07


モビー・ディック号はハンコックの勧めにより一路、女ヶ島へと船は航行していた。
女ヶ島に到着するまでの間、インペルダウンの囚人達はというと、白ひげに遠慮してなのか、ハンコックが奪った軍艦へと乗り移っていた。
モビー・ディック号の甲板には、白ひげがいつもの定位置に腰を据え、ジンベエとルフィ、そしてジョズやビスタ等、数人の隊長達が残っていた。

「小僧、海賊王になりたければ今のままじゃあ新世界にゃあ通用しねェぜ」
「ん?」
「覇気が使えねェでは話にならねェってことだ。この先の海を渡るにゃあ覇気は必須だ。それを身に付けなければこの先、一瞬にして海の藻屑だろうぜ」

白ひげはルフィにそう告げるとジンベエも大きく頷いていた。
ルフィは被っていた麦わら帽子を手に取り、それを見つめながら少し考えると顔を上げて白ひげをじっと見つめた。するとニコリと笑みを浮かべて大きく頷いた。

「わかった。修行するよ」

ルフィはそう素直に口にした。

「グララララ、やけに素直な野郎だ」

ルフィが気に入ったのか白ひげが楽し気に笑うとルフィもニシシと笑った。
それから女ヶ島に到着すると白ひげは片眉を上げた。そこには懐かしい男がいて、男は白ひげを見るなりクツリと笑みを浮かべた。

「久しいな白ひげ」
「冥王レイリーか、懐かしい顔じゃねェか」

言葉を交わしたのはそれだけで、レイリーは直ぐにルフィに声を掛けた。あの冥王レイリーがどういう風の吹き回しか、自ら修行を付けてやると言うのだ。恐らくはルフィが被る麦わら帽子が一つ大きな要因であることは間違いないだろうと白ひげは思った。
ジンベエは一旦魚人島へ戻ると言い、ルフィと共に女ヶ島で降りた。そして女ヶ島ではハンコックに付き従う女達が当面の食糧だと提供してくれたそれらを快く受け取った白ひげ海賊団は、再び大海へと出ることとなった。

「エースの弟、エースには会わなくても良いのか?」
「あァ、次に会う時は『高み』だ。そう約束してたからな。無事に生きてるならそれでいい」
「そうか」

別れ際にビスタが問い掛けるとルフィは笑ってそう答えた。その言葉に甲板にいる者達は自然と笑みを零し、白ひげは「グララララッ!」と声を出して笑っていた。

―― 大した器だ。先が楽しみじゃねェか、なァレイリー。

それだけに”この戦い”は決して負けられないものだと強く心に思った。後に続く若い未来を潰させるわけにはいかない。世界を巻き込んだ大きな戦いなのだろうが、これは『白ひげ海賊団の戦い』だ。
あとは――。
マリンフォードに残った息子に思いを馳せながら、生死の境を彷徨うもう一人の息子の無事を今はただ願うばかりだ。

「大爺、あのね」
「!」

白ひげの直ぐ側に突如として姿を現したのは、船医室でサッチを診ていたはずのチシだ。見れば彼女は眉尻を下げながら精一杯の笑顔を浮かべている。

―― ……何だ?

その表情からあまり良い知らせでは無い気がした白ひげは真剣な面持ちでチシを見つめた。

「……チシ、何だ?」
「お別れを言いにきたの」
「何? 別れ…だと……?」
「大爺のこと、本当のお爺ちゃんみたいに思ってた。一杯一杯抱っこしてくれてありがとう。沢山の愛情をくれてありがとう」
「待ちやがれチシ! どういうことだ!?」

突然の別れを口にするチシに白ひげは困惑した。ビスタやジョズ等、甲板にいた者達もざわついて困惑の表情を浮かべるのだが、エヘヘと力無く笑ったチシは目元を腕でぐいっと拭う仕草を見せた。

―― 泣いてやがるのは……、マルコが不在だからというわけでもねェ……。

「チシ、とにかくわけを――」
「もう時間が無いの。最後にこれだけ伝えたくて来たの」
「――おい」
「ありがとう。みんな大好き」
「チシ!」

チシは何の憂いも無い純粋な笑顔を浮かべると赤い光を纏って姿を消した。
何故突然に別れ等と言うのか――。
ビスタやジョズらが弾かれるように急いで船医室へ向かった。
白ひげは苦悶の表情を浮かべ、額に手を当てて深い溜息を吐いた。

「何をするつもりだチシ」

そう独り言ちると直ぐ目の前の空間に亀裂が入り、そこから空幻が姿を現した。

「これも役割じゃよ」

空幻は顎鬚を摩りながらそう言うと白ひげは眉をピクリと動かした。
少しの間、お互いに無言のまま視線だけをぶつけ合う。
そこに笑みなど一切無かった。





サッチは意識を取り戻した。
重く閉じられた瞳が開けられると目の前に泣き顔で見つめる4番隊の隊員達がいて、周りに目を向ければ心配と喜びを混在させた表情を浮かべた隊長達がいた。

「……おれ……生きて…んだな……」
「ッ…うう、あ、あったりまえっすよォォォ!」
「おかえりなさいサッチ隊長ォォォ!!」
「あァTッ! 良かったァァッ!! 本当に良かったァァァッ!!」

4番隊の隊員達は盛大に泣いて歓喜の声を上げた。
サッチは弱々しく苦笑を浮かべたが、ふと”いるはずの顔”が無いことに気付いた。

「……マルコは……?」

その言葉に歓喜の声がピタリと止んだ。サッチが眉を顰めると隊長達は難しい表情を浮かべ、船医室には静寂の重い空気が流れた。

―― ……何だってんだ? ……そういやァマヒロちゃんもいねェ……。

そう思った時、チクリと胸に痛みが走るのを感じた。
何が起きてどうなっているのか現状を全く把握できないもどかしさも相俟ってか、サッチは眉間に皺を寄せた。
胸の痛みに反射的に頭に浮かんだのはマヒロの名と共に別の女の顔が浮かぶ。

「……カーナ……」
「カーナ?」
「誰っすかそれ?」

小さな声で自然と口を突いて名を呼んだ。直ぐ側にいた隊員だけが聞き取れるかどうかの小さな声。僅かに聞き取れた隊員が目をパチクリとしてサッチに問い掛けたが、サッチはどこか上の空で返事をすることは無かった。
そして――。
どこかからか僅かに聞こえて来る泣声にハッとしたサッチは重い身体を起こした。
4番隊の隊員がサッチの身体を支えるが「良い」と断りを入れて自分の力で立ち上がった。

ハルタやラクヨウと目が合うと、彼らはどこかぎこちない笑みを浮かべ、直ぐにそれは暗い表情へと変えた。
何かがおかしい――。
サッチは船医室から出るとビスタとジョズがいた。サッチを見た彼らは目を丸くして驚いたような表情を浮かべたが、彼らもまた直ぐに表情は重く暗いものに変えた。

―― 何だってんだよ?

「っ……――……っ、――」

一つ間を空けた隣の部屋から聞こえて来たのは紛れも無いマヒロの声だ。
その声は震えており、明らかな泣声だった。
様子がおかしいことに不安を抱きながらサッチは壁を伝ってその部屋へと向かい、その部屋の中を見るなり愕然とした。

「……どういう…ことだってんだ……?」
「ッ! ……サッチ…さん……」
「何で……何があった?」

マヒロの腕の中で力無く静かに眠る少女がいた。ピクリとも動かなくなった少女に、サッチは振るえる手を伸ばして頬に触れた。
冷たい頬。
呼吸一つしていない小さな体には温かさの微塵も無い。
それは紛れも無い現実。
マヒロの涙が少女の頬に落ちると、まるで少女の涙のように頬を伝って流れ落ちていった。

「チシがサッチを助けたんだ」
「何……だって?」
「サッチを助ける為に『命の転換』ってェ技を施したんだ」

マヒロを慰めるように背中を摩っていたエースがサッチにそう話すとサッチは目を丸くして愕然とした面持ちを浮かべた。

「命の…転換? ……って、まさか……」
「マルコさんに……、あれっ…だけ、禁じ手だって……。強く、言わっ…れてたのに、……約束もしてたのにね……」
「ッ……!」

動かなくなったチシの額に触れ、頭を撫でて、まるであやして寝かしつけるように、マヒロはチシの身体を抱き締めて軽く揺らしていた。
涙は止まることを知らずに零れ落ちていく。だが表情は優しい笑みを浮かべ、愛し気にチシを見つめていた。
その顔は誰が見ても母親の顔だった。

『命の転換』
自らの命を引き換えに他者の命に息吹を与えて生かす術。回復の究極技と言っても良いだろう。
この力の存在に気付いたマルコはチシに使用禁止とする約束事として何度も話し合った。

「絶対ダメだよい」
「相手がパパだったらするもん」
「そうはならねェよい。それに、おれはチシの命を引き換えにしてまで生きようとは思わねェ」
「ママにそれを言ったら怒るよ?」
「ッ、と、とにかくこの技は禁じ手だい。どんなことがあっても絶対に使うな。良いねい?」

いざとなったら――。
何度もチシは自分の思いを口にするが、マルコは聞き入れてくれなかった。その後、マヒロにこの話をしたところ、マヒロもマルコと同じだと言った。

「それはマルっ……パパも怒るわ。私だって同じよ?」
「えェ〜! ママもパパの肩を持つの〜?」
「当然よ。自分の命は大事にしなさい」
「むぅ……はァい。あ、じゃあ大爺様なら――」
「「ダメ(だよい)!!」」
「―― パパ!?」
「あ、お帰りなさいマルコさん!」
「ただいまだよいマヒロ。っつぅかチシ!!」
「いやだもん! チシは誰も死んで欲しく無いもん!!」
「誰も死なねェよい。そうしねェしさせねェ。もうこの話は絶対禁止で決まったってェ何度も言ったろい」
「……はァい……」

ムスッと頬を膨らませながらチシは渋々納得したが、空幻という名の妖怪と二人きりになった時、この話をしたところ、空幻は納得したように笑みを浮かべた。

「わしら妖怪はのう、役割というものがあるんじゃよ」
「……役割?」
「人間と違ってわしらはのう、名に因んだ力を持っておるんじゃよ」
「名前に?」
「そうじゃ。与えられた名に因んだ力を持つように初めから”設定された存在”なんじゃよ」
「何それ? それじゃあまるで……」
「まるで誰かが意図して置いたモノのように思えるかのう?」
「……うん……」
「大きなうねりに関わりを持たない妖怪は役割を果たすことも無く、一生を終えることができる。じゃが、大きなうねりに関わった妖怪は役割を果たすべき時が必ず訪れるものじゃ」
「大きなうねり?」
「うむ」
「その大きなうねりって、……私やサコは関わってるの?」

何となくそんな予感はしなくも無かったが、チシは恐る恐るそう問い掛けた。その時に見せた空幻の表情にチシは自分が抱いた予感は正しかったのだと思った。

「……残念じゃがな、関わっておるんじゃよ」
「……そっか。……その役割が何かはよくわからないけど」
「お前さんは『愛魂稚子』という名のまま、戦闘に不向きな回復を主とした力しか持たぬ妖怪じゃな」
「……う、うん」
「親の愛情をたっぷり受けた魂は実に強く大きい。人一人の運命を大きく変えるには十分な程にな。その意味はわかるかのう?」
「!」

空幻が何を言いたいのか、幼いなりにチシは理解した――が、やはり現実的に直面すると考えると恐怖でしかない。
生半可な覚悟では、いざと言う時にきっと何も出来ないだろうことを空幻が諭すように話しているとチシは思った。

「……残酷じゃが、その時は刻一刻と近付いて来ておる。変える、変えないの選択はチシの自由じゃよ。じゃがのう、その役割は一生付いて回ることを肝に銘じることじゃ。今回、果たさなければまた自ずと次が生じよう」
「……」
「小さなお前さんには実に残酷な話じゃが現実じゃ。父を心底から愛するのなら、思うがままに動くが良かろうて」

話が終わると空幻はその場から消えた。
部屋に残されたチシは力無くベッドの縁に腰を掛けた。するとベッドで眠っていたサコが目を覚ました。
寝ぼけ眼を擦りながら起き上がったサコはチシを見るなり目をパチクリと瞬きを繰り返した。

「お姉ちゃん、……泣いてるの?」
「ッ、……う、ううん、目にゴミが入っただけ」
「そうなの? でも、何だか顔も赤いみたい」

サコが心配してそう言うとチシは目元をグイッと腕で拭う仕草をしてからサコへと身体事向き直した。

「……ねェサコ」
「なァに?」
「サコはさ、”海”なんだよね?」
「え?」
「サコの力の話」
「あ、う、うん。よくわからないけど、パパにそうだって言われた」

サコがそう答えるとチシはサコから視線を外して何度か小さく頷いた。

「……役割……」
「お姉ちゃん?」

ポツリと呟くチシにサコが首を傾げると、チシは両手をサコの両肩に置いて言った。

「ねェサコ。約束して欲しいことがあるの」
「なァに?」
「この先、私がいなくなったとしても泣いちゃダメだよ」
「どういうこと?」
「その時、サコは”パパの為だけに”行動すること。良い?」
「う、うん。よくわかんないけど……わかった」
「……サコ」
「なァに、お姉ちゃん」
「私、サコのお姉ちゃんになれて良かった」
「???」

チシの言葉にサコはキョトンとしていた。

「……ふふ、……何でもない!」

チシはそんなサコの頭に手を置いてクシャリと撫でて笑顔で笑った。
この時、チシは覚悟したのだ。自分の役割を果たすことを――。

パパ……ごめんなさい。
ママ……ごめんなさい。

マルコ……ごめんなさい。
マヒロ……ごめんなさい。

チシね、短かったけど凄く幸せだった。
本当のパパやママ以上に二人から大事にされて、愛情を沢山くれて、凄く、凄く嬉しかった。
大爺やエース兄ちゃんにイゾウ兄ちゃんにサッチ兄ちゃん……。
大勢の家族に囲まれて、温かい愛情を沢山くれて、本当に、本当に、楽しかった。

短かったけど後悔してない。

サコのお姉ちゃんだからしっかりしなきゃって思ってた。我儘を言っちゃいけないって思って頑張ってた。でもパパは我儘を許してくれたし何でも聞いてくれて愛してくれた。ママも優しくて色々なことを教えてくれて、危ないことをしたら本気で叱ってくれて愛してくれた。

二人の愛情を受けることができてチシは凄く幸せだった。

「チシ」
「……パパ……?」

想いが強く弾けた時、チシの中に最後に聞きたかったマルコの声が大きく響いた。

「……チシ」
「嬉しい……。遠くに離れていても、こうして声を掛けてくれるパパが凄く好き」
「ッ……」
「心配しないでパパ。きっとサコがパパを助けに行ってくれるから」
「何を…言ってんだ……。あれだけ言って約束したってェのにお前ェは!」
「パパ、最後の我儘を聞いて?」
「そんなのは我儘でも何でも無ェよい!」
「パパとママの二人の『愛』に御礼をさせて!!」
「!」
「大好き……大好きだよ。ありがとうパパ……、ううん、ありがとうマルコ……大好き」
「ッ……! チシ……、バカ…だよいお前……」
「生きて、ママを……、マヒロを、大切にしてね」
「……わかってる。……わかってるよい。チシ、おれを…お前ェのパパにしてくれて……ありがとなァ」
「うん!」

答えは最初から出ていた。
深い愛情をたっぷり注いでくれた人達に向けた恩返しだ。それが例え自分の命を代償にするとしても、それが役割であるのなら本望だ。

「マヒロ、マルコを大切にね」
「チシ?」
「私をママの娘にしてくれてありがとう!」
「ッ!」

命の転換を施す前にチシは満足した笑顔でマヒロにそう言った。そしてパパと慕うマルコの大切な家族を、親友を、生かす為に、チシは愛を持って魂のエネルギーへと転換する。

決めていたのに、笑って別れようって決めていたのに、どうして勝手に涙が零れるんだろう?
サッチ兄、起きて。
私からの最後のお願い。
パパとママを支えてあげて。
二人の力になってあげて。
それはサッチ兄にしかできない役割なんだよ。
そうしたらサッチ兄もきっと幸せになれるから――。

チシの両手に柔らかく温かな光が集まると、それらはサッチの身体へと降り注がれていった。
不思議な光で目を奪われる程に優しく美しい命の光だ。そうして全ての光が降り注がれるとチシの身体はグラリと揺れて地面にどさりと倒れた。

既に呼吸は止まり、心臓も微動だにしていない。
身体は一気に冷たくなっていった。

全ての光を失うと同時にチシは死んだのだ。

「ふ、ふざんけんじゃねェってんだよ……! チシ、……おれ、おれだってお前の命を引き換えに生きようなんて思わねェってんだよ!!」
「サッチさん……生きて。生きるの、チシの分も生きなきゃいけないの」

涙を込み上げながら怒鳴るサッチにマヒロはそう言った。するとサッチは両手をグッと握り絞めながら声を震わせて「悪ィ」と謝罪した。

「謝らないで。この子はサッチさんやこの船の人達が大好きで大好きで仕方が無いぐらい大好きで!」
「ッ……」
「どんなにダメだって言われても、どんなに怒られても、この子はきっとこうしたと思うの」
「……」
「凄く優しい子なの。名前の通りに『愛』に生きた子よ」

涙で頬を濡らしながらも満面の笑みを浮かべたマヒロは誇らし気にそう言った。
サッチはグッと息を止めると大人気も無くグスッと鼻を鳴らし、エースがサッチの肩をポンッと叩くとサッチは肩から力を落として微笑を零した。

「サッチさん……」
「ハハ、おれっち…、こんな小さな子に生かされちまったら、どんなことがあっても生きなきゃ罰が当たるってんだ」

サッチはそう言うと冷たくなったチシの額に手を置いて軽く撫でた。

「チシ、おれっちを生かしてくれて、ありがとうなァ」

心から礼の言葉を送ると直ぐに立ち上がり、皆から背を向けて天を仰いだ。決して涙を零すまいとしているのだろうと誰もがそう思った。
そして――。
チシの弔いは細やかに行われた。

「バカな孫娘だ。……だが、息子を生かしてくれたことに礼を言わなきゃならねェなァ。……チシ」

白ひげは寂し気な声で幼い孫娘に別れを告げた。
最後にチシが大好きだった父と慕ったマルコは側にいない。そのことだけが悔やまれる。それは白ひげ海賊団の者達の誰もが思うことだった。
そんな中、サコは涙を見せなかった。
マヒロの手をギュッと握ったまま一切泣かず、ぐっと堪えるように、死んだ姉の顔を見つめていた。
あれだけ姉であるチシにくっ付いて泣き虫だった男の子が、姉の死に涙一つ見せないのだ。
マヒロはサコの心中を慮ってサコの側に付きっ切りだった。

マルコの部屋に戻るとサコは徐にマヒロに声を掛けた。

「ねェママ」
「なァにサコ?」
「ボク、行くよ」
「え?」
「ボクはボクの役割を果たしに行くよ」
「!」

サコはマヒロにそう言った。
マヒロは目を見開くと両膝を折ってサコの目線に合わせた。

「サコ、それは」
「ママ、ボクは”海そのもの”なんだ」
「待って!」
「それでね、ボクも――」

―― 青なんだよ ――

「!!」

サコはマヒロの両手を握るとニコリと笑った。『青』という言葉にマヒロは目を丸くして驚き声を飲みこんだ。

―― だから……、だからこの子は、あんなにもマルコさんに懐いたってこと……?

少し戸惑うマヒロにサコは言葉を続けた。

「ママの色も同じ。パパの色も同じ。ママは優しい色。でもパパは凄く強い色」
「……」
「でも二人とも同じぐらいに綺麗な色なんだよ」
「……サコ……」
「ボクはお姉ちゃんみたいに気持ちを伝えることが上手く無いし、恥しくて言えなかったけど、最後だからちゃんと言うね?」
「!」
「マヒロ、ボクのママになってくれてありがとう。いっぱいいっぱい優しくしてくれて、愛情を沢山くれてありがとう。凄く嬉しかった」
「ッ……サ…コ……」
「ママ、きっとパパはママを生かしてくれる人だよ。例えママが弱くなったとしても、パパがその分だけ強くなって守ってくれる」
「!」
「忘れないで。強過ぎる力から守る為に不死鳥は懸命にパパを守ってる。だからボクもそのお手伝いをするの。ボクは青。ママが大好きなパパそのもの」
「サコ……あなた……」
「そしてボクは海。海は命の源。母そのもの。だからパパが大好きなママそのもの」

マヒロは震える手を伸ばしてサコの頬を包んだ。
自然と涙が溢れてポロポロと零れ落ちて行く。

「……泣き虫だと思ってたのに、強い子ね。あなたは凄く強くて、賢い。……とても優しい子ね……」

感情が溢れて堪らなくなったマヒロはそっとサコを抱き締めた。
サコもまた最後とばかりにマヒロに甘えるように手を伸ばして抱き付いた。
二人の間には母と息子そのものの絆が確かとなってそこにあった。
そして――。
サコは人知れずに船を離れた。海に飛び込めばまるで水を得た魚のように、サコは魚人族以上の速さで海の中を自由に泳いでいった。

サコを見送ったマヒロは、白ひげの元に訪れ、サコから預かったものを白ひげに手渡した。
それは子共らしい手造りのメダルであり『おおじいとボク』という文字入りの似顔絵が描かれていた。
裏を返せば『だいすき』の文字。

白ひげは堪らずに目元を手で覆った。

―― サコ……、お前ェもか……。

「……辛ェなァマヒロ……」
「……はい……」
「少し……側にいてくれねェか……」
「うん」

船長室で白ひげは人知れず涙を零し、マヒロはただ黙って白ひげの側に寄り添った。
小さな二人が白ひげ海賊団に齎したのは、小さいけれども大きな『変革』だ。
自分達の半分すらも生きなかった幼い子が、大切な家族を”生かす為に”、自らの命を投げ打った。
幼い二人の心意気に誰もが胸を打ち心を揺さぶられた。
中でも、最も影響を受けたのはエースとサッチの二人だった。

愛魂稚子

〆栞
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