08


怪童児の攻撃は凄まじいものだった。
人間の治部護少だった時とは次元が違う。
スピード、パワー、そして、纏う妖気に――少なくともマヒロは圧倒されていた。

マヒロはこれまで様々な妖怪を相手に幾度も戦ってきた。
時折、瀕死になることもあったがそれでも最後には何とか倒して生き抜いてきた自負がある。
しかし、それでもこの妖怪はこれまでのどの妖怪よりも次元が違って強いと感じた。もしこのまま自分が戦っていたら、果たして無事に勝てただろうかとマヒロは思った。

怪童児の最初の一撃。

マヒロは目でその姿を追えなかった。
気付けば怪童児の拳がマルコの腹部を貫通していて目を見開いた。
例え自分が霊気を解放していなかった身とはいえ、あまりにも速いスピードに唖然とした。そして何よりマルコの状態にマヒロは完全に冷静さを失い自我を欠いて激しく動揺した。

だが――。
怪童児はどうしてかマヒロと違った意味で明らかに動揺していた。

腹を貫いたはずのマルコが何事も無かったかのように目の前に平然と立ち、貫いたはずの腹部は青い炎に包まれたかと思うと傷一つ無くなっていたからだ。そして何よりマルコから発される青い炎が一体何なのか――怪童児には理解し難いものだった。

「なら、ならば! 次こそ本気で殺してくれるわァァ!」

怪童児は怒声を張ると同時に妖気を解放した。すると赤黒いオーラが怪童児の全身からドンッと激しく溢れ出し、全身を瞬く間に包んだ。そしてフッと一瞬で姿を消した瞬間にマルコとの距離を詰めて殴り掛かった。

「速い!?」

マヒロの目では全く追えないスピードだった。怪童児の妖気が全身に圧を感じるだけで相当量のパワーが秘められていることが嫌でもわかる。最初の攻撃の時よりも遙かに凄まじい攻撃だ。

「死ねェ!」
「よい?」

マルコはキョトンとした表情で怪童児の攻撃をあっさりと躱した。大きく空振りする怪童児の攻撃はブンッと大きく唸りをあげる。

「なっ!? 躱しただと!?」
「悪ぃ……、あんまり遅いんで呆気に取られちまったよい」
「己ェェ!!」

―― 嘘……でしょ?

怪童児は腹を立てたのかマルコに向けて容赦無く連撃を繰り返した。だがどの攻撃もマルコはひょいひょいと躱し、時折素手でパシンッと払い除けたり弾いたりと余裕だ。傍から見ると意とも容易くやってのけているようで簡単そうに見える。だが怪童児の纏う妖気の質量やスピードにパワーは本当に凄まじい。並の相手なら初撃で死んでいてもおかしくない。

「くそ! ならば!!」

怪童児は後方へ飛び退いてマルコから再び距離を取った。そして左手で右手首をぐっと握り、その右手をマルコへと翳す様に差し向ける。すると怪童児の右手に妖気が集中し始め、手の平には赤黒い球体を形作った。

―― !! ダメ、あんなの喰らったら!!

「何だよい?」
「マルコさん! 逃げて!!」
「今更逃すか! 今度こそ殺してくれる! 死ねェ!!」

ズオッ!!

「!」
「駄目!」

ドォォォン!!

怪童児の放った妖気のエネルギー弾は放たれるととてつもないスピードでマルコを襲った。マヒロは身動き取れずに叫ぶことしかできず、激しい衝撃音と共に衝撃波が身体を襲った。マヒロは咄嗟に両腕で顔を庇った。
その折の一瞬、マルコは自らの身体を庇うように両手を交差し、そのエネルギー派を真面に受けたように見えた。だが衝撃と激しい光に目が眩み、辺りを濛々と舞い上がる土埃で、マルコがどうなったのかを確認することができない。

「ククッ、クハハハッ! おれの激昂派を食らって生き延びた奴などおらん! あの玄海でさえも真面に受けようとしなかったのだからな!」
「……マ…ルコ……さん」

ボボボボッ!

「何ッ!?」
「え!?」

炎が瞬く音がした。すると青い炎が燃え盛るように発され、濛々と舞い上がる土埃を一瞬にして吹き飛ばした。
視界が開け、そこに現れたのは両腕に青い炎を纏わせ、まるで鳥の羽のように変形をさせてバサリと羽ばたき、地面から浮いたマルコがいた。

「へェ……凄ェな、驚いたよい」
「ば、馬鹿な!?」
「あー……、お前の攻撃に驚いたってわけじゃねェんだよい」
「何!?」
「悪魔の実の能力が異常に向上してることに驚いてんだよい。再生するつもりで纏ったんだが、まさか完全な防御壁としてお前の攻撃を防げるとはねい」
「あ、あくまのみ……だと!?」
「それによい」

マルコは徐に右手を前に怪童児に向けて翳した。

ドンッ!

「ぐあっ!?」

青い炎が塊となって放たれると猛スピードで怪童児を襲った。怪童児は顔面に真面に食らい吹き飛ばさると勢いのままゴロゴロと地面を転がり岩へと激突した。そしてその場で両手で顔を押さえて暫く悶絶している。

「成程ねい。できる気がしてやってみたんだが……こりゃあエグい」
「マ…ルコさん……、い、今の……」
「あァ、マヒロの霊丸じゃねェがそのイメージを真似てやってみたら、できちまったよい」
「……」

マルコは苦笑を浮かべるとポリポリと頭を掻いた。マヒロは呆気に取られながら視線をマルコから怪童児へと向けて再びマルコへと戻した。

―― この人は……、戦っているんじゃない。霊気の影響を受けて変わった自分の力がどのように変化して何ができるのかを探りながら試しているんだわ。……『悪魔の実の能力』って、あの青い炎のことなのかな?

「ぐぬっ……、お、おのれェェ…人間風情がァ!」

怪童児は顔を押さえながら立ち上がると妖気をより強く発した。そして地面を蹴るとマルコに向かって突進した。腕や足により強い妖気を纏わせてマルコに容赦無く攻撃を繰り出す。だがマルコはその攻撃を難無く躱している。
マヒロには怪童児の動きを捉えることができない一方でマルコの目にははっきりと怪童児の動きを捉えているようで、マヒロは目をパチクリさせてから眉を顰めた。

―― こんな……、霊的力を得ただけで能力って向上するものなの?

自分は幼い頃から祖母に鍛えられてここまで強くなったという自負がある。それでも怪童児はその自分より強い妖怪だ。本来、もしマルコがいなければ自分はここで怪童児に倒されて喰われていただろう。

マヒロは思わず奥歯を噛み締め、握り拳をグッと作って戦いの行方を見つめた。

ガシッ!!

「よい?」
「ククッ、攻撃が当たらないのなら」

マルコの腕が何かに掴まれた。それと同時に腰にも何かが巻き付いて身動きが取れないように封じられた。マルコが目を丸くしていると怪童児は不敵な笑みを浮かべた。

「至近距離の砲撃を食らえ!」
「!! これは、てめェの尻尾かよい!?」

怪童児の尾の部分に小さく形作っていた尻尾と思われるそれがいつの間にか変形して伸びていた。怪童児は攻撃を繰り出す中で尻尾でマルコを縛って動きを封じ込める算段を図っていたのだ。「チッ」と舌打ちをするマルコの正面間近に怪童児は顔をズイッと近付けるとマルコは思わず仰け反るように身を引くが、その分怪童児はより至近距離に近付いた。

―― ち、近ェ!

マルコがそう思っていると怪童児はガパリと大きく口を開けた。

ズオッ!

「!?」

ドンッ!!

怪童児の口から巨大なエネルギー派が発射された。マルコは至近距離で真面にそれを食らった。それと同時にマルコの胴体に巻き付いていた尻尾がマルコから離れ、マルコはエネルギー派と共に吹き飛ばされ、木々を押し倒して果ての岩盤へと背中を叩き付けられて身を沈めた。

「クク、クハッ、はァはァ…、渾身の一撃だ。はァはァ、至近距離で真面に食らったのだ。ッ、はァはァ……こ、今度こそ死んだ!」
「……」
「グフフッ、どうした真尋? ショックで動けないか? だが安心しろ。直ぐにお前も奴の後を追わせてやる。あァついでに奴の死体だが……不思議な力を宿した身体だ。お前を喰らった後で奴もじっくりとおれが喰らってやろう」

下卑た笑みを浮かべる怪童児を他所にマヒロは黙ったまま吹き飛ばされて倒れているマルコを見つめていた。

『マヒロ、大丈夫。おれは死なねェよい』

マルコの元に直ぐにでも駆け付けたい衝動はあった。だがマヒロの耳に残ったマルコの言葉がそれを止めた。マルコは死んでいない。確かにここから見れば出血だってしているしダメージも相当受けているように見える。

―― でも、だけど……。

マヒロはグッと拳を強く握った。
マルコの言葉を心底から強く信じた。

「真尋、今度はお前の番だ。ククッ……、さァ極上の血肉をおれに喰わせろ」

怪童児はジュルリと音を鳴らして舌なめずりをしてマヒロに近付いた。マヒロは視線を怪童児に向けてキッと睨むと同時に炎が猛る音が小さいが聞こえた。マヒロは視線を再びマルコへと向けた時、表情は一転して笑みを浮かべ、怪童児は「何だ?」と視線を動かすと目を見開いて絶句した。

―― ば、化物か貴様!?

「ったく……、死んだかどうか確認ぐらいしてから言えよい」
「!?」

ボボボボッ!

「また青い炎か!? 何だと言うのだ貴様!!」
「……綺麗」

深く生い茂る森の中でゆらりと立ち上がったマルコは腕で口から流れ落ちる血を拭ってニヤリと笑った。すると足元から青い炎が迸り全身へと巡り覆い尽くしていった。

「なっ、何だ!?」
「!」

怪童児は驚きながら少し後ずさった。マルコの身体は激しく燃え盛る青い炎を纏って見えなくなった。だが次の瞬間、青い炎で形作られた鳥が現れると大きく羽を広げてバサリと羽ばたき、空へと舞い上がった。
マヒロは驚きながらも青い炎の光に見惚れてじっと見つめていた。

―― ……同じ……青。

トクンと鳴る心音に自然と手が胸元に寄せられギュッと衣服を握った。
青い炎を纏う鳥は優雅に空を舞って怪童児の背後へと降り立った。するとその鳥は姿を人の形へと変えていき、青い炎の隙間からマルコの姿が現れた。

「馬鹿な!? 貴様人間では!?」
「おれはどんな攻撃を受けても再生の炎で復活する不死鳥だよい」
「ふっ、不死鳥だと!?」
「悪いがもう一つ試させてもらうよい?」
「何?」
「これは、効くかッよい!!」
「ッ!?」

ダンッとマルコは強く地面を蹴った。その瞬間に青い炎は残り火となってその場に残るもマルコの姿は一瞬にして消えた。怪童児が目を見開いた瞬間には視界に突如として現れた黒い鉛のようなものが迫る姿だった。

ズガンッ!!

「グギャッ!!」

ドォォォン!!

ずざァァァァ!!

ガラガラガラ……

マルコは怪童児に容赦なく蹴りを繰り出した。怪童児は防御をする間も無くその蹴りを顔の側面に真面に受けて吹き飛んだ。勢い良く弾かれるように吹き飛ばされた怪童児は岩へ激突するも勢いは止まらず、その岩を貫通して激しく地面を転がっていった。ガラガラと崩れ落ちる岩が衝撃の凄さを物語っている。

「……加減…した方が良かったかねい……」

思いの外攻撃力が増していたようだ。マルコ本人もあまりの攻撃力に驚いて呆気に取られた。

「凄い……、何をしたんですか?」
「あー……、覇気を纏った足で蹴ったんだよい。効くかどうかわからなかったんで本気でやったんだがよい」
「は、覇気って、こ、こんなにも攻撃力が上がるものなの?」
「いや、あー……霊気とか妖気とかそういう類のものじゃないんだがよい」

力無く地に伏した怪童児はピクリとも動かなかった。暫く待ってみるものの起き上がる様子も無い。マルコとマヒロは共に怪童児の側に歩み寄って確認した。

「真面に入ったのね。……首がイッてます」
「あー……、悪ぃ…で済まねェな。……死んだか?」
「えェ、そうみたいです」

怪童児の首が不自然に曲がっていた。ピクリとも動かない身体は足から砂状に変化し始め、風と共に空気中へと拡散されていく。

「これは?」
「浄化です。妖怪は死ぬと砂状の粒子になって消えるんです」
「へェ、成程ねい」

暫くして怪童児の身体は全て砂状に変化して跡形も無く消えていった。

「儚い最後だよい」
「……マルコさん」
「覇気が予想以上に強すぎたのかもしれねェない」

マルコは首元に手を当てると目を瞑りながら溜息混じりにそう零した。

「あの」
「何だい?」
「……不死鳥。もう一度、見せて貰っても良いですか?」
「……何でだよい?」
「あ、いえ、その……、凄く綺麗……でしたから」
「……気持ち悪くねェか?」
「え?」
「再生に限度はあるが大抵の傷は再生して治しちまう。だからおれは敢えて先陣を切って戦うんだよい。弾丸を受けようが斬られようが再生するからねい。仲間の弾除けにもなるしよい」
「……痛くないのですか?」
「そりゃ痛ェよい。けど、仲間が死ぬ痛みに比べれば平気だい。おれは死なねェからよい」
「……」
「そんな能力を持ってる奴は畏怖の対象になるだろい? 怖がられて嫌われるから……好き好んであんまり人に見せたりはしねェんだよい」
「!」

苦笑混じりに笑うマルコの表情はどこか寂しげに見えたマヒロはツキンと胸が痛むのを感じた。

―― ッ……そんなの、ダメ。そんなの、あまりにも……。

「ダメ…です。そんな戦い方は、ダメよ」
「マヒロ?」
「痛いんですよね?」
「けど再生するからよい」
「身体だけじゃない、心も痛んでる。違う?」
「ッ!」
「もっと……、もっと自分を大事にして下さい! わざと攻撃を受けたりだとか今後はしちゃダメです!」
「あー……」
「仲間の為だからって弾除けもダメ!」
「マヒロ」
「それに! 私、気持ち悪いなんて思っていませんから!!」
「!」
「私は…好き。その青い炎、凄く綺麗だもの」
「ッ、……そうかい。……マヒロ、ありがとよい」
「……マルコさん」

マルコは少し頬を赤らめながらポリポリと頬を掻いた。そして照れ臭そうに笑みを浮かべるとマヒロの頭に手を置いてクシャリと撫でた。

「お礼だよい」
「え?」
「マヒロの気持ちが一番嬉しいんだ。だからそのお礼に見せてやるよい」

マルコはそう言うと手先から青い炎を纏い始めた。そしてそれが徐々に全身へと広がると大きな鳥へと姿を変えた。

「……触っても良いですか?」
「……」

不死鳥となったマルコはコクリと頷いた。マヒロは手を差し伸べるとマルコの首元にそっと触れた。そして胴体へと触れていく。

「……わァ……」

青い炎にばかり目が行くが、ちゃんと羽のような柔らかさがあり、マヒロは思わず感嘆の声を漏らした。

―― ……手触りが凄く気持ち良い。

「マルコさん!!」
「!?」

あまりに気持ちの良い手触りにマヒロは我慢できずにマルコに抱き付いた。顔を首筋に寄せて身体を押し付けてモフモフとした感触を全身で堪能する。

「気持ち……良い…です」
「マヒロ……、あまり……その、……よい」
「喋れるんですか!?」
「……ょぃ」

マヒロは驚いて顔を上げて鳥となったマルコを見つめた。だがその途端にマルコは人型へと姿を戻した。

「あ……」
「そう残念がられるのは複雑だよい」
「そ、そうよね。ご、ごめんなさい」
「で、」
「ん?」
「あとどれぐらい抱き付いたままでいてくれるのかねぃ?」
「へ?」

マルコの言葉にハッとしたマヒロは自分の腕がマルコの腰に回され、互いの身体が完全に密着していることに気付いた。

かァァァっ! ぼんっ!

途端に顔に熱が集中して真っ赤になったマヒロは脳内ショートを引き起こした。

「きゃあああっ! ごっ、ごめんなさい!!」

マヒロは慌てて腕を解いてマルコから身体を離すとペコペコと何度も頭を下げて謝罪した。

「クッ……、ははっ! 耳まで赤いよい!」
「ッ〜〜」

お腹を抱えて笑い始めるマルコにマヒロは両手で顔を覆って赤い顔を隠した。そして逃げるように家へと走った。

―― やだ、胸のドキドキが収まらない。

動悸が激しくて苦しいのは走ったからじゃない。

―― ダメだ……、私……。

頼りたい。
助けて欲しい。

そんな気持ちを通り越して別の感情が沸々と湧きあがってくる。いつか別れが訪れる異世界の人にこの気持ちを抱いちゃいけない。そんなことはわかっているつもりでも、抑制の利かない思いが溢れ出してくる。

マヒロは頭をぶんぶんと振って深呼吸をした。洗面所へと向かって蛇口を捻り、冷たい水で顔を洗って頭を冷やす。そうして芽生え始めた気持ちに蓋をして知らないふりをした。
一方マルコはゆっくりとした足取りでマヒロの去った道を歩いていた。口元を手で覆いながら眉間に皺を寄せて溜息を吐く。

『私、気持ち悪いなんて思っていませんから!!』
『私は…好き。その青い炎、凄く綺麗だもの』

脳内で何度も再生されるマヒロの声とその言葉。ドクンドクンと鼓動が鳴る。頬が緩んで口角が上がってしまう。

「……真っ直ぐに目を見て、あんな言葉を言ってくれるとは思ってなかったよい」

心内に仄かに温かく淡い思いを抱くのを感じたマルコは小さくかぶりを振りながらまた溜息を吐いた。あまり深入りすべきではないことはわかっている。だがそれでも何故か距離を置くことを否とする自分がいる。過去に経験の無い心情の揺れに少し戸惑いはするものの、それが嫌かと問えば嫌では無いと言える自分がいるのも事実。

マルコはガシガシと頭を掻きながら空を見上げた。青い空に流れる白い雲は自分がいた世界とそう変わらないが青空の深さが多少違う。
何の気なしに手先に青い炎を纏わせてじっと見つめた。

―― 同じ色だよい。

それに意味があるのかどうかはわからない。
だが何か繋がりを感じる気がする。

炎を沈めて手をズボンのポケットに突っ込んだ。ちょうどお腹も空いて来た頃合いだ。マヒロが帰ったであろう家へと戻ってまずは腹を満たそう。マルコはそう思って歩くスピードを上げるのだった。

不死鳥

〆栞
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