04


日の当たる甲板で手配書の束をバラバラと捲りながら一通り目を通していると、ふと大事なことに気付いた。

「麦わらのルフィの賞金首リストが……無い?」

手配書の束を手にしたままヤヒロは定位置に座るミホークの元に向かって正面に腰を下ろした。その気配を察したのか、帽子を目深に被っていたミホークは直ぐにヤヒロを見据えた。

「あのさ、シャンクスのところに私を預けた後、ミホークはどこに行くんだ?」
「さァな……。行き先は気分次第だが、グランドラインを出てサウスブルー辺りにでも出るつもりだ」

成程。ってことは、まだ懸賞金が掛かって無いってことか。と、ヤヒロはミホークから視線を外して何度か小さく頷いた。
ここはグラインドラインの後半部分らしいことからサウスブルーに出るまで時間は掛かるだろう。つまり、ゾロとミホークが会うのはもう少し先になるってことだ。であれば、逆算して考えるとルフィはまだ海に出ていないか、出た直後か、時間軸としてはその辺りになる。
そう考えている中で、ふと思い出したことがあったヤヒロは、「あ、」と思わず声を漏らした。

「何だ?」

片眉を上げるミホークにヤヒロは「白ひげ」とポツリと呟いた。不鮮明ながらにそれでも印象深く残るそれは白ひげ海賊団の未来――『白ひげの死』と『エースの死』だ。

「白ひげがどうした?」

万が一としてそれを防ぐことができるのではないかと思った。仮にそれが可能だったとして、今後の物語に大きな影響を与えることになるだろう。
しかし、ヤヒロにとってはそんなこと知ったこっちゃないのだ。最早、この世界に生きる人間となった今、未来を変えるぐらいの権利だってあって然るべきだ。

「できればだけど、」

少なくとも今目の前にいるヤヒロという女は確実に生きている。生きて存在する人物だとおれは思うが?――ミホークが教えてくれたことだ。
自分が生きる世界はこの世界。これから先の未来を自ら直接的に関わって変えることができる可能性は極めて高い。個人的な思いを優先することに少し抵抗はあるが、できれば”三人の義兄弟を生きて会わせてやりたい”と思う気持ちが強く生じた。それに――

「行き先を白ひげの船にしてもらえないか?」

何がどうしてああいう結果になったのかなんて細かい部分は覚えていないが、大凡の展開がわかっていれば予測は立てられる。白ひげの船にさえ乗れば阻止できるかもしれない。――血の繋がりが無くても強い絆で結ばれた大きな家族を、彼らを守りたい。

「何かあるのだな?」
「うっ……」

平静を装っているつもりなのかもしれないが目を見ればわかるとミホークは言った。
白ひげに変更を願うには何かしらの意図があってのことだろう。真っ直ぐ向けられる眼差しがそう語っていると。

「構わん。ここはグランドラインの後半だ。白ひげも近くにいるだろうからな」
「……聞かないのか?」
「聞いて欲しいのか?」
「……」

突然の申し出の理由をちゃんと話すべきどうかをヤヒロは一瞬迷った。だが、自分の秘密を知りながらも受け入れてくれたミホークに対して不誠実はしたくない。自分を信じてくれたのだから自分も彼を信じるべきだと。

「知ってくれている人がいるっていうのは物凄く心の糧になるもんだ。異世界から来たなんて話を信じてくれる人なんてそういないと思う。でもミホークは信じてくれたから私もミホークを信じる。だから話すよ。白ひげ海賊団への進路変更の理由をね」
「……わかった」

切っ掛けが何であったから薄らとしか記憶していないが、『仲間殺し』が発端だったのは覚えている。そして、首謀者が黒ひげのティーチという男であることも……。うる覚えの姿形を頭の中で描くように思い出しながら、白ひげ海賊団にこれから起こるであろうことを覚えている限りヤヒロは話した。

「それを止めたいと思う理由は何だ?」
「理由か……。兎に角、生かしたい。生きて貰いたい。それじゃあ理由にならないか?」
「……」

できることならそう願ってるとヤヒロはポツリと呟いた。両腕を組んで暫く考えていたミホークは、「その『頂上戦争』とやらにおれはいるのか?」と質問した。

「あ、うん。いたと思う。義兄エースを助けようとする義弟ルフィと戦ってた記憶がある」
「海軍に呼び出されたということか。白ひげが相手なら招集されるのはあり得る話だ」
「ミホーク、この話なんだけど」
「わかっている。おれの胸の内にしまっておく」

口角を少し上げてミホークはコクリと頷いた。

「上手く止められないかもしれない。結果的に戦争が起こるかもしれない。でも、万が一そうなった時は、できることなら、その……」

言い難そうにしているヤヒロの意図を組んだミホークが「味方になってくれと言うのだな?」と言うと、ヤヒロはパッと表情を明るくして「できれば!」と声を上げた。

「お前と戦うのは面白そうだと思ったのだがな」
「はい……?」

微笑を浮かべたミホークの発言にヤヒロの目が点となって一瞬だけ時が止まった。

「まっ!? ちょっ、なんで!?」

世界一の大剣豪と喧嘩なんて勘弁してくれよとヤヒロは首を振った。

「大人と子供、いや、赤ん坊との一対一みたいな無理ゲーだろ」
「そうは思えんがな」
「またまた冗談でしょ?」

視線を上へ下へと泳がせながら苦笑を浮かべたヤヒロは、ミホークをチラッと見ると盛大な溜息を吐いてガクリと項垂れた。ミホークの科白には半分本気が含まれていることに気付いたからだ。
信じて話したってのに何だこの結果!?と、ヤヒロは心内で嘆いた。

「ヤヒロ、気に病むな。お前の生かしたいと願う理由だけで十分だ。了解したと言っておこう」
「え……?」
「お前とて同じだ。この世界で生きているのなら悔い無く生きたいのだろう?」
「ッ、ま、まァ……、そうだけど」
「ならば思い切り生きてみせれば良い。やりたいことをやれば良い」
「ミホーク……」
「お前と戦ってみたい気持ちは正直ある。だがお前はおれを信じると言って全てを話してくれた。その気持ちに答えてやるとしよう」
「じゃあ!」
「おれは誰の味方にもならんが、お前の味方にはなってやろう」

何年ぶりだろうと思う程にヤヒロは心の底から歓喜の声を上げた。そして、腹の底から素直に感謝を口にした。自分でも驚く程に自然と出た「ありがとう」という言葉を。
ハッとして気恥ずかしさを感じたヤヒロは、顔を少しだけ赤くしてポリポリと頬を掻いた。

「笑えばそれ相応に見えるものだな」
「は? そ、そりゃどういう意味だ?」
「女に見えると言った」
「おっ……、あんた、どういうつもりで私を見てんだ……」
「気にするな」

しれっと答えたミホークは再び帽子を目深に被った。何となくやり場のないモヤモヤとした気持ちを抱えたヤヒロは、先程いた場所に戻ってゴロンと仰向けに寝転んだ。
どこまでも澄んだ真っ青な空が一面に広がる。ぽっかり浮かぶ雲の色も濁り無く真っ白で、元居た世界とはまるで違うとヤヒロは思った。

「綺麗だ……」
「初めて会った時も同じことを言っていたな」
「あー……、聞こえたのか?」
「聞いていた」

そっかと呟いたヤヒロは空を見つめながら話し始めた。

「空がさ、凄く綺麗だと思って」
「ヤヒロの世界の空とは違うのか?」
「汚い空だったよ。排気やガスで空気が澱んで空が濁って見えるんだ。夜になっても周りの明りが邪魔して星なんか見えやしない。それに比べてこっちは凄い。夜になると満点の星空でさ、あんな夜空は初めて見たよ」

この世界は本当に綺麗だとヤヒロは言った。
ミホークは黙ったまま空を見上げた。ヤヒロの言う『汚い空』というものがどういうものかは今一つ想像し得ない。普段からこの空を見ているミホークにとってヤヒロの見ていた空を想像することは難しかった。更に、夜になっても星が見えない夜空というのもまた不可解なもので全く想像し得ないものだ。

「つくづく……」
「ん?」
「お前を拾って正解だったと思う」
「何だよ急に?」
「こっちの話だ」
「?」

色々な顔を持った女だと、少し離れた場所で空を仰ぐヤヒロの姿を見つめながらミホークは心内で独り言ちた。知れば知るほどヤヒロという人物に興味を抱くのが自分でも不思議だった。それに、このような他愛の無い会話でさえも有意義に感じるのだから尚更だった。

妙な魅力を持っている。
赤髪や白ひげには無い魅力だ。

ミホークは腰を上げると進路を変更すべく舵場へと向かった。

進路変更

〆栞
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