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勢い良く放たれたエネルギー派は、青い壁にまたしても阻まれて増幅し、彼らへと弾き返された。
三人は驚き、身を捩じって躱した。だが同時に突如として現れた赤い炎に視界が覆われた。
紅蓮の炎から口角を上げてニヤリと笑みを浮かべる男の姿に三人は目を見張り、襲い来る赤い炎から逃れるように地を蹴って後退した。

「何が損した気分だってんだ」
「相手がお前ェだってことがまず気に入らねェんだよい」
「マヒロちゃんはおれっちに幸せになって欲しいって言ってくれてんだぜ!?」
「マルコさん、……まさかカーナさんに――」
「! それは無いよい!? 本当にそれは無ェから怒るなよいマヒロ!!」
「――嘘! マルコさんが浮気者だっただなんて!!」
「ッ〜〜!」
「なァ、……敵前で痴話喧嘩なんて始めてどうすんだよ? おれ達は助けに来たんだろ?」

エースは背後でマルコに食って掛かるサッチとマヒロに冷たい視線を向けて溜息を吐いた。

―― マヒロまで、マジで泣きそうになってんじゃねェって……。

サッチとマヒロはハッとして苦笑を浮かべた。

「わ、悪ィ」
「ご、ごめんなさい」

”エースに”謝罪の弁を述べると、エースはオレンジ色のテンガロンハットに手を置いて「ったく……」と言いながら目深に被り直した。

「マルコ」
「ッ…、何だよいサッチ?」
「とりあえず交換な」
「わっ!!」

サッチはマヒロの手を引いてマルコへと押し出すと、マルコの腕の中で力無く眠るカーナに手を伸ばして抱き抱えた。するとマルコはマヒロに腕を伸ばして空いた懐へと引き寄せて抱き留めた――が、視線はサッチに向けたままで目を丸くして首を捻った。

「……お前、カーナに気があるのかよい?」
「ハハ、霊気の色は聞かねェんだな」
「あァ、それはさっき大体の事情をねい……」
「流石はマルコ。なら、おれっちも色々あったってこと、察してくれってんだ」
「……」

サッチは片眉を上げてニヤリと笑むと、両手に蒼い霊気を纏ってカーナの身体を包む様に抱き締めた。
カーナが負った深い傷はみるみる内に回復し、血の気を無くして青褪めていた顔色もみるみる内に血色が良くなっていった。

「おれっちの女に手を出すんじゃねェよ」
「おい、それは――」
「マルコさん、あのね」
「っつぅか、また『さん』付けかよいマヒロ」
「うっ! そ、それは今は良いじゃない! 後でちゃんと直すから!」

マヒロはサッチが捕われている間にあった出来事をサッチの代わりに”補足として”マルコに説明した。その話を聞いたマルコは更に目を丸くして唖然としてサッチへ視線を向けると、サッチはニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

「意外にも脈ありだってんだ」
「……マジ…かよい……?」
「ねェ、マルコさん」
「な、何だいマヒロ?」
「……ひょっとしてカーナさんのこと、本気で好きになり掛けてました?」
「……ょぃ」
「へェ、よい……って、どういうこと!?」
「……ん? ……あ、ちっ、違う! そうじゃねェ! おれはただ同情しただけで!!」
「やっぱり浮気者ォォォッ!!」
「!?」
「「マヒロ(ちゃん)、マジ怖ェってそれ」」

マヒロは高圧縮に固めた霊気を纏った手で霊光弾を容赦無くマルコに放った。
目には涙を溜めて顔を真っ赤にしながら容赦の無いマヒロの報復に、エースもサッチも目が点になった。
マルコはマヒロの報復攻撃を思えば、自傷の傷なんか痛くも痒くも無いと、痛む身体を必死に動かして何とか、本当に何とか、ギリギリで躱した。

ズドオオオン!!

大きな轟音と共にマルコの背後にあった岩盤は勢い良く吹き飛んで綺麗に無くなった。その様を見ればその威力は半端無く、本気だったことが伺える。

「「マルコ、苦労してんだな」」
「二人とも、何か言った?」
「「イイエ! ナンデモアリマセン!」」
「ッ……」

怒れるマヒロにエースとサッチは首を左右に振りながら片言で答えた。

―― 助けに……来たんじゃねェのかよい……。


エースやサッチに荒んだ目で睨むマヒロに顔を青くして宥めに掛かるエースとサッチを見つめながら、ほんの少しだけ三途の川が見えた気がしたマルコは――屍鬼とどうこうの前にマヒロに殺される――と、素でそう思った。

とりあえず気を取り直して――。

サッチはカーナの回復の為に戦場から一旦距離を置いて安全な場所へと離れることにした。

「逃がすか! 裏切り者を寄越せ!」

彪髭の妖怪はカーナを救おうとするサッチに襲い掛かろうとした。だがエースが霊気を含んだ炎を放ってそれを遮って阻止した。
彪髭の妖怪が苦々しい表情を浮かべてエースを睨み付けると、エースはニヤリと笑みを浮かべた。

「貴様、霊気を纏うか!」
「おかしい……。我らと真面に戦えるのは不死鳥とあのマヒロだけのはず……」
「奴だけでは無い。あっちの男も霊気を纏っている。それも……カーナと同じ蒼だ」

彪髭の言葉に幼い顔をした妖怪が顎に手を当てて不思議な表情を浮かべ、銀髪の妖怪がサッチへと視線を向けて眉間に皺を寄せた。
そんな彼らとは違い、屍鬼は楽し気に「ゼハハハハッ!」と声を上げて笑い出した。それにピクンと大きく反応を示したのはエースだ。
エースは眉間に皺を寄せ、ティーチの姿を残す屍鬼を睨み付けた。

「てめェは絶対に一発ぶん殴ってやるぜ」
「ゼハハハハ、霊気を得たぐらいで図に乗るなエース。てめェはおれに一度殺されかけたのを忘れちゃあいねェだろう?」
「ティーチみてェに喋るじゃねェか。それだけに余計に腹が立つぜ」

エースは左手に右拳をパンッと一つ叩いてぐっと身構えた。すると三人の妖怪達が間に入り込んで立ち並びエースを睨んだ。

「雑魚は引っ込め」

幼い顔の妖怪がエースにそう言うとエースは眉を顰めた。

「ん? お前ェ何だよ、ただのガキじゃねェか。危ねェから下がってろって」
「なっ!? だ、誰がガキだ! わしは二百を疾うに超えておるわ!!」
「マジかよ!?」
「くぬぅっ!! お、己ェ! 不死鳥と同じ反応を示しおって……! わしは蝿稚児(ヨウチコ)! 火拳、貴様を先に地獄へ送ってやるわァァ!!」
「なァんでキレてんだ?」

エースを前にギャンギャンと吠える幼い顔をした蝿稚児に、エースは「???」と頭上に疑問符を並べて首を傾げた。

「落ち着け蝿稚児」
「ぬ…、彪卑下(トラヒゲ)……」
「ぶはっ!! まんまかよ!?」
「!!」
「ば、バカめ!! それは禁句っ……ひっ!?」
「……お…おのれェ、……よ、よくも、……我が気にしていることをぬかしおったな……?」

蝿稚児を宥めに入った彪髭の青い肌をした筋骨隆々の妖怪は、見た目の儘の名を持つ『トラヒゲ』にエースは堪らず吹き出して笑った。
蝿稚児は慌ててエースに口出しするものの彪卑下を見るなり青褪めた。
顔を俯かせて両拳を握り締めながらプルプルと打ち震える彪卑下は相当怒り心頭といった様子だ。

「貴様ァァ!! 我が殺してくれるわァァァ!!」
「おお落ち着くんじゃ彪卑下!!」
「どっちが先に相手すんだよ?」

憤怒と叫ぶ彪卑下の腕に蝿稚児はしがみ付いて宥める。
エースは呆れたように溜息を吐いて彼らを見つめた。だが、ふと一人足りないことに気付いて気配を探ると、銀髪の男はサッチの方へ向かったらしいことがわかった。

「悪ィサッチ! そいつは頼む!」
「は!? 何言っ――うお!?」
「チッ! 外したか!!」

エースの声にサッチは目を丸くした。そして背後に迫る気配に気付いて振り向いた途端、目の前を空気を切り裂くような鋭い蹴りが通り過ぎ、そのまま地面を叩き割った。

「あー待て待て。ちょっと待てってんだよ。この子を回復させてから相手してやっからよ! そう急くなってんだ!」
「何も間違ってはいない。おれは端から裏切り者のカーナを狙って攻撃したんでな」
「あ”っ?」
「ッ……!?」

銀髪の妖怪はクツリと笑って放った言葉にサッチは眉間に皺を寄せて睨み付けた。
陽気でフランクな男が突如としてガラリと様相を変えた事に妖怪は目を見張って驚き、咄嗟に地を蹴って距離を保った。
それを離れた場所で見ていた屍鬼は、サッチの様子を見て「惜しいことをした」と独り言ちた。

―― この男(ティーチ)の記憶によれば、あの男は常軌を逸した強さを秘めているらしいとあって傀儡化したんだが……、より強力に縛り付けておけば良かったか……。

小さく舌打ちをした屍鬼は視線をサッチから外し、エースを一度捉えた後に更に後方にいるマルコを見て、そしてマヒロへと視線を止めた。

―― マヒロ……、センザキマヒロ! ククッ……、カーナに負けず劣らず良い女だ。

唇を舌舐め擦りをしてニヤリと笑う。
マヒロはそんな屍鬼の視線を察したのかゾクリと悪寒を感じて振り向こうとした。だが、ふと大きな手が目の前を覆って視界を塞ぎ、ぐっと引き寄せられたかと思うとガバリと抱き締められた。

「な、何!?」
「いや、何となくな。……見せるべきじゃねェと思ってよい」
「へ?」

屍鬼がマヒロを性的な目で見つめて笑う様をしっかりと見ていたマルコは、振り向こうとするマヒロを屍鬼から隠す様に自らの身体を入れた。

―― 人の女を変な目で見てんじゃねェよい!!

非常に不愉快だとばかりに眉間に皺を寄せて舌打ちをするマルコにマヒロは目を丸くして首を傾げた。

「マヒロ」
「あ、はい、……あ、その腕、痛く無いの?」

マルコに呼ばれたマヒロは気を取り直してふとマルコの自傷した腕を見つめた。
青い炎がチリチリと再生を試みているようだが、傷の治りは遅いようで、自然とマヒロの眉間に皺が寄った。そして困惑と心配が入り混じった表情でマルコを見上げる。

―― マルコさん?

マヒロは自分を見下ろすマルコの表情を見て目を丸くした。至って優しく穏やかでクツリと笑う様子に不思議に思って見つめていると、ポンッと頭に手が置かれて軽く撫でられた。

「あ、あの?」
「……全部、貰うよい」
「え?」
「そうしたらきっとマヒロはもう…”普通の女”になっちまうんだろうなァ」
「!!」

マルコの言葉にマヒロは驚きと不安を模した表情へと変えた。笑うマルコの表情は優しく温かいものだったが、どこか寂し気に感じて思わず手が伸びる。そうしてふわりとマルコの頬に触れた。
マルコはマヒロのその手に自らも頬を寄せて目を瞑った。

「マルコさん、私は――」
「あァそうだ、別に気に病む必要は無ェか」
「――……え?」

マルコは小さくそう呟くと納得したように頷いて目を開けた。
マヒロがわけもわからずに黙ってマルコを見つめていると、マルコはハハッと軽く笑いながらマヒロの肩に頭を軽く乗せた。――かと思うと直ぐに顔を上げ、マヒロの耳元で何やら囁いた。

「えェッ!?」

途端にマヒロは驚きの声を上げると同時に顔を真っ赤にして狼狽えた。しかしマルコは平然としてマヒロを抱き上げた。

「おいマルコ! マヒロ!! 二人でイチャついてねェで早くしろよ!」
「「火拳! 殺す!!」」

二人の逆鱗に触れ、二対一の状況に追い込まれているエースは、自分が蒔いた種をは気付いていない。
必死に対応しながらマルコとマヒロへ目を向けると、何だかカップル同士が場を弁えずにイチついているようにしか見えなかった。
マルコは苦笑を浮かべ「悪ィ」とだけ言うと、ふとサッチへと目を向けて溜息を吐いた。

「カーナを殺すってェんならおれがてめェを殺してやっから覚悟しやがれってんだ!!」
「くっ! いきなり何なのだ貴様!? 人間の分際で何という野性的な殺気だ!!」

逆鱗に触れられたサッチが銀髪の男を本気で殺しに掛かって戦っているのだから何とも対照的だった。
怒れるサッチを初めて見たマヒロは唖然とした。

「……サッチさんって、意外に狂暴なんですね」
「あいつは女が絡むと余計に人が変わるからなァ」
「あ、そ、そうなんですね……」

だから周囲に『女好き』のレッテルを貼られたのだとマヒロは察した。
だがその怒りは全てカーナの為の純粋な気持ちから成るものだ。

―― 私、カーナさんを全力で応援しなきゃ!

本気で戦うサッチの姿を見つめながらマヒロはそう心に固く誓うのだった。

最終決戦 U

〆栞
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