08


海楼石を填められているおかげで身体の傷は癒えないまま。そんな状態である部屋へと連行されたマルコは、その部屋の中心にポツンと置かれた椅子に座らされた。
念の為なのかご丁寧に海楼石でできた鎖が取り付けられていて、その鎖で椅子と胴体を巻き付けるようにして拘束された。

―― ジャラジャラと……うぜェよい……。

時折、自傷とティーチから受けた傷の痛みで顔を歪ませながら咳をする。
腹部にズクリと痛む感覚は『奇怪虫』に侵された時と似ているが、恐らく屍鬼の毒か何かによって浸食されているのだろう。咳をする度に僅かながらに血の味が咥内に広がる。

「さて、不死鳥マルコ。ご機嫌は如何かな?」
「……どこをどう見て機嫌が良いように見えんだよい……」

海軍トップのセンゴクを始め、海軍三大将と中将達が顔を揃え、更には世界政府の要人だろうと思われる者達も同席していた。そして、彼ら総ての視線はマルコに注がれていた。
聞きたいことが山ほどある――。
誰も口にはしていないが誰もが同じことを思っているのは明白で、マルコは俯く顔を上げてセンゴクへと真っ直ぐ目を向けると徐に口を開いて話し始める。すると、何の質問もしていない中でマルコが話し始めると中将達はいきり立って怒鳴った。

「まだ質問もしていない内に勝手に話すな!」

だがマルコは意にも介さずに軽く笑みを浮かべた。その笑みを見たセンゴクやサカズキはピクリと眉を動かした。それは恐らくこの状況下でも”笑みを浮かべる余裕がある”ということに他ならず、胸の内に懸念が生じた証でもあった。

「知りてェから、わざわざこういう場を設けたんだろい? ……なら、黙って聞けよい」
「「「貴様!」」」
「構わん!」
「「「!」」」
「話せ」

センゴクに促されるとマルコは全ての事の始まりを話した。
本来なら自分がマヒロの世界に転じたことから話すべきなのかもしれないが、センゴクやサカズキと順に追っていくと、その辺の話は良いかと省いた。
要は『妖怪』と『屍鬼』、『見える者』と『見えない者』、そして自分が持つ異質な力である『霊気』等、これらの情報が欲しいのだとして、立て続けに説明した。すると、あまりにも現実離れした内容に誰もが戸惑いの表情を浮かべ、一瞬だけ静まり返った。だが少しずつザワザワとし始める。

「そ、そのような話を俄かには――」
「実際に見たんだ。信じられねェとは言えねェだろい?」
「――ッ……!」
「な、ならば、お、お前がその霊気とかいう妙な力であの化物共を呼び寄せたのではないのか!?」
「おれがあいつらと仲が良いように見えたのかい? おれとは明らかに敵対した関係だよい」

怒りにも似た声で問い掛けて来る者達に対して、マルコは表情一つ変えずに淡々と答えていった。
そんなマルコの様子を沈黙したままじっと見つめていたセンゴクは眉間に皺を寄せた。

―― 海楼石によって悪魔の実の能力が封じられているというのに……、何だあの落ち着きぶりは……?

机に両肘を突いて重ねた両手を口元に寄せ、更に険しい表情を浮かべる。
この心情はセンゴクだけではなく、三大将もそれぞれ似たような心持ちで疑問を抱き、マルコをじっと見据えていた。
特にサカズキに至っては警戒と敵意を剥き出しにしている。

―― マヒロもこんな感じだったのかねい……。

以前、海軍に捕まったマヒロが海軍本部にてサカズキと喧嘩したという話があった。ふとそれを思い出したマルコはマヒロの気持ちもわからなくも無いなと思った。

―― ……まァ、笑顔で接して来られたらそれはそれで逆に怖ェしなァ。

赤犬はこれぐらいが丁度良い――等と、拘束されて質問攻めに遭っているマルコが暢気にそんなことを思っているとは、誰も思っていないだろう。
確かに海楼石によって力が抜け落ちている。
身体は重く、自傷とティーチから受けた傷が癒えないまま、毒か何かで浸食された身体は痛みを発している。
正直に言うと辛い状態だ。
だがそれでも、妙に落ち着いていられるのが不思議だった。
このように拘束された状態でも冷静に話ができるのは、霊気が根底に力となって無効化した力の分を補っているからかもしれない。
おかげで少しだけ余裕を持つことができているのだろう。
決して動けない状態では無い――と、マルコは冷静に自分の状態を分析していた。すると、ズクリッ――と、また腹部が痛み始め、自ずと眉間に皺が寄った。

―― ……はァ、……この痛みも慣れちまった。……かなり酷い状態かもしんねェってのに、慣れって怖ェなァ……。

腹部に疼く痛みと違和感を感じながら時折軽く咳をしては口の中に血の味が広がる。
プッ!――と、床に向けて唾を吐き捨てると吐血した塊も一緒に付着した。その血を見ればやはり状態はあまり良く無いなと、マルコはまた冷静に分析した。

―― 逃げるにしても……、この状態で無理はできねェか……。

これ以上悪化することはあっても決して良くはならない。
腕や身体に巻き付けられた海楼石を見つめながら軽く溜息を吐いた。
話をして理解してもらったとしても、解放してもらえるとは端から思っていない。
誰かの力を借りなければ脱出はできないだろう。
その誰かが問題だ。
脳裏に何度か浮かぶ姿を振り払うようにかぶりを振るが、やはりどうあっても同じ姿が浮かんでしまう。幼い少年の姿が――。

―― ……必要…だからかよい? ……そんなつもりで預かったわけじゃあねェのによい。

気持ちが何度か軽く沈む。気怠く視線を周囲に向けるとまた咳き込んだ。すると口端からツゥ……と血が零れ落ちるのを感じた。

「ティーチという男は貴様らの仲間じゃあなかったんか不死鳥?」

サカズキの質問がやけに大きく聞こえた。

「話したろい。……ティーチは元々裏切る腹積もりだった。ただ、その野心に付け込まれて利用された口だよい。ヤミヤミの実を媒介にしてティーチを殺して身体を奪ったんだい。あれはティーチの記憶を利用してティーチのふりをしているだけで、その正体は屍鬼っつぅ名の妖怪だよい」
「ふん、身内に裏切り者がいても気付かんとは白ひげも落ちたもんよのう」

サカズキは神経を逆撫でするかのように鼻で笑いながら言った。
白ひげを『オヤジ』と呼んで慕う者にとっては、白ひげをコケにするような物言いをされたら怒るだろうと誰もが思った。
白ひげ海賊団で最も中心に立つ1番隊隊長であれば尚更だ。だがしかし、マルコは片眉を上げて少しだけ目を丸くすると途端にクツリと笑みを零して軽く笑い出した。

「くくっ…、ハハッ!」
「何が可笑しい?」

サカズキが訝し気な表情を浮かべた。

「お前ェ、そうやってコケにした物言いをするからマヒロに嫌われたんだろい!」
「!」
「5000ベリーの報復はみみっちィが、何気にイラッとするもんだったよい。まァおれ達白ひげ海賊団の中ではサカズキってなァ案外器の小せェ男なんだなってェ話で持ちきりだったけどよい」
「ッ! お、おんどれ、所詮はやはり海賊! 貴様の力など借りずとも海軍の力であの化物を一掃してくれるわ!!」
「……それ、周りの連中が顔を青褪めてる時点でまず無理な話だよい……」

怒れるサカズキは机をバンッと叩いて立ち上がりながらそう息巻いたが、中将達は挙って首を左右に振っていた。
当然だ。妖怪相手に真面に戦えたのは三大将ぐらいなのだ。
中将クラスではガープ辺りがやっとだったのだ。

「いやいや、それは無理ってもんでしょう」

隣に座っていたクザンが苦笑を浮かべて窘めるように口を出したが、サカズキの耳には届いていない。

「とりあえず、おれから話せることは全て話したよい。今後どうするかは勝手にそっちで決めろい。おれはちょっと疲れたからよい。そろそろ牢屋に戻しちゃあくれねェかい?」
「ふん、このまま貴様を火拳の代わりに処刑台送りにしちゃるけェ、覚悟せェ不死鳥!」

怒りで周りが見えていないのだろうか――とマルコは呆れた溜息を吐いた。

「……おれを処刑するのはまァ海軍としては当然の仕事だろうが、屍鬼は問答無用に襲って来ることに変わりは無ェよい。そもそもあいつはおれの血肉や心臓が欲しいらしいからねい……。『弱らせろ』と言ったのはおれを生きたまま貪りてェからだよい。……おれを殺しちまったらそれ相応の報復は必至だろうねい」

マルコがクツリと笑ってそう言うとサカズキは尚一層眉間に深い皺を刻んだ。

―― 笑って言えるような話か不死鳥? ……貴様、何を考えとるんじゃ……?

「……どう…すれば良い……?」
「「「?」」」

二人の会話に割って入った言葉は戸惑いの声音で呟かれた。
海軍元帥であるセンゴクの声だ。
中将達を含め全員が、一瞬、誰の声かと見回したが、はたとセンゴクに視線を向けると動きを止めて固唾を飲んだ。
あまり見たことのない程に畏怖の念を模した表情がそこに現れていたからだ。
部下達の視線を受けながらセンゴクはマルコをじっと見据えている。

「我々はどう対処すべきか、教えてはくれんか?」
「「「センゴクさん!?」」」
「ん〜、海賊の意見を聞いちゃうんですかァセンゴクさ〜ん」

驚く中将達の声を代弁するようにボルサリーノがそう問い掛けた。

「仕方が無いでしょ。悪魔の実の能力が大して通じない相手に、”ただの人間”のおれ達がどう足掻いても倒せないとなれば、唯一対抗できる”武器”を使わない手は無い……ってェところでしょ」

クザンがセンゴクの心情を代弁するかのようにそう話してセンゴクを伺い見た。
中将達はまたゴクリと固唾を飲んでセンゴクへと注目した。そんな中、マルコだけはクザンをじっと見つめていた。

―― ……武器…ねい。まァ海軍にとっちゃあそれでも良いけどよい……。

化物として扱われるどころか武器扱いとは、クザンの言葉に流石にマルコも目を丸くした。

―― 何気にきつい毒を吐くねい青雉さんよい。

心内でそう吐き捨てているとクザンと視線がかち合った。するとクザンは片眉を上げて微笑を浮かべた。

「間違っちゃあいないっしょ?」
「一応これでも心を持った生き物なんだがなァ……」

軽口を叩いて笑うクザンにマルコは少しだけ眉尻を下げて苦笑を浮かべた。

ズクリ…――。

―― ッ……痛ェ…な…。

疼く痛みが少し増した気がした。
別に武器扱いされたからといって凹んだわけでもないのに、呼応するかのように痛みが増したことにマルコは眉間に皺を寄せて心内で舌打ちした。そしてまた二度、三度と咳をすると、プッと唾を吐き捨てた。
先程の血よりも黒さが増して固まるのも早い。

―― ちょっと……やべェかもない。

少しずつ息苦しさに襲われ、僅かに呼吸が荒くなっているのを感じる。
妙に嫌な汗も掻き始めている。
流石に少し危機感を抱き始めたが、それでもまだ冷静さは健在で、こんな状態でもやけに落ち着いているのがほとほと不思議だった。

「とりあえず話は聞いたんじゃ。一度、牢に戻して休ませてはどうじゃセンゴク?」

マルコの状態が少しずつ悪化しているように思えたガープはセンゴクにそう提案した。するとセンゴクは「仕方が無い」と言葉を零し、マルコを牢に戻す様に部下に命令した。
椅子から解放されたマルコはガープに視線を向けた。
ガープは複雑な面持ちでマルコをじっと見つめているが、その目は心配を模したものだった。
マルコが咳き込んで血を吐き出す様子は、処刑台に拘束していたエースと似た症状だとガープは思った。
それにより不安を抱いたのだろう。
突如として人格が変わって襲い始めるのでは――?

「わしも行こう」

ガープはそう言ってマルコを牢屋に連行する海兵に付き添う様に共に付いて行った。
牢に着くと、海兵はマルコの腕を拘束する海楼石を牢の鎖に繋げ、牢屋から出て鍵を掛けた。

疲れたのだろうか、マルコは冷たい石廊に力無く身体を預けて横たえていた。
咳は止まることを知らずに苦し気だ。
その様子を見つめていたガープは海兵を下がらせ、その場に腰を下ろした。

「……エースはどうなった……?」
「……死んじゃあいねェよい……」
「……そうか……」

ガープは複雑な表情を浮かべつつも安堵の溜息を零した。
海兵としての立場、親としての立場、色々な思いが複雑に絡まるガープの心情にマルコは少し同情した。
特に親心が痛む気持ちには自分自身と無意識に重ねたのか、チクッと胸が痛んだ。そうして眉間に皺を寄せて目を瞑る。

「あの娘は元気にしとるか?」
「……マヒロかい……?」
「まさか白ひげ海賊団と繋がりがあったとは思いもせんかったわい」
「……この力は、元々はマヒロの力なんだよい……」
「何じゃと?」

少しだけ目を開けてガープへと視線を向けたマルコは、クツリと笑いながら重い腕を上げてボウッと青い光を纏わせた。
ガープは目を丸くして唖然とした面持ちで見つめた。そして視線をその手からマルコへと戻す。
そもそも海楼石で繋がれた悪魔の実の能力者は腕を上げることも、動くことすらもままならない状態に陥るはずだ。――にも関わらず、マルコは、ガープに見せるように腕を動かし、尚且つ霊気というものを纏わせて見せたことにガープは驚いたのだ。

―― あの娘の力じゃと? ……いや、その前に何故動ける? ……動けるのなら、何故逃げん?

ガープが眉を顰めてそう思って居るとマルコは小さく笑った。

「逃げねェ…と言うよりは、無理ができねェ…ってェところだよい」

マルコがそう言うとガープはまた目を丸くした。
何故自分が思ったことに対して的確に答えることができたのか――。
不思議な力だと思いながらガープはどういうことかと訊ねた。

「ッ、こほっ! ……不死鳥の力が抑えられて回復できねェ状態だからよい、ッ、浸食する毒が、強過ぎて、ッ…、無理すれば命を落しかねないからよい……」
「何? 毒じゃと?」
「多分、エースと同じ毒だ」
「!」
「エースみてェに憑依はされてねェから、突然人格が変わって襲うなんてことは無ェ。けど、結構、……きつい状態でよい」

マルコは微笑を零してそう答えた。そこに焦りも何も一切無い。
ジャラリと音を鳴らしながら海楼石で拘束された腕に纏った青い光は消え、力無く落とされるとマルコは目を瞑った。
微動だにしない。ただじっとその場に身体を横たえて大人しくしている。

「……」

ガープはどうすべきか悩んだ。

外すべきなのでは?
海楼石を外さなければこのまま死んでしまうのでは?
顔色が良く無いのは明白だ。
咳の頻度が増え、呼吸の荒さが目に見えてわかるようになってきた。

あの娘……、マヒロの力と言って見せてくれた青い光が霊気というものなのだろう。
温かく柔らかい色をした青い光は決して凶器に見えず、その光は『優しさ』や『情』が込められたものに感じた。
決して『武器』には無いもの。人における『心』がそこにはあった。

―― 海賊……じゃが……。

海兵と海賊。

嘗ての記憶が蘇る。
ゴール・D・ロジャーの子を宿した女を匿い、その赤ん坊を隠して守り育てた。
結局その子は父親同様の海賊となった。立場上敵対する形となった。そして処刑執行をただただ黙って見届けることしかできなかった。
結局のところ、他勢力の介入で処刑執行どころでは無くなったのだが――。

突如として変貌した義息子を、エースを、この男は簡単に助けてみせた。

「もし……、仮にもしお前さんがここで死ぬことになれば……」
「……終わる…だろうねい。……何もかも……」
「何故? 何故……お前なんじゃ?」

ガープの言葉にマルコはゆっくりと目を開けると力無い笑みを浮かべた。

「そりゃあおれが知りてェよい」

そう小さく言葉を零すと深く息を吐いてまた目を瞑った。
ガープは眉間に皺を寄せて溜息を吐くと額に手を当てて項垂れた。
他の人間との違いを敢えて言うなら――。
マルコの負った傷を見つめながら考えていると、マルコが戦っている時の様子を思い出したガープは、一つの仮説が脳裏に浮かんだ。

「……まさか、不死鳥か……?」

自傷をするのは力が思う様にコントロールできていないからなのだろう。
どういった力かと聞かれては明白に答えることはできないが、あまりにも『強過ぎる力』をコントールすることは並の人間では不可能なことで、恐らく不死鳥の能力者であるマルコでなければ自傷に止まらず死に直面している可能性が高いのでは――と、ガープは思った。

青い光を纏わせて見せる程度は簡単に行えても、いざ戦場において力を発揮するとなると、暴走した力は相手を殺すだけでは無く、自らの命すら奪いかねない。
不死鳥の再生の能力が『抑制』という形で必要とされたとするならば、白羽の矢がマルコに当たったのは何ら不思議なことでは無く、これは必然だったと言えるのかもしれない。

―― ……わしの勝手な推測じゃがな。

ポリポリと頭を掻き、突飛な思考に走った自分に思わず自嘲した。

「最後に聞きたい」
「……」
「マヒロとはどういう関係じゃ?」
「……マヒロは――」
「お前の女か?」
「――……」

ガープの言葉にマルコは目を瞑ったまま口角を上げ、少しだけコクリと頷きを見せた。するとガープは目を細めて目を瞑った。
海の上で出会ったマヒロを思い出し、そして戦場で戦う姿を思い出し、ガープは小さく頷いた。

―― あの娘に賭けてみるか……。

多少じゃじゃ馬なところはあるが、素直で優しい真っ直ぐな心根を持った娘だった。
海賊に身を染めるとは思ってもいなかったが、惚れた男が海賊なら仕方が無いことだと思った。
ゴール・D・ロジャーとルージュと重なって思えた。それに何より――。
この男は海賊だけならいざ知らず、海兵達にも「逃げろ」と声を掛けては、助け、守りながら戦ったのだ。それが信じるに足る証拠に等しい真実だ。

「……海賊の身でありながら戦場に一人残ったのは、エースの身代わでも何でもない。ただあの化物共からわしら海軍を守る為に残った。……そう思って良いのじゃな?」

ガープの問い掛けにマルコは何の反応も示さなかった。だが少しして腕を動かし、再び青い光を纏わせて見せると、ゆっくりと目を開けてガープへと視線を向けた。

「……ただの海賊なら、助けることはしなかっただろうなァ。けど、 こいつがそれを許さない以上、おれは助けるしか無ェ……だろい?」
「……」
「この力は、心は、精神は……マヒロそのものだよい。身代わりと言うのなら、正しくは『マヒロの身代わり』がおれだよい」
「何じゃと?」
「……ま、惚れた弱みってェ奴だよい。……それだけだ」
「……」

マルコはクツリと笑った。
それにガープは目を丸くしたが「そうか……」と答えるに止めた。

海賊と言えども一介の人間で男。
惚れた女の為なら何だってする――ということだ。

「そうか、……そうか、ククッ、ガハハハハッ!!」

ガープは声を上げて笑った。

霊気という異質な力はマヒロの力。そしてあの化物達の標的は元来その力を持つマヒロだったのだろう。
どういう因果でマルコがマヒロと出会い、その力を持つようになったのかはわからない。だが、二人の間には得も言われぬ深い繋がりがあったのだろう。
敵が脅威と見做すこの男は、ただ惚れた女の為に力を振るい戦う男。
世界中の人間がこの男の力に恐れを成して「処刑しろ!」だの「生贄を出せ!!」だのと抗議の声を上げているが何てことは無い。
この人間離れしたとてつもない力は、決して人に向けられることは無いのだと確信する。

「成程! 化物相手に振るう力は愛の力か!!」
「ッ! ……くせェ…」
「ガハハハハッ! 正義の鉄槌が愛の力とは実に愉快じゃ!! 化物を倒すに相応しい力ではないか!! なァ不死鳥マルコ!」
「……!」

目の前の老いた軍人が何故か納得して愉快だと口にしながら盛大に笑う姿にマルコは舌打ちをした。

―― おい、どうした急に? ……っつぅか、愛の力とか言うのを止めてくれよい!

全身がクソ怠いのに嫌でも羞恥の熱が高まる。
睨み付けてもガープは嬉しそうな顔をして笑うばかり。

「そうかそうか! 愛の力で戦うか! 不死鳥と愛、実に素晴らしい組み合わせじゃ!!」
「ッ〜〜!」

不死鳥と愛がどうのこうのと言い出したガープにマルコは完全に滅入った。

―― ……今直ぐにここから逃げ出してェよい……。

痛みより何よりも恥ずかしさから逃げたくて堪らなかった。きっと後にも先にも無いだろう、この瞬間がマルコを最も追い詰めた瞬間だった。色々な意味で――。

「愛は勝つ! じゃなァ!」
「……」

ニコニコ顔でVサインまで決めて宣うガープに愈々マルコは顔を真っ赤にした。

―― そういうの本当に止めてくれよい!!

ギリギリと腹が痛いのは何も毒のせいじゃない気がしてきた。
ガープのくさい言葉に思わず本当に吐血そうになる。
口端からツゥッと伝う血が憎い。
精神的にズシンと来るのは『羞恥心』からだ。
惚れた弱みを口にした数分前の自分に会えるのなら、今直ぐにでも行って殴りたい気持ちで一杯だ。

マルコは眉間に皺を寄せて目を瞑ると、もう何も言わなくなった。
暗い牢獄の中を楽し気に笑うガープの声だけが木霊していた。

―― っつぅか早く去ってくれよい!?

マルコは心内でそう強く願うのだった。

その力、まさに愛

〆栞
PREV  |  NEXT



BACK