『もっとお腹いっぱいになるにはどうしたらいいか』、矢部にはその答えはもちろん分からない。分からない事だらけだ。変な事ばかり言われて頭は痛いし、身体はつらい。そんな矢部の背を撫でて、変態はにっこりと微笑んで、そっと耳元で囁いた。

「人間の魂を頂くと、一年ぐらい食事をしなくてもよくなるんだ……」

 矢部の顔が青ざめた。背筋が泡立つ。心臓が痛いほどに脈打つ。身体が小刻みに震えだす。魂を取られるということは、死を意味する。
 人の姿にそっくりな化け物に惑わされ、変な液体を飲まされて、何度も性行為をしている。生理的な嫌悪感。矢部は急いで身体を起こして離れようとした。しかし、身体が動かない。性器が体内から抜けない。

「ふふふ、こんなこともあろうかと、抜けないようにロックしておいたのだ!」

 変態が得意げに胸を張る。体内から無数の襞が絡みつき、ぬめぬめと意思を持った生き物のように動き、しっかりと矢部の性器を固定している。そして真っ白な足が、矢部の腰に絡みついて強く押しつける。それは絶対に逃れられない蜘蛛の糸。

「射精の時に精子と一緒に身体中の血液すべてと栄養を頂いて……それから魂を抜くぞ。だから、生きたかったら射精禁止! 射精したら即死! うーん、単純明快」
「……は……ふざけんなよ……! ぜってぇイカねえからな!」
「まだ十七年しか生きてないもんな? ほら、がんばれ。がんばれ」

 変態が繋がったまま身体を起こして、矢部を押し倒した。それでも性器は抜けなかった。体内の襞が硬化し、棘のようになっているためだ。もちろん矢部にはそれは分からない。
 床に仰向けに寝転がる矢部にまたがって、細くなよやかな腰がうねる。それは精液を搾り取るための動き。大きく足を開いて腰を前後に大きく振る。そのたびにぐちゅ、ぐちゅ、と音がして性器が粘膜でシゴかれる。ものすごく気持ちがいい。

「あ、あっ……あん、下からガンガン突き上げてくるぅ……ねぇ、出して……せーえきと魂、いっぱいだして……」
「…………出すわけねぇだろ! くそっ、なんでこんな……くそ!」

 三角形の小さな布の上から変態が乳首を弄っている。見せつけるように、細い指で弾いて、つまむ。ひっかく。つつく。ひっぱる。押しつぶす。そのたびに、体内がうねる。きゅっきゅっと締めつけてくる。

「ぜってぇ……イカねぇぞ! 負けない……てめぇみたいな変態に負けるわけねぇ……」
「ふーむ、結構ねばるなぁ。動くの疲れちゃったから、好きにしていいぞ!」

 そういうと、変態は動きを止めた。ただ、普通に性器を咥えこんだまま、何もしない状態でまたがっている。性器の固定も取れた。矢部は困惑する。だが……性器を襞が舐めまわす。矢部の意思に反して、腰が勝手に動いて突き上げてしまう。

「ふふ、そのままちんぽを抜いて逃げれば命は助かるのに………っあっ! あれ? それなのに、下からガンガンガンガン突くなんてっ、あんっ! あっ、あっ、ひぁ……ああああっ! あっ、にんげんって面白ぉ……あああ!」

 余裕たっぷりの口調が崩れて、喘ぎ声が混じる。矢部は自暴自棄だった。性器の固定も外れた今、生きるためには逃げるしかないはずなのに。それでも……今までの人生で行ったどの性行為よりも、初めて射精をした時よりも、その他どんな体験よりも今が一番気持ちいい。
 矢部は知らなかったが、それは薬物の快楽に酷似していた。強い陶酔感。光の渦がきらきらとする中、幻想的な世界に放り込まれたような感覚。時間も、自分が誰かも分からなくなるような多幸感。

「嫌だ、いやだ、イキたくないっ……くそっ、あ゛……イクッ、イクッ、すっげ……うっ、出るっ……!」
「あっ、あっ、すっごいでてるっ! すっごいビックンビックンしてるぅうう!」

 矢部はたまらなくなり射精してしまう。陰嚢で作られた精液が今までにないほどに熱くたぎって精管を通り、勢いよく噴き出す。それをまるで咀嚼でもするかのように下の口で飲まれる。
 矢部の頭の中が真っ白に焼ける。通常の性行為の何千倍、何万倍もの快楽が……生命と引き換えに手に入る。もはや矢部の理性も感情も知性も何もかもがどろどろに溶ける。
 薄れる意識の中で花畑が見えた。眠りの神ヒュプノスが人間を眠りに誘うために用いた花……ケシが咲き乱れる、忘却の川べり。一日で枯れてしまう花。残された果実から溢れるとろとろの乳汁は、人々にすべてを忘れさせるくすり。
 まばゆいほどの幸せの中で、今までの思い出が頭に次々と駆け巡る。両親、小さいころからの幼馴染、信頼できる友人。そんなかけがえのない大切なものと一時の快楽を天秤にかけて、矢部は快楽を選んでしまった。
 普通だったら絶対に選ばないものをふやけた頭でつかみ取る。今までに味わった事のないような強烈な気持ち良さだった。

「ふふ……いっぱいドピュドピュしなさい。一生に一度しか味わう事のできない、魂まで吐き出すような気持ちいい射精だよ……」

 耳元で囁かれるのは悪魔の言葉。甘い蜜のようにとろけた言葉が、矢部の耳から入ってきて、脳をふわふわにさせる。


「ふう、ふう……くそ…………なんで、なんで……ちょっと画像で脅しただけで……俺は死ななきゃいけないんだよ…………う、うぁ……!」


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