19


インペルダウン最下層――。

何とか無事にルフィと合流したマヒロがそこに辿り着いた時、既にエースの姿は無かった。
どうやら擦れ違いとなったらしい。
とても大きな頭のイワンコフと手がハサミになるイナズマと囚人達と共に脱獄を謀ることとなった。
そんな折、エースと共に捕らえられていた王下七武海の一人であるジンベエと、元王下七武海だったクロコダイルが仲間に加わった。

脱獄不可能と言われたインペルダウンで世紀の脱獄大脱出作戦だ。

そう意気揚々と走り出した中、オカマの団体とボン・クレーというオカマバレリーナ(マヒロ視点)と合流し、更に上層で道化のバギーとMr.3と愉快な仲間達((囚人)あくまでもマヒロ視点)と合流を果たす。
彼らの勢いは凄まじく、止めに掛かる看守達は次から次へと跳ね退けられていく。
あくまで人間対人間の戦いだが、こうも実力の差があるとなると大変な仕事だなとマヒロは看守達に同情した。
ルフィ率いる脱獄囚達は完膚なきまでに看守達を倒していく。マヒロはただただ彼らの後ろに付いて行くだけだった。

―― 妖怪がいたら私の出番だけど、その必要は無さそうね。

ここに来て対峙した妖怪は後にも先にもカーナだけだった。
彼女は元人間だと言っていた。だが、彼女からは妖気しか感じられず、見た目も人から掛け離れた姿をしていた。
それでも――。
あれから以降、マヒロはずっとカーナの存在が気になって仕方が無かった。

「マヒロ!!」
「え? あ、わわっ!?」

思考が常にカーナなのことで一杯だった。
ルフィの声でハッとして我を取り戻した時、ルフィに腕を引かれて何故か海へと勢い良く放り出されている状況にあって目を見開いた。

「えェェッ!?」

意味が解らずに驚く声を上げた。だが次の瞬間には背中にモフッとしたものを感じて瞬きを繰り返した。
見やれば紫色のモコモコがクッションとなって身体を受け止めているでは無いか。

―― あれ? これって……。

不思議に思った。
この紫色は見たことあるなァ――と、暢気に考えながらモフモフと触る。

「ちょっと! 痛ァーいじゃない! ヴァターシの髪を引っ張ってるのは誰なっしぶる!?」
「!」

イワンコフの声にハッとしたマヒロは咄嗟に手を離した。

―― そ、そういうことね。

どうやらイワンコフのウインクによって勢い良く海上を勢い良く飛んだことを知った。そして奪い取った一隻の海軍の軍艦へと乗船すると、ルフィを中心に大勢の男達が涙を堪えて叫んだ。

「「「ボンちゃァァァァん!!」」」
「……え? ……えェ!?」
「まったくお前さんと来たら……。意識が別の所にあって今の現状がとんと把握できておらんようだな」

呆然とするマヒロにジンベエは呆れた溜息を零すのだった。





白ひげ海賊団はエースを奪還すべく本船モビー・ディック号とその他数隻の船にコーティングを施した。そして、マリンフォードの処刑場を中心に包囲するように配置されていた軍艦船の下を潜り抜けて処刑台の目前に浮上する。

処刑台を中心に大勢の海兵達が驚き騒めく中、白ひげ海賊団を率いる世界最強と称された白ひげが威風堂々と先頭に立ち、隊長、隊員、そして傘下の面々が意気揚々と武器を手に参上した。

「グララララッ! 何十年ぶりだ? センゴク。おれの愛する息子は無事なんだろうな……!!」

海軍総帥のセンゴクが神経の凝結した顔でギリッと奥歯を噛み締める顔を見つめながら白ひげはニヤリと笑った。

「海軍め、兵士の中に人間じゃねェのがどんだけ混じってやがると思ってんだ」

ラクヨウが広場にいる海兵達を見つめながら一人、二人と数えながら配置を確認し始めた。

「おれ達はこの船から降りたら見分けが付かなくなっちまうが、だからと言って瞬時に配置を覚えるのは無理さね」

イゾウがラクヨウに無駄だとばかりにそう言った。

「奴らの殲滅は全てマルコに一任……とは行かん。雑魚は出来る限り我々で倒さねば、だろう?」

ビスタが髭を弄りながらそう言うとハルタが軽く笑った。

「ハハ、見えなくても戦えるのはサッチが立証済みだからさ、きっと何とかなるよ」
「あァ、何となくだが存分に戦える気がしてならんからな、大丈夫だろう」

ジョズがそう言うと誰もが遠い目を向け、これまでの地獄の日々を思い返した。

「「「もうマジで嫌と言う程、妖怪対峙をしまくったからなァ……」」」
「グラララララッ!」

白ひげ海賊団はエース奪還を目的としているが、目下海兵達の中に紛れる妖怪達の存在を見つけると途端に気持ちは『妖怪対峙』へと変わって行った。
理由は簡単だ。
ここに辿り着くまでの間、どれだけの妖怪達と戦って来たことか――。

「あァ!! もうマジでうぜェ!! 寝不足で寝てェのにまァた来やがった!!」

隊員達の中には文句を言いながら戦う者が現れる程、朝から晩まで四六時中戦いっ放しだったのだ。
免疫、対処法、色々なものが身に付いた。そしてそれは例え見えないとしても問題無く対応できるようになっていた。

「「「うおおおっ!!!!」」」

処刑台前の広場に意気揚々と声を上げて襲い掛かる白ひげ海賊団は、一般海兵(人間)を適当にあしらいながら敵海兵(妖怪)を集中的に攻撃した。
ただ海兵達からすればそれ(妖怪)は決して見えないので、傍目から見れば仲間が倒されているようにしか見えない。しかし、何故か明らかに攻撃の仕方に違いがあり、それらを不審に思った海兵達は戸惑いながら戦っていた。

「流石に毎日死に物狂いで戦っておったら見なくとも肌で感じるか。見えないことは然して問題無いみたいで安心したわい」

モビー・ディック号の先端に立つ白ひげの隣にひょこりと姿を現した空幻が、隊長達や隊員達が広場で戦う姿を見つめて楽し気に笑った。そしてふと視線を外して白ひげの反対側に立ったマルコへと向け、少しだけ片眉を上げた。
マルコの視線が明らかに広場にでは無く、明後日の方角へと向けられていることに気付いたからだ。

―― むぅ……。ここにはおらん者の気配を既に察知しておるのか? いやはや、誠に脅威じゃのう。

空幻は顎鬚を一撫でするとクツリと笑みを零し、踵を返して甲板へと飛び降りた。

「チシとサコはわしが見ておくとしよう」
「……悪ィな空幻。頼むよい」
「よいよいじゃ」
「ッ……」
「ひょっひょっひょっ!」

空幻は杖先を甲板に当ててコツコツと鳴らしながら船内へと姿を消した。
まさか空幻にまで「よいよい」と言われるとは思っていなかったマルコは、眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌な表情を浮かべた。だが直ぐに溜息を吐いて広場へと顔を向ける。

「オヤジ、この戦いはちと骨が折れるよい」
「あ?」
「海軍と王下七武海相手に全面戦争してエースを奪還する。それだけならまだマシだったろうけどよい」

マルコの言葉に白ひげは眉をピクリと動かした。見ればマルコの表情はセンゴク以上に固い面持ちをしている。

「ティーチの奴が横やりを入れて来るよい」

マルコがそう言うと白ひげは広場一帯を見る様に視線を動かした。

「……どこにいやがる」
「まだここから少し離れたところだよい。けど、奴らがここに来るのも時間の問題だねい。それに、これまで戦って来た妖怪達とは明らかに実力が違う。強ェ奴らばかりだ」
「……マルコ、本当に一人で対応できるのか?」
「……対応はできるよい。……ただ……」
「……」

言葉を区切ると二の句を告げずに押し黙ったマルコに白ひげは眉を顰めた。だがこの場の光景を見やればマルコの気が進まない理由が直ぐに分かった。

―― あァ、人前で戦わなきゃならねェことか。

妖怪相手に本気になって戦うマルコの姿を未だに誰も見たことは無い。妖怪に殺され掛けた隊員を助けに入って戦う姿を偶に見ることはあったが、海賊の襲撃の際に戦っていた時と然して変わらなかった。
霊気を使った戦いと言えば赤髪のシャンクスとの会合時に見せたあの一撃だけだ。

「……世界を敵に回す覚悟ってェのはこれかよい」
「何?」
「ティーチの奴が言ったんだよい。おれに『世界を敵に回す覚悟があれば……』ってねい。エースを殺さずに海軍に渡したのも全てはこの時の為だってことだよい」

マルコの言葉に白ひげは眉間に皺を寄せた。
表向きはエース奪還の為の全面戦争。だがその実はマルコの存在とその異質な力をこの世界に知らしめる為の場だということを白ひげは察した。
マルコは一歩、二歩と白ひげの前に歩み出て行く。
苦悶の表情を浮かべた白ひげがマルコの背中を見つめる。そしてマルコは溜息を吐くとゆっくりと振り向き、白ひげはその表情を見るなり目を見張った。

―― !

全く戦場に似つかわしく無い笑みがそこにあった。その笑みはとても穏和で優しく、何時に無く晴れやかだった。

――覚悟した――

言葉にはしなかったがそれが答えであることは否でもわかった。

―― マルコ、自分を犠牲にする気でいやがるならおれァ承知しねェぜ。

白ひげは思わずギリッと食い縛りながら鋭い目で睨んだが、マルコが笑みを消すことは無かった。

「オヤジ、エースを奪還したら直ぐに撤退してくれ」
「……お前ェ、親不孝なことを考えてんじゃねェだろうな……?」
「マヒロも近くまで来てるからよい。共に連れて来た連中も逃がすよい。それから――」

白ひげの忠告に返事をせずにマルコは言葉を続ける。だが白ひげは強い口調でマルコの言葉を遮った。

「マルコ忘れるな。お前ェの帰る場所は決して揺るがねェ。例え世界を敵に回すことになったとしても、そりゃあこっちから願ったり叶ったりだ」
「――! ……オヤジ……」
「餌はでけェ方が釣れる魚もでけェ。恐らく誰もがお前ェに注目するだろうが……」

白ひげは笑みを浮かべていたが直ぐに苦渋の表情へと変えた。

―― ……本当に…できた息子だ。……お前ェの器は大したもんだなァマルコ。

「死ぬんじゃねェぞ」
「……あァ、わかってる…わかってるよいオヤジ」
「マヒロの為にもだバカ息子」
「!」

マルコは目を丸くすると白ひげはニヤリと笑みを浮かべて言った。するとマルコの表情が一瞬で如実に変わった。

―― あァ本当にバカ息子だなァ。マヒロの為に、この言葉がお前ェに最も効果的な言葉になるたァ……、お前ェの『オヤジ第一主義』はどこに行っちまったのやら、グララララッ!

気後れしがちだった男の顔が一瞬にして生気を帯びて恥じる顔に転じたのを白ひげは見逃さなかった。

「か、家族の為に、頑張るよい」
「あァ、マヒロとマルコの未来の家族の為に、死ぬんじゃあねェ!!」
「ッ〜〜!」
「グララララッ!!」

マルコは眉間に皺を寄せるとグッと言葉を飲み込みんだ。そして大きく息を吐くとモビー・ディック号から広場へと飛び降りた。去り際のマルコは見るからに耳ま真っ赤だった。

これまでは前哨戦。そしてここからが本番だ。

―― おれも覚悟しねェとなァ。

白ひげは大薙刀を持つ手に力を入れてグッと握り締めた。そして処刑台にいるエースへと視線を向ける。
処刑台に繋がれたまま力無く項垂れるエースの様子はどうも普通では無い。しかし、ここからでは距離がある為、白ひげを含めた白ひげ海賊団の者達はエースの異変に誰も気付いていなかった。

帰る場所

〆栞
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