14


まだマヒロがこの世界に来る以前のこと――。
とある島の海岸縁の砂浜で息を切らして大の字になって倒れているマルコに、妖怪の山が築かれたその様を呆れた目で見つめながら空幻は言葉を掛けた。

「わしが思うに、マルコ殿が最も信用していないのは自分自身じゃろうな」
「……はァはァ……何で、そう…ッ、思うんだよい……?」
「自尊心は大事じゃよ。自ら自分自身を好いて愛してやらねば、お前さんの中の不死鳥が泣いとるぞい」

ゼェハァと息を切らしながらマルコは頭を動かして空幻に目を向けた。
マルコが築いた妖怪の山と好々爺のセットは何ともミスマッチな光景だ。
岩場に腰を掛け、手に持っている杖で自分の肩をトントンと叩いている空幻の姿を逆様に映しながら、妙な事を言うなと眉を顰めた。

「……不死鳥が泣く? ……意味がわからねェよい」

マルコはそう吐き捨てるように言うと視線を外して再び空を見上げた。
真っ青な空に風が吹くままに真っ白な雲が優雅に流れていく。

「今は違うかもしれんが、その力を嘗ては嫌っておったじゃろうて」
「ッ……」

不死鳥の能力について空幻に話したことなど一度も無い。――にも拘わらず、何もかもわかっているかのような口調で話す空幻にマルコは眉間に皺を寄せて再び空幻へと目を向けた。

「マルコ殿がどれだけ嫌ったとて、不死鳥はお前さんを愛しておるよ」
「なっ……!」

まるで不死鳥自体に意志があるかのような物言いだ。更に嫌われようが愛している等と擽ったい言葉を投げ掛けられたマルコはガバッと身体を起こした。

「な、何を根拠にそんなことが言えんだよい!」
「じゃ〜からこそ、わざわざ分離までしてマヒロに力を施したんじゃろうが」
「は…、どういうことだよい?」

何のことを言いたいのかわかっていないマルコはただただ首を傾げた。

「青い炎はマルコ殿の意志に関係無く再生を施したことは――」
「あ、」

空幻がそこまで言った所でマルコはハッとした。
再生の炎が自分の意志とは関係無く、自然と発して修復に掛かっていたことがあった。
鬼雷鳥と戦った時、特にそう感じた。

「不死鳥の意志じゃよ。全ては不死鳥がマルコ殿の為に自ら選んでそうしたのじゃろう。マルコ殿も薄々は気付いておったじゃろう?」

意志を持って再生の力を極限にマルコの命を守ろうと青く猛る炎が何を意味しているのか。
不死鳥は自ら意志を持ち、全てはマルコの為に、その力を最大限に引き出して気丈に守る。

「お前さんは愛されておるよ」
「……」

柔らかい風がマルコの頬をふわりと撫でた。砂浜に押し寄せる穏やかな波の音がやけに大きく聞こえた。
この時の空幻との会話によってマルコは初めて自分の能力に真面に向き合ったような気がした。
あれから時が過ぎ――。
屍鬼毒に侵されたマヒロと再会を果たし、解毒の治療を施した際にこんな言葉を交わした。

「私の中に残してくれたあなたの不死鳥の力、……返さないとダメ?」
「いや、良いよい。返せって言ったところでそいつは嫌がって戻って来ねェだろうからよい」
「え?」
「マヒロを守りたい。そう思ってんだ。それに、それはおれの意志でもあるからよい」

自らの力を分離してマヒロに宿ったのは、マヒロを守りたいと強く思うマルコの意志を尊重した不死鳥が自ら望んだことなのだとわかっていたからこそ、マルコはそう答えた。





最初は本当にガッカリした。幻獣種不死鳥のトリトリの実であることを知った上でマルコはその身を口にした。
再生の力が手に入れば傷付いた仲間の傷を再生して救えるかもしれないと、そう思ったからだ。
大事な家族を、敬愛する白ひげを、この力で守りたいと――。しかし、まさか自分自身の身体だけに有効とされる力だとは思ってもみなかった。

この力は却ってマルコに地獄を見せた。

どんなに傷を負っても再生する自分の目の前で、仲間が次々に殺されて行く姿を何度も見届けた。
敵に捕まれば精神的な苦痛を味合わされることも多く、死ぬ寸前まで痛めつけられては海楼石を外されて再生させ、再び海楼石を嵌められては酷く痛め付けられるの繰り返し。
死にたいと願うこともあった。それでも不死鳥は青い炎を滾らせ、何度も身体を再生させてはマルコを生かした。
大事な仲間が死んでいく中、必ずただ一人だけ生き残るマルコを、周囲の者の目はまるで化物を見るかのように冷たいものへと変わっていった。
それが辛くて憎いと思う程に、青臭さの残る若いマルコは不死鳥の力を心底から嫌ったのだった。

だがそれでも――。

生きて戻る度に「よく戻った」と笑って迎えてくれる人がいた。
最も付き合いの古いサッチと、そして――白ひげだ。
彼らのその心が深く傷付いたマルコの心を支えたと言っても良いだろう。

例え仲間の傷を再生させる力が無いとしても失う命を無くす為に、自らを盾として守れば良い。

失う痛みに比べれば身体を負傷して感じる痛みなどどうってこと無い――と、そう思うようになった。
時が過ぎ、マルコが一番隊の隊長を担う責任ある立場を任されるようになった頃には、世代が変わって新しい顔ぶれとなった隊長達を筆頭にマルコが戻る度に喜んで迎え入れるようになった。
心から『家族』と呼べる絆を得たマルコは、不死鳥の力を毛嫌いしながらも大切な者達を守る為に、再生の力を理由に自ら進んで盾となり、時には単独で特攻する等、無茶な行動を取ることが増えていった。
全ては――守りたい――ただその一心だ。

マヒロがエースの後を追って船から離れた後、姿を現したカーナはこう言った。

「あなたは屍鬼と対照的。それでいて同等。この意味を考えてみて?」

屍鬼は他者の命を何とも思っていない。
屍鬼にとっての命はただの道具であってゴミでもある。
屍鬼が『命を捨てる者』であるのなら――。

空幻や白ひげが言ったマルコの本質とは屍鬼とは対照的で真逆に値するのだ。それは今まさに現状を見れば直ぐに答えが出ていることにマルコは気付く。
自らの身体を再生するしか能が無いから故に命が散る瞬間を多く見て来た。だからこそ――。

―― おれは……。

屍鬼が命を捨てる者であるのなら、おれは『命を拾う者』になってやる。
実に対照的だ。何もかも――そう、マルコは思った。
迷いが消えてスッキリとした表情のマルコに、白ひげは片眉と口角を上げた笑みを浮かべた。

「マルコ、やっと好きになったみてェじゃねェか」
「……何を…だい?」
「グララララッ!」

首を傾げるマルコに白ひげは更に破顔して笑った。
良い顔をしていると白ひげは思った。
マルコは自分を置いて他人の事ばかり考える性質だ。だからこそ幻獣種不死鳥のトリトリの実等というものをわかった上で口にしたのだろう。
何を考えて何を求めてマルコがそれを食べたのかを白ひげはよくわかっていた。
期待して望んだ力では無かった。その結果は、自分の力を呪い、他者から拒絶されることを恐れ、辛く暗い道を歩く破目となった。

マルコの気持ちをよくわかっていただけに、伴わない結果に苦しむ姿を見る度に白ひげは胸を痛めた。
深く沈む様に落ちていく心を救い上げることは容易ではなかった。そんな中で偵察の為に船を離れ、その先で行方不明となった。
二つの月を経て戻って来た時は、ただでさえ頑なだった心に更に輪を掛けて分厚い壁を作っていたことに、白ひげは最初こそ頭を抱えた。
だが――。
行方不明となる前のマルコとは明らかに変わっていた。分厚い壁を作ってはいるものの心にゆとりがあるのか懐が深く優しい男となっていた。
全ては異世界でマヒロと出会ったことによりマルコの心が救われたのだと知った。
本来なら親である自らが息子同然のマルコを救うべき役目であったのだが、見ず知らずのマヒロという名の娘のお陰でその悩みは意図も簡単に解消され、心配する心の足枷も解かれた。ただ――。

―― おれは親としてお前ェに何かしてやれたか……?

そんな気持ちが心の底にずっとあった。
見えない敵と一人で戦うマルコに何かしてやれることは無いかと考えていた。
息子と呼びながらも何もしてやれない親の無力さを思い知らされる。そう思うとマルコが持つ不死鳥の力に幾許か恨みにも似た気持ちを自分自身も抱いていたのかもしれないと、ふとそう考えることもあった程だ。

―― あァ、おれも好きになってやらねェとなァ。

上空に現れた妖怪達の群れを見上げながら白ひげはゆっくりと腰を上げた。

「マルコ」
「何だいオヤジ?」
「昼寝をしているチシとサコはそろそろ起きる時間じゃあ無ェのか?」
「ん? あ、あァ、そうだねい……。けどまずは――」
「あいつらの処理はおれ達がする。お前ェはチシとサコの側にいてやれ」
「は!? な、何を言っ――」
「「「家族を頼りやがれと言ってんだ!!」」」
「――!」

白ひげが抱いていた気持ちは隊長達も同じだった。そして白ひげの言葉を受け取るように隊長達が声を揃えてそう言った。

「お前ェら……」
「グラララララッ! そういうことだ!」

声高らかに笑う白ひげと自信に満ち溢れた笑みを浮かべる隊長達や隊員達にマルコは目を丸くした。

「マルコ」
「ッ……」
「偶にはァ”甘え”ても良いんじゃねェのか?」
「!」
「遠慮なんていらねェ。偶にはおれにも甘えてくれても良いんだぜ? バカ息子」
「オヤジ……」

立ち尽くすマルコの頭に白ひげは手を差し伸べてフワリと撫でた。呆気に取られるマルコにニヤリと笑う白ひげに順じて近くにいたイゾウが口を開いた。

「頼りない弟に思えるかもしれねェが、偶には長男に頼られるのも悪くねェさね」
「……イゾウ」
「そうそう、マヒロにばっかり甘えてないで僕達にも甘えて良いんだよ?」

ハルタがひょこりとイゾウの前に顔を出してそう言った。

「なッ!?」
「「「それは言えてらァ!!」」」
「グラララララッ!」
「ひょっひょっひょっ、皆に見抜かれとるなァマルコ殿!」
「ッ〜〜!!」

マルコはカァァッと真っ赤に染めた顔を大きく顰めた。

「マルコ、お前ェを守って助けたいと思うのは、マヒロや不死鳥だけじゃあねェってことだ」
「!」
「くだらねェ手下相手にお前ェが構ってやる必要は無ェんだ」

白ひげはそう言うとマルコの前へと立つと大薙刀の柄先でドスンと甲板を突いた。

「てめェらァ! 今から妖怪退治の訓練を始める! 遠慮はいらねェ本気でぶっ潰してやれ!!」
「「「おおおおお!!!」」」

上空より迫り来る妖怪達を前に白ひげ海賊団は船長の号令によって意気揚々と戦闘態勢へと入るのだった。

本 質

〆栞
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