04


逃げ惑う海兵を守りながらマルコは妖怪と戦っていた。
妖怪を撃破したとしても海兵達は恐れを抱いたままだ。

「ひっ! 化物!」

マルコの異質な力を目の当たりにしてガタガタと震えるのが殆どだ。だがマルコは気にする素振りは一切無く、淡々と成すべきことを続けた。そして――。

「!」

ゾクリ……――。

悪寒が走って振り向いた先にゆらりと立つ男がいた。

「……サッチ……」
「……悪ィ…マルコ、……悪ィ、うっ、かはっ……!!」

サッチが苦し気に声を漏らした。苦渋の表情を浮かべて見つめるマルコは少し警戒してサッチを見据える。

―― ある程度駆逐してからと思ったんだが……まァ良いか。

佇んだまま微動だにしなかったのを良いことに、周囲にいた妖怪達を先に倒していった。しかし、流石に動くかと思ったマルコはサッチに集中することにした。
身体を向き直して正面に相対した時、サッチの身体から強烈な妖気が漏れ出すと同時に変異が始まった。それにマルコは目を見開いた。

―― !

背中から黒い靄が発生すると同時にズズズとサッチの首から額中央へと黒い線状の模様が伸び、額中央に奇妙な文様が浮かび上がった。
目は生気を失い黒い瞳孔がフッと消えるとは白眼が姿を現した。

―― 背中は確かティーチに攻撃を受けて怪我を負った箇所だねい。

背中から発生する靄は蝙蝠のような羽を形作ると手はメキメキと音を立てて変異して、少し大きくゴツゴツとした手になり鋭利な爪が生えていた。そして、血色の無い肌が黒褐色へと変わる。

―― 傀儡化っつっても、エースのとは種類が明らかに違う……。

そもそも『傀儡化』とは実際にどういう仕組みなのか、マルコはずっと考えていた。
屍鬼は形の無い者だ。実体を持たない屍鬼だからこそできる術なのだと仮定して思い浮かんだのは『魂の上塗り』だ。
既存の魂をそのままに残し、より強い者の魂を無理矢理そこに押し込むことで別人へと変わる。
所謂『憑依』と言った方が分かり易いかもしれない。
方法は様々なのだろうが、エースの状態が恐らく基本(ベース)となるのだろう。
また、カーナに関しても全く異なる方法だ。彼女は『犯された』と口にしていた。直接的に体内に触手を伸ばして強制的に変異させて従わせることから『魂の束縛』のようなもの。
糸で操るようなものか、その辺りはよくはわからない。
自らの意思を持って自由に動けるように見えるが、いざとなれば強制的に従わされる――そんなところだろう。
幻海に関しては死して尚もその場に魂を束縛させて従わせている様子を見れば、彼女もカーナと似たようなものだろう。そして――。

「……マジかよい……」

―― 何てェ出鱈目な妖気を発してやがんだよい……。

サッチから放たれる妖気が異様に強くて強大なものだった。
額に浮かぶ文様とそれに向かって伸びる黒い線状のそれは、よく見るとユラユラと蠢いているように見える。
どうやら黒い妖気の触手が直接的にサッチの身体を覆い支配しているようだ。

「うひゅひゅひゅひゅっ! さすがん屍鬼様のん”第二の器”として認められた身体だけあるよん!! 倒せるかん!? 倒せるかん不死鳥!!」
「な、何!?」

サッチの元に姿を現した小さく醜い妖怪が妙な笑い声を上げてそう言った。

―― 第二の器だって!?

屍鬼はティーチの身体では無く、サッチの身体を欲したのだとマルコは思った。
より馴染むように、より確実に力を得られるように――。
じっくりと時間を掛けて闇に染め上げてからサッチの身体を奪う気なのだろう。

「……死ね、不死鳥……」
「!」

サッチの口から、サッチの声で、そう言い放たれた。

―― サッチ!!

仲間で家族。
付き合いが最も古い友人。
悪友で親友で時に相棒。

本気で戦えるか?
身体を傷つけることができるか?

普段のふざけ合いで済む話じゃない。
今から行われるのは本気の殺し合いだ。
加減してどうこうできるような相手ではない。
その辺の妖怪に比べて遥かに強くて強敵だ。

二本のサーベルを手にしたサッチがゆらりと構える。そして黒い靄が背中から剣先へと包み、まるで黒い炎のように揺らめいて滾り始めた。
マルコは霊気を高めて身構えるものの戸惑いは隠せず、嫌な汗が額から顎へと伝い落ちた。

そんな彼らを白ひげは眉間に皺を寄せて見つめていた。

甲板では毒で瀕死状態に陥ったエースを救うべく、チシが変異して全力で回復に当たっていた。
そのチシの表情は集中して必死な様だったが、戦場で何が起こっているのかを察しているのか、気持ちが焦っているように見えた。

「エース!! おい!! エース!!」
「ルフィ君! 邪魔しちゃいかん!!」
「なァ! お前!! ……って、凄ェェェ!! お前も妖怪ってやつか!?」
「……エースの弟は場の空気を読まない天才だねェ……」

エースに駆け寄って必死に呼び掛けるルフィがチシを見ると目をキラキラと輝かせた。それを見たイゾウは呆れてそう零すと隊長達や隊員達の全員がコクリコクリと目を点にして頷いていた。

そんな彼らを尻目に白ひげはずっと戦場を見つめている。隣に立ったジョズは甲板にいる者達を一瞥して溜息を吐くと白ひげへと視線を向けた。

―― ……オヤジ……。

どんなことがあろうとも、あのような光景を目にして平静でいられるはずがない。どちらとも白ひげにとって大事な息子なのだ。
それは兄弟とする自分達も同じ気持ちだ――と、ジョズも同じく戦場を見つめた。

〜〜〜〜〜

「エースを奪還したら直ぐに撤退してくれよい」

〜〜〜〜〜

戦いの前にマルコが約束事として皆にそう言った。本来ならばこのまま撤退すべきなのだろうが撤退の指示は出ない。

「アホんだらァ、このまま撤退ができるか…バカ息子……」

白ひげはギリギリと歯を食い縛って苦い表情を浮かべた。
マルコとサッチ、そしてマヒロ。
この状況下、何もできないもどかしさに白ひげは怒りと悔しい気持ちを抱え、僅かにワナワナと震えた。

ジョズは白ひげの気持ちを慮って目を瞑った。

無事に戻れ。
決して死ぬな。

―― サッチ、マヒロ、……マルコ……。

そう願うのは皆同じだ。笑ったり呆れたりしながらも心に落ち着きは無い。
4番隊の者達は誰も笑っていないし苦し気に涙を浮かべる者もいる。

『サッチが敵の刺客として現れる』

事前にそう聞かされ、マルコが対処するということになってはいたが、どうにも容易に事が済ませられるような状況では無いように見受ける。
サッチから異様な力の圧を誰もが感じ取っていた。
強さを推し量ることはできないにしても何となくわかるのだ。あまりにも脅威的で不気味さを誇る異様な力を発していることを――。





降り降ろされる剣を避けると黒い影が視界に入った。

「クソッ!!」

波状攻撃により腹部に激痛が走ると同時に身体が弾かれた。何とか態勢を整えて地面に手足を突き、吹き飛ぶ勢いを殺して着地した。腹部の痛みに顔を歪めながら軽く咳き込むとせり上がって来た血を吐き捨てる。
腕でグイッと口元を拭いながら鋭い眼光で睨み付けるとサッチの身体から派生している黒い影がまるで鞭のように撓らせて地面をパシンッと強く叩いた。

「うひゅひゅひゅっ! こんれは凄いん! 屍鬼様のん元の身体をん解体して埋め込んだだけのことんはあるん!!」
「屍鬼の…元の身体……?」
「うひゅっ! 亡者のん亡骸! 骨! 血肉! 穢れのん全て! 最早こんの男は生きながらのん亡者そのものん!」
「!」
「意識を保たせたのんはわざとん! その方がんお前はん苦心して手が出せないん!」

甲高い声でまるで勝ち誇ったかのように息巻いて話す妖怪にマルコは「チッ!」と舌打ちした。

「……マルコ……悪ィ、……殺せ……おれを……」
「ッ、……サッチ……」
「うひゅひゅひゅひゅっ! 仲間同士の殺し合いんだん! 鉄のん掟か何かは知らないんが、これんは屍鬼様からのん贈り物だん、受け取れ不死鳥ん!!」

流石に内臓が震える程の怒りが沸々こと込み上げたマルコは思わず拳をグッと握り締めた。

―― ティーチ……、いや、屍鬼、てめェは!

だがヒュンッと風を切り裂く音にハッとしたマルコは地面を蹴って身体を翻し、両腕に武装色の覇気を纏わせて身体を庇った。

「くっ!」

ガキィィィン!!

サッチの攻撃を受け止めてギチギチと力で押し合う。そんな中で間近に見るサッチの白眼と化した目はとても虚ろだ。

―― クソッ、どうすりゃ良いんだよい!?

ガキンと弾き合うとサッチはマルコの虚を突いて腹部に蹴りを放った。

バキッ!!

「くはっ!」
「悪ィなマルコ」
「!!」

怯んでバランスを崩した隙にサッチはサーベルを放って空いた手をマルコに向けて翳した。そして――。

ズアッ! ドォォォン!!

黒く澱んだ灰色のエネルギー派が至近距離でマルコを襲った。
真面に受けたマルコは勢い良く吹き飛ばされ、遥か先の岩壁へと身体を叩き付けた。そしてズルズルと引き摺るようにして地に落ちた。

「はっ、…くっ、…これ、……マジか……」

身体が震える。手を見れば黒い斑点が浮き出ると同時に「ゲホゲホッ!」と咳をして血を吐いた。
呼吸が荒くなりズクリと痛む身体は再生の炎が発して回復を図る。それでも痛みと疼きは和らぐことは無い。ジリジリと軋むような痛みが身体の内部から感じるこの感覚は鬼雷鳥の攻撃を受けた時と同じだ。

―― あァ、こんな感じだったよい……。

暢気に懐かしいと思える辺り、まだ多少は余裕があるのかもしれない。
あの時はマヒロに助けてもらったなと思いながら痛む腹部に手を当てて溜息を吐いた。そしてチラリとマヒロがいる方角に視線を向けた――途端にギョッとした。

「余裕を見せるのはあんたの悪い癖だよマルコ」
「幻海っ!?」
「霊丸!!」
「!!」

ズドォォォン!!

「ッ……」

目の前に突き付けられた人差し指。そこから容赦無く放たれた霊丸を、マルコは何とか身体を仰け反ってギリギリで躱した。

「おや、至近距離でよく避けたもんだねェ。器用さは相変わらず変人の域だ」
「て、てめェ!」
「マヒロを守るんだろ? 暢気に余所見なんかしてる暇があるならさっさと倒しな!」
「ちょっ!」
「あたしゃァ優柔不断な男は嫌いだよ。大体、何の為に屍鬼側に付いたと思ってんだい?」
「っと! 待っ! うお!?」
「こういう時の為にワザと傀儡化されてやったって事に気が付かないのかい!」

幻海は話をしながら霊気を纏った拳や足で攻撃をして来る。
躱したり払い除けたりしている内にシャツを掴まれて地面へと引き倒されると幻海の右拳がマルコの顔に目がけて打ち下ろされた。

ズガッッ!! ミシミシミシ……――!

マルコは何とか顔を背けて躱すものの、右拳は僅かに頬掠め、そのまま地面を叩き割った。

「言ってることとやってることが違ェ過ぎんだろい!?」
「おや、あたしゃ傀儡化されてるんだ。意識は味方しても身体は敵さね」

マルコが怒鳴ると幻海は平然とした顔でしれっと言った。マルコは

―― このババア、本当に良い性格してやがる。

マルコはヒクリと頬を引き攣らせた。

―― ……マヒロにも…似たようなところがあるけどよい……。

ふとそう思うと視線を泳がせて軽く凹んだ。
この祖母にしてあの孫だ。血の繋がりがそうさせるのかはわからないが、似て欲しくない部分ではあるとマルコは思う。

「(本気で殺す気で反撃しな)」
「!」

幻海が小さな声で離し掛け、マルコは目を丸くした。

「(瀕死になるだろうが死だけは何とか免れることはできるさね)」
「何ッ――んぐっ!」
「(シッ! 黙りな!)」

幻海はマルコの口を手で塞ぐと耳元に口を寄せてそっと耳打ちをした。

「(良いかい? お前の”お友達”の強さを信じるんだ。ギリギリ何とか耐えてくれるさね。小さな命はもうとっくに覚悟しているよ)」
「!」
「(忘れるんじゃないよ。あんたはゴチャゴチャと頭で考え過ぎるのが悪い癖さね。世界を敵に回すだか何だか知らないが、その程度でビビってちゃあ守れるもんも守れない。化物? 大いに結構じゃないか! そんな風に思われることなんてとっくに慣れてんじゃあなかったのかい?)」
「……!」
「(自分を信じな。マヒロを守るんだろう? あたしゃァあんたにマヒロを任せるって言ったはずだよ。約束はちゃんと守りな!)」
「ッ……」

そう告げ終えると幻海はマルコのシャツを引っ張った。そしてもう一度拳を振り上げて殴りに掛かろうとした。

―― ……大した……大した祖母さんだよい。

ガシッ!

「!」
「師範、ありがとよい」
「さっさとやっちまいな。バカ弟子が」

幻海の腕を掴んだマルコは礼を言ってクツリと笑うと幻海も笑みを浮かべた。そして反対の手に高圧縮させた霊気弾を幻海の身体にぶち込んだ。幻海の身体は軽く弾かれたように吹き飛んで地面に伏し、ピクリとも動かなくなった。

―― ……約束は守るよい。

既に死んだ人間だ。もう解放してやるべきだ。
しかし、そうは言っても何も感じないわけは無い。

―― けど……、最後の課題は流石に一番堪えるよい幻海師範……。

両拳を強く握り締め、僅かに身体を震わせながらチクリと痛む胸に、マルコはグッと耐えるしかなかった。

最後の課題

〆栞
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