12


マヒロはルフィと共に三日三晩、ずっと空を飛び続けた。そうしてやがて辿り着いた先は女しか存在しないという女ヶ島だ。

「あァ、もう、本当に断れない自分が憎いったら無いわ……」

女ヶ島にてすったもんだを終えた後、エースが海軍に囚われて処刑が執行される情報を知ったマヒロは大いに嘆いた。

―― 待って! 色々な点で問題が多過ぎて、もう何が何だかわからなくなってきた!

日々の時間がマッハレベルの早さで過ぎていったことで、マヒロは頭を抱えた。
焦るルフィを窘めながら冷静になって物事を考えなくてはとマヒロは必死に考える。
一方その頃――。
マヒロが麦わら海賊団と共に行動をしていた時、エースはとある島で漸くティーチを見つけることができた。

「よう、ティーチ」
「ゼハハハハッ、たかが人間風情がおれに盾突く気かァ?」

鉄の掟を破ったティーチに2番隊隊長としてケジメを付けるべく戦いを挑もうとするエースにティーチはニヤリと笑みを浮かべた。

「エース、悪ィがなァ、おれァお前が知っているティーチじゃあねェ」
「あァ、マルコから話は聞いてる」
「ゼハハハハッ、それでも敢えてお前はおれに戦いを挑む気でいやがるのか?」
「ケジメだ。おれは、オヤジの顔に泥を塗ったてめェが許せねェ!!」

身体から赤い炎を発しながらエースは叫んだ。だがティーチは然して顔色を変えることは無く、じっとエースを見つめて少しだけ思案顔を浮かべた。そして――。

「あァ、そうだな。エース、お前ェには良い餌となってもらうぜ。マルコの弱点としてなァ!?」
「何ッ!?」

エースが攻撃を仕掛けようとした瞬間にティーチは徐に右手を上げた。
黒いオーラが纏わり付くように発している。だがそれはヤミヤミの実の力では無い。エースの目にはそれが見えていないのだ。
エースの攻撃は難無く弾き飛ばされてしまった。

―― くそ!!

あらゆる技を駆使して攻撃をするものの悉く掻き消され、ティーチから重い一撃を受けたエースは地面に突っ伏して血を吐いた。
ギリギリと歯を食い縛りながら何とか立ち上がったエースは、最後の力を振り絞るように最大の必殺技『炎帝』を放った――が、無残に散ることとなった。





インペルダウン最下層に収容されたエースは力無く項垂れていた。

「エースさん……」

エースと同じ牢に収容されているのは王下七武海のジンベエだ。白ひげに恩があるジンベエはエースを助けようとしたが敢え無く捕まってインペルダウンに投獄された身だ。
エースの白ひげ海賊団との出会いに深い関わりがあったジンベエは、ボロボロとなったエースを心配気に見つめていた。

―― 顔色が悪い。妙に息が荒いが、ただ怪我をしているだけではないのか?

エースは顔を俯かせていて表情こそはっきりと伺い見ることはできなかったが、傍から見ていても顔色が良くないことはわかる。呼吸も荒く苦し気で、肩が上下に揺れている。それらが負傷しているからとは、どうしても思えなかった。

エースはじっと足元を見つめていた。
度々目が霞む。呼吸がし難くて息が上がる。妙に胸が苦しくて、腹に掛けて何故か怠さを感じる。時折、何かを吐き出したいような感覚でゴホッゴホッと咳込むと口の中に鉄の味が広がる。

―― これ……、初めてマヒロに会った時の、あの時のマヒロの症状と似てねェか……?

口端からツゥ…――と、血が零れ落ちるのを他所にエースは船を飛び出す前にマルコの言葉を思い出していた。

〜〜〜〜〜

「ティーチはヤミヤミの実を食ったことで屍鬼ってェ化物に身体を乗っ取られたんだよい。だから、あいつはティーチであってティーチじゃねェ。もう人間じゃねェんだよい」

〜〜〜〜〜

例えそうだとしても許せなかった。
自分を息子と呼んでくれたオヤジの顔に泥を塗ったのだ。自分よりも遥かに付き合いが古かったはずのサッチに手を掛けたのだ。
怒りの矛先はどうあってもティーチに向けられる。例えそれがティーチではなくなった化物だったとしてもだ。
それに――。
ティーチの皮を被った化物が向ける矛先は、白ひげ海賊団に、マルコに向けられているのだ。

〜〜〜〜〜

「お前ェには良い餌となってもらうぜ。マルコの弱点としてなァ!?」

〜〜〜〜〜

下卑た笑みを浮かべて叫ぶようにして言ったティーチの声が鮮明に思い出す。

「ッ……はァはァ、……おれは、……おれは良いから、マルコ、ッ、マルコ…来るんじゃねェ……」

エースは小さくそう口にした。だが――。
自分が狙われているとしても、例え罠があるとしても、マルコなら助けに来るか――と、少しだけ笑みを零した。
ほとほと長男気質で身内に甘い兄貴だからなァ――と思うと、ふとマヒロの顔が浮かんだ。

―― ……お節介夫婦だよな〜。

マルコとマヒロの姿を思い浮かべたエースは苦しみながらも笑みを零したのだった。





マヒロはルフィと共にインペルダウン最下層に向かっていた。その途中、目の前に突如として空間に亀裂が入るのを見たマヒロは瞬間的にゾクリと妖気を感じ、咄嗟にルフィの衣服を掴んで地面へと押し倒し、空間から繰り出された攻撃を躱した。

「な、何だよマヒロ!」
「ルフィ、行って」
「何だって?」
「良いから行って。見えない敵がいるって言ったらわかってくれる?」

何も無い空間の一点を見つめてそう言ったマヒロに、ルフィは首を傾げた。だが、前に見える見えない講義を受けた時のことを思い出して「あァ」と手を叩いて理解した。
ルフィは麦わら帽子の鍔を掴んで深く被ると「無理すんなよマヒロ」とだけ言葉を残して先を急いだ。
そんなルフィの背中をクツリと笑って見送る相手にマヒロは構えながらピクリと眉を動かした。

「随分余裕なのね」
「ふふ、あなたにとっては初めまして……かしらね? マヒロ」
「……な…に…?」

目の前に降り立った妖怪はクツリと妖艶な笑みを浮かべて小さく笑った。
マヒロは怪訝な表情を浮かべるものの身構えたまま間合いを図っていた。そんなマヒロにカーナは笑みを消して冷たい目を向けた。

「あなたにマルコは渡さない」
「えっ? ……どういうこと?」

思いも寄らない言葉にマヒロは流石に驚いて戸惑った。そして――ドクンッ!――と、身体の奥底で大きく脈打つのを感じて違和感を覚えた。

「ッ!? ――カハッ! コホッ!」
「ふふ、疼くでしょう?」

急に腹部に痛みが走ると同時に咳き込み始めた。この感覚をマヒロは嫌と言うほど覚えている。治療して治ったはずなのに今更どうして疼き出して苦しいのか、マヒロは困惑した。

「エースを助けたければ、あなたが身代わとなって屍鬼様の傀儡になることね」
「な、何ですって……!? うっ、コホッ! ……はァはァ……あ、あなた、……何!?」
「私はカーナ、元人間よ」
「!」

カーナと名乗った妖怪にマヒロは目を見張った。

―― この人が、カーナ……!

ウィルシャナの一件に影ながらに絡んでいた妖怪だ。だとすれば、先程の会話にマヒロは納得した。

「……邪魔が入るわね。あまり長居はできない。マヒロ、あなたを連れて行く。話はその後よ」

カーナはそう言うとマヒロの腕を掴もうと手を伸ばした。
マヒロは逃げようとしたものの足に力が入らず、更に腹部に激痛が走って再び咳き込みその場に突っ伏した。血は吐かなかったが咳き込みが酷く、呼吸が上手くできずに息苦しさで動けなかった。
カーナがマヒロの腕を掴んだ。

「やっ!」
「あなたも私と同じように穢れれば良い!」

クスッと笑ってからそう言い放ったカーナの表情は憎悪に塗れた醜悪な笑みを浮かべていた。そしてマヒロの腕を引いて屍鬼のいる世界に繋がる空間へと移動しようとした。その時――。

ボッ!

「!?」

ボボボボッ!

「な、青い炎!?」
「ッ……マル…コ……さん……」

カーナがマヒロの腕を掴むそこから突如として青い炎が姿を現した。まるでマヒロを守るように強く発してマヒロの身を包み始める。その炎はマヒロの霊気を帯びているのか、マヒロの腕を掴んでいた手に激痛が走ってカーナは咄嗟にその手を引いた。

「くっ!」

カーナは苦々し気な表情を浮かべてマヒロを睨み付けた。マヒロは自分の身体を包む青い炎を愛し気に見つめている。それがカーナをより激高させた。

「マヒロ! 許さない! 私はあなたを絶対に認めない!」
「! ……何故? あなたはどうして……?」
「私と同じでありながら、何故あなただけが守られるの!? 何故あなただけが欲しいものを手にするの!?」
「どういう……こと?」

マヒロは眉間に皺を寄せた。カーナが何を言っているのか理解しようとするが、皆目見当がつかずに苦心した。
カーナは妖気を僅かに帯び始めた。だが目を瞑って”それ”を押し留めるようにぐっと我慢した。
憎い女を前にして涙を流す等、プライドが許さないのだ。そして息を大きく吐くとカーナは冷静さを取り戻して再び冷たい目をマヒロに向けた。

「あなたが幸せになって良いわけがない。……私はあなたであなたは私だもの」
「!?」

カーナはそれだけ言うと白い光で身体を包み、その場から消えた。
マヒロはその場に力無く座り込むと同時に青い炎はスウッ――と消えた。だがそんな青い炎を見る余裕も無く、どこか愕然とした面持ちでカーナが消え去ったその場所をじっと見つめていた。

―― どういうこと……なの……?

両手で自分の身体を抱き締めるようにギュッと身を縮こま背ながら額を地面に突っ伏した。

「……凄く苦しそうで、悲しそうに……泣いてた……」

決して見られたくなかったのだろう、目を瞑って我慢するカーナの目尻にはキラリと光るものがあった。
最後にカーナが残した言葉も非常に気に掛かる。
カーナと自分と一体どういう関係があるのか、考えてみるものの接点などあった記憶も無い為、見当も付かない。

「……わからないことをいつまでも考えてちゃダメ。今は時間が無いのよ」

身体を起こして深呼吸を繰り返す。
胸から腹部に掛けて走った痛みは消えて疼きも無い。
呼吸を安定して落ち着きを取り戻した。

今はまずエースを救い出すことだけを考えなくては――と、マヒロは立ち上がるとルフィの後を追う様にその場を立ち去った。

邂 逅

〆栞
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