02


船長室に入るなりチシは白ひげを見て目を丸くした。

「大きい〜!!」

船長室に少女の声が大きく響くと先に船長室に来ていたビスタとジョズが瞬きを繰り返して白ひげへと視線を向けた。
白ひげは表情を変えずにチシを見つめ、そして少女より幼いと思われる少年へと視線を動かすと、その子は怖がっているのかマルコの足にしっかりと抱き付いて顔を伏せていた。
そんな少年にマヒロが小声で何やら声を掛けている。
マルコ、マヒロに伴われてやって来た少女チシと少年サコは、共に妖怪の子だと聞いていた。だが、どこからどう見ても普通の子共と然して変わらない姿で、この海賊船に似つかわしくない客人だと思った。
しかし――。
白ひげは少々拍子抜けしつつ四人の姿を見つめる目を細めた。

―― ……見るからに家族そのものじゃねェか……。

何とも微笑ましい光景がそこにあった。
ビスタとジョズも、あまりにも『THE 家族』の雰囲気を醸し出す彼らを見つめ、それぞれが勝手に心の内で感想を漏らす。

もう普通にその辺にいる家族と変わらないなとビスタは思う。
正に幸せ絶頂期の家族といったところだなとジョズは思う。

そんな彼らの心の内の思念をマルコは一言一句漏らさずに読み取るとピクンと眉を動かして渋い表情を浮かべた。

「ビスタ、ジョズ、そいつは違ェ。勘違いすんじゃねェよい」
「「な、何?」」
「もうマルコさんったら、また他人の心を読むんだから……」
「「は!?」」
「制御できねェんだから仕方が無ェだろい?」
「「(こ、心を読むだと!?)」」

マヒロの注意にビスタとジョズは思わず固まった。マルコにそんな能力もあるのかと誰もが驚いた。
白ひげも同様に驚いて目を丸くしたが、オヤジと慕い敬愛する白ひげの心までは読んでいないのか、マルコは白ひげに対しては何も言わなかった。

―― 他人の思念を瞬時に読むなんざァ見聞色の覇気ですら容易じゃねェ。

本当にとんでもなく強く大きな存在へと変わっていくマルコに、多少の心配はあれども息子の成長ぶりに喜ぶ親としての気持ちの方が勝ってか嬉しく思う。しかし、制御できないという本人の言葉に少し引っ掛かりを覚えた白ひげではあったが、マヒロに視線を移すと大した問題にはならないだろうと思った。

「修行しましょうね?」
「ま、まァ、とりあえずそれに関しては出港してからの話だよい」
「修行? チシもする〜!」
「ぼ、ボクも」

マルコを挟んで少女と少年が喜々として手を挙げる。マヒロがクツリと微笑んで「一緒にやろうね」と声を掛け、マルコは眉間に手を当てて溜息を吐いていた。

何だこの構図は……?

「「微笑ましいなマルコ」」
「ッ……」

極々その辺にいる幸せ家族といった光景そのものだ。
あまりにも良い雰囲気で、あまりにも眩しい。
ビスタとジョズは目を細めながら素直に思ったことを口にした。するとマルコは顔を赤くして顔を背け、苦い表情を浮かべながら小さく舌打ちをした。
マヒロも少しだけ恥ずかしそうに頬を染めたが、何だか凄く幸せに満ちた空間な気がして嬉しそうな表情を浮かべた。その顔は満更でも無い――といったところ。
マヒロの反応を見たビスタとジョズは、二人して同じ印象を受けたようで顔を見合わせて納得した面持ちを浮かべた。
ビスタはヒュ〜ッと口笛を吹いた。まるでマルコを囃し立てるかのように、ビスタとジョズは二人してニヤニヤとした笑みを浮かべる。

―― くっ、てめェら、後で覚えてろよい……?

奥歯をギリッと強く噛んだマルコは彼らに背中を向けて深呼吸を繰り返し、腹の底に煮えたぎって起こる羞恥心による怒りを何とか自制して堪えた。

「ねェパパ、あの人達もパパなの?」
「ッ! さ、サコ!」
「「ぱ、パパァ!?」」
「ぷはっ!!」
「グララララッ!!」

マルコに対してサコが放った言葉にビスタとジョズは素っ頓狂な声を上げ、マルコの側にいるマヒロは思わず吹き出し、白ひげは盛大に笑うのだった。

「サコ、マルコはマルコだよ」

チシがサコに訂正を促すのだがサコはかぶりを振った。

「パパだもん!」

そう言ってサコはマルコの足に強くしがみ付いた。

「「マルコ、父親になったのだな」」
「ちっ、違っ――」
「グララララ!! チシ、それにサコと言ったか、こっちへ来い! ”お前ェらの爺ちゃん”が抱っこしてやろうじゃねェか!!」
「――よい!?」
「「!」」
「「お、オヤジ……」」
「流石はオヤジ様……既にノリノリだわ」

白ひげは大層嬉しそうな笑顔で二人に向けて手を差し伸べた。するとチシはパァッと明るい表情を浮かべ「わーい!」と嬉しそうに白ひげの元へと駆け寄って抱き上げてもらった。

「凄ーい! 高ーい!」
「グララララッ!」

喜ぶチシに白ひげは目尻を下げて笑っている。その表情は父性愛に満ちたもので、マルコとビスタとジョズの三人は唖然と立ち尽くした。

「サコ、一緒に行ってあげようか?」
「う、うん」

怖がりのサコはマルコから離れようとはしなかった。だが抱っこして貰って喜ぶチシの姿を羨望の眼差しで見つめるサコに、マヒロは優しく声を掛けた。
サコはおずおずとしながらマルコから離れるとマヒロに手を繋いでもらいながら共に白ひげの元へと向かった。

「オヤジ様、弟のサコも抱っこしてあげて?」
「……や、こ、こわい」
「グラララ、あァ怖がる問題は無ェよ」

白ひげはそう言うとマヒロごと抱き上げ、チシのいる膝上に二人を乗せた。
またしても何だこの光景は……?
祖父と嫁と子供二人が楽しそうに戯れるという絵に描いたような幸せ家族そのものだ。

「ほとほと……眩しいな」
「……あァ、そうだな」

ビスタはポツリと呟いて目を細め、ジョズはコクリと相槌を打った。そして二人は徐にマルコの元へと歩み寄り、呆然と見つめるマルコの肩にポンッと手を置いた。

「ところでマルコ、祝いの品は何が良い?」
「……は? 何の祝いだよいビスタ?」
「結婚祝いに決まっているだろう?」

とぼけたことを言うなと笑うビスタとジョズに、マルコは聞き間違いでは無いかと思わず彼らの顔を二度見した。

「家族ができたのだ。お前は一家の大黒柱だろうマルコ」
「頑張れ。おれ達叔父さんはいつでもお前の味方だ。困ったことがあれば何でも言うと良い」

ビスタとジョズが白い歯をキラリと輝かせながら満面の笑みを浮かべて言った。

「ちょっ、勘違いも甚だしいよい。おれとマヒロはまだ結婚とか――」
「「いずれするつもりなら早い方が良いだろう?」」
「――ッ〜〜!」

ビスタとジョズは真剣な顔で迫り、マルコは思わず声を飲み込んだ。

―― 急に何なんだよい!? い、いや、そ、それより!!

「お、叔父さんって何だよい!?」
「ん? 何か間違ったことを言ったかビスタ?」
「いや、ジョズの言い分は間違いでは無い。おれ達は叔父さんだ」

髭を弄りながらどこか嬉しそうな表情を浮かべてそう言い張るビスタにマルコは珍しく口をパクパクと開閉を繰り返した。

「「何なら叔父ちゃんでも良いぞ」」
「!?」

どうしたお前ら帰って来いとマルコは叫びたくなった――と言うか、そもそも『叔父さん』と『叔父ちゃん』の差がわからない。

―― 何ならって何だよい!? 本当にどうしたってんだよい!?

何だか妙なことになり始めている。
視界の端でチシとサコにマヒロを加えて楽し気に戯れる白ひげの姿を捉えながら叔父ちゃんと呼ばれたがるおっさん二人を前にマルコは心底から困惑した。
果たしてチシとサコを連れて来て本当に良かったのだろうかと、マルコは一抹の不安を覚えた。

「あァ、おれの事は『爺(じい)』でも『爺じ』でも好きに呼べ!」
「……オヤジ……」

白ひげがチシとサコの頭を撫でながらそう言うとマルコはもはや諦めにも似た胸中に達して何も言えなかった。

「う〜ん……」

チシが少しだけ思案すると何か閃いたのかパッと表情を変えた。

「大爺(おおじい)!」
「大爺?」

チシの提案にマヒロが首を傾げた。

「大きなお爺ちゃんだから大爺。ダメ?」
「あァ、成程」

チシがそう言うとマヒロは納得したように頷いた。

「グラララララッ! あァ、それで構わねェよ」
「大爺、私はチシです。こっちは弟のサコって言うの。今日から宜しくお願いします」

チシはそう言って白ひげに深々と頭を下げた。すると白ひげは片眉を上げて瞬きを繰り返し、視線をマヒロに向けた。

「マヒロ、良い子達じゃねェか。しっかり見てやれ」
「はい!」

白ひげは楽し気に笑うとマルコへと視線を移してニヤリと含みのある目を向けた。

―― ッ……言われなくても最初からそのつもりだよい。

お前もだマルコ――と、白ひげがわざと思念をぶつけて来たことに気付いたマルコは溜息を吐きながらコクリと頷いた。
そしてこの後、マルコはマヒロと共にチシとサコを引き連れて食堂へと姿を現すと、既にビスタとジョズが何もかも話したのだろうが、マルコやマヒロには目もくれず、隊員達は目尻を下げて頬を少し紅潮させながら何とも締まりの無い笑みを浮かべてチシとサコに声を掛けた。

「おう、チビちゃん達〜! 困ったことがあったらおっちゃん達に何でも言いな〜!」
「そうだぜ〜! おっちゃん達は手が空いたらいつでも遊んでやるからよ!」
「欲しいものがあったら言えよ? おっちゃん達がいつでも買ってやるからな!」
「「「おっちゃん達はいつでもチビちゃん達の味方だからなァ!!」」」

ここにも『どうしたお前ェら現象』が起こった。
マルコは渋い表情を浮かべ、マヒロも若干引き気味に乾いた笑いを零す。

「はい! わかりました! ありがとー!」

隊員達の言葉が嬉しかったのかチシが笑顔でそう返事をした。

ズキュンッ――!!

隊員達は一斉に胸を打たれたようで「メロリーン!!」と声を上げた。
彼らの目がハートに見えたのは気のせいでは無い。
サコはそれが怖かったのか、マルコの足に掻き付くようにしがみ付いた。

「お前ェらねい……」

厳ついおっさんどもがメロメロになっている姿にマルコはほとほと呆れて深い溜息を吐いて項垂れた。マヒロは苦笑を浮かべながらマルコの肩を軽くポンポンと叩いて励ますことしかできなかった。

―― この海賊団、大丈夫かしら……?

流石にマヒロも一抹の不安を抱えるのだった。

それから暫くして――。
厨房から『お子様ランチ』なるものを乗せたトレーを手にしてサッチが姿を現した。
わざわざ二人の為に用意したのか子供が喜びそうな料理ばかりで可愛らしく盛り付けられていた。

「わァ〜! 凄い!」
「わァ……」

素直に感激するチシと同じようにサコもお子様ランチを前にすると流石に感激したのか目をキラキラと輝かせて感嘆の声を漏らした。

「サッチ”お兄ちゃん”の特性お子様ランチだ! さァどんどん食っちまえ!」

喜ぶチシとサコの向かいに腰を下ろしたサッチがニッコリ笑ってそう言った。

「……誰がお兄ちゃんなんだよい。……お前ェもおじさんだよい。お・じ・さ・ん」
「で、ですよね。私からすればサッチさんは『お兄さん』かもしれないけれど、流石にチシとサコからすれば『おじさん』ですよね」

ジト目で訂正を口にするマルコに流石にマヒロも同調した。

「美味ェか?」
「「うん、美味しい!」」
「そうかそうか! このサッチお兄ちゃんが! いっつでも美味いもんを作ってやっから安心しろよ〜。あと、あそこの二人が言ってることは嘘だから気にしちゃだめだぞ?」
「うん! ありがとうサッチお兄ちゃん!!」
「さ、サッチお兄ちゃん、あ、ありがと」
「んー! 凄く可愛いなァお前ェら!! ハッハッハッ!」

パクパクと美味しそうに食べるチシとサコの頭を撫でながらサッチはホクホク顔で笑った。
マルコは眉間に皺を寄せると視線を外して溜息を吐き、隣にいたマヒロは後で部屋に戻ったらきっとマルコは二人に「あれはおじさんだよい」と訂正させるんだろうなと思った。

かくして小さな家族を新たに加えた白ひげ海賊団の一行は、ゾイルを始めとするシャブナス島に住む者達に御礼の言葉を送られ、彼らに見送られながらその島を出港し、再び大海原へと走り出すのであった。

新たな船出

〆栞
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