09


再びマルコが牢に投獄された頃、部屋では様々な声が飛び交う中、敵方の要求通りに不死鳥マルコ及びセンザキマヒロの二人を差し出し、その際に交渉を行ってはどうかとする意見が大半を占めていた。
世界政府の要人もそうすべきではと言うが、センゴクは眉間に皺を寄せて目を瞑ったまま黙り込んでいた。

―― 交渉だと? 何を馬鹿な……。

それは力が拮抗して初めて成せるもの。不死鳥とマヒロを差し出すと言ってこちら側が条件をどうこう言えるような力等無いに等しい。
端から交渉を基準とした考えはセンゴクの中に一つも無かった。

力の差は歴然。

黒ひげのティーチが僅かに見せた変貌した姿、あれはどう見ても人間が対抗できるような相手では無かった。
異様な目、異様な空気、異様な力――。
どこまでも深く澱んだ果てしの無い闇がそこにあった。

これは間近で見た者にしかわからないだろう。

「おれは反対っすね」
「あっしもクザンと同意見だねェ」

多くの者が交渉する意見に賛同する中、肝心の大将二人が首を横に振った。

「何故です!?」

一人の中将がガタンと席を立って抗議の声を上げると次々に他の者達も意見を口にした。

「力があると言っても不死鳥は海賊。その海賊の力を借りるなど海軍の面子に関わります!」
「あァ私もそう思う。世界を守るのは我々海軍だ。敵は化物で脅威かもしれないが対策を打てば何とか戦えるかもしれない! そうは思われませんか!」
「お三方は対等に戦っておられたのだから、あとは我々が鍛錬をして強くさえなれば――」
「そういうこと、現実的に本当に可能だと思って口にしてるなら、ちょっと気楽過ぎやしませんかねェ?」
「「「ッ!」」」

中将達の言葉にクザンは冷静に釘を刺すと誰もが口を閉ざした。

「あっしらが対等に戦えてたとは思えないねェ。あっしらの攻撃は大して効いちゃいなかったでしょ〜。本当に君たちはあっしらの戦いを見てたのか、ちィと怪しいねェ」
「「「……」」」

ボルサリーノがサングラス越しにギロリと中将達を見回してそう言うと、中将達は愈々もって黙り込んだ。
青い顔を浮かべて視線を外して顔を俯かせる者や愕然として畏怖を浮かべる者等様々だ。

どうすべきか?
どうもできないのでは?

誰もがそう思って煮詰まっているところ、両腕を組んだまま帽子を目深に被って黙っていたサカズキが「チッ!」と舌打ちをした。

「どいつもこいつも情けないことを口にしくさる! それでも天下の海軍か!!」
「あっしもそう思いたいがねェサカズキさん、現実的に目の当たりにして本当にどうこうできる相手とはどうも思えなくてねェ……」
「あんたはあの黒ひげを目前にして真面に戦えると思ってるとしちゃあ……大したもんですよ」

ボルサリーノとクザンがサカズキにそう言うとサカズキは二人を睨み付けた。

「大将が二人してその様じゃけェ海賊なんぞに力を借りるかどうかなんぞと話が出るんじゃたわけが!」

大将の三人が口論をし始めるとセンゴクがバンッと机を叩いて立ち上がった。それに三人は口を噤み、センゴクへと視線を向けた。
センゴクは難しい表情を浮かべたまま何も言わずにまた席に腰を下ろした。

―― ……あらら、何も言わないんですかセンゴクさん……。
―― 何も言わないのに急に立つとか、あっしらに無言の圧力ですかい?
―― 何も言わんのに何じゃ突然……話の腰を折りよって!!

クザン、ボルサリーノ、サカズキは同時に心の中でツッコんだ。そんな三人の心情等どうでも良いセンゴクは深い溜息を吐いた。

「交渉等、明らかに劣る我々の力で出来ると思うのか? 力の差は歴然だと言うのに、それでもお前達は真面に戦えると思えるのか?」
「「「……」」」
「我々がすべきことは――」
「ただ黙って見守るだけじゃて」
「――ッ!? 誰だ!」

センゴクの言葉を遮った声音は誰も聞いた事の無い声だった。
誰が言ったのか、その部屋にいる者達は皆してキョロキョロと周囲を伺うが、声の主はわからずにポカンとした。
その時、中央に残された拘束具の付いた椅子の上にピシッという音と共に空間に亀裂が入り、誰もが愈々目をひん剥いて唖然とした。

ピシピシッ…パキンッ――!

空間の亀裂が弾ける音を成すと坊主頭に白い髭を蓄えた老人が突如として現れた。
空間の裂け目からヒラリと着地するその老人は「ひょっひょっひょっ」と笑いながら顎鬚を撫で、手にしている杖でコンコンと地面を叩いた。すると、空間に出来た裂け目が一瞬にしてヒュンッと消えた。

「な、何者だ!?」
「わしは空幻と申す」

空幻は丁寧に頭を下げて名乗ると、置かれた椅子の上にある拘束具を杖でどかし、「ふぃ〜」と言いながら腰を下ろした。
誰もが目を見開いて顎が外れるのでは無いかと思える程にポカンと口を開ける様相に、空幻は楽し気に見て「愉快な顔じゃ」と笑った。

「空幻とやら、お前は人間……か?」
「んにゃ、妖怪じゃよ」
「「「!?」」」

センゴクの問いに空幻は笑ってそう答えると、部屋の空気は一気に張り詰めた。
敵意と警戒、中将達は各自の武器を手にして身構える。だが空幻は「よいよい」と言って気楽に笑っていた。

「そのように警戒なされるな。わしは味方じゃよ」
「味方だと!? そのような証拠、どこにある!?」

空幻の言葉に中将の一人が怒号を上げて言った。

「そうじゃの〜。証拠はの〜、何と答えようかの〜」

空幻は暢気な声を上げて首を右に左にと捻った。

「まァお前さん方に何もしとらんことが証拠かの?」
「屁理屈を!!」
「先に言っておくがの、わしに攻撃を仕掛けても無駄じゃよ。特にわしは空間を行き交う妖怪じゃから、物理的な攻撃は一切効かん。ま、お前さん方に霊気があれば別じゃがの?」

ニヤリと笑みを浮かべた空幻に中将達は「くっ!」と押し黙った。

「た、試してみなければわからん!」

誰かが発した言葉に数人が空幻に攻撃を仕掛けた。

「止めんか! よせ!!」

センゴクが咄嗟に声を掛けたが攻撃は止められず、中将の一人が振り下ろした刃が空幻を襲う。しかし――。

スカッ!

「「「なっ!?」」」
「じゃから言うたじゃろ? 物理的な攻撃ではわしのような者は捉えられんのじゃ。あァ悪魔の実の能力でも同じじゃよ。そこに霊気や妖気が込められておれば話は別じゃがの。そうそう、極稀に見える者はおるじゃろうが、その様な力を持った人間は”この世界には”疾うに潰えておらんことを付け加えておこうかのう」

空幻は持っている杖で自分の肩をトントンと軽く叩きながらそう言った。その言葉にセンゴクはピクリと眉を動かして怪訝な表情を浮かべた。

―― この世界には……だと?

「妙なことを言う。この世界には…とは、どういうことだ?」
「そうじゃな。異次元空間の存在を知ればわかるかのう」
「異次元……だと!?」
「そうじゃ。世界は一つとは限らんのじゃよ。異次元空間には様々な世界が存在する。この世界と同じような世界が別に存在するんじゃ。まァ例えばじゃがのう、海軍であるお主らが海賊で、海賊達が海兵となっておる世界が存在する……とかのう」
「な、何だと!?」

空幻の言葉に誰もが驚き固まった。

「そもそも屍鬼の始まりは”これらの世界”が事の起こりなんじゃが……」
「……?」

ポツリと零すとセンゴクは険しい表情を浮かべたまま軽く首を傾げ、それを見た空幻は片眉を上げる。

―― まァわからんじゃろうな。

空幻は髭を撫でる手を止めるとコホンと一つ咳払いをした。

「とりあえず、お前さん方に出来ることと言えば防衛じゃよ。力の無い民間人を助け、護ることぐらいじゃよ」
「……」
「戦おうとは思わぬことじゃ。下手をすれば傀儡化されて屍鬼の手下になるのが関の山じゃ。見たじゃろ? 白ひげ海賊団の面々が敵対している姿をな。あれと同じになりたくなければ一切手を出さんことじゃ」
「しかし、敵を駆逐せねば終わりが無いではないか。永遠に防衛しろとでも?」

センゴクの言葉に空幻はかぶりを振った。

「じゃから、武器として活用すれば良いじゃろう?」
「何? 武器だと?」
「ほれ、そこのお前さんが言った武器じゃよ」

空幻はクザンへと指を指した。センゴクが釣られるように顔を向けるとクザンは頭を掻きながら「あァ…」と声を漏らした。
センゴクは空幻へと向き直すと空幻はニコリと笑みを浮かべた。

「不死鳥マルコのことか」
「それ以外に無いじゃろうて。あれは言うなれば世界の武器じゃよ」
「世界の……?」

センゴクは眉間に皺を寄せた。
いちいち何か引っ掛かる物言いをする老人に少しイラつきを覚える。そんな折、微かだが遠くでガープが盛大に笑う声が聞こえ、はたりと空幻から視線を外した。
空幻もその声に耳を傾けると思わず「プフッ!」と吹き出し、突然お腹を抱えて声を上げて笑い出した。

「あァそうじゃ! 左様! なんなか良い武器名じゃわい!!」
「「「???」」」

空幻の言葉に全員が眉間に皺を寄せて首を傾げた。だが空幻は暫く笑い続け、途中で呼吸困難に陥った。

「ごほっ! げほっ! はァはァ!! ぷふー!! 笑いが止まらん! 誰ぞ! はは!! 誰ぞ助けてくれんか!? ひゃひゃひゃっ!!」

涙を流しながら訴える空幻に誰もが困惑する。

「……信じて良いと思うか?」
「さァねェ……」
「あっしは何とも……」
「……くだらん……」

センゴクは三大将に意見を乞うた。
三大将も困惑して首を縦に振る勇気は無く、センゴクから視線を外した。

―― ……しかし、ガープは何を笑っ……はっ!?

「ガープは何をしている!? 誰か呼んで来い!!」

センゴクはガタンと立ち上がって指示を出した。

―― 会議はまだ終わっておらんと言うのに楽し気に笑いおって!!

暫くしするとガープが戻って来た。

「いやァすまんすまん!」

盛大に笑いながら席に着いたガープは見知らぬ老人に気付いて目を丸くした。

「誰じゃ?」
「わしは空幻じゃ。しかし、お前さんナイスネーミングじゃな。いやァ実に愉快じゃ」
「ん?」
「『愛の力』とはそれまさしくじゃ!」
「おお! そう思うか!? ガハハハハッ!」
「ひょっひょっひょっ! お前さんとは気が合いそうじゃよ!」
「おおそうか! こちらこそ宜しくじゃ!」
「うむ!!」

空幻とガープは何故か気が合った。何故かそこに友情が生まれた。二人はがっしり握手を交わすと大きな声を上げて笑い続けた。

「……」
「センゴクさん、とりあえず防衛ってェことで、後は任せて良いんじゃないっすかね……?」
「あっしもそう思うよ」
「海賊に借りを作るなんぞ、ワシは反対じゃけェのぅ!!」

サカズキは納得せずに勢い良く席を立つとコートを翻して出て行った。

「はァ…。そう言ったって、あんたも抗えないって思ってんでしょサカズキさん……」

クザンはそう言葉を零した。

「やれやれ、じゃ、まァこの場は解散ということで」

ボルサリーノは席を立つと中将達も続いて席を立ち、ぞろぞろと部屋から出て行くのだった。

「で、何しに来たんじゃ? ……と言うか空幻とやら、お主は何者だ?」
「ん?」

ガープは笑うのを止めて空幻にそう問い掛けた。するとセンゴクは眉間に皺を寄せて深い溜息を吐いた。

―― さんざん笑った後で遅いわ!

怒鳴ろうかと思ったセンゴクだったが、もう色々在り過ぎて一杯一杯だった為、怒鳴る気力を振り絞るエネルギーが無かった。

「何、わしはお前さん方の防衛に手を貸そうと思って来たんじゃよ」

空幻はニコリと笑みを湛えながらそう言った。その言葉に部屋に残ったセンゴク、クザン、そしておツル等中将の一部の者達が目を丸くした。

「何じゃ? どういうことじゃ?」
「ひょっひょっひょっ! マルコ殿がいなくなった後に攻め込まれたら一溜りも無いじゃろう? じゃからわしが手を貸すと言うんたんじゃよ! 一人ぐらい対抗できる力を持った者がおらんと大変じゃろうと思ってのう」
「「「!?」」」
「待て、貴様! 不死鳥がいなくなるとはどういうことだ!?」

センゴクが慌てて声を荒げると空幻はすっとぼけた表情を浮かべながら明後日の方角に視線を逸らせた。

「そろそろ助けが着く頃かのう」
「白ひげが再び襲来するとでも――」
「一人じゃよ」
「な、……何だと?」
「助けに来るのは一人じゃよ」
「バカな! ここをどこだと思ってる!? 海軍本部だぞ!?」

センゴクがそう言うと顎に手を置いて思案顔を浮かべたクザンがポンと手を叩いた。

「あのお嬢ちゃんなら可能性有りじゃないっすか?」
「何? マヒロのことか?」

クザンの意見にガープは目を丸くして空幻に視線を向けた。すると空幻は「いんや」と首を左右に振った。

「マヒロは白ひげ海賊団を守る為に離れることはできんからのう。屍鬼が白ひげ海賊団に刺客を放つということもあるじゃろうし、何よりマヒロは捕縛対象じゃ。そう自由に世界を航行できるわけが無かろうて」
「んー…、じゃあ誰が助けに来るんですかね?」
「それは直に対面したらわかることじゃろうて。さて、わしは防衛の為にここに残るのでな、その時まで暫く世話になるぞい。あ、茶など出してくれるとありがたいんじゃが……、ついでに茶菓子も欲しいのう。あ、あんこはちと苦手じゃから、出来ればカステラなんかあると嬉しいのう。あれはわしの大好物じゃよ!」
「「「図々しい妖怪だな」」」
「失敬な! 愛らしい妖怪と言わんか!!」
「「「……」」」

自分のことを『愛らしい妖怪』と言って欲しいと自分で強請るのもどうかと――と、誰もが思った。
空幻は杖を持ちながら両手をパタパタと上下に振って可愛気を全面に押し出すように怒ってみせているようだが、全く伝わってはいない。

―― ……変な爺さんだな。……本当に妖怪か?

その場にいた者達は眉間に皺を寄せ、怪訝な表情を浮かべるのだった。

海軍会議

〆栞
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