えたのだった。

最終決戦 V

〆栞
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