12


エース、サッチ、そしてマヒロの三人は、モビー・ディック号から離れて小型船に乗って大海を航行していた。
彼らが向かう先は再びマリンフォードだ。
本船モビー・ディック号に乗る白ひげ海賊団は、少し遅れてマリンフォードに来る手筈となっている。
全ては昨晩、眠っているマヒロの意識にマルコが呼び掛けて伝達された。

「船に戻る暇は無いみたいなんでねい、悪ィがマヒロの方から来てくれねェか?」
「え?」
「ティーチ……いや、屍鬼は思ったより短気な奴だよい。待っていられねェみたいでねい、海軍本部に総攻撃を掛けるつもりらしくてよい」
「ちょっと待ってマルコさん! あなたは今どこにいるの!?」
「おれは海軍に捕まってたが、サコのおかげで何とか無事に逃げたよい。今はマリンフォードの島の外れに身を隠してるところでなァ、一度は船に戻ろうかとも思ったんだがよい、強い妖気が多く近付いて来るのを感じてねい……」
「サコ……、あ、サコは!?」
「……悪ィ、マヒロ……その……」
「……あ、ご…ごめん…なさい……」
「辛ェのはわかる。おれも辛ェからよい。けど、今は泣いている場合でも感傷に浸っている場合でも無ェからよい」
「ッ、うん」
「マヒロ、お前ェも狙われてる身で非常に危険なことは承知の上で頼む。マリンフォードに来てくれよい」
「……マルコさん……」
「マヒロが必要なんだよい。頼む」
「……ふふ」
「マヒロ?」
「ううん、どうして必要なのかわかってる。でも、マルコさんに『必要だから頼む』って言われるのが何だか嬉しくて、つい笑っちゃって……ごめんなさい。そんな暢気なことを考えてる場合じゃないのにね……」
「……いや、……何もそれだけに限ったことじゃね無ェよいマヒロ」
「え?」
「おれも正直に言うと凹たれてんだよい。……何もかも終わった後にマヒロが側にいてくれねェと、きっと苦しいと思うんだよい」
「!」
「待ってる。待ってるからよい、マヒロ、頼んだよい」

マヒロは目が覚めると飛び起きて白ひげに話した。
当然、モビー・ディック号を動かしてマリンフォードに向かう気になったのだが、マヒロがそれを止めた。

「きっと大きな戦いになると思うの。側にいたら危険だし、気になって戦いどころじゃなくなると思う」
「けどよ! マルコが来てくれって言ってんだろ!? それに一人でマヒロを海に出すわけにはいかねェって!」
「エース落ち着いて最後まで聞いて? 何も一人で行くとは言わない。私だって狙われてる身だもの。そこで提案なんですけど……」

マヒロは妖怪と戦えるエースとサッチと共に小型船に乗り込み、先にマリンフォードに向かいマルコと合流をすることを提案した。
エースもサッチもそこそこ戦えるしサポートも可能だろう。巻き添えを食って死ぬなんて可能性はそう無いと判断してのことだ。
その提案にエースもサッチも乗り気になって二人は大いに賛成した。だが白ひげは眉間に皺を寄せて難しい表情を浮かべていた。

「だがなァマヒロ……全て終えた後、そこから脱出する必要があるってェことを忘れちゃあいねェか? 相当の戦いの後は力を使い切っているはずだ。たった四人で海軍本部のあるマリンフォードから無事に脱出できるとは到底思えねェんだがなァ……」
「えェ、わかってます。だから少し離れた場所で待機しておいて欲しいの。きっと何もかも終わったら雰囲気も変わるだろうからわかると思う。その時に迎えに来て欲しいの」

マヒロの言葉に白ひげは少し考えたがその提案に了承した。
何よりマルコがマヒロを求めていることにそうそうのんびりと考えている時間は無いのだ。
マルコが無事で安堵はしたが、まだ戦いはこれからだ。
色々とあったが改めて気を引き締める必要がある。
マヒロとエースとサッチを送り出した後、甲板に隊長と隊員達を集めて白ひげは事の仔細を話し、全員に気合を注入したのだった。

最後の戦いが再びマリンフォードで始まろうとしていた。





海兵達は空を眺めて唖然としていた。

黒く澱んだ雲が空を覆い尽くして渦を巻いている様に異様な気配を感じて身震いした。そして双眼鏡を手にその渦の中心を見た海兵が顔を真っ青にして「ひっ!?」と悲鳴を上げた。

「どうした!?」

隣にいた海兵がその双眼鏡を奪い渦の中心を見た。すると彼もまた同じように顔を青くして悲鳴を上げた。

「報告! 報告!!」
「何だ!?」
「ばばば化物が大量に!!」
「何!? どこからだ!?」
「そそそ空! 空です!! 真上の、雲の渦から大量の化物がこちらに向かって来ています!!」
「何だと!?」

海兵が元帥センゴクがいる部屋に慌てて駆け込み報告した。
驚いたセンゴクは窓辺に急いで立つと空を見上げて目を見張った。

「くそっ! そう長くは待ってはくれんか!!」

吐き捨てるように言うと電伝虫を取り出して指示を出す。

「海軍全隊に告ぐ!! 化物共が攻めて来た!!」
「防衛じゃよ、防衛。お前さん方は防衛に専念するのみ。そう、ちゃんと指示を出すんじゃよ?」
「ッ…!」

センゴクが指示を出そうと口を開いた時、空幻は髭を撫でながら暢気な声で釘を刺した。笑んだ表情を浮かべてはいるがその目は笑っていない。
センゴクは少し言葉を詰まらせたが、グッと堪えるように静かに強い口調で指示を出した。

「海軍全隊、速やかに防衛線を張ること。決して倒そうと思うな。身を守る為に全力を注げ。民間人の安全を第一に、速やかに行動を移せ」

センゴクがそれだけ言い終えると空幻は何を思ったのかセンゴクから電伝虫を奪った。

「あ! 何をする!?」

センゴクが慌てて取り返そうとしたが、空幻は杖でセンゴクの胸を突いて押しやる。そして「コホン!」と一つ咳払いをしてから口を開いた。

「時が来たのう! わしはこれから防衛の為の壁を施した後、傀儡化から逃れる為に自らの命を絶って姿を消す! 自慢の我が弟子よ、後は任せたぞい!」
「!?」

空幻はそう言うと軽く笑うと「ほい」と言って電伝虫をセンゴクに投げ返した。

「ま、待て! どういうことだ!?」

困惑するセンゴクを他所に空幻は窓を開け放って外へと出ようとした。

「空幻!」

センゴクが名を呼び掛けると空幻は空を見上げながら言った。

「何、お前さん方が気にすることでは無い」
「な、何故だ! お前は何故我々の、人間の味方をする?! 奴らと同じ身でありながら何故!?」
「何、簡単じゃよ。わしはのう――」
「!」

――人間が大好きなんじゃよ――

空幻は飛び降りてヒラリと地に降り立つと、杖先をコンコンと鳴らしながら処刑台のあった広場の中心へと向かった。
そこには既に戦桃丸とパシフィスタがいた。

「お前、何する気だ?」

戦桃丸が空幻を不審に思いながら睨み付けるが、空幻は意にも介さず広場の中心に立った。そして杖をそこに刺す様にして立たせると両手を組んでブツブツと唱え始めた。するとその杖を中心に広く大きな円陣が突如として現れ、空間に様々な文字が飛び交い始めて広がって行く。

「な、何だ!?」

戦桃丸は目を丸くして驚愕したが、彼だけでは無く周辺にいた海兵達や中将達も驚きの目を向けていた。

「す、スモーカーさん! あれは一体!?」
「おれが知るわけねェだろうが。……チッ、……訳がわからねえ」
「はァ、……防衛だけだなんて、ヒナ不満。非常に不満」

またそこから離れた位置でそれを眺めるクザンとボルサリーノも呆気に取られながら笑った。

「あらら、本格的……」
「こりゃあ凄いねェ」

また更に別の位置からそれを見ていたサカズキは眉間に皺を寄せた。

「チッ、けったいなことを始めよって……」

センゴクは窓辺からそれを見つめ、部屋に入って来たガープが横に並び立って広場を見るや否や前のめりになって目をパチクリさせた。

「何をする気じゃ……?」
「……防衛の壁を施すのだそうだ」
「何?」
「我々を守る為の防衛の壁を作る。そして自らの命を絶って姿を消す。……そう言っていた」
「何じゃと?!」
「何故そこまでするのかと問えば「人間が大好きなのだ」と答えよった」
「!」
「人間では無いが、……見事なものだ。笑って言えることではない。笑って命を絶つなど言えんよ」
「……空幻……」

センゴクは両手をぐっと握り締めて歯を食い縛った。ガープも同じように苦し気に空幻の名をポツリと呼んだ。
重苦しい空気の中で突然姿を現し、暢気な笑い声と共に図々しく居座る老人に呆気に取られはしたが、場を和ませたのは言うまでもない。
今になって、空幻はわざとそうしたのではないかと思った。
『防衛に専念すること』と提案したのも、誰一人とて死なせない為の彼の、人間達に向けた愛情によるものだったのかもしれない。

「無下にはできん。我々ができることは誰一人とて犠牲者を出さんことだ。良いなガープ?」
「わかっとる」

センゴクが意を決したようにそう伝えるとガープはコクリと頷いて部屋を出た。そして海軍兵達が集う場所へと向かうのだった。





マリンフォードの一端に身を隠していたマルコは空幻の伝言をしっかりと耳にしていた。そして空幻が作り出した円陣と文字が空に浮かぶ模様をじっと見つめている。

「ちゃんとわかってるよい。おれはおれの仕事をするだけだ」

マルコはそうポツリと独り言ちると円陣の先の後方へと見やる。
渦巻く雲の中心から一際大きな妖気を感じて眉間に皺を寄せ、大きく息を吐いて目を瞑った。

―― マヒロがここに来るまで、まだ少し掛かるか。それまでにどれだけ耐えれるか……。

両手に力を込めて霊気を纏うとチリッと僅かに痛みが走る。だが以前程の痛みも無ければ辛さも感じない。
サコの力が不死鳥の再生の能力にプラスとなって働き掛けてくれているのか、自傷しても直ぐに消えて無くなっていく。

「……海…か……」

霊気を纏うのを止めた素手で目の前の海に試しに触れてみた。
海水に触れて力が抜けるかと一瞬だけ躊躇したが、勇気を出して伸ばす。海の中に手を入れるとざぶんと波が上がってより腕を濡らした。しかし、不思議と力は抜けず、それどころか却って力が強く漲る気がした。

「マジか、……凄ェよい」

腕を引き抜いて思わず目を丸くする。
海に直に触れるなんて何年ぶりだろうか。そんなことを思いながら力をくれたサコにマルコは心の底から感謝した。

―― 全て必要なこと。……無駄には絶対にしねェ。

そう心に決めて立ち上がる頃、上空に浮かぶ円陣と文字は列を成して膨れ上がるとパンッと弾けるようにして消えた。
防衛の壁が張られた証拠だ。それから少しして、中央広場にあった一つの気配が姿を消した。
自ら命を絶つ――。
そう言った空幻の気配は完全に消えた。そしてそれを合図と言わんばかりにマルコは不死鳥化をして中央広場へと向かう。
その間に戦う前に空幻と交わした会話をふと思い出した。

〜〜〜〜〜

「ぶっちゃけた話をするとのう、これは全て――――なんじゃよ」
「はァ!? 何だって!?」
「おお、怖いのう、おお怖い!」
「ッ、……て、てめェ……」
「しかし、こんなわしとて恋をしたのは流石にびっくりじゃ。いやはやまさか人間に恋するとはのう!」
「……」
「全て任せたぞい。何もかも終わった後、そこにあるのは『自由』じゃて。のう?」
「ッ……はァ、ったく、わかったよい」
「なァに、マルコ殿にとっては”既に”大きな報酬を貰ったようなもんじゃろうて」
「……よい……」
「そうじゃ、よいよいじゃ!」
「……」

〜〜〜〜〜

腑に落ちない感情を抱えたまま今に至るのだが、”必要とされた”のであるならば、さっさと済ませて自由を得たいと強く思う。

海賊らしく、自由に――だ。

中央広場の上空に旋回する青い不死鳥に気付いた戦桃丸と周辺にいた海兵達は挙って驚きの声を上げた。
当然その姿は少し離れた場所にいるクザンやボルサリーノ、そしてサカズキの視界にも捉えられている。
バサッバサッと羽ばたいて下降し、不死鳥化を解いて中央広場へと降り立ったマルコは、唖然として立ち尽くす戦桃丸を見るなりクツリと笑った。

「ふ、不死鳥マルコ! 逃げたはずのお前が何でまたここに!?」
「そりゃあ戦う為だよい。じゃなけりゃあとっくにこの島から離れてるよい」
「た、戦う!? 重傷を負ったお前が戦っても何にも――」
「おれが負った傷は殆ど自傷によるものだい。敵の攻撃を受けて負った傷なんて一つも無ェよい」「――ッ! それは本当か!?」

軽く肩を竦めたマルコは空を見上げた。妖怪の数が更に増えているのが目に見えて明らかだ。

「ここで戦うよい。基本的にあいつらの目的はおれだ。だからお前ェらはここから撤退しろい」
「な、何を馬鹿なことを――」
「中央広場にいる海兵達は速やかに退去せよ!!」
「――ッ……!」

戦桃丸はマルコに抗議をしようとしたが、センゴクの声が木霊して退去命令が下された。戦桃丸は目を丸くしたが小さく呻きながら悔しそうな表情を浮かべてマルコを睨み付けた。だがマルコは片眉を上げるのみで戦桃丸を一瞥すると再び空へと視線を戻した。

「良いか不死鳥! 全て終わった後にお前を必ず捕まえて処刑台送りにしてやるからな!!」
「よいよい」
「くっ!」

戦桃丸の言葉にマルコは振り向くことも無く手をヒラヒラさせて答えた。
戦桃丸は額に青筋を張りながらパシフィスタに命令してその場を離れるのだが、腸は相当煮え繰り返っているのか非常に不満顔だ。

―― 何が「よいよい」だ! 化物共にやられてしまえ!!

心内でそう思った戦桃丸だったが、先程の老人の声が言った『弟子』というのが不死鳥マルコを指しているのではと思ってハッとした。すると咄嗟に振り向いた戦桃丸は「気合入れて行けよ!」と応援の言葉に変えてマルコにそう言った。

「……変わり身の早ェ奴だよい……」

戦桃丸の心の声をしっかり聞いていたマルコが呆気に取られていたことなど戦桃丸は知る由も無いだろう。
また、別の場所では「おのれ不死鳥ッ!!」と息巻いている赤いマグマの存在に気付いていたマルコは少しだけ頬を引き攣らせた笑みを浮かべた。

―― あの石頭は面倒だよい……。

と、敢えてそこには触れないでおこうと無視を決め込むのだった。

最終決戦前

〆栞
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