第二幕


中央広場には白ひげ海賊団の船長である白ひげの姿があった。そして、この町の長と思われる男と数人の町人達が笑顔で白ひげを出迎えていた。

「天下の白ひげ様の縄張りとして頂き、本当にありがとうございます。あのならず者の海賊達にはどれ程苦しめられてきたことか……。数日前に偵察に訪れておられた隊長様にお話をさせて頂いたところ、我々の願いをこんなにも早く叶えてくれるとは思ってもみませんでした」
「グララララッ! あァ、どのみちここには寄港しなきゃならなかったからなァ。ログが溜まるまで世話にもなるんだ。その町の人間が困ってるとあっちゃァ無視はできねェよ」

町の者達も徐々に広場へと集まっては口々に礼を述べ、子供達は自由に遊べるとばかりに喜び燥ぎ回っている。
遠方からでもわかる程の喜び溢れるその光景に頬を綻ばせたカノエは満足そうに笑みを浮かべた。
その表情はとても柔らかいもので、初めて会った当初から随分と変わったものだとビスタは笑みを零した。

人斬りとしての重圧に心を壊してしまいそうなカノエだったが、仲間――いや、家族の支えによって心は救われ、白ひげ海賊団の一員として生きることを望んだ。

白ひげ海賊団の家族として迎えられてから早一年が経とうとしている。
今では、誰とでも言葉を交わし、誰からも大事に思われ、共に戦い、共に笑うことができるようになった。
大勢の家族クルーとの関わりは、カノエにとって良い影響を与えたのは言うまでも無く、堅い性分も幾分か柔らかくなった上、そこから成る堅苦しい口調も大分砕けて話し易くなった。
近頃は特にそれが実感できるようになったとビスタは思う。

広場に到着すると楽し気に走り回っていた子供達がカノエを見るなり表情を明るくして駆け寄って来た。

「ねェ! お兄ちゃん!」
「ん? わ、私のことか?」
「そうだよ! お兄ちゃんも白ひげ海賊団の人?」
「あ、あァ、そうだが……」
「へェ〜、なんだかそんな風に見えな〜い」
「そ、そうかな?」
「お兄ちゃんは他の人達と比べて小さいし、とっても優しそうだもん」
「海賊っぽくないよね〜」

一人の男の子がそう言うと他の子供達も「ね〜」と同意するように声を上げて頷いた。
白ひげ海賊団の中で最も線が細い優男な風貌からそう思われるのは仕方が無いことだろう。
ハハ…と小さく笑いを零してポリポリと頬を掻くカノエに、ビスタは苦笑した。

「ねェねェ、遊ぼうよ!」
「え?」

目をキラキラと輝かせた子供達は、カノエの手を取って引っ張った。

「あ、ちょっ!?」

子供達の勢いに押されて戸惑うカノエはビスタに視線を向けた。それにビスタは破顔して、遊んでやれ!と言った。

「び、ビスタ殿!? しかし!」
「『殿』では無く『隊長』だぞカノエ」

ビスタはそう言うと子供達に目を向けた。

「ガキ共、ついでに教えてやろう」
「なァに?」
「カノエは『お兄ちゃん』ではなく『お姉ちゃん』だ」
「えっ! そうなの!?」

ビスタの言葉にカノエの手を引っ張っていた男の子が驚きの声を上げた。

「ほら、僕が言ったとおりだったでしょ!」
「えェ〜!? 男だと思ったのに〜……賭けに負けちゃった〜!」
「なっ!? こ、子供の身で賭け事とは何事か!?」

子供達の発言に聞き捨てならないとばかりに素っ頓狂な声を上げたカノエだったが、一つ括りにした髪の先をビスタが咄嗟に掴んで引っ張った。

ゴキッ!

「ぐっ!?」

頭が仰け反り首の音が軽く鳴って呻き声を漏らしたカノエは、目に涙を浮かべながらゆっくりと振り向いてビスタを睨み付けた。

「ただの遊びだ。金を掛けた賭け事ではないからそう怒るな……」

呆れた溜息を零しながらビスタは諌める。それに「う…」と声を漏らしたカノエは、それもそうかと納得して深呼吸を繰り返した。

「うむ、叱る鬼は消えたぞ」

軽く鼻を鳴らしてニンマリと笑みを浮かべるカノエに、「あははは! お姉ちゃん面白〜い!」と子供達は笑った。

「ねェねェ! あっちに行こうよ!」
「いいもの見せてあげるよ!」
「行こう!」
「わかった、わかったから、そんなに引っ張らなくても〜!」

三人の子供達によってカノエは広場から強引に連れ去られ、その様子をビスタや他の隊員達や町人達さえも微笑ましいなと目を細めて見送った。





子供達に引っ張られて着いた先は、大海を望む白い砂浜が広がる浜辺だった。
子供達は砂浜へと駆け出すと砂を掘り始めた。

「何かあるのか?」

首を傾げたカノエが子供達の側に歩み寄ると、近くにいた男の子が掘り出した穴からキラキラと輝く対となった貝殻を見つけてカノエの手に乗せた。

「凄い……、とても綺麗だ」
「その貝はね、この島にしか無い『綺羅星貝』って言うんだよ」
「きらぼしがい……?」
「この島にしかない特産品で、凄く貴重なんだってパパが言ってた」

男の子がそう説明するとカノエの側にいた女の子がそれに続いて口を開いた。

「ネックレスにしたり、イヤリングにしたり、衣服の装飾品にも使われるんだよ」
「そうか……。あの海賊達はこれを狙ってこの島を牛耳っていたというわけだな?」
「うん、そうみたい」

対となった貝殻は太陽の光を受けると、より一層にキラキラと輝きを放った。
成程、確かにこれは魅力的な品だ。
ならず者の海賊達がこの島を牛耳っていた理由にカノエは納得した。

「お姉ちゃん、一つ聞いて良い?」
「ん?」

綺羅星貝を手にしてじっと見つめていたカノエは、綺羅星貝を見つけてくれた男の子に顔を向けた。
男の子は他の子達と目配せをしてから「せーの」と声を揃えて質問する。
好きな人いる?――と。

「へ!?」

思いも寄らない質問に思わず間抜けな声を漏らしたカノエは、子供達の意図が飲み込めなくて軽く停止した。

な、何故そのような質問を!?

じっと見つめてくる子供達の顔は至って真剣だ。居た堪れない気持ちになったカノエは視線を斜め左上に向けてスイッと外した。
相当動揺しているのは見て明らかなのだが、子供達はニコッと微笑んだ。
決して悪意があっての質問ではない。これは純粋な気持ちによるものだ。

「好きな人がいたら対になってる貝の片っぽをプレゼントしたらいいよ」
「え?」
「綺羅星貝はね、想い人にプレゼントすると恋が実るって言われてるの」
「!」
「だからお姉ちゃんにあげるよ。これは僕達からのお礼!」
「あ、ありがたく頂戴する」

眩しい程の笑顔を浮かべる子供達に綺羅星貝を手にしたカノエは丁寧に頭を下げて礼を述べた。
子供達は「えへへ!」と嬉しそうに笑うと「きゃー!」と声を上げて海辺を楽し気に走って波と戯れるように遊び始めた。
そんな子供達から貰った綺羅星貝に視線を落としたカノエは、子供達なりに考えての御礼に目を細めて微笑を零した。
そして、海で遊ぶ子供達に視線を戻した。
びしょ濡れになった子供達が直ぐ側に駆け寄って来たかと思うとニヤリと悪い顔を浮かべた。

「え? な、何……?」

何だか悪い予感。
思わず笑みを浮かべたまま頬を引き攣らせたカノエに、子供達はカノエの腕や衣服を掴んで声を上げた。

「お姉ちゃんも!」
「一緒に!!」
「濡れちゃえェェェ!!」
「うェあっ!?」

子供達はカノエを海へと引っ張って走った。

「ちょっ、ちょっと待っ……!!」

波がザパーンと押し寄せるタイミングで子供達に容赦無く背中を押されたカノエは敢え無く海へとダイブした。

「ぷはっ!」

波間に頭を出して息を吐いて呼吸をするカノエに子供達はケタケタと笑う。そして、カノエに向かって抱き付くように次々と飛び込んだ。

「あはははっ!」
「わァい!!」
「お姉ちゃん! ありがとー!!」

全身で喜びを表すように燥いで感謝の言葉を口にする子供達と共に軽く海に沈んだカノエは、解せぬと思った。礼というより罰を受けているような気分になるのは何故だ!?――と。

海底に足を着けて立ち上がったカノエは、こうなっがら自棄だと言って、とことん遊んでやろうじゃないか!!と、波に揉まれながら子供達を相手に遊ぶことにした。
逃げる子供達を捕まえると抱え上げては投げ落としてやったり、抱き抱えては一緒にバシャンと倒れてみたり、バシャバシャと海水を掛け合ったりと、まるで童心に返った気分で楽しんだ。
やがて遊び疲れたカノエ達は海から上がると、木組みの桟橋に身体を横たえて「ぜェはァ」と息も絶え絶えに休憩していた。

「何…してんだよい…カノエ」
「へっ……!?」

子供達と並んで桟橋の上で空を仰ぎ見ていたカノエは、耳によく馴染んだ声音に慌てて身体を起こした。そして、呆れた表情を浮かべて立っているマルコを見るなり目を丸くした。

「町ぐるみで宴をすることになったんだが……、えらくびしょ濡れじゃねェか」
「あ、いや、その、」
「お姉ちゃんと海で遊んでたんだよ!」
「面白かったよね! 海水を掛け合いっ子したりしてさ!」
「僕なんか何回も高い高〜いからのダイブをしてもらっちゃって、凄く楽しかった!」

どもるカノエの直ぐ側で子供達がキャッキャッと笑いながら代わりに答えた。
片眉を上げたマルコは「そらァ良かったな」と穏和な笑みを浮かべた。

「もう直ぐ宴が始まるよい。お前ェらも戻って服を着替えて来いよい」
「宴!?」
「わァ! 面白そう!」
「うん、わかった! じゃあ、お姉ちゃん! 僕達は先に行くね!」

目をキラキラと輝かせた子供達は、ウキウキとした気分で町へと走って行った。
桟橋に座り込んだまま愛想笑いを浮かべて見送ったカノエは、直ぐにその場に倒れて天を仰いだ。

「はァ……、子供の体力は無尽蔵過ぎて末恐ろしい」

疲れたとばかりに感想を零したカノエに、フッと微笑したマルコは傍らに歩み寄って前屈みにカノエの顔を覗き込んだ。

「カノエも早く着替えねェと風邪引くよい」

そう言って手を差し伸べるマルコに苦笑いを浮かべたカノエは、その手を握って引っ張られるようにして立ち上がった。

「あァ、そういえば……」
「どうした?」
「あの海賊達は一体どのような処遇をされたのか……」
「あァ、あいつらはとっくに”流した”よい」
「は? な、流した?」

目を丸くしたカノエに、片眉と口角を上げた笑みを浮かべたマルコはコクンと頷いた。

「投降して仲間にして欲しいっていう奴ら以外は、頭共々あいつらの船に縄で縛って海に放流したんだよい」

ヒクリと頬を引き攣らせたカノエは、両腕を組んで難しい表情を浮かべた。

「まさに……、生き地獄の刑……」
「好き放題に手荒なことしてたんだ。それなりの罰ってェのは与えられて当然だよい。命を取られなかっただけでもマシってもんだ」

マルコは笑いながらそう言うとカノエの手を取ってのんびりした足取りで歩き始めた。
カノエは慌てて足を動かしてマルコの隣を歩いた――が、如何せん海水を吸った着物が重くて歩き難い。長くなった髪が顔に張り付き、指で摘まんで払い除ける。

「あの、今なら浴場は誰も使わないですよね?」
「あー…そうだな。風呂に入るにしても宿の風呂に入るだろうから使う奴はいねェだろうな」
「ならば私は宴には途中参加とする故、ビスタ殿……じゃなくて、ビスタど…隊長……ビ……お伝え願えますか?」
「諦めンのかよい」
「えェ、自分でもわかっている故、指摘しないで頂きたい……」

眉間に皺を寄せて苦悶の表情を浮かべながら溜息を吐いたカノエに、マルコは苦笑を浮かべて小さく笑った。

「わかった。じゃあカノエは先に船に戻ってろ。おれはビスタに伝言してから戻るからよい」

マルコはそう言ってカノエの頭に手を置いてポンポンッと軽く弾ませた。

「え? 戻る?」
「浴場を誰も使わねェって保証は無ェだろい? だから、おれが見張っててやるってことだよい」
「えェ!? い、いや! そ、それは気が引けます! マルコ殿にそのようなこと!」
「おれがやるって言ってるだけだから気にすんな」
「し、しかし!」
「なら、誰か入って来たらどうする気だい?」
「う”っ……」

マルコの問いにカノエは押し黙ってしまった。

「妹は素直に兄貴に甘えてりゃあ良いんだよい」

繋ぐ手に少しだけ力が籠められるのを感じたカノエは、顔を俯かせて小さく返事をするに止めた。

「ほら、先に戻ってろい」

マルコに促されたカノエは小さく頷くと、繋ぐ手を離して足早に港へと向かった。
『妹』、そして『兄貴』という壁に、気持ちが少し落ちて、どことなく胸が苦しい、そんな思いを抱えて――。


〆栞
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