01


激しい怒号に剣戟音や砲撃音が鳴り響く中、後ろ手に拘束されたまま両膝を突いて項垂れるエースは自身の中に蠢き始める何かにより激しい痛みを感じていた。
ズクリ……ズクリ……と、一定の動きを見せる鼓動の様なソレは、エースの視界を侵食し始める。
処刑台から見える光景から徐々に色が落ち始め、妙に湿気のあるジメッとした空気が肌に纏わり付き、やがて視界に移す景色は薄暗く朽ち果てた闇へと変わって行く。
そんなエースに起こる変異に気付く者は側にいない。

センゴクは電伝虫を手にして部下に命令を下した。

「衛兵、処刑執行の時間だ」
「はっ!」
「! センゴク、……どういうことじゃ?」

予め予告されていた時刻よりも早い執行命令にガープは眉を顰めた。

「予定はあくまでも予定。海賊相手に時間を守る必要など無いということだガープ」
「……」

センゴクの言葉にガープは苦渋の表情を浮かべた。そして直ぐ側で力無く項垂れるエースを見つめた。
眉間に皺を寄せ、唇を噛み締めるかの様に苦悶の表情を浮かべるエースに『悔恨の念』を模した表情を浮かべていると思った。しかし、何か様子がおかしいと気が付く。

―― 何じゃ? ……呼吸がやけに荒いようじゃが、それに……。

よく見るとエースの腹部周辺に黒い班点模様のようなものが薄らと浮き出ていることに気付いた。

「……エース……?」

ガープがエースに声を掛けた。センゴクは少し訝し気な表情を浮かべて視線をエースへと向けた。

「はァ…はァッ……、じ…、じじィ、……げほっ! ごほっ!!」
「エース!?」
「!」

エースは激しく咳き込むと地面に血が飛び散った。エースの口から顎へと血が伝い落ちているのを見たガープは焦りの表情を浮かべて咄嗟にエースの身体を支えようと抱き抱えた。

「何じゃお前! 血を吐くなど!!」
「ガープ! 貴様、今から処刑される囚人を抱えるなど――」
「黙れセンゴク!!」
「――ッ!」

センゴクは海兵にあるまじき行為だとガープを諌めようとした。だがガープは本気で怒号を放ってその言葉を遮った。

―― くっ、ガープ、お前も所詮は人の親か……!

苦悶の表情を浮かべて睨み付けるセンゴクの視線等に構わずに、ガープはエースに声を掛けた。

「はァはァ……、ッ…せ、……」
「何じゃエース」
「離せ…じじィ……。はァはァ…ッ、周りに…示し……付かねェだろ……ごほっ! かはっ!!」
「エース!? いかん喋るな!」

激しい咳き込みで吐血する量が徐々に増えている。顔色は如実に悪くなり急激に生気を失い始めるエースにガープは愈々焦り始めた。だがセンゴクは冷静だった。

「どのみちこれから処刑される身だ。苦しみから少しでも早く解放できるのだ。処刑時刻を早めて正解だったと、そう思えガープ」
「くっ!」

冷たくそう言い放つセンゴクは更にガープを諫めるように言葉を続けた。

「早々に処刑執行を済ませ、白ひげ海賊団を一網打尽にするまたと無い好機。みすみす逃すわけにはいかんのでな。私を恨みたければ勝手に恨め」
「……」

センゴクは中央広場で戦う白ひげ海賊団達を見つめながらクツリと笑みを浮かべた。
センゴクの言い分はよくわかっている。
ガープは眉間に皺を寄せると苦し気な表情を浮かべて押し黙るほか無かった。

―― ……これも海賊に身を落とした運命…ということか。

「バカもんが……、何故……何故わしの言う通りに海兵にならんかった……」
「……じじィ……」
「この……親不孝もんが!」
「ッ……」

苦痛に顔を歪ませながら涙をボロボロと流してガープはそう言った。エースは呼吸を荒くしたまま思わず目を丸くして息を止めた。

―― ……何を泣いてんだよ…クソじじィ。……泣くようなタマじゃ――ッ……!

ドクンッ――!

「がはッ! かはッ!!」
「!」
「処刑の前に死にそうだな火拳のエース」
「……はァ……はァ……」

大きく唸るような鼓動が生じると堪らず咳き込み、多量の血を吐いた。呼吸が上手くできずに苦しむ中、いつか見た苦しむマヒロの姿を思い浮かべ、よく耐えたよなと思った。その時――。

『いい加減に器を明け渡せ小僧』
「!」

突如として頭の中に聞き慣れない声が聞こえて来た。とうとう幻聴を聞くまでにヤバい状態になったのかと思った。だがその声は尚も続いた。

『我、腐浄餓(フジョウガ)。屍鬼様の毒と共に貴様の体内へと入った奇怪児だ。お前の器を奪い、毒を持ってして不浄なるものとの結合を図り傀儡化するのだ』

―― 何だよそれ……? 意味がわかんねェ……。

『お前が理解をする必要は無い。要はお前が身体を放棄すれば良いだけの話だ』

―― 身体を…放棄……?

耳鳴りがする程、頭の中に響く声は幻聴等では無く、確実に”見えない敵による”仕業であるとエースは漸く理解した。そして――ドクンッ――! と更に強い鼓動が腹部より心臓を目掛けて付き上がるように唸った。

「かはっ! うッ…くっ、……か、簡単に……クッ、…ソッ!」
「ッ…! エース…!」
「ここに来て命が惜しくなったか火拳」

エースの口から零れる言葉にガープとセンゴクは耳を傾ける。だがエースの声は苦し気で、言葉よりも呻く声が酷く、何が言いたいのかはわからなかった。
ガープはエースの肩をグッと掴んだ。

「しっかりせんかい!」

そう声を掛けると、エースが顔を俯かせたまま不意に荒い呼吸を突如として止めた。それにガープもセンゴクも不審に思ったのか眉目を潜めた。しかしその時、上空から何やら騒がしい声が聞こえた二人は徐に空を見上げた。
遥か上空から一隻の軍艦と共に大勢の人が落ちて来る姿があった。センゴクもガープもそれには心底驚いて目を見張った。

「あ、あの服は、まさかインペルダウンの囚人か!?」
「ルフィ!?」
「エェェェェスゥゥゥゥゥゥッ!!」
「ルフィのバカァァァァッ!!」

ルフィの叫び声に重なる女の悲鳴にも似た声。聞き覚えのあるその声にセンゴクやガープだけではなく、三人の大将(特に赤い男)が反応を示して落ちて来る者達を見止めた。

「あの娘は……!」
「な、何ということじゃ! マヒロの奴め、結局は海賊の仲間になりおったのか!!」
「ッ……!」

センゴクとガープは、落ちて来る大勢の者達の中で直ぐにマヒロの姿を見つけた。二人にとって彼女の印象が色々な意味で強く残っていた為だからだろう。
直ぐ側にいる筈のセンゴクとガープの声が遥か遠くに聞こえる。しかし、エースにとって大事な義弟であるルフィや、特別な存在に思えるマヒロといった名をだけは妙にはっきりと聞こえた気がした。

―― ……ルフィ? ……マヒロ?

ピクンと僅かながらに身体が動いた。だがこれは腐浄餓によって蝕まれた証のようなもの。エースの意識は未だに残ってはいるが、身体が自らの意思から離れてしまい完全に動かせなくなっていた。

―― ……ルフィのバカ野郎! ……何しに…ッ……クソ! ダメだ、動けねェ!

本来ならばルフィの声に反応するはずだがエースは俯いたままで様子がおかしい。

「エース! 助けに来たぞ!!」
「ッ…………――――」
「!?」

ガープは自分の耳を疑った。それは直ぐ横に立つセンゴクも同じで一瞬だが二人は顔を見合わせ、そしてエースへと視線を戻した。
あれだけ苦し気で、異様に荒い呼吸はすっかりと収まりとても静かだ。

「……エース……?」

ガープは訝し気な表情を浮かべながら声を掛けた。顔を俯かせた状態のエースの表情は見えない。しかし、エースから感じられる雰囲気が異様なものに変わってしまっていることに、ガープは妙な胸騒ぎを覚えて戸惑った。

「……じじィ、ッ…まだ抵抗するか。……ち、違ェッ、……しつこい」
「な、何を…どうしんじゃエース!」
「おれじゃッ……、どのみち…世界は……、クッ…はァ、はァ、……じじィ、に、逃げ……闇に染ま…る……」
「何を言ってる? 一体何を……」
「死を目前にして気でも狂ったか? ”あの父親の血を引く者”とは到底思えん最後だな」

―― ッ!!

センゴクの言葉がエースの耳に届いた。それが引き金となってエースの心は怒りに支配された。そしてそれは自らの身体を愈々放棄する切っ掛けとなった。
ギリギリの所で耐え抜いていた。だが最後の白い砦は瞬く間に闇に侵食され、暗く穢れた虫達が大量に押し寄せて食い荒らしていった。

ドクンッ!

最後の鼓動はエースがエースで無くなった証となる。

『全ては運命だ。今日、この日、この時を境に全てが変わる。身体の浸食は終わった。もうこの身体は我のものだ。さァ、人を捨てよ。多くの人間共の血肉を喰らうが良い。小僧、意識を保ったまま自ら人を殺し喰らう醜い我が身を永遠に見続けるが良い。その内に己の意思で器に残った自らの魂を消したくなるだろう。クククッ……』

腐浄餓はエースの怒りを巧みに利用して乗っ取りに成功すると同時に、エースにそう言葉を残したのだった。

―― ……クソッ……野郎……!

意識だけが残る。だがエースの身体はガクリとその場に頭を落として地面に額を擦り付ける形となって蹲ったまま――。
このエースの大きな異変に気付いたのは僅かに二人。

「ティーチ、……やってくれるよい」

マルコは海兵の攻撃を軽く往なしながら処刑台へと視線を向けた。それと同じタイミングで別の場所からマヒロは処刑台へと目を向けた。

「……エース、……ま、まさか……!」

マヒロの顔色が瞬時に変わった。すると直ぐ側にいたジンベエがそれに気付いて眉を顰めた。

―― 何じゃ? 何故そんな……、エースさんがどうしたというんじゃ?

ジンベエはマヒロの視線を追って処刑台へと見やった。
処刑台の上に繋がれたエースが力無く頭を地についている姿がそこにあった。

―― 必ず、必ず助けるぞエースさん!

ジンベエはそう強く心に誓う。そしてエースの義弟であるルフィと共に処刑台へと目指して走り出した。その時マヒロはその場に佇んだままだった。胸元に置いた手をギュッと握り締め、深く息を吐いて気持ちを落ち着かせようと努める。

―― 大丈夫。……そうよねマルコ。

マヒロはマルコを探そうと周辺の気配を探った。しかし、マルコの気配を探る以前に強い妖気を持った妖怪達が直ぐそこまで迫って来ていることに気付いてそれどころではなくなった。

「嘘でしょ……? まさか本当に横槍を入れるつもりで……あ!」

エースがどうして殺されずにこのような公開処刑となったのか、マヒロは漸く察した。

―― 私のバカ! よく考えたらわかるじゃない!!

そう、これは明らかに餌だ。世界最強の白ひげ海賊団と海軍の全面戦争と銘打ったこの戦いは世界に中継までされている。とどのつまりつまりそれは全て――。

「ま、待って。まさか、見せるの? ……何もかも全て……?」

戸惑うマヒロは更に顔を強張らせた。
エースの気配に瞬間的に悪寒が走った。エースから発する気配は、自分がよく知っている気配とよく似ていた。

―― ダメ! ダメよ!!

愈々気持ちが焦り始めたか、マヒロは集中力を欠き隙が生じていた。その隙を狙うようにある人物がマヒロに襲い掛かった。

「!」
「余所見とは随分余裕じゃないか、マヒロ」
「ッ!!」
「相変わらず隙だらけだねェ? それでも私の後継者かい? 霊光波動拳継承者が聞いて飽きれるよ」

とても馴染みのある懐かしい声だった。ヒュンッと風を切るような音を発して蹴りを放つ人物にマヒロは驚きながら咄嗟に腕でそれを防いだ。

「くっ…!」
「今度こそ手土産を持って帰らないと、屍鬼様が五月蠅いからねェ。手加減はしないよマヒロ」

クツリと笑みを浮かべるその人物に対し、マヒロは悲哀を加えた複雑な表情を浮かべた。

―― ……やめてよ、その顔であいつを”様付け”で呼ぶなんて……。

いつか必ずこの時が来るだろうことはわかっていた。覚悟もしていた。でもまさかここで再会を果たすことになるとは思っていなかった。

―― この人は……違う。もう、死んだ人なの。……だから、だから!

苦しい表情を浮かべながらもマヒロはその人物から距離を取って身構えた。だが――。

「あなたの相手が一人だとは思わないことねマヒロ」
「!?」

背後から声が聞こえてハッとしたマヒロは咄嗟に身体を捩った。ヒュンッと風を切り裂く音が聞こえると直ぐにズガンッと地面にぶつかる音が激しく鳴った。

「あら、上手く避けたわね」
「あなたは!!」
「……ふふ、私だけに気を取られていたら祖母に”また”やられるわよ?」
「ッ……!」

マヒロの前に現れたのは祖母である幻海だ。それに続くようにカーナも姿を現してマヒロを襲ったのだ。
マヒロは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべながら二人に意識を集中して警戒するように睨み付けた。

「マヒロ!!」
「来ないで! 大丈夫だから!!」

突然どこからか現れた年老いた武闘家を前にマヒロが苦悶の表情を浮かべ、劣勢に立たされているように見えたイゾウが声を掛けて加勢に入ろうとした。だがマヒロの言葉に足を止めて駆け寄ることを止めた。
マヒロの表情は兎角真剣で、戦う顔がそこにある。
普段のマヒロから掛け離れたその表情にイゾウは少し見惚れたが、マヒロの視線の動きに片眉を上げた。

―― ……傍目から見てると一対一かもしれないが、そうじゃないのかもしれねェな。

イゾウは眉間に皺を寄せて小さく舌打ちを打つとコクリと一つ頷きを見せた。そして他の隊長達へと目を向けた。

―― ここら辺で潮時だ。

雑魚という雑魚は粗方片付けたに等しい。ここから先は巻き添えを喰らわないように撤退しなければならない。
イゾウはモビー・ディック号へと視線を向けると白ひげと視線がかち合った。すると白ひげがコクリと頷いて見せるとイゾウは了解の意味を込めて軽く手を上げた。

「ビスタ! ハルタ! ラクヨウ!」

イゾウの周辺で王下七武海を相手に戦っていた彼らに声を掛ける。

「承知した!」
「オッケー!」
「おう!」

彼らは戦いながらも意味を理解して返事した。そうしてイゾウが各部隊に指示を出して行き、白ひげ海賊団は戦いながら少しずつ後退を見せ始めた。
その動きに気付いたのはインペルダウン脱走組の者達で、イワンコフやバギー達は不思議な面持ちを浮かべた。

「どういうことなの?」
「なァんであいつら引いてんだ?」

そんな中、肝心のマルコはというと――。
最も相手にしたくない男を目の前にして苦悶の表情を浮かべていた。それと同時に次から次へと強い妖気を纏った妖怪達が中央広場に降り立つ姿に不快感を示した。
妖怪達は周りの人間から見えないことを良いことに、あっという間にマルコを囲んだのだ。
そして――。
人化した一部の妖怪を引き連れた男が大きな声で笑いながら処刑台の上部に姿を現したことで、広場で戦っている者達の視線を一気に集めて釘付けにし、センゴクやガープは絶句した。これには三大将も眉間に皺を寄せ、難しい表情を浮かべながら処刑台に目を向けていた。

「ゼハハハハッ!! 素直に餌に食い付いてくれておれァ嬉しいぜ! なァマルコ!!」
「ティーチ……」
「相手が一人じゃ楽しくねェだろう? 末弟もそこに加えてやろうじゃねェか、なァエース?」

ティーチはそう言うと黒い妖気を刃に変えてエースの拘束具を全て断ち切った。
ガープやセンゴクからはティーチが振り上げた腕を勢い良く振り下ろしたぐらいにしか見えていない。その為、エースの拘束具が突然パキンッと音を鳴らして外れたことに目を見張って驚いた。

「な、何じゃと!? 何故拘束具が斬られたように割れるんじゃ!?」
「くっ…、貴様!! 黒ひげのティーチだな!? 何時の間に…、どうやって現れた!?」

ガープとセンゴクはティーチを警戒して身構える。だがティーチは笑みを浮かべたまま一度も彼らに目を向けようとはしなかった。
ティーチの目はずっと一人の男を捉えているのだ。

―― さァ、始めようじゃないかマルコ。
―― チッ! とことん嫌な野郎だよい。

拘束具が外れたエースはゆらりと立ち上がるとその場から飛び降りた。

「に、逃がすな! 火拳を捕らえろ!」
「「「!」」」

海兵達は戸惑いながらも冷静さを保っていた中将らの指示に従い武器を構えた。だがエースの表情を見た途端に誰もが青褪めて恐怖を示した。

虚ろな表情ながらも眼光は鋭く狂暴性に富んでいて、まるで人とは思えない威圧感に誰もが飲まれ、とても真面に立ってはいられなかった。
エースは自身を取り囲む海兵など見向きもせず、地を強く蹴って高く飛んだ。そうして向かった先は白ひげ海賊団1番隊隊長マルコの正面だ。
黄色いスカーフを首に巻いたコック服を見に纏うリーゼント頭の男が二本のサーベルを持つ姿がある。その男もまたエースと同様に虚ろな表情ながらも狂暴性に富んだ異様な空気を放っていた。

「「「サッチ隊長!」」」
「「「エース隊長!!」」」

白ひげ海賊団4番隊の隊員達と2番隊の隊員隊が戸惑いながら声を上げる。

「お前ェら取り乱すな! 話は事前にしていただろうが! 今は黙って撤退しろ! 急げ!」
「うぅっ!」
「くそ!!」

3番隊隊長のジョズに窘められた4番隊と2番隊の隊員達は、二人の隊長を前に対峙する1番隊隊長の背中を見つめた。

―― マルコ隊長、サッチ隊長を頼みます!!
―― マルコ隊長、エース隊長をお願いします!!

彼らは口には出さなかったが強くそう願った。その思いはマルコに確かに届き、クツリと思わず笑みが零れる。
すると、その表情を処刑台の上から見ていたティーチは眉をピクリと動かした。

―― 余裕か。だが直ぐにその余裕は無くなっちまうだろうぜ。……なァ、不死鳥!!

ティーチの意に従うようにエースは徐に口を開いた。

「人の血を範囲とする。これがどういうことかマルコならわかるだろ?」
「エースみてェな口振りで話すんじゃねェよい。どうせそのつもりだったんだろい? やるならさっさとやれよい」
「おいおい、やけに余裕じゃねェかマルコ。おれ達を相手にマジで戦おうってェの?」
「好戦的な面してよく言うよい」

挑発染みた表情で話すエースとサッチに対してマルコは至って平静だ。
エースは徐に両手を前に差し出すとサッチがエースの腕を軽く斬り付けて血を流させた。その行動に周囲の者達は唖然として見つめて絶句している。
一体何がどうなっているのか、仲間割れなのか、誰もが困惑する中、エースはクツリと笑みを浮かべた。

「我の『表』はお前に色々と教えたみたいだが、流石にこれまではできないだろう?」
「その表に裏切られちまってただの影に成り下がったお前ェらしい技だねい」
「……その余裕がどこまで持つか見物だな」

エースはそう言うと血だらけになった手を地に突いた。するとそれを中心に血の円陣が広範囲に描かれていった。
当然、マルコ以外の者達には何も見えていない為、エースが何をしているのかわからない。

「血塊可視空間ロジック転位」

血の結界は黒いエネルギーと共に膨れ上がると破裂して霧散した。
そして――。
周囲にいた海兵隊が一斉に驚き、大きな悲鳴を上げた。
決して人で無い異形の者達が自分達の直ぐ側に大勢いることに恐怖し、腰を抜かして地べたに座り込む者も多かった。
だが、マルコがそれに目を向ける余裕は一瞬も無かった。

ヒュンッ――!

風を切る音がマルコの頬を掠って突き抜けた。

「チッ!」
「どうした? おれが相手だと戦えねェのかマルコ?」
「五月蠅ェよい!」

結界が張られると同時にサッチがマルコに向けて攻撃を仕掛けたのだ。巧みに操られる二本のサーベルを寸でで躱したマルコはギリッと食い縛ってサッチを睨み付けた。
サッチの持つサーベルはしっかりと妖気を纏っている。流石にその攻撃を真面に喰らうわけにはいかない。

「おれも混ぜてくれよサッチ! 火拳!!」
「能力かよい!?」

エースは炎拳をマルコに向けて放った。当然そこにも妖気が混じっている。それは自身が放つ霊気を纏った青炎と似通ったものだと咄嗟に判断したマルコはギリギリで何とか躱した。

―― 他の妖怪より遥かに性質が悪ィ!

苦悶の表情を浮かべながら二人から距離を保とうとした。しかし、引いたら引いたで今度は周りにいた妖怪達が一斉にマルコに襲い掛かる。

「マルコ!!」
「お前ェらが相手できる奴らじゃあねェよい!!」

ナミュールやフォッサらが焦ってマルコに加勢しようとした。だが、マルコの声で彼らは直ぐに踏み止まり、苦渋の表情を浮かべた。

「マルコ……」
「良いから引け」
「……すまん」

ナミュールとフォッサは身を引き、自隊の者達と共に船へと撤退して行った。

「海兵! お前ェらも死にたくなかったらこの場から今直ぐ離れろい! 巻き添えを喰らいたかねェだろい!!」
「「「!?」」」

三体の同時攻撃を器用に躱して着地したマルコは海兵達にも撤退を促した。その隙を突くように背後からサッチが斬り掛かって来る。それを躱すと今度はエースの攻撃だ。

―― ったく! 面倒くせェ!!

サッチとエース、そして妖怪達の波状攻撃を必死に躱しているマルコの姿を処刑台から見つめるティーチは「ゼハハハハッ!」と、盛大に声を上げて笑った。その直ぐ側にいたセンゴクとガープは唖然としてその光景を見つめていた。

「な、何だというのだ……? や、奴らは一体……何だ!?」

センゴクがティーチに問い詰めるとティーチはニヤリとした笑みを浮かべたまま答えた。

「今まで絶対に見えなかったものが突然見えるようになっちまったら、誰でもそりゃあビビるよなァ?」
「な、何だと?」

戸惑うセンゴクにティーチはバッと両手を広げて盛大に声を張り上げて叫んだ。

「ゼハハハハッ!! 何も見えねェ無能な人間ども! よォく見やがれ! これが本当の世界だってェことを思い知るが良い! てめェらが見えない世界におれ達は存在する! 今日! この日! この時を持って世界は全て変わる!! おれ達の存在を知り、おれ達の脅威を知り、おれ達に世界を明け渡せ!!」

まるで宣戦布告とも取れる言葉だ。
海軍達はおろか白ひげ海賊団もインペルダウンの脱獄囚達も眉間に皺を寄せた。
モビー・ディック号に立つ白ひげは覇気を滲ませつつ処刑台に立つティーチを睨み付けた。また、王下七武海の者達や海軍三大将もティーチに敵意を向ける。
マルコはサッチ達の攻撃を往なしながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

―― 焚き付けんじゃねェ! クソッ!

ティーチは広場で戦うマルコに目を向けた。

「さァ不死鳥!! 貴様の本質を世界に見せつけてやれ!!」
「……!」

自分に向けられる全ての目をマルコへと向けさせる。周りの視線が自分に集中するのをマルコは肌で感じ取った。

―― ……覚悟は決めてんだ。望み通りてめェに付き合ってやるよい!

エースの攻撃を躱したマルコは途端に両手に霊気を伴った青い炎を発した。

ボウッ! ボボボボボッ!

腕、肩へと青い炎を滾らせると同時に周囲の空気が一変する。
覇王色の覇気だ。しかしそれは対象者が限定するかのように、人以外の者にぶつける形となって放たれた。

「さァて、始めようか」

妖怪と対峙するマルコの姿が初めて人目に触れる。
エースとサッチを見やりながらマルコは覚悟を持って戦闘態勢へと入っていった。

破滅への幕開け

〆栞
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