17


海軍の監視を潜り抜けて白ひげと赤髪という二人の四皇同士が急接近して――までは良かった。
丁度暇を持て余していた空幻は悪戯心でちょちょいのちょいと術を施した。
白ひげ海賊団の一行がキョトンとする一方で赤髪海賊団の一行は顎が外れる程に口を大きく開け、目をこれ以上無い程に見開いて大空をガン見していた。

―― まァ、見たことが無いものを初めて目にするのじゃから、そりゃあ驚くのは当然じゃろうてのう。

赤髪海賊団の船――レッドフォース号のメインマストに腰を下ろした空幻は、顎鬚を撫でながらチラリとマルコに視線を向けた。そのマルコは足にへばり付いて離れないサコをそのままに眉間に皺を寄せて大いに溜息を吐く。

「「「な、何じゃあありゃあ!!?」」」
「あ、見えるんだ?」
「あの妖怪爺さんが何かしたんだろう」
「ガッハッハッ! 言えてらァ!」

驚く赤髪海賊団を前に、ハルタ、イゾウ、ラクヨウが涼しい顔をしてそんな言葉を交わした。その会話を赤髪海賊団の船長であるシャンクスは何を言ってるんだと眉を顰め、白ひげ海賊団の船長である白ひげへと顔を向けた。すると白ひげはニヤリと笑みを浮かべた。

「グララララ、まァ関わっちまったのが悪ィ」
「……どういうことだ?」
「オヤジ、赤髪は一時的にもマヒロが世話になった恩人だよい。これじゃあまるで罰ゲームだよい」

白ひげの側に立つマルコが呆れてそう言うと、白ひげはシャンクスが持参した酒を暢気に味見をしながら笑った。
シャンクスはマルコに視線を向けると、彼の足に密着する幼い男の子を捉えてギョッとした。

―― は…? 何でこの船にガキがいるんだ?

またマルコを挟んで反対側にはこれまた幼い女の子がいるのだから、シャンクスは眉を顰めて眉間に皺を寄せた。しかし、白ひげ海賊団の甲板上で一人で乗り込んだシャンクスよりもレッドフォース号の甲板上の方が戦慄が走って動揺が大きい分、一層驚愕したものだ。
モビー・ディック号の甲板に立ち、レッド・フォース号を見つめて少し可哀想な気がしたビスタとスピード・ジルは、赤髪海賊団の船員達に聞こえるように声を掛けた。

「あれは妖怪と言ってだな、おれ達は日々あいつらと戦っているのだ」
「見えるということは触れることができるということだから、海賊と交戦する感じで普段通りに戦えば、お前ェらの実力なら十分に渡り合えるだろうぜ」

レッドフォース号の副船長であるベン・ベックマンはそれを聞いて思わず銜えていた葉巻をポロリと落として停止した。

―― 何…? よ、妖怪だと?

勿論、骨付き肉を頬張るルウも口の中に入れたまま停止し、大きく動揺する船員達を落ち着けさせようと適当なこと(嘘)を言っていたヤソップも、まるで機械仕掛けのような動きで首を動かして停止した。そして――。

「「「よ、妖怪だァァ!?」」
「うおっ!? 見ろよあいつ! 腕が四本もあるぜ!? これは嘘じゃねェ、マジで見ろ!」

驚く赤髪海賊団の船員達の悲鳴を聞きながらヤソップは四本の腕を持つ妖怪を見つけて指を指した。

「お前ェら……、何てェ化物相手に戦ってやがんだ……」

ベックマンが思わず呆れてそう言うとビスタとスピード・ジルは顔を見合わせて苦笑した。

「とりあえず相手は化物だ。だから手加減なんてもんは必要無いってことで宜しく頼む」

ビスタとスピード・ジルの間にひょこりと顔を覗かせたキング・デューが無責任にそう言った。するとベックマンを始め赤髪海賊団一同はヒクリと頬を引き攣らせた。

「「「ふざけんなァァァ!!」」」
「怒らせてどうする……」
「本当、デューは空気読まない天才だよ…まったく」
「さァ、今日も私のこの筋肉を唸らせて妖怪退治だ!」
「「(空気読め!)」」

赤髪海賊団が白ひげ海賊団と接近した結果、強制的に未知との遭遇を果たして戦う羽目になった。全ては空幻の暇潰しによって齎されたことによるのだが、空幻は至って他人事であり涼しい顔で笑っている。

―― 暇だからってやることかよい……。

〜〜〜〜〜

「暇じゃ〜! 暇じゃ〜! げに面白きことは無いものかのう〜!」

〜〜〜〜〜

ここ数日、書類仕事に追われてイライラしながら仕事をするマルコの前で、ソファに座ってパタパタと足を動かしながらぼやく空幻の姿があった。襲って来る妖怪達は白ひげ海賊団の者達だけで撃退できるようになってからというもの、とんと出番は無くなった。そして仕事として渡されるのは『書類整理』なり『書類処理』なりそればかりで――。

「わしはマルコ殿の何なのじゃ!?」

限界に達した空幻がある日そう叫んだ。それからというもの空幻は何かと文句たらたらと言い続けた。そして、溜まりに溜まったそのストレスの捌け口に狙われたのが、会合を申し出てやって来た赤髪海賊団ご一行というわけだ。

最初こそ、赤髪海賊団の船長であるシャンクスだけが手土産に持参した酒を持ってモビー・ディック号の甲板に姿を現したのは良かったのだ。
しかし、空幻はモビー・ディック号の横に付けたレッドフォース号に乗り込んで、数日前にマルコが行った『可視空間ロジック転位』を施した。

「若ェ奴らは下が――」
「パパ、あれ誰?」
「パパ抱っこ〜」
「――ッ……」

空幻がひっそりとレッドフォース号に乗り込んで悪戯を施したことに気付いていたマルコは、隊員達に赤髪から距離を取れと言おうとしたが、チシとサコの声に阻まれてガクリと頭を落とした。
額に手を当てながら視線は隣接するレッドフォース号へと向ける。
近頃特に酷く抱っこをせがむようになったサコがマルコの足に抱き付き、決してマルコの側から離れようとしないチシがサコに倣うように反対側の足へと抱き付いた。
シャンクスはそんな子供達に『パパ』と呼ばれているマルコに目を丸くして愕然とした。

「……不死鳥マルコ、だよな?」

震える手で指を指すシャンクスにマルコはヒクリと頬を引き攣らせた。

「あ、あァ、そうだが……って、顔見知りの癖に聞くかよい」
「お、お前、いつだ?」
「は?」
「い、何時の間に子供を作ってやがんだ!?」
「赤髪! てめェの目は節穴か!? どこをどう見りゃあおれと”マヒロの”子供に見えんだよい!?」
「――だよな。よく見りゃあ似てねェもんな。いやァ、手が早ェと思っ――」
「それよりも」
「――だっはっはっ! 無視かこの野郎、おれの船に来い」
「どんな勧誘のしかただよい」

気さくに大笑いをするシャンクスにマルコは困ったよう表情を浮かべた。

「あー…、オヤジ」
「何だ?」
「赤髪んとこの船に空幻が結界を張っちまったよい」
「――は? 何だそのケッカイってェのは……?」

マルコの言葉にシャンクスは意味がわからずに首を傾げたが、白ひげがレッドフォース号に視線を向けた時、欄干を飛び越えてひょいと降り立った人物を見て片眉を上げた。

「あァ、赤髪」
「何だ?」
「”マヒロが世話になった礼”だ。お前ェんとこも強制的に参加させてやらァな」

白ひげがしれっとそんなことを言った。果たしてこれのどこが礼になるのかと、マルコは明後日の方角に視線を泳がせてそう思った。

「わしの方が術の仕掛けは早かったじゃろうて!」
「……何の対抗心だよい」

意気揚々と笑う老人にマルコが溜息混じりに答えた。

「何じゃ、負け惜しみなど言いよってからに、女々しいのう」

と、空幻はご機嫌だった。
シャンクスはマルコ以上に眉間に皺を深く刻み、訝し気な面持ちで彼らを見つめていた――が、コホンと一つ咳払いをして白ひげへと向き直した。

「ティーチのことなんだが――」
「そうそう、そのティーチじゃがな、色々訳有りでえらいことになっとるから、お前さんの忠告はあまり意味をなさんぞい」
「――ちょっと黙っててくれないか爺さん……何だって?」

シャンクスは少しイラついた面持ちで空幻へと顔を向けたが空幻の言葉に引っ掛かりを覚えて思わず聞き返した。

―― ……何だ、もうよくわからんな。

どうも平常とは違う雰囲気に流石のシャンクスも飲まれたのか、軽く動揺しているようだ。

―― 恩人を仇で返しちまったなァ。

マルコが少しだけシャンクスに同情を寄せたのだが、そんなことは終ぞ知らぬシャンクスは話を変えようとマルコに目を向けた――が、何となく憐れむような目で見られていたことに気付いたシャンクスは少しだけ眉を顰め、マルコはハッとして苦笑を浮かべた。

「な、何だい?
「……いや、あー……、マヒロは元気か? どこにも姿が無いようだが……」
「話をすり替えるのに必死だねい……」
「だっはっはっ! あー、流石にちょっとな」

ガシガシと頭を掻くシャンクスにマルコはクツリと笑った。

「とりあえずマヒロは元気だよい。お前ェに世話になったことはマヒロから聞いてるよい。ちとわけあってマヒロはこの船を離れちまって不在だからよい、おれが代わって礼を言うよい」
「何、いないのか?」
「あァ」

あれだけ会いたがっていたというのに、どういう理由があってマヒロがこの船を離れたのか、益々頭が混乱し始めたシャンクスは唸りながら首を傾げた。

―― 状況がよくわからん。じゃあ何だ……? おれの忠告は唯の無駄足だったってことか?

「無駄足だけで済めば良かったんだけどよい、……赤髪、先に謝罪しておく。本当にすまねェ」
「は?」

口にしていないことをまるで聞いたかのように正確に応えるマルコにシャンクスは目を丸くした。

「……何でおれが思ったことを――」
「「「打ち落とせェェェ!!」」」

ドォォォン!! ドォォォン!!

「何だ?」

シャンクスの問い掛けを打ち消す様に、レッドフォース号が大砲を放った。続いて怒号を上げて戦闘態勢に入っている様子に、シャンクスは驚いて自分の船へと視線を向けた。それと同時に白ひげ海賊団の隊長達や隊員達も武器を手にし、甲板を忙しなく走ってレッドフォース号の方へと向かって行く姿を捉えた。

「おい! 戦いに来たわけじゃあ無いって言ったはずだ!」

シャンクスが慌てて白ひげに強い口調でそう言った。だがそれを諫めるかのように衣服をクイッと引かれる感覚に視線を向けた。誰かと思えばマルコの側にいた女の子だ。彼女がシャンクスの衣服を引っ張っていた。

「な、何だ?」
「あれだよ」
「あれ?」
「うん、妖怪が襲って来たの」
「……ヨウカイ?」
「おじちゃんの船もこの船と同じように結界が張られたせいで、皆が見えるようになっちゃったの。きっと初めて見る妖怪の姿に驚いて、慌てて戦闘態勢に入ったんだと思うよ」
「…………うん、……えーっと」

流石に幼い女の子を睨み付けるわけにもいかずに引き攣る顔で必死に笑みを浮かべる。そして女の子の言葉を咀嚼して考えるものの全く意味がわからずに、ただただ困惑する――が、最早答えを見つけることは無理だと即座に判断したシャンクスは、白ひげに助け船を求めた。

「あーわからん! どういうことなのか白ひげ、説明を頼む!!」
「グララララッ! 百聞は一見に如かずだぜ赤髪! よく見ると良い! おれ達の敵は海軍でも海賊でもねェ、アレが敵だ!」
「……アレ?」

白ひげが指を指した方角へとシャンクスは顔を向けた。そこには晴れ渡る大空――なんて綺麗なものでは無く、何とも禍々しい姿をした到底人とは思えない化物が夥しい数で迫って来る姿があった。

―― なっ!?

漸く気付いたシャンクスは何度か自分の目を擦って改めて上空を見て――二度、三度、いや五度も見直し、その姿を見つめるマルコはまた哀れむ目をシャンクスの背中に向け、思わず口元を手で押さえた。

―― 気持ち、わからなくもねェよい……。

「空幻」
「何じゃ?」
「何故レッドフォース号に結界を張る気になりやがった?」
「わしの腕の見せ所をマルコ殿に全て奪われてしまったからのう。故にわしの力自慢の為にちょいと利用させて貰ったんじゃ」

白ひげの問いに空幻はカンラカンラと笑ってそう答えた。

「おい、人聞きの悪ィこと言ってんじゃねェ、唯の悪戯だろうがよい」
「まァそうとも言うかのう」
「グララララッ! そういうことだ赤髪! 悪かったなァ〜!」
「おーおー全くわからん。あんた達の話に全くついて行けてないんだ。そう謝罪されてもピンと来ねェ」

シャンクスは少しだけ笑みを浮かべてはいたものの、どちらかというと『怒』の気持ちの方が強いように見て取れた。そして彼はレッドフォース号を付かせた側の欄干へと足を向けた。

「で、本当にあいつらは何なのか説明してくれねェか?」
「妖怪だよ?」
「そう、ヨウカイ。それは聞いた。だからそのヨウカイってェのは……」

女の子が教えてくれる『ヨウカイ』なるものがそもそも何なのかを聞きたいのだと、シャンクスはどう質問すべきかを考えた。

「分かり易く言やァ、人に害を成そうとする悪霊みてェなもんだよい」

シャンクスとチシの隣にサコを抱えたマルコが並び立って声を掛けた。シャンクスは顔を顰めてマルコに目を向けた。

「あ、悪霊だと?」
「お化けって言った方がわかるかよい?」
「おい、流石にそこまで馬鹿にするな」

少し不機嫌にシャンクスがそう言うと、マルコはクツリと笑ってレッド・フォース号へと目を向けた。
赤髪海賊団と白ひげ海賊団が共に武器を持ち、襲い掛かって来る妖怪達に共闘して戦う姿がそこにあった。
肝心の赤髪海賊団の船長だけが乗り遅れた状態で置いてけぼりだ。

「驚くのも無理はねェ。普段は見えない連中だからねい。あの爺さんが赤髪んとこの船にあの化物達が見えるように結界を施しちまったもんだから、お前の目にもあいつらの目にも化物が見えちまってんだよい」

何となくわかるようなわからないような感じでシャンクスは頷くが、多分きっとわかっていないし納得もできていないだろうとマルコは説明しながらそう思った。

「……マルコ、お前はどうしてそんなに冷静でいられるんだ?」

シャンクスがそう問い掛けるとマルコは更に説明を付け足した。

「あの化物達の親玉はティーチだ。そんでもってティーチの狙いはおれだ。で、あの化物達はおれの周りの人間を殺すことでおれに精神的なダメージ与えようと目論んでるみてェなんだが……」

マルコはそう言って視線をレッドフォース号へと動かして顎で指した。

「あれだよい」

白ひげ海賊団達が意気揚々として妖怪達を撃退している姿がそこにあった。
ビスタが花剣の腕を見せて妖怪を倒していくと赤髪海賊団のベックマンが負けじと応戦する。
ハルタやラクヨウが放たれた妖気のエネルギー弾をいなして反撃を試みると、ルウは肉を放り投げてそれのサポートをするように加勢に入った。
イゾウが射撃の腕を見せて数体の妖怪を打ち落とせば、赤髪海賊団で一番の狙撃手であるヤソップもそれに対抗して狙撃の腕を見せた。

「あ、羽が生えた!」
「そっちの奴は尻尾を鞭みてェに扱って攻撃してきやがるから気ィ付けやがれ!」
「了ッ解!」

ルウがハルタやラクヨウと共に二体の妖怪を倒した。しかし――。

「うげ、今回は更に数が多いじゃん」
「ガッハッハッ! 遠慮なく暴れてやらァ!」
「はァ〜、これを毎日やってんのか、凄ェな」

どんどん数を増やして迫って来る妖怪達に驚きの声を上げる。だが白ひげ海賊団の者達は誰一人とて驚く様子は無い。

「あいつはおれの獲物だ!!」
「こっちはおれが頂くぜ!!」

と、まるで腕自慢を競うかのようにして戦いを挑んでいく。

「ハッ、化物相手に楽しんでやがる」

ベックマンは白ひげ海賊団の連中に呆れながら武器を手に、襲い来る妖怪を一体、また一体と撃退していった。

「いやァ〜、相手が化物だけに凄ェ撃ち応えがあるな」
「ククッ、あァ、遠慮無く撃ちまくれる良い的さね」

ヤソップは銃弾が切れた拳銃に弾を装填しながら隣にいるイゾウと言葉を交わした。

「まだまだ増えてやがる。弾の数に気を付けな」
「あ〜? 誰に言ってやがる。この狙撃王のヤソップ様がそんな基本的なヘマなんかするかよってなァ」

ヤソップはニヤリと笑みを浮かべて妖怪達に向けて再度狙撃を始めた。
赤髪海賊団と白ひげ海賊団の連合軍と大量に押し寄せる妖怪達の戦いが激しく繰り広げられている。
シャンクスは一人だけ戦場となっていないモビー・ディック号の甲板の上で軽く頭を抱えた。

―― ……何だこの疎外感……。

完全に乗り遅れた。完全に取り残された。
シャンクスはただただ目の前の戦場を見つめていることしかできなかった。

白赤連合 vs 妖怪集団

〆栞
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