第十八幕


「気は落ち着いたかい?」
「は、はい、すみませ」

ペチンッ!

「――ぐっ!?」
「謝るなよい」
「ッ〜〜!」

激痛が襲った額を庇うように撫でるカノエは、先刻の感情的な涙と違った涙を浮かべてマルコを睨んだ。くつくつと喉を鳴らして笑ったマルコは、カノエの頭に手を伸ばしてワシャワシャと荒く撫で付けてボサボサにしてやった。

「も、もう、マルコさん!」

ボサボサ頭のままで顔を真っ赤にして怒鳴るカノエに、楽し気に肩を揺らしたマルコは「悪ィ悪ィ」と言いながら乱れた髪を直す様にカノエの頭を撫でた。

「やっと本来の顔を出してくれたよい」
「え……?」
「ずっと辛ェって顔だったからなァ」
「!」
「怒るのも、笑うのも、勿論喜ぶのも大事な感情だ。カノエは、それを忘れるぐらいに自分の気持ちを押し殺して生きて来た。そうだろい?」

マルコの問い掛けにカノエは「うっ……」と漏らして黙り込んだ。

「好きなだけ怒って、好きなだけ笑って、好きなだけ喜び自由に生きろ。カノエを大事に思ってくれた嘗ての仲間達はカノエを縛ったりなんかしねェ。あいつらが願うのは、カノエが自由に生きて幸せになってくれることだろうよい」
「そ…うか…な……?」

思わず顔を俯かせたカノエは、膝の上に乗せた手をギュッと握った。

「カノエの話を聞く限りじゃあ血の繋がりは無ェが、お前ェらの仲間は確かに『家族』と呼べるものだった。おれはそう思うよい」

目を丸くしたカノエは、「家…族……?」とポツリと口にして徐に顔を上げた。口端を上げた笑みを浮かべるマルコはコクリと頷いた。

「この世界でまた作れば良いじゃねェか。少なくともオヤジやおれは、お前の家族になる気でいるんだ。おれは迅の代わりにはなれねェかもしれねェ。だがそれなりに努力してやるからよい」
「ッ……!」

思わず目に涙を浮かべて泣きそうになった。だが直ぐにグイッと腕で拭って小さく頷いたカノエは、気恥ずかしそうに少し頬を赤くして笑みを零した。凝り固まった心が漸く溶けたかとマルコはホッと息を吐いた。その時、「あー、でも」とカノエの声にマルコは片眉を上げた。

「でも……何だ?」
「迅兄様はデコピンなる技を持っていません」

バチンッ!

「痛ッ!?」
「これは技じゃねェ」
「わ、技では無い!? で、では一体何ですか!?」
「遊びの一種だ」
「あ、遊び!?」
「例えば……」

ベシンッ!!

「いっ!?」
「こいつは『しっぺ』っていう奴だよい。そんでもって」

ゴツンッ!!

「ぐっ!?」
「これは『チョップ』だ」

腕と頭を摩りながら訳がわからないといった表情を浮かべてマルコを睨むカノエだが、如何せん涙目だから迫力が全く無い。

「ッ〜〜!」

くつくつと楽し気に笑うマルコに顔を紅潮させたカノエは、声にならない声を上げて抗議するが、素直に反応するカノエが面白くて、マルコは「ハハハッ!」と声を上げて笑った。

「酷い兄様だ!!」
「こんな兄貴がいても良いじゃねェか」

怒るカノエを笑いながら宥めたマルコは、ベッドから腰を上げて立ち上がった。そして、ドアの鍵を外してガチャリと開けた。
部屋の前で待っていたのか、そこにサッチがいたことに気付いたカノエは、目を丸くして「あ……」と声を漏らした。

「もう良いのか?」
「あァ、終わったよい」
「サッチ…さん……」
「ハッハー! 悩めるカノエちゃんの為にサッチさん特性の甘いスイーツを用意して来たぜ!」

ローテーブルにトレーを置いたサッチは、ベッド脇に足を向けてカノエの頭に手を伸ばした。優しい手付きで軽く撫でながらニコリと笑みを浮かべて「おれっちは意地悪なマルコと違って優しい兄貴になってやるから安心しろってんだ」と言ってウインクした。

「誰が意地悪だって?」
「お〜、お〜、怖ェ〜なァ。カノエちゃん、マルコに意地悪されたらおれっちの所に来いよ? いつでも慰めてやっからな!」
「カノエ、サッチには気をつけろよい。こいつは手が早ェから手籠めにされて孕むよい」
「は、孕ッ……!?」
「事実無根!! おれっちそこまで酷くないからね!?」
「どうだか……」
「まァ、マルコと違っておれっちはモテるからなァ。仕方が無いっちゃ仕方が無い。ハッハッハッ! 嫉妬なんて見苦しいったらねェぜ!」
「誰が何に対してどう嫉妬してるって?」

マルコの問いに大袈裟な動きで「あらやだ奥さん!」的なリアクションをしてみせたサッチに、マルコは片眉を上げて意地の悪い笑みを浮かべた。まるで下衆な輩を見るような目だ。
「ちょ、軽く傷付く」
「なら、良かったよい」

くつりと笑うマルコにサッチが「何だと!?」と声を荒げて抗議した時、「ぷっ……」と噴き出す声が聞こえた。

「「!」」
「ハハッ…アハハハッ!」

マルコとサッチのやり取りに呆気に取られていたカノエだったが、徐々に可笑しくなってきて堪らずに噴き出し笑い出したのだ。
心の底から自然と込み上げた感情の儘に笑った顔は、屈託の無い可愛らしい少女の様で――。
目を丸くしたマルコとサッチはお互いに顔を見合わせると、どちらともなくフッと笑みを零した。

「サッチ、おれはオヤジのところへ行って来るからカノエを頼むよい」
「あー、今は行かねェ方が良いと思うぞ」

マルコが首を傾げて何故だと問うと、只今絶賛説教中ってことだ――と、廊下から声が聞こえて視線を向けた。そこには煙管を咥えたイゾウが立っていた。部屋に入って来たイゾウは、カノエの様子を伺い目を細める。

―― どうなることかと思ったが、食堂で会った時よりも晴れやかな顔になったな。

少しだけ安堵したような溜息を人知れず静かに吐いたイゾウは、僅かに口端を上げてソファに腰を下ろした。

「可愛い妹を信じてやれねェバカ息子二人を説教してんのさ。なかなか無いオヤジの怒り心頭具合は見物だったが、まァ、怒られる身としちゃあ生きた心地しねェだろうな」

くつくつと喉を鳴らして楽し気に笑うイゾウに、マルコは眉間に皺を寄せて思案顔を浮かべた。

―― オヤジが……?

若い時分のオヤジならば怒りに満ちた姿を見ることはあったが、年を重ねた今となっては割と温厚で、そう滅多に”怒り心頭”程に怒ることは無かった。
ふとカノエに視線を移したマルコは、思案顔のまま「とりあえず……」とポツリと呟くとイゾウは片眉を上げた。

「行くのか?」
「話は早いに越したことねェだろい?」
「まァな。あの二人には天の助けだな」

どうだろうなとマルコは苦笑した。

「ま、頑張れよ〜」

部屋を出て行くマルコに向けてサッチは笑って手を振った。

「あの……、サッチさん」
「んー」

カノエに呼ばれたサッチは笑顔のまま振り向いた。

――ん?

サッチ特性プリンを前にしてスプーンを手に恐る恐るツンツンと突いているカノエにサッチは軽く首を傾げた。

「こ、これは一体……」

眉間に皺が寄せられた険しい顔をしているカノエは「このプルプルした物体は食べれるものなのか……」と、怪しむように繁々と見つめている。
サッチは思わず目を点にした。片やイゾウは「ククッ…アッハッハッハッ!」とお腹を抱えて盛大に笑った。

―― あァ、そっか。知らねェんだな。

「そいつはプリンだ」
「ぷ、ぷりん?」
「そ。食ってみて?」

カノエの手からスプーンを取り上げたサッチは、プリンを掬ってカノエの口元へと差し出した。

「ほら」
「……」

カノエは怪しみながら恐る恐る口を開けてパクリと食べた。

「ッ……!」
「美味いだろ?」
「は、初めての味だ。でも……、甘くて美味しい……」

感嘆するようにしみじみと感想を述べるカノエに、サッチは眉尻を下げて嬉しそうに笑った。

「だったら遠慮せずに食え! また欲しけりゃあいつでも作ってやるからな!」

カノエにスプーンを返したサッチは、満足そうにカノエの頭をワシャワシャと撫でた。少し照れくさそうに頬を紅潮させたカノエは「はい」と、小さく頷くとプリンを掬っては再び口へと運んだ。

―― 本当に美味しい。

自然と頬が緩んで笑みが零れる。幸せそうにプリンを頬張る顔は、その辺の女の子と大して変わらない愛らしさがあった。人斬りの裏に潜んだ本当のカノエは、とても純粋な心を持った幾分か幼ささえ感じさせる可愛らしい女性なのだ。
サッチとイゾウは何も言わずに、ただ優しい笑みを浮かべて見守るようにカノエを見つめた。

こんなにも幸せになってもらいたいと心の底から思うなんて初めてかもしれない。少しでも多く、笑い、楽しんで、幸せを感じさせてやりたいと思うことも――。
言葉にはしなかったが、サッチとイゾウはお互いの視線がバチッと合うと、それぞれ似通った気持ちを抱いたのを察し、視線をスッと外したサッチは照れ隠しに鼻頭を軽く掻き、イゾウは煙管を口に含んで紫煙を吐いた。

今、この部屋に漂う空気は、カノエにとって一度も感じ得たことの無い、酷く穏やかで温かく幸せに満ちて何とも心地が良い。

〜〜〜〜〜

「こんな兄貴がいても良いじゃねェか」

〜〜〜〜〜

マルコの言葉をふと思い出した。それに応じて視界が僅かにぼやけ始めた。

ポタッ……――ポタッ……――。

自然と涙が溢れて頬を伝い落ちる。

「え……、カノエちゃん、ど、どうした?」

急に涙を零し始めたカノエに顔色を変えたサッチは心配して声を掛けた。

「どっか痛いのか?」

カノエの顔を覗き込むサッチに、腕で涙を拭うカノエは「違う…んです……」と小さく首を左右に振った。

「うれ…しいんだと……思います」
「嬉しい?」
「凄く…凄く…、幸せ者だと思って……、嬉しいんです」

涙を流しながらカノエは笑って答えた。黙って見つめていたイゾウはカノエの言葉にクツリと笑みを零し、サッチは安心したようにホッと胸を撫で下ろして優しい笑みを浮かべた。
初めてカノエが心の底から滲み出る気持ちを素直に口にして笑ってくれたのだ。

「そっか! じゃあ泣くんじゃなくて、笑わないとな!」

サッチが頷いて楽し気に言うと「嬉しい時は笑うもんだ」とイゾウも同意して笑った。

「そう…ですよね」

ふふっと小さく笑ったカノエは、「あはは!」と声を出して笑った。

コンコンッ――!

「「「!」」」

ドアをノックする音に笑うのを止めた三人は視線を向けた。ビスタやジョズ、フォッサ達がドアの向こうから顔を覗かせている。

「お揃いでどうした?」

イゾウが問い掛けるとビスタが部屋に足を踏み入れてニッと笑みを浮かべた。

「楽しそうだと思ってな。おれ達も混ぜてくれないか?」

ビスタはトレーを持っていた。そのトレーの上には数人分のティーカップが置かれていて湯気が上がっている。

「カノエ、これは紅茶と言ってな。温かくて香りの良い飲み物だ」
「え? あ、あり、がとう……ございます」

差し出されたカップを受け取ったカノエは、少し戸惑いがちにビスタに頭を下げた。そして、ジョズやフォッサ等に視線を向けて、また頭を下げる。

「遠慮はいらん。おれ達もカノエの兄貴だ。直ぐにとは言わんが、まァ気楽に接してくれ」
「でかくてむさ苦しい兄貴で悪いがな」
「兄貴と言うよりは、おじさんと言った方が正しいかもしれねェがな」

ビスタ、ジョズ、フォッサが笑って言うと、カノエはクツリと笑みを浮かべて紅茶を口にした。

「ッ!」

紅茶を口にしてピクンッと硬直したカノエに、「すまん。熱かったか?」とビスタが心配して声を掛けた。

「ほうじ…茶……じゃ無い!?」
「「「……」」」

予想だにしていなかったカノエの反応に一瞬だけ沈黙が漂った。

「プッ、ククッ……」堪らずイゾウが肩を震わせると「ワッハッハッ!」と、ジョズが額に手を当てて笑った。

「リアクションがいちいち面白いし可愛い過ぎだってんだよ!」

ワシャワシャとカノエの頭を撫でるサッチの隣で、「ガハハハッ! 噂には聞いていたが本当に面白いな!」とフォッサが盛大に笑い、「あァ、実に可愛らしい妹だ!」とビスタが髭を弄りながらクツリと笑った。
そんな彼らを前にしてカノエは、紅潮した頬をぷぅっと膨らませて不機嫌な顔をした。

「ハハ、あまりそう笑ってやるな。ほら見ろ、可愛いお姫さんが拗ねちまったよ」

イゾウがサッチ達に宥める声を掛けるとカノエは愈々プイッと顔を背けた。年相応の女の子らしい仕草に、またみんなして笑うのだった。一方、その頃――

「で、おれが仲介役かよい。こういうのはおれじゃなくてサッチにやらせた方が良いんじゃねェのか?」
「だって……! カノエはマルコに一番馴染んでる感じだしさ!」

ハルタはパンッと合掌して頼み込み、「なァ、マルコ」とラクヨウがマルコの肩に腕を回した。

「カノエは酒が飲めるのか?」
「お前ェは何でもかんでも酒で解決しようとする癖を止めろよい」
「ラクヨウの常套手段だもん仕方が無いよ。……って、何かラクヨウだけせこいよ!」
「あァン? 酒がありゃあ大抵何でも解決すんじゃねェか!」

船長室でマルコを境にキャンキャンと言い合いを始めるハルタとラクヨウに、マルコは額に手を当てて溜息を吐いた。

「グラララララッ」
「!」

そんな中、前方から地を這うような低い声音で笑うオヤジの声に、マルコはハッとして顔を上げた。

――お、お、お…や…じ……?

思わずヒクリと頬を引き攣らせたマルコは、全身からサッと血の気が引くのを感じた。

「真面目に反省しやがれハナッタレがァァァッ!!」

声だけで砲撃を放ったかのような凄まじい衝撃に小さく悲鳴を上げたハルタとラクヨウは、マルコを盾にして衝撃波なるものを何とか凌いだ。

「「すみませんでしたァァァァ!!」」

二人は即座に地面に額を擦り付けて謝罪の声を上げる。

「……」

全身に凄まじい何かを二次被害で受けたマルコは、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

「おい、マルコ」

白ひげの声にハッと我に返ったマルコは背筋を伸ばした。

「お前、あんまりカノエを苛めやがんじゃねェぞ」

―― !?

「な、何のことだい?」
「デコピンなる技で相当痛めつけているらしいじゃねェか?」
「んなッ!?」

何故、どうして自分まで怒られてんだ。いや、それ以上にデコピンの件をどうしてオヤジが知ってんだ――と、マルコは思った。誰だそれをチクッたのはと視線を横に向けると、ハルタとラクヨウがこっそりニヤリと笑みを浮かべている。

―― て、てめェら、矛先をおれに変える為にチクッたってェのか!?

思わず顔を歪めて小さく舌打ちをした。

「それとだ、マルコ」
「あ、あァ、何だい……?」
「カノエが持っている御守だが、本人が捨てる気でいる内にさっさと捨てさせろ。未練なんてもんは持たすんじゃねェ。辛ェ過去はそう易々と消せやしねェだろうが、忌まわしいもんを少しでも捨てさせるにゃあ良い機会だ」
「わ、わかったよい」

白ひげの指示にマルコはコクリと頷いた。

「ハルタ、ラクヨウ」
「は、はい!」
「お、おう!」
「誤解が解けりゃあさっさとカノエに謝りやがれ。いつまでも後腐れ残すんじゃあねェ。それと、隊員共に吹き込んだ嘘はてめェらが責任を持って訂正しやがれ、良いな?」
「わかってるよオヤジ」
「おれ達の一方的な思い込みだったってェことは納得してんだ」

ハルタとラクヨウは反省を口にして再度頭を下げて謝罪した。

「おれはオヤジにまだ話があるからよい、お前ェらは先に隊員達の誤解を解いて来い」
「あ、わ、わかった」
「了解」

ハルタとラクヨウはマルコを残して船長室から出て行った。そして、マルコはカノエが打ち明けた話を白ひげに報告した。
聞けば聞く程、重く辛い過去を背負ってやがる――と、白ひげは鼻から深く息を吐きながら背凭れに背中を預けた。

「オヤジ」
「何だ?」
「カノエはオヤジの娘で、おれ達の妹で、家族。それで良いんだろい?」
「グララララッ、愚問だな」
「一応、確認だよい」
「俺ァ親としての愛情を教えてやるつもりでいるが、マルコ、お前ェからもカノエに多くのことを教えてやれ」
「わかってるよい」

マルコはクツリと笑うと軽く頭を下げて船長室から出て行った。

「義理の親だけで無く、実の親からも愛されねェ上に、唯一心を許した義兄を自らの手で殺したか……。そりゃあ何よりも重く辛い十字架だなァカノエ……」

誰もいなくなった船長室で憂いの表情を浮かべた白ひげはポツリと零した。





日が傾き夜が近付いて来た頃、モビー・ディック号の甲板上では宴の準備が行われている。そんな中で、ハルタとラクヨウ率いる7番隊と12番隊の隊員達が、カノエを前にして盛大な土下座をしてみせた。

「「「すみませんでしたァァァッ!!」」」

盛大な声を上げて謝罪する彼らの突然の行動に、唖然として固まってしまったカノエは何も言えずにいた。

「本当にごめん! おれ達の一方的な思い込みって奴だったんだ! これからはもっとちゃんとカノエと向き合うからさ!」

ハルタが顔を上げてカノエに謝罪の弁を述べると彼に従う12番隊の隊員達も次いで謝罪の言葉を口にした。それに続いて今度はラクヨウだ。

「悪かった。おれも反省してる。カノエ、お前ェが良かったらだが、今夜の宴の席でおれと酒を酌み交わそうじゃねェか」

少し罰が悪そうな表情を浮かべながらも謝罪の言葉を口にしたラクヨウは、最後に自前の酒瓶を手にしてカノエの前に差し出した。

「あ、」

酒に強いわけでは無いが飲めないことも無い。カノエは少しならと思って頷こうとした。しかし――

「「「それは止めとけ!!」」」

ハルタを含む周囲にいた隊長達が一斉に怒鳴り声を上げた。

「ンだよてめェら! 酒がありゃあ腹割って話もし易いってもんだろうがよ!?」

親睦の酒の何が悪いんだとラクヨウは頬を膨らませながら寂しげに呟いた。
そんな彼らの勢いに押されて少し唖然としていたカノエだったが、ふっと笑みを零して「此方こそ申し訳無く思っています」と、ハルタやラクヨウ達の前で同じように土下座をして頭を下げた。

「「「!」」」
「人との付き合いが苦手というのもあって誤解を招く原因を作ってしまった私も悪い。ですから、そんな風に謝らないでください」
「そ、それは違うよカノエ!」
「私も謝罪させて下さい。本当にすみませんでした」
「「「!!」」」

ハルタとラクヨウ、そして7番隊と12番隊の隊員達を含むその他大勢の隊員達が一同に目を丸くしていた。徐に頭を上げたカノエは「これでお互いに解決したことになりますか?」と、ハルタやラクヨウ、そして、7番隊と12番隊の隊員達を見回した。
彼らは少し気恥ずかしげに笑みを零して「あァ」と返事をして頷いた。

「ラクヨウさん、後で親睦のお酒を酌み交わしましょう」
「おう、そうかそうか! カノエはちゃんとわかってんじゃねェか!」

ラクヨウは嬉しそうに笑うと楽しみに待ってるぜとご機嫌にその場を後にした。クツリと笑ってラクヨウを見送ったカノエは、ふとマルコに視線を向けた時、目をパチクリとさせた。

―― な、何故そのような……?

マルコが眉間に皺を寄せて酷く不満気な表情を浮かべている。そして、ガクリと項垂れるように溜息を吐いた。

「あの、マル…コさん……?」

マルコの元に歩み寄って声を掛けるとマルコは小さく頭を振った。

「カノエ、いらねェ約束したな」
「え?」
「お前、ラクヨウの底無しに潰されるよい」
「へ?」
「明日は二日酔い程度で済めば良いがなァ」

カノエの頭にポンッと手を置いてクシャリと一撫でしたマルコに、カノエは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。それを傍で見ていたサッチが苦笑を浮かべた。

「明日は可愛い妹の為に二日酔いに良い食いもんを作ってやんねェとなァ」

サッチ兄ちゃんってば大忙しだぜ〜――と、ご機嫌に宴の準備を続けるのだった。


〆栞
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