11


モビー・ディック号から離れてからどれぐらいの時間が経過したのだろうか。
単独でエースの後を追っていたマヒロは現在――大いに困っていた。

「だ、だから、仲間にはなれないって言ってるでしょ!? 何度言えば――」
「諦めた方がいいわよマヒロ」
「時には諦めるってェのも大事なことだ。うん、そうした方が良いぜマヒロ」
「オレは大歓迎だぞ!」

必死になって拒否をするマヒロに対し涼しい顔でそう声を掛ける女航海士と長っ鼻の狙撃手、そして青鼻狸(「オレはトナカイだ!」)の医者に、マヒロは青い顔をしながら口をパクパクと開閉させた。
ゴムのように伸びた腕でマヒロの身体を拘束して何度も勧誘して来る麦わら帽子を被った海賊小僧……、いや、この船の船長を背中に乗せたまま、マヒロの意識が一瞬だけブラックアウトし掛けてフラリと倒れそうになった。

「よし、決まりだな! 今日からマヒロはおれ達の仲間だ!」
「だ、だから! 私は仲間になれないって――」
「マヒロすゎァァん!!」
「!」
「あなたの為に作りました。特性チョコパフェデラックスをどうぞ召し上がってください」
「あ、ありがとうサンジ君……美味ッ!?」
「「「あ、落ちた(わね)」」」
「ニシシ、やっぱりマヒロは面白ェ!」

強引に仲間決定と下す船長の言葉を遮って拒否しようとしたが、船内からとても美味しそうなチョコパフェをトレイに乗せて登場したこの船のコックにより、頑なだったマヒロはとうとう折れてしまった。
こういう類のデザートを人生で一度も食したことが無かったマヒロにとってチョコパフェなるものは、人生で最も衝撃的な美味い食べ物だった。そして――チョコパフェの虜となってしまった模様――。

「うぅ…、断れない自分難い。……本当に美味しい」

嘆きながらスプーンに手を伸ばしてチョコパフェを頬張るマヒロは、心内で只管謝罪の声を上げることしかできなかった。

―― マルコさァァん! どうしよう!? 本当に美味しくて抜けられない!!
(……へェ……そうかい……)

心内にいるマルコの声はそれはそれは乾き切った冷たい声音だったそうな――。

これまでの経過を簡単に説明しよう。

エースの消息を追って辿り着いた先は砂漠の国アラバスタだった。
活気のある町の食事処で火拳のエースが居たことを知ったマヒロはエースの所在を聞くもののはっきりとした居所はわからず、結局は擦れ違いとなったことを知る。

そんな最中、砂漠の国アラバスタで起きた一連の騒動に巻き込まれる形となったマヒロは、途中で遭遇した麦わら海賊団と共にアラバスタを救う手伝いをすることになった。

それはきっとマヒロの性格上、見て見ぬふりはどうしてもできなかったと言えるだろう。

無事に解決したその後、何故か当り前のように彼らに連れられてゴーイング・メリー号に乗船し、アラバスタの王女であるビビとの感動の別れを経て、更に既に乗船していたニコ・ロビンが新たな仲間となったことに何故か当然のように良かった良かったと安堵の笑みを浮かべる。

――で、マヒロの探し人であるエースの名が出た時、船長であるルフィがエースの義弟であることを知らされたマヒロは心底から驚いた。

「えェ!? エースの弟なの!?」
「あァ、エースはおれの兄ちゃんだ!」

アラバスタでの騒動が起きる前のほんの僅かな時間だが、エースと接触した事実を知ったマヒロは彼らに礼を言うと、再びエースを探しに下船しようとしたのだが――。

「何言ってんだ? もうお前ェはおれ達の仲間だろ?」
「はい?」

麦わらのルフィの言葉にマヒロは面食らった――からの話は冒頭へと至る。

結局、何だかよくわからないままにゴーイング・メリー号は次の島を目指して大海を渡る。

「え? 待ってよ……何で普通に船に乗ってるの?」

疑問を呈するものの誰も答えてくれない。全ては勧誘を断る機会を逸したマヒロが悪い。
それからというものマヒロは彼らと共に空島へと向かい、神と名乗るエネルを相手にルフィと共闘し、誰にも見えない超特大霊丸をぶちかまして倒した。

地上に降り立った後、ロングリングロングランドで出会ったフォクシー海賊団から仲間を掛けた海賊のゲーム『デービーバックファイト』に何故か麦わら海賊団の仲間として扱われて参戦する羽目になる。

何度か危機があったもののルフィのおかげで万事無事にやり過ごすことができた。
そして――。
海軍大将の一人である青雉とまさかの再会を果たした。

「あれま……こんな所で会うとはねェ」
「あ、ど、どうも」
「……マヒロ、……あなた、知り合いなの?」

青雉により仲間(?)がやられ、恐怖に駆られるロビンと青雉が対峙する間に立ったマヒロは、青雉に軽く会釈をして挨拶を交わした。
暢気に挨拶などしている場合では無いのだが、青雉の怠そうな態度についついマヒロも暢気に事を構える始末だ。

ロビンは戸惑いつつも不思議な表情を浮かべてマヒロを見つめた。

「戦います?」
「いやァ、止めとく」
「!?」

マヒロが身構えて質問すると青雉は頭を掻きながらかぶりを振って断った。
ロビンは驚いて目を丸くして唖然とした。
青雉は言わなければならない台詞だけを言い切ると自転車に跨り、「またな」と一言残してキコキコと大海へと漕ぎ出して去って行った。

「大将さんとは色々あったのよ」

青雉との関係について質問されたマヒロは適当にそう言って何とか誤魔化し、その後に辿り着いたのはウォーターセブンだ。

船の修理やら何やらとまた一騒動が起き、当然のようにマヒロも麦わらの一味として行動する。
ニコ・ロビンを助ける為にエニエス・ロビーへと攻め込み、CP9を相手に宣戦布告をするシーンにも当然のようにマヒロの姿があった。そしてロビン奪還の手伝いをする。
更にボロボロの船体を押してでも尚ルフィ達の為に助けに来たゴーイング・メリー号との最後の別れでは、何故かマヒロは大いに涙を零して泣いた。

無事にロビンを奪還して新たな仲間フランキーと新しい船サウザンドサニー号を得た麦わら海賊団と共に当り前のように乗り込み、ログポースが指し示す次の島を目指した。

「あれ? 何してんの私?」

決して仲間になったわけではない。
全ては周りのペースに流されたまま、常に疑問符を抱えたまま、お人好しに巻き込まれていった結果なのだ――と思う。

腑に落ちない気持ちを抱えたままそうこうしている内に、深い霧の海域『魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)』へと入って、謎の喋るガイコツ――ブルックと出会った。
更に、目前に突如としてゴースト島と呼ばれる巨大船『スリラーバーク』が出現し、何度も言うがまたもや一騒動に巻き込まれることとなった。

最早開き直ったマヒロは、霊気を使って戦いに参戦したことで大活躍を果たした。

「レイキ?」
「えェ、誰でも持ってるエネルギーなんだけど、特別に霊力が高い人だけが扱える能力なのよ」

ルフィ、チョッパー、ウソップ、そしてブルックの前でマヒロの不思議な能力についての講義をしている。
少し離れたところでナミやロビンも興味深そうに耳を傾け、更に離れた所で刀の手入れをしているゾロも聞き耳を立てている。
船の操舵をするフランキーも然り、デザートを用意してナミやロビンが座るテーブルに並べるサンジも同様だ。

「なァ、その手は何かしてるのか?」
「霊気を纏ってみせてるけど、見えない?」
「「「見えない」」」

首を振るルフィ達にマヒロはクツリと笑った。

「霊気はね、見える人には見えるけど、見えない人には見えないの」
「その見える見えねェの基準ってあるのか?」
「今こうして見せてる霊気が見えるか見えないか」
「「「見えない」」」
「あとは分かり易いもので言えば幽霊が見えるか見えないかってとこね」
「うおおお、やっぱりお化けって本当にいるんだな!」
「え、えェ………」

目を輝かせて喜ぶルフィの傍らで「マジでいるのか!?」とお互いの身体を抱き合い、恐怖で顔を歪めるチョッパーとウソップ。対照的なリアクションを見せる彼らにマヒロは言って良かったのかどうか、少しだけ気後れした。

「ヨホホホッ! では、私の場合は一体どうなるのでしょう?」
「そ、そうね。ブルックさんに関しては……ごめんなさい。特別過ぎて何とも言えないかも」

骸骨姿なのにどうしてアフロヘアーなのか、そこが気になって仕方が無いマヒロは、ブルックを見る度についつい視線がアフロに行ってしまう。

―― 妖怪かなァなんて言えるわけない。そもそも妖気なんて無いし、あ、でも骸骨だし、でも生きてるし、髪、何でそんなにそこだけ生き生きとしているのか謎よね。え、生きてるのよね?

目の前で紅茶を楽しむブルックにマヒロは頬を引き攣らせた笑みを浮かべた。

「お化けかァ、見てみてェなァ〜」
「おおお、おれは、おおお化けなんか怖くねェぞ!?」
「お化けが怖く無いなんてウソップ凄ェー!」

ルフィとウソップとチョッパーがワイワイと賑わう姿を見つめながらナミはテーブルに頬杖をしながら納得したように頷いた。

「幽霊の件は良いとして、兎に角、マヒロが強いに越したことは無いわね」
「自分専用のボディーガードにする気満々だろ」

ナミの言葉に刀の手入れを終えて甲板の中央へと戻って来たゾロがそう言うとロビンが楽し気に笑った。

「見えない力で戦うマヒロさんも素敵だ!」
「見えない奴が何か言ってるぞ」
「あ”ァ”!?」

目をハートにしてデレるサンジに間髪入れずにゾロが冷めた声でそう言うとサンジは怒りの形相を浮かべてゾロに突っ掛かって行く。

「幽霊なんてもんはおれは信じねェ」

流石にメカニック系なだけにフランキーは現実主義的な発言をして笑った。

ゴーイング・メリー号からサウザンドサニー号に変わっても、この光景はいつも通りで決して変わらない。
とても平和で穏やかな時間が流れていた。

―― ……うん、私ったら何でこの海賊団に凄く馴染んでるのかしら……?

笑みを浮かべながらマヒロは冷静にそう自分にツッコんだ。
そうこうしている内に新たな島に辿り着く。今となってはとても懐かしいシャボンティ諸島だ。

「やだ、私ったらどうしてこんな大冒険してるの……?」

いつか来た『シャッキー'S ぼったくりBAR』を前にマヒロはガクリと頭を落とした。中へ入るとマヒロの姿に気付いたシャクヤクは不思議そうな表情を浮かべた。

「……麦わら海賊団の一員になったのかしら?」
「あ、いえ、私は――」
「ニシシ! マヒロはおれの仲間だ!」
「あら? そうなの?」

出されたジュースを口にしながら返事をしようとした所でルフィに言葉を遮られた。シャクヤクは頬に片手を添えて呆れたような溜息を吐いた。

「感動の再会を果たしたんじゃなかったのね……」
「あ、あァいや違うんです!」

慌ててガタンと席を立って弁解しようとするマヒロにシャクヤクはマヒロの手元に指を指した。

「あ、そのジュース一万ベリーね」
「高っ!?」
「だってここ、ぼったくりBARですもの」

クツリと笑ったシャクヤクはウインクした。

―― 普通のジュースで一万って、ぼったくりにしても高過ぎるわよ!? ……じゃなくて……。

幾許か冷静さを取り戻したマヒロは席に腰を下ろすと小さく溜息を吐いた。

「私は、仲間にはなっていませんから。ただの客分です」

マヒロが静かにそう答えると、隣でニコニコしていたルフィはチョッパーやウソップと一緒に少しだけ間を置いてから顔一面を驚愕に染めたそれへと変えて行った。
顎が外れる程にパッカーンと口を開けながら目ん玉が飛び出る。

「「「えええええええっ!!?」」」

盛大に驚きの声を上げる彼らにマヒロは苦笑を零した。それから一度船に戻った折に、再び冒頭へと話は戻る。

「だ、だから仲間にはなれないの! 本当に!」
「諦めた方がいいわよマヒロ。こうなったら梃子でも動かないから」
「そうね。諦めなさいマヒロ」
「マヒロすゎァァん!! どうぞ、あなたの好きなサンジ特性チョコパフェです」
「あ、ありがとうサンジ君」

同じ手は食わないわよ――と警戒しつつ、マヒロは困り果てた表情を浮かべながらサンジ特性チョコパフェを食べた。すると途端に頬を緩ませて幸せそうな笑みを浮かべる。

―― ちょろいわね。
―― ふふ、簡単に落とされてるわよ。

ナミとロビンは笑みを浮かべた。マヒロはとことん甘いものに目が無かった。

―― チョコバナナ……最高……。
(マヒロ……、お前ェ、まさかと思うがよい、当初の目的を忘れちゃあいねェだろうない?)

チョコレートのついたバナナを口に放り込んで恍惚とするマヒロに心内からマルコがチクリと声を掛けた。

「……ハッ!?」
「「「え?」」」

麦わら海賊団のペースに完全に飲み込まれてからというもの時は随分経っている。
流石に痺れを切らしたマルコの声により漸くマヒロは我を取り戻した。

「わ、私、こんなところでのんびりしている場合じゃなっ――」
「あ! ハチじゃねェか!!」
「―― 素無視!?」

蛸のハッちゃんことハチが登場したことでマヒロの言葉に誰も耳を貸さず、話は勝手に進められた。

―― えェェ!? 何それ!?

麦わら海賊団に別れを告げることができずに何だかんだと付き合わされている内に、人魚のケイティが人攫い屋に攫われて『ヒューマンショップ』で本日の目玉として人間オークションにかけられることになってしまった。
ナミ達と共に悲哀に満ちた表情を浮かべているマヒロは、ケイティを助けに『ヒューマンショップ』に赴いた。
何とかして競売で勝たなくてはと張り合うものの天竜人なる者がケイティに対して最高金額を提示して買われてしまった。ナミやハチ達は絶望した。だがそこにルフィやゾロがトビウオライダーズと共に突っ込んできて会場は騒然となった。
その後、天竜人にルフィは怒りの鉄拳を放ってぶん殴ったのだが、怒ったのはルフィだけでは無かった。

「最低だわ」
「ひっ!?」

ルフィに殴られて気を失い掛けていた天竜人の元に歩み寄って胸倉を掴んだマヒロは笑顔を浮かべると、ほぼ本気の霊光弾で思いっきり殴り飛ばした。

「これに懲りたら二度としないことね。もし、また同じようなことを繰り返して、私がそれを知ったら……覚悟してくださいね?」

二度殴られ吹き飛ばされた天竜人の家族と思われる天竜人達に向けてマヒロはギロリと睨んだ。
異様な殺気を放つマヒロに対して天竜人は白目を剥いて「ひぃっ!?」と悲鳴を上げて絶句した。
見えない霊気は絶大な威力を発揮し、彼らに見た目以上の恐怖を与えたようだ。
誰も”それ”は見えないので、ただ単に女が凄んでいるようにしか見えていないのだが、彼女の放つ凄みはまるで閻魔大王の様で怖かった。

「やっぱりマヒロは面白ェなァ〜!」

ルフィはニシシと笑っていたが、天竜人を相手に問答無用で啖呵を切る女に、その場にいた殆どの人は顔を青褪めてドン引きしていた。
さて、天竜人が殴られたことで『ヒューマンショップ』は海軍に囲まれ、ルフィ達と共にルーキーのキッドとトラファルガー・ローが率いる二つの海賊団と共に脱走を図ることとなった。

「あ、レイリーさん」
「おや? 君はマヒロじゃないか。何故ここにいるのだね?」

騒乱の中に久しぶりに出会ったレイリーと共にその場を離れたマヒロは「実は――」とこれまでの経緯を話した。

「わっはっはっ! そりゃあとんだ災難だったなァ〜!」

レイリーはまるで他人事のように盛大にお腹を抱えて笑った。

―― ……くっ……。

マヒロが眉間に皺を寄せてむぅっと膨れ面をして拗ねるとレイリーは涙目になりながら「すまんすまん」とマヒロの頭を撫でながら謝罪した。
そして――。
ルフィ達が海軍大将の黄猿らに襲われていることに気付き、二人は加勢に入る。

「こんの金太郎風情がよくもやってくれたわね!?」
「ワイは戦桃丸じゃって、何度言えばわかるんじゃアホ女!」

マヒロと戦桃丸はギャンギャンと攻撃を交えながら激しい口撃を繰り出していた。

「相変わらず口の立つお嬢ちゃんだねェ〜」

黄猿が感心するように言葉を発するとレイリーは眉をピクリと動かした。

「流石はサカズキさんに喧嘩を売る女だけあるねェ〜」
「何? それは本当か?」

黄猿の言葉にレイリーは呆気に取られ、視線をマヒロへと向けた。するとルフィを庇って抱えたマヒロがバーソロミュー・クマによってルフィごと弾かれて姿を消す瞬間を目の当たりにした。

―― ……マヒロ、……君の目的はどんどん遠ざかっていってるようだが……。

よくもまァマヒロを一人旅させることを白ひげが許可したもんだな――と、レイリーは思った。

麦わら海賊団

〆栞
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