04


朝、マヒロはサッチの手伝いで厨房にいた。
家族として迎え入れたのなら何もしないというのは良くないし性分でも無い。
出来ることを考えた結果、そしてマルコの後押しもあって、時折ではあるが、マヒロはこうして4番隊の手伝いをするようになっていた。

「しっかし災難だったな。結局あの後サコはマルコに抱き付いたまんま離れようとはしなかったんだろ?」

シュルシュルと大根の皮を桂剥きにしていくサッチがそう言うと、マヒロは苦笑を浮かべながらコクリと頷いた。

「そうなんです。今もきっとベッドの上でぐったりしているマルコさんに寄り添って眠ってますよ」
「ハハ、こればっかりは仕方が無ェなァ。サコにとっちゃあマルコがパパだもんなァ。あ、これも頼むね」

まだ皮が向かれていない大根をサッチはマヒロに渡した。シュルシュルと桂剥きをしていくマヒロの手付きもサッチに劣ること無く見事な手付きだ。

「私が部屋を出る時、マルコさんは動けないから早く戻って来いって怒鳴られちゃいました。お手伝いとは言えこれも立派なお仕事なのに、ちょっと理不尽だと思いません?」
「ハハ、あいつにしかできねェ仕事が一杯あるからなァ。頼みはマヒロちゃんってとこだから仕方が無ェってんだ」

桂剥きを終えたサッチが次の作業へと移行する。料理用として別途保管されている酒専用棚の中を覗いてサッチは4番隊の隊員に声を掛けた。

「おーい! ここにあった赤ワインが無ェぞ!」
「サッチさん、これぐらいの大きさで良いの?」
「ん、そんぐらいでオッケー。で、肝心のそのマルコだけどよ、そろそろ起きて来ても良い時間じゃねェの?」
「あ、本当だ! ちょっと失礼します!」

戻って来いと言われた時間は疾うに過ぎていた。
マヒロは慌てて厨房から飛び出して行った。

「……また怒鳴られるんだろうな」

サッチは苦笑を浮かべてマヒロを見送った後、「ワインは〜!?」と奥にいる4番隊に声を掛けるのだった。





部屋に急いで戻ったマヒロは足音を抑えて静かにベッドも元へと歩み寄った。すると途端に目を丸くし、両手で口元をばっと覆う。

―― な、なんて微笑ましい光景……。

マルコを真ん中にチシとサコがマルコに抱き付くように寄り添って幸せそうに眠っている。そしてマルコの腕はチシやサコを抱えるようにして伸びており、当のマルコもまだ寝入っているようだ。
この様はもう本当に父と子そのものだと、マヒロは思わず「ふふっ」と小さく笑った。

「……マヒロ……?」
「あ、お、起こしちゃいました?」

閉じられたマルコの瞼ががゆっくりと開けられると青い瞳がマヒロへと向けられる。
眠そうな表情をしているものの意識は覚醒していたようだ。だがそんなことよりもマヒロは思わずマルコの青い瞳に魅入ってしまい、胸がドキドキする感覚に襲われた。

―― 本当に……、意識していないはずなのにマルコさんってば大人のフェロモンがダダ漏れなんだから……。

鍛え抜かれた上腕二頭筋やら胸筋やら腹筋やら――と、見事な均整が取れた上裸を惜し気も無く見せつける――と言ってもマルコはそんなことをしているつもりは無い。
口元に手を当てて「くあァ……」と欠伸をする等、至って暢気な姿なのだが、マヒロの目に映るのは肉体美。心臓が早鐘を打つに連れて思わず身体が熱くなるのを感じ始めたマヒロは小さくかぶりを振った。
上裸の状態でいるマルコの寝起きの姿と言うのは何度見ても慣れないものだ。例えそれが情事後のものであろうと無かろうと、思うことはいつも――。

―― な、何を考えてるのよ……。

何とかRな思考を端に寄せて自制を保ったマヒロは、マルコに抱き付くサコを起こさないようにそっと引き離した。そしてマルコはチシを起こさないようにゆっくりと身体を動かしてベッドから下りた。

「あれ?」
「……説明は後でするよい」

マヒロは不思議に思った。
海水により力が抜け落ちた後、動けるようになるまで少しだけ時間がいるはずだ。エースもジョズも白ひげも、誰もが動けるようになるまでに数分は要する。
だが今、マルコは直ぐに身体を動かして立ち上がったのだ。
不思議がるマヒロを他所にマルコはシャツとタオルを手に取ると備え付けのシャワールームへと向かい、顔を洗いに行った。

「……また、何か見出したのかな?」

マルコの事だ。恐らくサコに抱き付かれた状態のままで身体を動かせる”何か”を考えたのだろう。そしてそれをたった一夜で可能にしたのかもしれない。

「はァ、もう、本当に……」

ソファに腰を下ろして感心の溜息を漏らすマヒロの頭にふぁさっと何かが覆い被さり視界を奪った。
慌ててそれを手で退けると濡れたタオルで、顔を上げるとシャワールームから戻って来たマルコがクツリと笑って立っていた。

「マヒロが何を考えてたかは何となくわかるが、とりあえず食堂に行くよい」

マヒロの頭にぽんっと軽く手を置いたクシャリと撫でたマルコは、マヒロの手にある濡れたタオルを奪った。

「あ、それ、洗濯に出さなきゃ」
「顔を拭いただけだ。直ぐに乾くだろうし良いよい。それより仕事、残してんだろい?」
「あ、はい」
「んじゃあ早く行かねェとな」

マルコは椅子の背凭れにタオルを掛けるとマヒロと共に部屋を出て食堂に向かった。そしてマヒロは厨房に急いで戻るとサッチに頼まれていた仕事の続きを始め、マルコは厨房を望めるカウンター席に座った。すると、間髪入れずにサッチがいつも通りに慣れた手付きでブラックコーヒーを淹れ、それをマルコへと差し出した。
いつもの早朝の光景だ。
マルコは新聞を片手にブラックコーヒーを飲み、厨房に立つマヒロはジャガイモをスパスパと切りながら覗き窓越しに話し掛ける。

「ねェ、どうして直ぐに動けたの?」
「あァ、霊気だよい」
「え?」
「悪魔の実の能力で抜ける力の分を霊気で補った。ただそれだけだよい」
「……成程。……って、またそんな器用に……」

マヒロが眉間に皺を寄せてそう言うとマルコはバサリと新聞を裏返しつつ視線をマヒロに向けた。

「これはお前が教えてくれたことだよい」
「え? 私が? いつ?」

マルコはクツリと笑った。
マヒロは首を傾げ、思い出そうとしたが思い出せない。

「手が止まってるよい」
「うっ……」

記憶を辿ることに集中して動きを止めるマヒロにマルコがそう言うと、マヒロは渋々仕事へと意識を向け、再びジャガイモをスパスパと切り始めた。
マルコはそんなマヒロを見つめながらコーヒーをコクリと飲むと、視線を新聞へと向けた。

以前、フィリアに――と言うよりも”カーナに”襲われた際の事だ。
海楼石と同じ効力で力を失った身体が突如として力を取り戻して動けるようになった。
あれは心の内側にいたマヒロの心がそうさせたのだ。
その時の感覚を思い出して試した結果、サコに触れられても力が抜けずにいれることに気付いたのだ。
しかし、動けると言っても悪魔の実の力が完全に無効化されている状態だ。もしこの時に攻撃を受けてしまったら一溜りも無いことは明白。
サコが側にいる間は四六時中気は抜けず、集中力も必要とされる上に神経質にもならざるを得ない。
精神的にも肉体的にも疲労が自ずと蓄積されてしまうのだが、悲哀の顔で泣き喚くサコを思えば少々のことは我慢しようとマルコは思った。
これも修行の一環だと捉えれば良い、ただそれだけのことだと――。

―― 結構……疲れるんだけどねい。

コクリとまたコーヒーを飲む。何だかんだとちゃんと親をやってんだなと、マルコは自覚して溜息を吐いた。
サッチとエースとイゾウにハルタと、彼らと談笑している際に喉を掘って言われたことがある。

「マルコってさ、案外ガキに甘ェんだな」
「本当、僕も意外に思ったよ」
「長男気質な性分をしているとは思っていたが、親以上に過保護だねェマルコ」
「面倒見も良いからな! マルコは本当に良い親父になると思うぜ!」
「「「「笑っちまうぐらいに良いパパぶりだ」」」」
「五月蠅ェよい!!」

感心する彼らに顔を赤くして怒鳴ったことを思い出した。「チッ」と軽く舌打ちをしたマルコは苦い記憶をコーヒーの苦みと共に喉の奥へと流し込む。

「お疲れ様です。パパ」
「なっ!?」

まさかマヒロと二人きりになった時にそう言われたことがある等と、口が裂けても言えない。

「サッチさーん! 終わりましたー!」
「おうサンキュー!!」

忙しなく働くマヒロの姿を一瞥するとコーヒーを一気に飲み干し、新聞を折り畳んで小脇に挟むと席を立った。

「マヒロ、悪いが片しといてくれよい」
「あ、はい。部屋に戻るの?」
「仕事をしにねい」
「ふふ、頑張って」
「よい」

空いたコーヒーカップをマヒロに手渡したマルコはそのまま食堂を出て行った。そんなマルコをマヒロの肩越しで見送ったサッチはそろりとマヒロの側に歩み寄って苦笑を漏らした。

「仕事じゃなく子守りに戻るって?」
「ハハ、それを言うとマルコさんは全力で否定しますけど、そうだと思います」

マヒロがそう言うとサッチは目を丸くしながら鼻腔も大きく膨らませて軽く上体を仰け反らした。

「本っ当に意外だってんだ。あいつに子煩悩なところがあるなんて知らなかったぜ」
「そう? マルコさんは根が凄く優しい人だもの。頼れる人が自分しかいない子達を前にしたら放っとけないのよ」

まるでマルコが側にいるかのように恍惚とした顔を浮かべるマヒロに、サッチは笑顔を張り付けたままスッと視線を外してポリポリと頬を掻いた。

「……マヒロちゃん、こう言っちゃあ何だけど、今の、お惚気モードに入ってっからね?」
「ふぇっ!?」

サッチが呆れて釘を刺した。するとマヒロは両手でバッと顔を隠し、慌てて顔を背けたのだった。
サッチは思わず握り拳を作り、奥歯をグッと噛んだ。

―― くそ、マルコの奴め……羨まし過ぎる!

惚気モードに入ったマヒロは直ぐに自分の世界に入ってしまうのだが、それを指摘して我を取り戻させたらばいちいち可愛い反応をしてみせてくれるのだから堪らない。

――こんな可愛い子が相手だったら身を固めるのもありだってんだよ。

マヒロのマルコに対する特別な愛情はあまりにも尊く、本当に羨ましい。
独身貴族を謳歌しまくっているようなサッチでさえもそう思わされる程だった。





朝食時間――。

ガヤガヤと賑やかになる食堂に、子連れの1番隊隊長が姿を現した。

「おはよーございます!!」

食堂にいた隊員達は挙って元気良くマルコに挨拶をすると共にニヤニヤと笑みを浮かべる。
彼らの目的はマルコでは無い。
眉間に皺を寄せて「チッ!」と舌打ちをするマルコに代わり、チシが元気良く丁寧に頭を下げる。

「おはようございます!」
「ああ! 今日も可愛い!!」

メロリーンとハートを飛ばして喜ぶおっさん共を前にチシは楽し気に笑う。
そんなむさ苦しい奴らを無視しながらマルコはチシの手を握ると引っ張って席に着いた。そして、そのタイミングを見計らったかのようにマヒロが人数分の食事を運ぶ。
四人が同じテーブルに着くと仲良く合掌して「いただきます」と言ってから朝食を取り始める。
もうこの光景は『The Family』そのものであった。

「ああ、眩しい。……あまりに眩し過ぎて堪んねェ……」

1番隊の副隊長であるギルが恍惚とした表情でそう漏らすと他隊の隊員が呆れて声を掛けた。

「ギルさんって、毎日そう言いますよね」
「隊長の幸せを願って何が悪い」
「「「おれ達も同意見っすよ」」」

この時の光景を見るのが1番隊隊員達の密かな楽しみになっているらしい。だが当の隊長であるマルコは知りもしない。
サコが食べ物を零したりして上手に食べれないでいると必ずマルコが手を貸してやる。

―― それってマヒロさんの役目になるんじゃ……?

子供の食事を手助けするのはどちらかと言うと妻たる女性の役目なのではと言うイメージを強く持っている彼らは一様にそう思う。
だがサコはマヒロよりマルコの言う事を聞くということは周知の事実。
マヒロはマヒロでマルコの世話妬きやサコの可愛さ加減を見るのが好きなのか、幸せそうにいつもニコニコと微笑みながら見守っている。

「これ美味しいね〜」

チシがご飯を食べながらそう言うとマヒロが「ほんとだね〜」と答える。

「はい、どうぞ」
「良いの?」
「チシは良い子だからあげる〜」
「わァい! ありがとー!」

チシが好きそうなものがあるとマヒロは自分の分をあげたりしてチシを喜ばす。その光景はまさに母と娘のよう。

本当に『The Family』だ。

「「「パパ! おれ達の分もあげてください!!」」」
「誰がてめェらのパパだい!?」

こんなやり取りは最早名物と化している。
近頃では隊員達が口を滑らせて訓練中に「厳し過ぎるよパパ!」とマルコに言ってしまうことが有る程で、最早マルコの『パパ』は定着してしまっていた。

「グララララ! この件はパパに任せらァ」
「なっ!? お、オヤジまで……」

挙句の果てに船長室にて開かれる会議で白ひげにまでそう言われる始末。

「「「ぶははははっ! 頑張れよパパ!!」」」

隊長連中の大爆笑が木霊することも度々で、マルコは”白ひげ海賊団のパパ”になりつつもあった。

―― どいつもこいつも……、ふざんけんじゃねェ! 誰がパパだよい!?

部屋に戻って仕事に精を出しながらそのことを思い出すとプルプルと手が震えて字が笑う。
羽ペンを置いて大きな溜息を吐いたマルコにマヒロが声を掛けた。

「マルコさん、お疲れ様。書類仕事はもう落ち着いたの?」
「……よい」
「ふふ、じゃあ今日は早く寝れるのね。チシ、サコ、今日は久しぶりに四人で眠れるよ!」
「ほんとに!? やったー!! 私、パパとママの間で寝る!!」
「ぼ、ボクも間が良い!!」
「えー!? だってこの前だってサコが間だったよ!?」
「やー! ボクもー!!」
「二人とも喧嘩しないの〜。この前はサコが間だったから、今回はチシお姉ちゃんの番にさせてあげて? その代わりにパパの隣で沢山パパに甘えて良いから。ね?」
「……うん! わかった!!」

微笑ましい家族光景を醸し出すマヒロ達を見つめながら、まだ少し残ってるんだがとは流石にマルコでも言えなかった。
あァ、多分、こんな風に見えているのかと思うとパパ扱いされても仕方が無いのかもしれないとマルコは思った。

「パパ、早くー!!」
「パパー!」

チシとサコがベッドに飛び乗って燥ぎながら声を掛けると、マルコは軽く溜息を吐きながら仕事を止めて立ち上がった。

「本当にお仕事は終わったの?」
「終わっては無ェけど、急いだもんじゃねェから良いよい」
「ふふ、そう」

楽し気に笑うマヒロにマルコは片眉を上げた。

「……何だか楽しそうだねい」
「楽しいと言うか……幸せ、かな?」
「……そうかい」

マヒロの答えにマルコはフッと表情を和らげた。

「悪く無いなって思うの。マルコさんは嫌?」
「嫌ならおれはとっくに――」
「早くってば〜!!」

マルコの言葉を遮るようにチシの声が割り込んだ。

「はいはーい! さァ、皆で寝ましょうね〜!」

マヒロはそう言うとマルコの腕を取り、共にベッドへと向かった。

「ほら、マルコ・パ・パ」
「ッ〜〜!?」

マヒロはクツリと笑うと何を思ったのかマルコの耳元で甘くそう囁いた。途端にマルコは思わずマヒロから身を離し、囁かれた耳に手を当てながら驚き固まった。その顔は羞恥に見舞われて真っ赤になっていて口をパクパクと動かした。

―― お、お、お前ェ……。

「ぷっ! やだ! アハハ! マルコさんでもそういう顔するんですね!」
「ッ!」

まるで悪戯成功とでもいうかの様に悪い顔をしてクスクスと笑うマヒロに、マルコは唖然としつつも眉間に皺を寄せながら顔を背けて大きく溜息を吐いた。

―― 悪戯なもんかよい! い、今のは完全に煽りじゃねェか!

ゾクリとする程の甘い囁きに身体が正直に反応した。この頃そっち方面が完全にご無沙汰だったマルコにとっては完全な毒であった。

―― 生き地獄かよい!?

心内では完全に四つん這いに打ちひしがれて涙するマルコがいた。

「マルコさん?」

なかなか動こうとしないマルコにマヒロはキョトンとして声を掛けた。するとマルコは振り返らずに手を軽く振った。

「わ、悪い。先に寝ててくれよい。おれはちょっと……出て来る」
「え?」
「す、直ぐに戻って来るからよい」
「え、えェ…、わかりました」

マルコはそう言うと足早に部屋を後にした。
向かう先は大浴場だ。
時間帯が時間帯なだけに流石に人はいないようで、マルコは心底から助かったと溜息を吐いた。

「あー、くそ、マヒロのやつ……覚えてろよい」

誰も来ない内にさっさと処理してしまわなくては――。熱を持って元気に勃つ己の息子を急いで慰めに掛かる。その背中には哀愁が漂っていた。
そして――。
何とか無事に誰にも知られずに抜いたマルコはスッキリした顔で部屋に戻ると、サコ以外のチシとマヒロはスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていた。

「……パパ〜……」

眠い目を擦りながらマルコが戻るのを待っていたサコが甘えた声でマルコを呼んだ。

「ああ、悪かったねいサコ。寝るよい」

眉尻を下げて笑ったマルコは、静かにベッドに上がるとチシの隣に身体を横たえた。するとチシは「ん〜…」と声を漏らしながらマルコ方へと寝返りを打った。そしてサコはマルコにぴったりと抱き付くようにして身体を寄せると、余程眠かったのか直ぐに「スースー…」と寝息を立て始めて深い眠りへと落ちた。

「……ごめんなさい……」
「……起きてたのかよい?」
「う、うん。その、まさかそこまで……は、反応するとは思ってなかったものだから……」

暗がりでもわかる。
マヒロは恐らく顔を真っ赤にしているのだろうなとマルコは思った。
マルコは腕を伸ばしてマヒロの額に触れると軽くコツンと打ち、そして首の隙間に腕を通して抱き寄せるようにした。間にチシもいるが身体が小さい為に二人の距離は無いに等しい。

「いつかこの分は貰うよい」
「か、覚悟します」

お互いの額をくっつけてクツリと笑い合うと漸く眠りへと就く。
そして翌朝――。

「おっはよー! マルコー、聞いてくれよー!!」

何を思ったのかサッチはマルコの部屋に来るなり遠慮なしにドアを開けてやって来た。
しかし彼は直ぐにピタリと停止して押し黙った。
マルコを中心に寄り添うようにして穏やかに眠る三人の姿がそこにあり、実に、実に、実に――幸せそうな光景が広がっていたからだ。
(「実に」を三回繰り返した時点でサッチの気持ちを察して頂きたい)
サッチはワナワナと震えながら手で口元を押さえ、一歩二歩と後退る――その様をマルコは寝起きの目で見つめていた。

「(まだ寝てんだから静かにしろよいサッチ)」

マルコは声を出さずに口元だけを動かしてそう伝えるとサッチは目を見開いて愕然とした。
まさにチシとサコの父親であり、マヒロの夫であるマルコにサッチは嫉妬した。

「ぱ、パパぶりやがって……」

自然と口を突いて吐き出されたサッチの言葉にマルコはイラッとした。

「……サッチ……」
「にょっ!?」

マルコはサッチに向けて覇気を放ったのだ。それも一点集中的に覇王色の覇気をぶつけた。
手が塞がって何も出来ない故の最後の攻撃である。
サッチは顔を真っ青にすると全身全霊を持って「悪かった!!」とだけ残してその部屋から逃走した。

「…………声がでけェんだよい」

サッチの声に驚いて起きてやしないかと、マヒロ、チシ、サコと見回した。だが三人ともスヤスヤと眠っている様子にマルコはホッと胸を撫で下ろした。

「……」

眠気眼でぼ〜っと天井を見上げながら両サイドから伝わって来る温もりを感じながら緩く穏やかな雰囲気に飲まれるマルコはふと思った。

「……いや、何やってんだおれはよい……」

―― 自分からこの位置に納得してんじゃねェかよい!!

そう自覚した瞬間だった。それが嫌というわけでも無いということも思い知ると愈々もってしてマルコは認めざるを得なかった。

〜〜〜〜〜

「楽しいと言うか……幸せ、かな?」
「悪く無いなって思うの。マルコさんは嫌?」

〜〜〜〜〜

昨晩のマヒロの言葉が脳裏に浮かぶとマルコは大きく息を吐いた。そしてチシを間に挟んで隣で眠るマヒロの顔を見つめた。

「……嫌なわけあるかよい。おれも同じ思いだよいマヒロ……」

小さくそう呟く。すると俄かにマヒロの表情が嬉しそうな笑みを浮かべたように見えた。
起きてるのかと思ったがそうでも無い。深い眠りの中にいる。
マルコは微笑を零すと再び天井を見上げてゆっくりと瞼を閉じた。

―― 偶には寝坊するのも良い……。

今ある幸せを感じながらマルコも改めて深い眠りへと入って行った。
そして一方その頃――。

「うおおお!! おれっちも絶対に幸せを掴むんだ畜生めェェッ!!」

船首に立って空に向かって吼えるサッチがいた。

「何やってんだあいつ?」
「触れてやるなエース」

ポカンとして見つめるエースにイゾウが冷めた声でそう言った。

「いつもの景色。本日も良好だね」
「うむ。今日も平和ということだ」

ハルタが笑って言うとビスタが軽く頷きながらそう言った。

「ぬああああ! おれっちの幸せはどこだァァァァ!!」
「「「五月蠅ェぞサッチ!!」」」

絶叫するサッチに対して近くにいたジョズ、フォッサ、ブレンハイムが声を揃えて怒鳴った。

―― うう、おれっちの扱いが超酷ェ。ウィルシャナの大活躍は何だったんだよ……。

哀愁を漂わせたサッチは一人静かに涙を飲むのだった。

幸せな時

〆栞
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