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赤面しながら笑顔で修行しに出て行ったはずのマヒロは数分後に直ぐに帰って来た。マルコは本を片手にコーヒーカップを持ったままマヒロに気付いて目を丸くした。

「修行に出掛けて一時間も経ってねェのに戻って来るなんて、どうしたよい?」
「今日はもうお昼も近かったですし、修行はお休みします」
「……まァ、毎日厳しく鍛えりゃ良いってもんじゃねェからない。偶にはゆっくり休むのも修行の一環ってェやつだねい」

マヒロに 殴られた腹の痛みがまだ少し残っているのは、霊気を纏った攻撃を真面に喰らったせいだ。例え再生の炎で傷は回復するとしても『痛み』というものは残るらしい。
マルコは本を閉じると若干痛む腹を摩りながら立ち上がり、キッチンへ向かうとマヒロの分のコーヒーを淹れた。マヒロは少し頬を赤くしながらバツの悪そうな表情を浮かべ、マルコが座っていたソファにおずおずと座った。

―― ……まァ、意識するなと言う方が無理か。

マヒロの前にコーヒーを置くと、マルコはマヒロに気遣い、読んでいた本を手に取って別の部屋へ行こうとした。だが部屋を出ようと廊下に足を踏み出した時、服の裾をクイッと引かれれる感覚に振り向けば、マヒロが顔を俯けたままマルコの服の裾をギュッと握っていた。

「マヒロ、先刻のキスで顔を合わし辛いと言うか……、同じ部屋に居た堪れねェのはおれも……同じだからよい」

ポンとマヒロの頭に手を置いて軽く撫でながらそう言うとマヒロは顔を上げた。その表情は頬を多少赤らめつつもどこか子供染みた幼い笑みを浮かべていて、黒く澄んだ目を真っ直ぐ見据えたものだった。

「……マヒロ?」

またこんな表情は初めて見るとマルコは思った。一体何を考えているのかと思考を張り巡らしているとマヒロは言った。

「マルコさん! 遊びましょう!!」
「よい?」

―― あ、遊ぶ?

ニコニコと笑顔を浮かべてそう言ったマヒロに、マルコはポカンとした表情を浮かべた。そして徐々に眉間に皺を寄せると腕を組んで片手を顎に当てて首を傾げ、頭上に疑問符を飛ばした。
マヒロの突然の提案にマルコはその意味を上手く咀嚼しきれずに敢え無く停止した。

―― 遊ぶって……、何だよい?

マヒロは停止しているマルコに「ふふ」と笑うと、TVの元へと向かってその前で膝を折った。TV台のガラス戸を開けて何やら箱らしきものを取り出していそいそと準備を始めた。
マルコはマヒロの背後に近付いて何をしているのかと見てみるが、何やら見たことのない機械とそこから伸びる配線コードをTVに繋げ、プラグをコンセントに差し込んだりと、これがどう『遊ぶ』ことに繋がるのか今一つ分からずに眉間に皺を寄せた。

「マヒロ、何をするのかわからねェが、おれは出来れば本を読みてェんだけどよい」
「マルコさんって本当に真面目ですよね。時々海賊だってこと忘れそうになります」
「そうかい? おれは根っからの海賊だよい」
「真面目で紳士で優しくて勉強家。海賊っていうより……どっちかって言うと警官の方が合ってる気がします」
「ケイカン?」

話をしながら作業をするマヒロを見つめながら、マルコは仕方が無く空いた場所に腰を下ろした。 先程の気まずさが招くぎこちなさはすっかりと消えたようで、マヒロはどこか楽しそうだった。

「悪い人を捕まえる側の人です」
「あー、そりゃ海軍みてェなもんか。おれの柄じゃねェし海軍は嫌いだよい」
「うーん……、じゃあ正義のヒーローとか?」
「正義なんて二文字は特に苦手だよい」
「そうなのですか?」
「海軍の奴らが背負う言葉だからねい、おれは海賊だからよい、わかるだろい?」
「正義も色々あると思いますけど……、海軍さんの正義はマルコさんにとっては天敵で、逆にマルコさんの正義は海軍さんにとって天敵ってところですね」
「まァそうだねい。立場が変われば正義も変わるってやつだよい」
「ふふ」

マルコは手に持っていた本を開けて日本語と格闘しながら会話をしていた。マヒロはマヒロで未だに何やらごそごそと準備をしている。そしてTVと四角い箱のようなものとの間に配線を繋ぎ終えるとマルコの隣に座った。

「ところで、何の準備をしていたのか教えてくれるかい?」
「ふふ、TVゲームの準備です」
「てれびげーむ?」
「はい。この世界の若者達が好んでする遊びです。って言ってもこの家にあるゲームはファミコンって言ってかなり古いんですけどね。今頃はプレイステーションとかウィーとかが主流で、映像とか凄く綺麗みたいなんですけど高価なものだから流石に買えなかったみたい。このファミコンは祖母が趣味で持っていたゲームなんです」
「……」

マヒロの説明を聞いてもよくわからない言葉の羅列にマルコはどう返事をして良いのかわからず、ただ黙ってファミコンと呼ばれる機械を見つめるだけだった。
マヒロがTVの電源を入れるとファミコンにも電源を入れた。すると暗い画面に映像が映し出されると同時に何とも陽気な音楽が流れ始め、マルコはTV画面を見つめて目を丸くした。

「な、何だよい? ……スーパーマリオブラザーズ?」
「ファミコンゲームの定番ゲームです。マルコさん」
「ん?」
「これがコントローラーです。はいどうぞ」
「え、よい!?」

マヒロは画面をじっと見ていたマルコの手を掴むとコントローラーというものを握らせた。マヒロの手が触れた時、マルコは思わずドキッとしたが渡されたコントローラーなるものに気を取られ、然してどうこう考える間も無く、マヒロが操作の説明を始めた。

「左手の親指で十字キーを押して操作をすると移動します。AボタンはジャンプでBボタンは移動時に一緒に押すとダッシュします。また、ダッシュしながらAボタンを押してジャンプをすると飛び幅が出るので色々と動かしてみてください」
「よ、よい」

マヒロはマルコが持っているコントローラーの中央にある三角ボタンを押した。何やら『START』という文字が書かれていて、隣の四角ボタンには『SERECT』と書かれていた。

―― このボタンは何だよい?

そう思っているとTVから愉快とも思える音楽が流れて来て視線を向けた。

「で、あ、クリボーですね。Aボタンでジャンプして踏み付けてください。そしたら倒せます」
「よ、よい」

ぽよ〜ん ぽぽふ……♪

ジャンプする時の音といい、クリボーという奇怪な茶色い物体を踏みつけた時の音といい、何とも気の抜ける音だとマルコはプレイをしながら思った。

「はてなマークのブロックを下から叩くとコインとかアイテムが出ます」
「よい」

チャリーン、チャリーン、チャリーン……♪

ボコッ! ぶももももっ……♪

「キノコ?」
「あ、それ取って!」
「取るって…どうやるんだよい?」
「ぶつかれば取ったことになります」
「よい」

ディロリロリン♪

「なっ…何だか身体がでかくなったよい?」
「えェ、これだと敵にぶつかっても小さくなるだけで直ぐに死んだりしなくなるんです。小さいまま敵にぶつかると直ぐに死んじゃうので、なるべくこの大きい状態でいることが大事になります。ちなみに、フラワーを取ると火の玉を出せるようになりますよ」
「……火の玉?」
「えェ、火の玉があれば敵を遠くから攻撃して倒せるようになるんです」
「……へェ、そうかい」

マルコはふとこのヒゲ面のおっさんを天敵とも言える海軍大将のサカズキに置き換えて想像した。
気の抜ける音楽をバックに、クリボーを踏んづけ、ブロックを殴ってはコインを稼ぎ、キノコを取ったら巨大化し、更にはフラワーを取る(何故か丁寧に花を摘むサカズキの姿)と火の玉という名のマグマを乱打してダッシュするという何ともシュールな世界が脳内に広がった。
この世界に来てから今日に至るまでの間に自分の想像力が豊かになった気がするとマルコは思った。それは恐らくマヒロの霊力に触れたことも要因の一つだと考えてもおかしく無いかもしれない。

―― ……いや、何でそこでサカズキなんだい。

火と言えば脳裏に浮かんだのがサカズキだったというだけでここまで豊かに想像した自分に思わずヒクリと頬を引き攣らせる。

「あ、そこでジャンプしてください!」
「何も無いよい?」
「ジャンプ!」
「よい」

ぽこん♪
ぶもももも……♪

「緑色のキノコ?」
「穴に落ちる前に取って!」
「よっ、よい!」

ぴろりん♪

「1UPできました」
「それはどういう意味だよい?」
「一機増えたんです。初回は三機なんですけどこれで四機になりました。死んだら一機減ります。だから今のところ三回死んでも大丈夫ってことになります。これがゼロ機になったらゲームオーバーで終了です」
「いっき……? この赤いヒゲのおっさんは何者だい? 人間じゃ無いのかよい?」
「配管工のオヤジです」
「はっ……、ょぃ」
「ちなみに名前はマリオで弟がこれの色違いで緑色なんですけど名前がルイージって言います」
「へェ……」

キャラクターの名前を知る意味はあるのかと思いつつ、マルコはマヒロの指示通りにプレイを続けた。はてなのブロックを叩いて出て来たフラワーを取ると、赤い服のマリオが白い衣服を着た姿へと変わった。Bボタンを押すと文字でどう現して良いのかわからない擬音と共に赤くて丸いものがマリオから発射される。

―― 火の玉なのに地面にバウンドしてんだけどよい……、仕様ってやつか。

そもそも ヒゲ面の配管工のおっさんが主人公とは何とも奇抜だなとマルコは思った。

―― もっとこう…色々あると思うんだが……。

「このゲームの目的はクッパっていうカメのようなワニのような奴がピーチ姫っていうのを攫ったので、そのピーチ姫をマリオ達が助けにいくというものです」
「配管工のオヤジが姫を助けるって……、他に設定は無かったのかよい?」
「これがウケたんです」
「ウケ――あ!」
「あ、」

てぃりってぃてぃてぃてぃてぃりーりん♪

階段らしきものの間に空間があり、マルコが操作する配管工のオヤジはジャンプをし損ね、その空間という穴へと落ちていった。するとオヤジが一機死んだお知らせとでもいうかのように間抜けな音楽が流れた。

「落ちちまったよい」
「初歩的なところで落ちる人を初めて見ました」
「……」

マヒロがポツリと呟くとマルコはピクリと眉を動かした。少し口を尖らせて仏頂面になってマヒロを睨むと、マヒロはスッとマルコから視線を外して渇いた笑いを零した。

「は…はは、に、睨まないで? あ、ほら集中して! また死んじゃいますよ!」
「よ、よい!」
「これ以外にもゲームがあったと思うので、ちょっと奥の部屋に行って探して来ますね?」
「わかった、よい!」
「ふふ、マルコさん、身体が一緒に動いてますよ」
「うっ、煩いよい! っと、危ねェ」
「最初はみんなそんな感じですから」

マヒロはクスクスと笑いながら部屋を出て行った。

「 しかし……、キノコに触れて変身する設定とか何とも不思議だよい。これを考えた奴ってェのは普段から何を考えているのかねい? ……考えただけでも頭にキノコが生えてきそうだよい」

マルコは疑問を口にしながら配管工のオヤジを死なせない為にゲームに集中し始めるのだった。





マヒロがマルコを残してリビングを後にして凡そ三十分程経過した頃にやっと戻って来た。

隣の更に隣にあるマヒロの祖母が使っていた和室の押し入れの中を覗き見てやっと見つけたゲームソフトの箱を取り出し、いざ蓋を開けてみると思いのほか多種多様のゲームソフトがあり、マヒロはどれにしようかと面白そうなものを選別するのに時間が掛かった。そして何種かのソフトを手にしてリビングに戻ったマヒロはTVの前に居座っているマルコに意気揚々と声を掛けた。

「ただいま〜なんて、色々とありましたので選んでいたら時間が掛かっちゃって遅くなりました」
「……」
「マルコさ…え?」
「あァ、集中していたからよい返事もしねェで悪かった」
「あ、い、いえ……、え? ちょっ…、まさかエンディング!?」
「ん? あァ、丁度クリアしたところだからねい」

マヒロが戻って声を掛けて来た時、マルコは『スーパーマリオブラザーズ』のラスボスであるクッパとの戦いに集中していた。その為にマヒロが戻って来たことにすら気付かず、クッパを倒して無事にティーチ姫を奪還した瞬間に漸くマヒロに気付いた。
頬をポリポリと掻きながら少々バツの悪い表情を浮かべながら謝罪するマルコを他所にマヒロはTVの画面に釘付けになり唖然としている。そんなマヒロにマルコは瞬きをしながら少しだけ首を傾げた。

「マヒロ、どうしたよい?」
「は、初めて……、プレイしたんですよね?」
「そうだよい」
「く、クリアしちゃっ…た…んですか?」
「だからエンディングが流れてるんだろい?」
「ま、マルコさんって、ゲーマーの素質あるかも」
「げーまーの素質? そりゃ何だよい? よくわからねェが……、まァ無いよりは有った方が良いもんかねい」
「あ、い、いえ、あまりそんな素質があったとしても特に何の役にも立たないと思いますけど」
「そ、そうかい……」

マヒロの物言いからして何となく良いイメージでは無いように感じがしていたマルコは苦笑を浮かべた。そしてマヒロがマルコの隣に腰を下ろして持って来た複数のゲームソフトを床に置くのを見つめた。

―― 選ぶのに時間が掛かったっつってたが色々と種類があるのかねい……。

「楽しめました?」
「あー、結構イライラさせられたよい。最初は思い通りにいかなかったんでねい。ワープなんてのもあったが何となく癪で使わなかったからよい、時間が掛かっちまった」
「え!? わ、ワープせずにクリアしたんですか!?」
「楽をしてクリアしても楽しくはねェだろい?」
「……」

マルコの言葉にマヒロは口を開けたまま呆然として固まった。

―― マヒロ…、なんつぅ顔してんだよい。

感想を聞かれて素直に答えたら異様に驚かれたことにマルコは不思議に思った。このゲームと言うのはクリアを目指してプレイするものではないのかと視線をTV画面に戻した。エンディングが流れ終わったところでマルコは何となく手を伸ばして電源を落とした。

「時間が掛かったって言っても……、さ、三十分ぐらいですよ?」
「結構集中したよい」
「集中したぐらいであっさりクリアしちゃうだなんて……」

何故かマヒロはワナワナと身体を震わせて言った。そんなマヒロの反応にマルコは意味がわからずに自然と眉間に皺を寄せた。

―― まさか……、TVゲームにまで負けず嫌いを持ち込む気かよい?

「エンディング……、初めて見ました」
「あ、悪い」

マヒロが頭を落としてポツリと呟いた瞬間にマルコは手で口元を覆いつつマヒロから顔を背けて思わず謝罪の言葉を口にするのだった。

TV GAME

〆栞
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