15


白ひげはマヒロと二人きりになった時、マヒロから見たマルコについて話を聞いた。そして聞けば聞く程、全くマルコらしいと呆れたものだった。――とは言え、マルコがここまで変われたのはマヒロのおかげであり、そしてマルコにとっても、引いては白ひげ海賊団にとっても、マヒロの存在はとても大きいと白ひげは思った。

「マルコさんは時々だけど泣いてる時があるの」
「何……?」

唐突にマヒロがそう話した時、流石に白ひげも聞き間違いかと思った。だがマヒロは首を振って改めて言い直した。

「あ、実際に泣いてるわけじゃなくて、心が泣いてるって、そう感じることがあるの」
「……」

確かに精神的に傷付いて辛い時を経て来た。
誰も知らない所で泣いていてもおかしくは――と思ったが、白ひげは目を瞑って想像するが、自分のことで涙を流すような男に思えないことからそれは難しく、眉間に皺を寄せた。

「マルコさんは相手を頼りたい気持ちにさせてくれる頼り甲斐のある人です。でも……、あの人が誰かに頼りたいと思う時、素直に頼れる人がいたのかと思うと、きっといなかったんだんじゃないかなって……」

マヒロの言葉に白ひげは表情を消した。

「何故、そう思う」

そう問い掛ける白ひげの声はやけに静かで、しかしピリッとした緊張を纏っていた。

素直に頼れる人間と言えば、即座に思い浮かんだのはマルコと最も付き合いの古いサッチが脳裏に浮かんだ。
しかし、例えよく知る間柄とは言え、マルコがサッチに素直に頼ったりするかと言うと、やはりそれも想像し難い。
どちらかと言えばサッチがマルコ本人以上にマルコのことをよく知っていることから、マルコが頼ることも無い内に解決していることが多い。
オヤジと慕ってくれる自分には――と思い浮かべてみても、どちらかと言うと心配と気遣いをさせていることばかりで、マルコが自ら心内を打ち明けてくることは――無かった。

「オヤジ様、マルコさんが自分から甘えてきたことは今までありました?」

険しい表情を浮かべて考え込む白ひげにマヒロがポツリと言った。その言葉を耳にした時、白ひげは思わず目をカッと開け、唖然とした様相を浮かべてマヒロを見た。

―― あのマルコが甘えて……だと?

「……いや、……無い」
「でしょう?」
「まさか、あいつァマヒロに――」

白ひげがそう言い掛けた時、ほんのりマヒロの頬が染まるのを白ひげは見逃さなかった。そしてその瞬間に言葉を噤んで息を呑んだ。

―― 甘える姿なんざ想像できねェが、そうか……。

自分が思っていた以上にマヒロはマルコの心情をよく理解して汲み取ってくれる存在であることを知った。しかし、白ひげ海賊団の連中に比べて共に過ごした時間はあまりにも短いはずのマヒロがどうしてそこまで理解し支えることができるのか不思議にも思った。

男と女の違いだろうか? 

だがそう考えると同乗させているナースの誰かでも可能となる。婦長のエミリア等、マヒロよりも共に過ごした時間は長い――が、マルコがそこまで心を開くことは無い。

「表面的には揶揄いだったり冗談めいた素振りをしたりするけど、その時に一瞬だけ見える表情、声、目を見たら時々言葉に詰まる時があるから、何だかあまりに切なくて、悲しい気持ちになったりもします」

あまり感情を表に出すタイプでも無いマルコの表情からそこまで感知できるのは、やはり恋がそうさせるのだろうか――と、白ひげは話を聞きながらそう思った。

「凄く責任感が強い人だから決して『甘え』を表面に出すことはしない。マルコさんは克服したって言っているけど、やっぱりまだ抱えてる……。自らの手から零れ落ちて行く命を救えなかった無力な自分が許せなくて、求めて得た力で守ることもできなくて、自分で自分を縛って傷付けて……泣いてるの」

マルコの心の奥底にある心情をどうしてそこまで的確にわかるのか、白ひげは聞いてみたくなった。

「マヒロ、あいつは自分の感情を上手くコントロールする術を持ってやがる。だからあいつの心理の変化に気付ける奴はそういねェ。それをお前は何故――」

何故そこまで理解してやれるのか――?

真っ直ぐ目を見つめて問い掛けるとマヒロは両手をそっと自分の胸に添えて微笑んだ。

「教えてくれたの」
「……マルコが話したってェのか?」
「いえ、教えてくれたのは”この子”です」

青い炎が意思を持ったようにマヒロの両手から発した。ユラユラと揺れる青い炎は確かに見慣れた不死鳥の再生の炎だ。

「不死鳥が、マルコさんの奥底に隠した思いを、自傷して出来た心の傷を、何もかも教えてくれました」
「!」

これには流石に白ひげも驚いて目を見張った。
悪魔の実により得た力であるはずのそれに、まるで意思があるような物言いだ。そんなことが本当にあり得るのかと半信半疑だった。
それに何故、マヒロが再生の炎を灯せるのか――。
そう考えた時、マルコが霊力なる力を身に付けた経緯を思い出した。
詳しいことまではわからないが、兎に角、マヒロによってマルコは霊力という力を得た――とするならば、その霊力によって逆も可能とさせたのかもしれないと、そう考えると妙に納得できた。
ならば、マヒロの話す不死鳥の意思とやらも信じるに足るのではと、白ひげは思った。

―― 助けて、お願い、救って、お願い ――

もう泣かないで
もう泣かせないで
お願い、もう、傷付けないで

胸の内でずっとそう声が聞こえるとマヒロは言った。

「不死鳥…が、……そう言ったってェのか?」
「はい、この子も泣いて訴えてるの」

マヒロは不死鳥の声を代弁して語った。

自分は嫌われても良い。だけど彼を嫌わないで。
自分は罵られても良い。でも彼を罵らないで。
お願い。お願い。
もう泣かないで。泣かさないで。傷付けないで――。

「――そう、叫んでるのがわかるの」

まるで不死鳥もまたマルコを守ろうと必死にもがいているようだった。
白ひげは眉間に皺を寄せるとゆっくりと目を瞑った。

―― マルコ、お前ェが思ってるよりもお前ェは……。

白ひげは眉間を指で押さえて拭う仕草を見せた。そして口角を上げた笑みを浮かべて小さく笑った。

「グラララ」
「オヤジ様?」
「あァ、いや、……このことはマルコは――」
「ううん、言わないでって……」
「……そうか」

男としてのプライドを傷付け兼ねないからだろう、不死鳥が主であるマルコに気遣う様はとても健気に思えた。

「力では全然、マルコさんの足元にも及ばないけど、私は不死鳥さんの分の気持ちを汲んでマルコさんの精神的な支えになれるように頑張らなきゃって」
「グララララッ! そりゃあお前ェが支えにならねェで他に誰がするってんだマヒロ!」
「私ができるのは恋人として愛して支えること。でもそれだけじゃ足りないの」

マヒロがそう言うと白ひげは片眉を上げた。

「何が不足してると?」
「オヤジ様や皆から、”本当の家族として”支えて欲しい」
「!」
「勿論、私もその、しょ、将来は、その、あの、……す、するつもりでいるけど、い、今は、まだその、か、家族じゃ無いわけだし、えっと……、お、親として、家族、兄弟として、オヤジ様や皆の支えが必要なの!」

突然しどろもどろになるマヒロに白ひげはキョトンとした。

「……何だァ? 顔がやけに赤ェなァマヒロ」
「!」

マヒロの言葉からしてきっと羞恥心が沸いたのだろうと察してはいるが、白ひげはわざと知らぬふりをした――が、ニヤリと悪い笑みが自然と浮かぶ。それを見たマヒロは頬を膨らませた。

「も、もう、わかってる癖に、意地悪!」
「グラララララッ!」

―― 嬉しい言葉をくれるじゃねェか。娘としても、息子の嫁としても、本当に最高の女だ。

目の前で可愛らしく拗ねるマヒロを見つめながら少しマルコが羨ましいとさえ思った。

「不死鳥は何て言ってやがる?」
「……え?」
「その不死鳥はおれをどう思ってやがるのか……、少し聞いてみたくなってなァ」

どうにもしてやれないもどかしさから多少なりとも不死鳥の能力に対して負の感情を持ったことがある。聞いてみたくなったのはきっと懺悔という程では無いが、そういう気持ちを持ったことに対する謝罪の意があったかもしれない。

マヒロは静かに目を瞑った。

―― 生きる意志を、生きる理由を、生きる目的をくれた人 ――

少し間を置いて待っているとマヒロはクツリと微笑を零して目を開けた。

「大好きですって」
「あァ?」
「オヤジ!好きだよい!――って、言ってます」
「……そ、そうか」

白ひげは目を丸くすると安堵からか大きく溜息を吐きながら背凭れに身を預けた。

―― ……まるでマルコみたいな物言いじゃねェか。

「ふふ、オヤジ様も人の事は言えない」
「何が?」
「顔が赤い」
「ッ!」

マヒロに指摘された白ひげは咄嗟に右手で顔を覆った。確かに顔が熱い。可愛がるバカ息子に似た口調で言われるとは思っていなかった為、虚を突かれて思わず照れてしまったのだ。

「グララララッ、そりゃあマルコから言われたこともねェ台詞を吐かれちまったらなァ」
「え? ……い、言わないの?」
「ん?」
「私には直球で『好きだよい』って言ってくれるのに……?」
「……」

不思議そうな表情を浮かべてマヒロはそう言った。

―― そりゃあお前ェ……ただの惚気じゃねェか。

思わず白ひげ眉をピクリと動かし、視線を明後日の方へ向けた。
そう言えばサッチから聞いたことがあった。マヒロは天然で、時々本気の惚気が入るから聞いてるこっちが恥ずかしい思いをする――と。

―― マルコがお前ェに好いた惚れたを言うのはなァ、マヒロ、お前ェがあいつの恋人だからだろうが……。

唐突に自然に惚気言葉を吐く。しかも本人は至って真面目で気付いてもいない。
これが『爆弾投下』というものだろうか。
何となく顔を真っ赤にして挙動不審になるマルコが容易に想像できて、あァ、苦労しているんだろうなァと、何故か同情したのだった。

〜〜〜〜〜

親としてお前ェに何かしてやれたか――そんな気持ちが心の底にずっとあった。見えない敵と一人で戦うマルコに何かしてやれることは無いかと考えていたのだ。
マヒロと話をした時のことを鮮明に思い出すと、目の前にいるマルコの背中を見つめて微笑を零した。

―― あァ、おれも好きになってやらねェとなァ。

あれから会話が逸れて、結局のところ不死鳥に返事をしていないままに終わっている。
上空に現れた妖怪達の群れを見上げながら白ひげはゆっくりと腰を上げた。

漸くだ。
漸く、してやれることができた。
雑魚は全て引き受けよう。
負担を少しでも減らして道を切り開くのだ。

マヒロや不死鳥に負けてはいられない。
白ひげの号令に呼応して士気を上げる白ひげ海賊団は、大事な家族を守る為、敬愛すべき長男を助ける為、深い愛情を持って戦う意思を見せる。
白ひげは愛すべき息子らの思いを感じ入りながら、親として息子の手助けをすべく、腹を据えて妖怪との戦いに参戦する。

モビー・ディック号の甲板上で異様な程に高まる士気に、空から襲い来る妖怪達は少し気圧されていた。
見えないはずなのに、全員の視線がこちらへと向けられていることに妖怪達は戸惑いを隠せない。

「ぐぎぎっ! 人間風情が!」
「雑魚は喰っちまェ!」
「狙うは隊長各の連中と白ひげの首だ! それ以外の奴は喰っちまえェェ!!」
「「「おおおおおっ!!!!」」」

妖怪達はお互いに激を飛ばしてモビー・ディック号へと襲い掛かろうとした。だが、彼らは目前にして気を失い、海へと次から次へと落下していった。

「オヤジィィ! これじゃあ訓練にならねェじゃねェか!」
「オヤジが一番張り切ってんじゃん!」
「妖怪対峙の訓練ねェ。何もしねェで終わっちまったら意味無ェんじゃねェのかい?」
「……うぅむ、花剣がどれ程通じるか試してみたかったのだが」

ラクヨウ、ハルタ、イゾウ、ビスタと順に文句を言うと、皆が一斉に振り向いて叫んだ。

「「「覇王色の覇気を全開する必要あったのかオヤジ!!」」」」
「グララララッ! 大したことねェなァ!!」
「……」

大薙刀を手に仁王立ちして笑う白ひげに、隊長達と隊員達が次々に文句を言い始める。

「ひょっひょっひょっ! 実に愉快な連中じゃて!」

空幻がこれまた心底から楽しんでいるようで、手を叩いて大笑いをしている。
船内へと足を向き掛けるマルコはただただ唖然としてそれらを見ていた。

―― ……何でまたこんなに張り切ってんだよい?

兄弟達ならいざ知らず、オヤジと慕う白ひげまで意気揚々としているのだからマルコは不思議で仕方が無かった。
可視空間ロジック転位を施すことに気が進まなかったというのに、何だかわからないがやって良かったと素直に思った。
そして船内に足を向けると中から様子を伺っていたチシとサコがいた。

「起きたのかよい」

マルコが声を掛けると二人は駆け寄って来た。腰元に抱き付く二人をマルコが受け止めると、二人は笑顔を浮かべて「良かった〜」と安堵の溜息を吐いた。
マルコは膝を折って腰を屈め、二人に視線を合わせると外へと顔を向けた。マルコに釣られるようにチシとサコも外へと目を向ける。するとサコは光の柱を見上げてをキラキラと輝かせた。

「キレイ」
「本当、凄く綺麗だね!」
「……」

サコの感想にチシも賛同してキャッキャッと楽し気に笑う二人を他所に、マルコはこれまでの自分の苦労って何だったのだろうかと、心の底から溜息が出た。

(マルコさ……、じゃなかった。マルコ、大丈夫?)
―― ……あァ…、まァ…ねい。

何だか腑に落ちない気持ちではあるが――の前に、さん付けを省くのを忘れ掛けて「じゃなかった」と声を漏らす心の中のマヒロに思わずマルコは眉間に皺を寄せた。

『大丈夫だよマヒロ。もう大丈夫』
―― !?
(あ、不死鳥さん!)
―― はァ!?
『マヒロ、ありがとう!』
(よい!)
―― ……。

何が何だかわからない。マヒロ以外に初めて耳にする声が響く。

―― な、何だよい? ちょ、おれを置いて話をするない……つゥか何だ『不死鳥さん』ってェのはよい!?

表向きでは戦場にお子様は危険だと称して自室へと連れて行くマルコだが、内心ドキドキしながら頭を抱えて混乱している。

「私は大丈夫だってー!」
「ぼ、僕は怖い……」
「もう、サコがそんなことを言うから」
「ジタバタするない、落としちまうだろうが!」

両脇に抱えて足早に自室に向かう。あくまで表向きは二人に声を掛けて宥めているのだが――。

―― そもそも言葉を交わせるのかよい!?
(ふふ、驚いてる)
―― 当り前だろい!?
『マルコ……』
―― ッ……。

不死鳥と思われる声に初めて名前を呼ばれて思わず絶句する。この事象はこれまでの人生で最も驚きに満ちていて動揺が隠せないでいた。

―― お、お前ェ、不死鳥って……。
『もう、泣かないで』
―― !
『もう、傷つかないで』
―― な、何を言って……。

何故か一言一言が心の奥底を打ち、静寂だった心が波立ってザワザワし始める。
不死鳥と思われるその声は尚も続けた。

信じて、自分を。
愛して、自分を。
マルコを絶対に死なせない。
マルコを絶対に守ってみせる。
だから――。
もっと頼って、我を――。

切実たる思いが伝わって来る。
意思を持って再生していく力は、不死鳥がマルコを生かしたいと思うからこそ。

―― お前ェは……。
『あなたは自分が思うよりもずっと純粋で優しい――綺麗な人だ』
―― ッ……。
『だから、守りたい、助けたい、生かしたい――大好きだから』

まるで告白染みた言葉を投げ掛けられたマルコは思わず顔に熱が集まるのを感じた。
自室に入ってチシとサコをソファに座らせると即座に立ち上がって仕事机へと向かう――のは、照れ隠しのようなものだ。
右手で顔を覆って拭うような仕草をすると大きく息を吐いた。

―― わ、わかっ…た。……わかったからよい。

少し俯き加減に頭を落としつつ椅子に腰を下ろしたマルコは微笑を零した。

―― 不死鳥、嫌って悪かった。おれを守ってくれてたってェのになァ。……ありがとよい。

どこか重くてしこりを感じた心の底に漸く光が射して明るく軽くなるのを感じた。
指先から青い焔が小さくポッと発する。
これは自然に発したものだ。思わず目を丸くしたが、それが『返事』なのだと理解した。

『許してくれて、ありがとう、マルコ』

これはきっと恐らくマヒロが齎したものだろう。

「本当、マヒロはおれの心をよく救ってくれるよい」

マヒロはマルコに自分の心を救ってくれたと口にする。だが、どちらかと言えばマヒロの方がマルコのより深い心の奥底に沈む全ての思いを救い上げてくれているとマルコは思う。

机の上にある羊皮紙はエースが遅れて提出した書類だ。それを見つめながら今頃マヒロはどうしているだろうかと、ふと思った。

「パパァ〜!」

物思いに耽っているとサコが泣きながらマルコの元へと掛けて来た。

「どうしたよい?」
「お姉ちゃんがぶったー!」
「嘘! 先にサコが叩いて来た癖に!」
「ひっく! うう、だっで! こわいー!」
「もう本当に弱虫! サコの意気地無し!」
「びええええん!!」
「……」

不死鳥の声に耳を傾け、マヒロのことを思っている間に、何時の間にやら姉弟喧嘩が始まっていた。
サコはマルコの膝にヒシッと掴まって大泣きし、チシは「パパを味方にするなんてズルい!」と、これまた泣きそうになっている。

―― いやいやいや、待て。こっちの方が地獄だよい!?

大抵、姉弟喧嘩の仲裁はいつもマヒロが率先して担当していたことだ。
どちらか一方の肩を持つことは絶対にしてはいけない――と、マヒロが語っていたことを思い出すが、さて、どうしたものかとマルコは焦り始めた。

「あー、サコよい」
「ひっく……ひっく……」
「手ェ出しちまったのかい?」

マルコが優しく問い掛けるとサコは更に大粒の涙を目に溜め始めた。

―― あ、まずい……。

そう思っても既に遅く、サコは「ふわあああん」と大泣きする。

「チシ――」
「ふぅ…、ズルい…、サコばっかり」
「――ッ! ち、違ェ、そうじゃねェ」

チシに助け船を求めたのも間違いだったとマルコは気付く。見ればチシもサコと同様に顔を歪め、目に涙を溜めており、とうとうヒックヒックと嗚咽まで漏らし始めていた。

「サコのバカ! 私だってパパに甘えたいのに!」
「パパはボクのだもん”!!」
「チシのー!!」

サコの服を掴んでマルコから引き剥がそうとするチシ。それに首を振ってイヤイヤと主張しながら必死にしがみ付くサコ。
マルコはヒクリと頬を引き攣らせると天井を見上げて溜息を吐いた。

―― 妖怪退治の方が遥かに楽だよい……。
(逃げないで! 頑張ってパパ!)
―― 誰がパパだよい!?
『頑張ってパパ!』
―― お前ェまで!?

モビー・ディック号の甲板では今頃妖怪達と激しくドンパチしているだろう。激しい剣戟や銃撃音が木霊しているのだが、現在、この部屋の中では女の子と男の子の泣き叫ぶ声が激しくぶつかりあっている。更に心の中からマヒロと不死鳥が応援合戦を繰り広げている。

何て地獄。
何てカオスな状況。

「……本当に泣きてェのはおれだよい……」

普段は本当に仲が良い二人なのに、喧嘩を始めたら本当に手を焼く。せめてこういう時にサッチがいれば食べ物で何とかなるのに――と、マルコは初めてサッチの存在の有難みを本気で感じたのだった。

不死鳥とマルコ

〆栞
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