「では問うが、君が今までに食べた豚や牛や鶏は何か悪い事をしたのかな? 生物が生きるためには何かの命を頂いて食べなくてはならない。私も、君も、同じだ」


 矢部はそれに反論することができなかった。精液を最後まで出しきって、ふにゃと萎えた性器を、変態が無理矢理体内で咥えて奥をトントンと突く。

「あんっ、萎えチンで名残惜しみ精液しっかりナカに塗り込んでおくね…………来世では寝取られなんかしちゃだめだぞ!」

 もう矢部は言葉を話す事すらできなかった。意識が混濁しているからだ。大量の血液を射精が終わるやいなや抜かれた。ずず、とストローでジュースを吸うように。呼吸不全。全身の臓器障害。血圧の低下。血管や肝臓、脾臓といった重要な臓器の損傷。
 完全に心臓が停止するまでに、変態は矢部の体内に侵入して全身を細かな触手で探り……魂を取りだした。
 それはまるで、鶏卵ほどの大きさの真っ白に輝く真珠。かごの中にぎっしり並べられて口を大きく開かれてから、異物を挿入され……何年もかけてたった一つの真珠を作り出すアコヤ貝。真珠を作ったあとは食用にされてしまう小さな貝殻。
 何年も人の手で大切に手間をかけて世話をし、結果、アコヤ貝が苦しんで傷つくほどに美しく大きな真珠が出来る。

「うん、まぁまぁだ……天然ものならこんなもんか。家の『虫かご』で飼ってる子にはもう少しいい魂を作ってもらわないといけないから、ちゃんとお世話しないとな……」

 変態はそう一人ごちた。それから指をならして矢部の身体を自宅に転送。机を並べ直して……委員長を閉じ込めていたロッカーを開けた。薬が効いているのか、まだ眠ったままだ。変態は手で影絵のきつねを作って委員長を見る。

「君の方は育てたら綺麗な魂を作ってくれそうだね……でも、飼うスペースがないから見逃してあげる。さーて、記憶を上書き上書き……矢部君は自分探しの旅に出ると言ってどこかに行きました、っと」

 ぱちん、と指を鳴らす。ついでに侵入の時に使った窓ガラスを元通りに修理して……格好を整えた。背中の羽と、尾てい骨から生えたしっぽ。羽としっぽが苦しくないように背中が大きく開いた服装。目元だけ隠す、蝶の形のマスク。
 変態はすうと息を吸い込み、高らかに決め台詞を叫んだ。

「浜の真砂は尽きるとも、世に寝取られの種は尽きまじ! 寝取られを絶対阻止しつつお食事いただく、弱い者の味方ネトラレンジャーこれにて退散! わっはっはっはっは! わーっはっはっはっはっはー!」

 そして窓を開けて軽やかに夕方の空に飛び立った。羽がばさ、と動いて上昇気流に乗る。高く飛んで、あっという間に町の高台にある神社の鳥居にたどりつく。
 人間の世界に紛れ込んだ人外は、人を脅して寝取るような下衆を今日もおしおきエッチで成敗しつつ、その魂を頂いては空腹を満たしている。
 人の倫理からはかなり外れているが、彼には彼なりの正義があり、生きていくためには必要なこと。
 彼は人間の精を食事として生きる悪魔の仲間、インキュバス。悪い人間から頂いた魂と精液を使って、人間の女性と性行為をして子孫を残す生き物。彼の父親が人間の世界にやってきて彼を育てたように……彼もまた、同じようにして子孫を残す時がやってきた。
 彼は神社の鳥居の上に行儀悪く座って、眼下の町を見た。夜。きらきらと光り輝くネオン。彼の目に見える人間の町は、蝶の死骸を運ぶ蟻の群れ。彼にとっての人間は、少し力を入れればすぐに散ってしまう無数の塵。


「この町には仲間がいるといいな……」


 何となく、そう呟いた。小さな声が、風のようにふわりと揺れて消えた。


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