11


まさかそんな言葉を貰えるとは思ってもみなかった空幻は、胸が熱くなり涙が目に溢れた。
万が一、もし万が一にでもそんな風に思ってくれたなら、これ程嬉しいことは無いと思っていた。

生意気な弟子で悪かった。
ありがとよい、空幻師匠。
あんたはもう大事な家族だ。

「――だそうじゃ」

どうあろうとも、自分は人ならざる者である以上は、心を許してくれることは無いだろうと思っていた。
そんなことは決して口にはしないだろう、認めないだろう、そう思っていたというのに――。

「そうか……。ひょっひょっ……」

小さく笑いながらグスッと鼻を鳴らす。

「年寄りを泣かせるもんじゃないぞ…、生意気な弟子め」

窓から望む外の景色に目を向け、欲しかった言葉を送ってくれたマルコに向けて、空幻はそうポツリと零した。マルコからの伝言を頼まれていたガープは、二人の絆の強さに感じ入ったのかジーンと胸を熱くした。

―― すまん。色々と沢山貰ったのはわしの方じゃ。礼を申すべきはわしじゃよマルコ殿。

気持ちが高ぶり涙が零れそうになるものの深く息を吐いて気持ちを落ち着ける。

「マヒロを頼みましたぞ」

空幻は誰に聞かすともなく真っ青な空と海を見つめながら笑みを浮かべてそう呟いた。





白ひげ海賊団のモビー・ディック号とその傘下の船では、小物から大物まで、様々な海賊団との交戦が続き、時には海軍の軍艦とも戦う日々が続いていた。
マリンフォードに残ったマルコがどうなったのか、情報が欲しいところだがそれどころではない。
一戦終わればまた一戦と、引っ切り無しだ。
襲って来る者達の目的はセンザキマヒロだ。交戦が始まる度に「センザキマヒロを出しやがれ!!」と叫ぶ海賊や海軍が殆どだった。
また、補給の為に町に寄ろうものなら、白ひげ海賊団とわかるや否や一般市民でさえも銃や箒を持って「センザキマヒロを差し出せ!」と声を荒げて襲って来るものだから、島に寄港することもできないでいる。

島から少し離れた場所に岩礁で囲まれて見つかり難そうな場所があればそこに停泊し、小船に乗って島に上陸しては物資を調達するのが常となった。
その上、ティーチが放ったと思われる妖怪も度々襲って来る為、常に警戒していなくてはならない。気を張り詰め続ける日々に、流石の白ひげ海賊団でも疲弊し切っていた。
あまりにも過酷な日々に申し訳無さを募らせたマヒロは、船を降りて一人で身を隠すと申し出るが、白ひげも隊長達も隊員達でさえもそれは許さなかった。

「……本当に……すみません……」
「何言ってんすかマヒロさん。おれ達はまだまだ戦えますって!」
「そうだよ、マヒロ。ギルの言う通りおれ達はまだまだ元気だよ! だから変に気を遣わないでよ。こんなの最初から覚悟してたことだからさ!」
「でも…ハルタさん……」
「マルコがいりゃあそこまで気を遣わなかっただろうけどねェ」

イゾウは煙草をプカリと吹かすとポツリと言った。するとハルタが不味い顔を浮かべる。

「イゾウ! 今、それ禁句だって!」
「「「あァァッ! マルコ隊長は無事なんですかねェッ!!??」」」
「ほらァ」

涙に暮れて叫び出す1番隊にハルタはうんざりした表情を浮かべた。

「こんな1番隊のヘタレ具合をマルコが見たら嘆くだろうねェ……」
「また言った。言っとくけどさ、それ、1番隊だけじゃないからね?」
「ん?」

忌々し気な表情でハルタは「ほら」と言って指を指した。
イゾウは煙管を口に咥えながその先へと目を向けると目を丸くした。
目に涙を浮かべる――マヒロだ。

「……うぅ……ふっ……」
「ッ……」

嗚咽を上げ始めるマヒロにイゾウは不味いとばかりにヒクリと頬を引き攣らせた。

「心の傷はそれはそれは深いんだからさ、特にチシとサコの件が――むぐっ!?」

困るんだからとハルタが説く口をイゾウが慌てて塞いだ。

「バカか! それこそ爆弾だ!!」

泣くのを必死に我慢している姿があまりに痛々しい。
グスッと鼻を鳴らし、目を細めてググっと眉を寄せて耐えるマヒロ。
マルコだけならいざ知らず、チシとサコの名前を耳にすれば最早我慢などできるはずも無い。
とうとう涙腺は決壊してボロボロと涙を零し始めた。

「う…、ふっ…、ご、ごめんっ…なざい”……」

顔を俯かせたマヒロは必死に嗚咽を漏らす口元を押さえながら謝罪の弁を残して自室へと戻って行った。
それを少し離れた所で見ていたビスタは「バカ共が!」と、流石に怒ってイゾウとハルタの頭をご突くのだった。

「全く……、人のことを言えた口か? イゾウ、らしく無いのはお前もだぞ」
「……五月蠅いよ。……おれはいつもどおり――」
「へェ、どの口がそんなこと言うのさイゾウ!」
「――ッ、……チッ!」

ビスタにご突かれた頭を押さえながら、イゾウはやり場のない苛立ちをそのままに踵を返して立ち去った。
ビスタもハルタもイゾウの気持ちは痛い程よくわかっている。
立ち去るイゾウにそれ以上は何も言わずに見送ると、お互いに顔を見合わせて溜息を吐いた。
イゾウはチシを心の底から可愛がっていた。それだけに彼女の死は思いのほかイゾウの心に傷を残したようで、普段なら気を遣って言葉を滑らすようなことはしない男がそうしてしまうということは、やはり相当参っている証拠であった。
しかし、そんなイゾウよりも更に深い傷を負ったのは他の誰でも無い――サッチだ。だがイゾウのように凹んでいる暇はサッチには無かった。

「ビスタ隊長! また妖怪です!」
「くそっ! まだ来るか! エースとサッチに知らせろ!!」
「はい!!」

甲板で見張りをしていた隊員が叫ぶとビスタは直ぐに他の隊員にエースとサッチを呼ぶように指示を出した。
頂上戦争以降、襲って来る妖怪は極端に強い奴らばかりで、妖怪と戦う訓練をしたとしても『霊気』を持たない彼らでは、雑魚を倒せてもそれ以外の妖怪達までは流石に倒せなかった。

敵の目的はマヒロだ。
だが彼らを撃退できるのはそのマヒロしかいない。

最初はマヒロのサポートをしながら応戦していたのだが、数が増えるとサポートどころでは無く、マヒロどころか自分達の命さえ狙い始める妖怪もいて、防衛に必死だった。
そんな中、ある種の奇跡とも言えるのか、エースとサッチの二人が妖怪に対抗できる力を持っていることにマヒロが気付いた。そしてマヒロは二人を短期間でその力の使い方を教え込むと二人は直ぐにコツを掴み、妖怪の撃退に一役を担う程になった。

何故エースとサッチに力が宿ったのか?

まず幸いしたのがエースの魂の色がチシと同様だったことだ。チシの妖気で回復してもらったことでエースの魂が呼応した為に霊力が引き出されたのだ。
これは思いもしなかったことだ。
チシの死は受け入れ難いものだったが、エースは「チシが残してくれた力だ」と言ってその力を受け入れた。
そして肝心のサッチなのだが――。
これはあくまでも仮説ではあるが、魂の色が違うと言えどもチシの『命の転換』によって救われたことが引き金となり、霊力が引き出されたのではないかとマヒロは推測した。しかし、本当にそんなことがあり得るのかどうか甚だ疑問で、これこそ奇跡のようなものだとマヒロは口にしていた。
ただ、サッチ当人は困惑していた――と言うのも、サッチは戦いながら”色が違う”ことに気付いたからだ。
嘗てウィルシャナ領での戦いにおいて一度だけ霊力を引き出された時、確かにそれは黄色だった。
霊力を駆使する感覚ははその時と然して変わらないし特に何かが大きく変わったところなど無かった。なのに、霊力の色だけは違っていたのだ。

「ティーチの野郎、どんだけ部下を! 仲間を! 犠牲にすりゃあ気が済むんだ!」
「エース! 短気を起こすなってんだ!」
「あァわかってる。サッチ、あっちのでけェの任せるぜ」
「了解」

エースは赤い炎を纏うと霊気を混入した火拳を放って撃退し、サッチは二本のサーベルを巧みに操り、大きな身体をした妖怪を見事にぶった斬って撃退した。

―― うーん、……やっぱりこれってそうだよなァ……。

サーベルを収めて甲板に戻ると各隊長達や隊員達が出迎えて労いの言葉を掛けて来た。

「悪ィ、おれっちはマヒロちゃんに話があるから」

サッチはそう言って早々に船内へと入って行った。
マヒロがいると思われるマルコの部屋の前に立ち止まったサッチは、少し深呼吸してからドアをノックした。
少し間を置いてドアが開けられ、オズオズと顔を出したマヒロの目には未だに涙が残っている。
サッチは少しだけ苦笑を浮かべた。

「ちょっと良い?」
「……はい……」

サッチはマヒロと共にマルコの部屋に入るとソファに腰を下ろした。そしてマヒロは真向いに椅子を引いて座ったのだが、涙がまた溢れて頬を伝い落ちるのを腕で拭っていた。

「傷心の所ごめんな? 慰めてやれる言葉は今のおれっちには無くて気の利いたことは言えねェんだけど……」
「ッ…いえ、ごめんなさい。大丈夫……です。その、もう少しで止まりますから」
「……マルコが戻って来たら一杯慰めて貰わなきゃな」
「! ……うっ…ふぅ、…ま…マルコさんの名前……今はダメですってばァァァ!!」

やっと涙が止まりそうだったのに、マルコの名前を聞いた途端にドバッと決壊して大泣きするマヒロにサッチは難しい表情を浮かべて少し首を傾げた。

―― うーん、確かに同一人物じゃあ無ェな。マヒロちゃんはどっちかっていうと妹気質って感じだし……。

屍鬼により傀儡化される少し前、カーナがマヒロとの関係を話してくれた。その内容はあまりに突飛なもので、俄かには信じられなかった。しかし、幻海という名の婆さんからより詳しい話を聞かされたら信じざるを得ない。
まさかこの幻海がマヒロやカーナの祖母に当たる人だとは思いもしなかった上に、遠い過去にマルコを鍛えたというのだから非常に驚いたものだ。

―― もう何でも有りだな……。

そう思ったのが今ではちょっとだけ懐かしい気がした。

「あー、悪かった。泣くのは止めて、とりあえずおれの話を聞いてくれってんだ」
「うっ、ひっく……ずびばぜん。 ……ひっく、……な、何でしょう?」
「おれっちの魂の色が黄色だったのは覚えてる?」
「……あ、はい」

サッチはそう言うとマヒロの目の前に手を翳して霊気を纏わせた。すると、それを見たマヒロは目を大きく見開いて唖然とした。

「え? ……えェ!? どういうこと!?」
「あー…、多分なんだけどよ……」

サッチの手をがっちりと掴んでマジマジと見つめるマヒロにサッチは口籠って話し難そうに説明した。

―― 恐らくおれっちに力を与えたのって……、チシちゃんの命の転換が切っ掛けではあるんだろうけど……。

サッチは捕まっていた時のことをマヒロに全て話した。幻海のこともカーナのことも何もかもだ。そして、自分が抱くカーナに対する思いも――。

「……サッチさん、多分それは……」
「ん?」

カーナと幻海と話をする中で、未だに傷が癒えていなかった身体をカーナが力を使って再度治療に当たってくれた。その際、幻海はカーナの手の上に自身の手を重ねて何やら妙な言葉を発していた。
意味は全くわからなかったが、全てを言い終えた時に強い圧力を背中から受けた。この時はただ単に傷の回復を手伝う為の力なのだとサッチは思っていた。

「それは恐らく防衛の為の術を施されたのだと思います」
「防衛? ……何のだ?」
「屍鬼はエースとは違い根本的な傀儡化をサッチさんに施すつもりだったのだと思います」
「ちょっ…と……、わかんねェんだけど……」

眉を顰めて首を傾げるサッチにマヒロはどう説明したものかと少し頭を悩ませながら言葉を続けた。

「エースは器…つまり、身体に魂を無理矢理押し込む感じで、えーっと、そうね、言うなれば『憑依させるタイプ』とします」
「お、おう……、それでおれっちのは?」
「サッチさんのは『同化タイプ』と言ったらわかりますか? 屍鬼そのものの身体と魂の書き換えとを行うと言うか、身体と魂の全てを乗っ取って別人にしてやるぜ〜……的な?」
「え、何でそこ疑問系?」

サッチのツッコミにマヒロは少しテヘッと笑って誤魔化した。

「ま、まァ、感覚的な捉え方としてそうだと納得してください」
「……わ、わかった」
「で、」
「あれ? まだ続くわけ?」

目を丸くするサッチにマヒロはコクンと頷いて続ける。

「わざと記憶と意識を残させる為に魂を半分残したとします」
「全部を奪わなかったってェこと?」
「はい。でも後々絶対に浸食されるので、最終的に魂は喰われて消えてしまいます」
「そうならないように……、おれっちの魂を守る為の術を幻海が施したってェことか?」
「はい。そこが重要なところなんですけど、屍鬼はきっとサッチさんの魂の色を把握していたと思うんです」
「……お、おう」
「なので、祖母は魂の分離と色変えを施したのだと思います」
「ん?」
「元の黄色の魂を囮に残して、本体となる魂を別の色に変化させて保護したんです」
「ふ……、ふぅん……」

額からタラリと汗を一筋流しながら理解していないのに頷くサッチにマヒロは小さく笑った。

「頭で理解しないで感覚的に理解してください。すみません……、あまり上手く言えなくて」
「あァ、謝らなくて良いってんだ。その二人のおかげでおれっちの色がこの『蒼』になったってェことね」
「――と、思います。そして」
「ま、まだ何かあるの?」

戸惑い気味に問い掛けるサッチにマヒロはずいっと前のめりになって食い入るようにサッチを見つめ、サッチは思わず身を後ろに引いた。

「な、何?」
「カーナさんのこと、気になってるんですよね?」
「お、う…うん、……まァ、そう…かも……」
「放っとけない?」
「……放っとけ…ねェな……」
「チシは『愛』の子です。きっとサッチさんのカーナさんに対するその気持ちが今回の力の引き金になったんだと思います」
「へ?」
「その蒼って……、カーナさんと同じ色ですよね?」
「あ、」
「……サッチさん、……春……到来しましたね……」

ニヤリと少し揶揄うような笑みを浮かべてそう言うとサッチは瞬きを繰り返し、ポッと少しだけ頬を赤くしてふいっとマヒロから顔を逸らした。

―― うー…、何かよくわからねェけど、確かにおれっちはカーナちゃんのこと……。

目を瞑ってカーナの姿を思い浮かべたサッチは少し間を置いてハッとした。そして徐に目を開けてマヒロへと顔を向けた。

「っつぅか、おれっちのこの恋路は認めてもらえるもんなのか?」
「え? 認めてもらえるのかって……どういうこと?」
「あー…のさ、ほら、マヒロちゃんとカーナって同一人物っつぅか、同一の立場の人間だったってェことは知ってる?」
「い、一応。カーナさんと戦った時に彼女から聞きました。……けど、……え? どうして?」
「あーいや、まァ、同じ立場ってェだけで別人だから問題無ェんだな。そもそも人格も性格も何もかも全く違うしな。気にする必要は無ェか」
「……あのー」……何かちょっと今の……サッチさんの言葉に棘を感じましたけど……」
「ん?」
「……何だか今の発言がちょっと気になったんですけど……」

ジト目で見つめるマヒロにサッチは乾いた笑いを零して再びサッと視線を外した。

―― そりゃあ被害妄想だぜマヒロちゃん。結構あれだな、意外に根に持つタイプ? ……って、カーナちゃんもそこは一緒かもしんねェな。

「まァその何だ、カーナちゃんはどちらかと言うとお姉さん気質だと思うわけ」
「……どうせ私は甘えたですよ」

サッチの言葉にマヒロはガクリと肩を落として影を背負った。どうやら少々拗ねたようで、サッチはポリポリと頬を掻いた。
意外に打たれ弱いというのも付け足して――。

「丁度良いんじゃねェの?」
「……何が?」
「ほら、マルコは長男気質の面倒見の良い奴だろ? だから妹気質の方がフィットして丁度良いんじゃねェかっておれっちは思うんだけど……」
「!」
「あいつは意外に甘えられるとかまってやりたくなるタイプだと思うんだよなァ」

そう言ってチラリとマヒロを見やると、パッと表情を変えたマヒロがそこにいた。

「そ、そう……かなァ……?」

頬を少し赤くして二ヘラと締まりの無い顔を浮かべて笑うマヒロに、サッチは片眉を上げた。

―― ほんと、マヒロちゃんって直ぐに顔に出るよなァ。……可愛いから良いんだけど。

多少身体をモジモジさせては「エヘヘ」と嬉しそうに笑うマヒロはやはり妹気質だとサッチは改めて確認した。

―― とりあえずだ。マルコが早く戻って来て貰わねェとマジで困るわ。何でもないようなふりしてっけど……。精神的にかなりヤバいとこまでキてるのは確かだってんだ。

「……ふっ、うぅ…、マル…コさん……」

折角落ち着いていたといのに、諸々を思い出したマヒロはまた目に涙を浮かべて嗚咽を引き起こし始めた。
精神的にかなりヤバいところまでキてるのは確かだ――と、サッチは泣き出したマヒロの頭をクシャリと撫でた。

「チシ〜…ひっく、サコ…ッ、ふぐっ…えっく……ふぅえぇぇん!」
「あァ、もう、思い出して泣くなってんだよ」

後頭部に手を回してマヒロを宥めるサッチはよしよしと優しく頭を撫で続けた。そしてどこを見るでも無く視線を彷徨わせて悪友の顔を思い浮かべる。

「頼むマルコ! 急いで帰還しっ――!? って、おれっち地雷踏んでどうすんだってんだ!?」
「うわァァん! マルコさァァん!」
「あのねー! おれっちも本当は泣きそうなのわかって!?」

チシのことで最も尾を引っ張ってるのは自分なんだとサッチは声を大にして言いたかった。

―― 心に重い傷を背負ったのおれっちだって、そこんとこわかってくれってんだよォォォ!

サッチは心の中で両手で顔を覆いながらサメザメサメザメと涙した。

あの子、おれっちを生かす為に死んだんだぞ!?
おれっちが平気なわけねェってんだよ!!
なァ、そうだろマルコォォォォッ!!

号泣し始めるマヒロに対して我慢の限界に達したのか、目にウルウルと涙を込み上げたサッチは大人げなくドバーッと涙を零して号泣し始めた。

「サッチさんがどうして泣くんですかァァァ〜!!」
「マヒロちゃんが泣くからだってんだよォォォッ!!」
「何で私のせいなんですかァァァ!! ふェェん!!」
「うォォォん!」

丁度その時、様子を伺いに来たエースは、号泣し合う二人の声を耳にしてドアを開けるのを止めた。

―― ……何でまた二人して泣いてんだ……?

何となく関わらない方が良いと思ったエースは、そのままスルーして船長室へ向かうことにした。

「オヤジ、マルコの部屋でサッチとマヒロが号泣してんだけどよ」
「……グララララッ……ララ…………ズピッ……」
「……あー……何でも無ェ。おれ、ちょっと外の様子を見て来るから……」

様子が頗るおかしいのは白ひげも同じだった。
少し唖然としたエースは適当なことを言って船長室から逃げるように出て行った。

―― お、オヤジまで精神的にキてんじゃねェか……。

エースは困惑した表情を浮かべながら角を曲がったところでイゾウとばったりと出会った。
イゾウは眉間に皺を寄せると「チッ!」と舌打ちをして部屋へと戻って行く。彼の手にはチシが使っていたコップがあり、その中にチシが好きだったホットココアが入っていたのを、エースは見逃さなかった。

「ダメだ……これはマジだ。……マルコ、頼む。早く帰って来てくれ。……本当に、もうマルコしか頼れねェよ」

甲板に出れば隊員達は疲労困憊な上に、やはりチシとサコの後遺症が酷く残っているのか情緒不安定だ。
特に1番隊は自分達の隊長であるマルコがどうなっているのかがわからない不安も重り、倍にして情緒不安定であった。
見張りは役に立ちそうにない。せめて真面な精神でいてくれているのは、イゾウとサッチを除く隊長達だけで、他は使い物になりそうになかった。

「「「マルコ! 早く帰還してくれ!!」」」
「だよなァ……」

隊長達が声を上げて空に向かって吠える様を見たエースは、オレンジ色のテンガロンハットを目深に被りながら深い溜息を吐いて項垂れた。そして両膝、両手と順番に地面に突いて四つん這いとなると影をドーンと背負うのだった。

―― 何だろうな。もう、何もかも滅茶苦茶だぜ……。

それもこれも全ては妖怪のせいだ。毎日二十四時間体制で戦闘が引っ切り無しに続き、心身共に疲弊して追い詰められているからだ。
確実にそれが大きい。
例え妖怪と対抗し得る力を得たとは言え、こちとら俄かなのだ。マルコ程に強いわけでも無く扱いにも慣れているわけでは無い。戦いながら習得していくようなもので余計に神経を使うのだ。その為に疲労感は他の誰よりも大きいのだからエースと言えども流石に滅入っている。

今現在停泊しているこの場所は、気配を察知できる妖怪だけが時々襲って来るだけで、海賊や海軍には見つからずに済んでいる為、当面の間、白ひげ海賊団はこの岩礁地帯にひっそりと身を隠すことにするのだった。

大きな後遺症

〆栞
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