溶け出した記憶


閑散とした休憩室に置かれたテレビでは約一ヶ月を経ってもなおナンバーワンヒーロー、オールマイトの引退ばかりが報道されていた。
先の戦闘に置いて、自身の力を使い果たし巨悪に打ち勝ったものの引退を余儀なくされたオールマイトと、繰り上げの様にナンバーワンヒーローになったエンデヴァーに対する不安の声。
最近はそんな言葉ばかりが報道されていた。
そんなニュース番組を聞き流しながら、適当にあまり物を詰め詰め込んだお弁当をつついていたときテーブルに置いたスマホが震えた。
持っていた箸を置いて画面を覗き込むと、トークアプリで弔くんからの通知が届いていた。

『今日行く』

突然くると何かと準備が整ってなかったり、食事の材料がなかったりして再び買い物に行かないといけなかったりと何かと大変なことを一人でごちたのを聞いていたらしい彼から毎回この様なメッセージが届く様になった。
面倒だろうに、それでも毎回律儀に送ってくるのは彼なりの優しさであると思うと笑みが溢れる。

高いし棚の食器を出してくれたり、買い物を行く時は気づいたら車道側に彼がいてくれたり、家に帰ると洗濯物が取り込んであったり。
少しずつ彼の優しさを垣間見るのが俺の最近の楽しみてでもある。


『了解』


その言葉と最近お気に入りのスタンプを送る。
弔くんには気持ち悪いって言われたのでそのスタンプをプレゼントしたが今の今まで使ってくれてるのを見たことはない。

スマホの画面を落として再び箸を持つ。
今日の夜ご飯は何にしようか。昨日は魚だったから今日はお肉にしようか。そう言えばキャベツが余ってたから炒め物がいいな。
そんなことを考えながら昼食に手をつけていると、休憩室の入り口がガヤガヤとしだした。
休憩時間にはいって数十分。
どうやら事務員さんたちも休憩に入ったのだろうと昨日の余りものの煮物をつついた。

予想通り、事務員さんが数人で休暇室に入ってきた。
そして何故か座っている俺の近くに近づいてきた。


「如月さんお疲れさまです」

「お疲れ様です」


そんな声をかけられたのち、彼女たちは席に座るわけでもなくそこに留まったままだった。
何か用があるのだろうか、と首を傾げていると事務員さん数人は顔を見合わせておずおずと話し出した。


「今日って勤務後空いてたりしますか?」


思わぬ言葉にびっくりして、え?っと声が漏れる。
その女性は実は、っと声をつなげた


「去年、忙しくて忘年会出来なかったじゃないですか
だから別日にみんなで集まって飲み会でもしないかって話になって、今日だったらみんな空いてるみたいなんです」

「如月さんはその、ここ最近いつも帰りが早くて休み時間もすれ違うことが多くて連絡できなくて…」


確かに弔くんが家に来るようになってからは二人分の食事を作るためにスーパーによる回数が増えたり、弔くんを待たせるのも悪いと思ってなるべく早く帰るようにしていた。
昼休みも彼女らより早くに入って早くに切り上げることが多かったかも知れない。
そう考えると今日になってしまうのも頷けるし、気を使わせてしまったなと少し反省した。

しかし今日は弔くんが家に来るとさっきメッセージが来ていたしな、と考えていると再びガチャリと休憩室の扉が開いた。


「あれ、先生?
ご自宅には帰られないんですか?」

「うん、今日はほらお誘いがあったからね
出来るだけ早く仕事を終えたくてさ」


入ってきたのは佐伯先生だった。
佐伯先生は俺が看護師として働く佐伯クリニックの心療内科医で勿論その名の通りここは先生のクリニックなので自宅はすぐ隣にある。
普段は自宅で食事をとっている様だが、今日は飲み会の誘いに合わせるために昼休みも仕事に勤しむらしい。


「え、先生もいらっしゃるんですか?」

「うん、せっかく皆んなが計画してくれたみたいだから」
 

そんなことを言われて、うっと言葉が詰まる。
つまりは俺以外はどうやら参加する予定の様だ。
俺もいつもならその周辺の予定を空けておくのだが、まさかこの時期に開催されるとは思わず予定の調整など全くしていなかった。

そんな気持ちが顔に出ていたのだろう、事務員さんたちは申し訳なさそうに頭を下げた。


「突然でしたよね。
用事があるようならそちらを優先して頂いて大丈夫なので…」


そんな彼女らにさらに罪悪感が増す。
先生も隣で聞いていたようで、予定があるなら大丈夫だと言ってくれている。


「…ちょっと相手に聞いてみます」


結局は罪悪感に押し潰されて、弔くんに一度連絡して見ることにした。
自分のついていた席を離れて裏口から外に出る。
少しでもそこある罪悪感から逃げるためなのは自分でも理解していた。
外に出るとまだ日差しには夏の暑さが残っているのに反して少し冷たい風が建物の間を抜けて少し気持ちがマシになった。


「もしもし?」

『そと?』

「うん、そう。
あのさ、えっとその…さっきメッセージくれたことについてなんだけど…」


ことのあらましを彼に説明すると、つまらなそうな返事が返ってきた。
もしかしたら怒ってるのかも知れない、それとも悲しんでいるのかも、それともほんとにつまらないと思っているかも知れない。
相手の顔の見えない連絡手段はとても不安になる。


「でも、先に約束したのは弔くんだし断ろうかと考えてるんだけど…」


それでも連絡したのは少しでも罪悪感から逃れるため。
そのことに頭のいい彼は既に気づいているだろう。
そして彼を理由にしようとしていることも。


「行ってきたら?」

「え?」


まさかそんなことを言われると思わず、自分素っ頓狂な声が辺りに響いた。


『今日帰ってこないつもりなの』

「ううん、帰るよ
明日は病院休みだけどお子さんいる人らも多いからそんなに遅くまではやらないと思うし…」

『んじゃ勝手に家にいる』

「でもご飯とか…」

『適当に買うから』

「わ、わかった。
じゃ、その、なるべく早く帰るから」

『うん、待ってる』


弔くんのその言葉が聞こえて数秒後、ツーツーと電話が切れた音が聞こえた。
スマホを画面を暗くしてその場に座り込んだ。

ずっと考えていた。
なんでも彼は俺の家に来るようになったのか。
もしかしたら都合のいい飲食店みたいな感覚なのかも知れないとも思ったし、金のかからない宿泊先の可能性もあると思っていた。
だから彼がまさか自分の帰りを待っててくれるなんて思っていなかった。

確かに俺もここ最近彼が来るようになって帰った家に誰かがいる安心感を感じていたし、いない日はなんだか落ち着かない気分になっていた。
ふらっと家に寄りつくようになったように今度はふらっと突然消えてしまう事だって覚悟していた。
俺にとって弔くんは大切に思う人だけれど、彼は俺のことをどう思っているのか。


「はぁ、
……あれ??」


そういえば、昔もこんなことがあった気がする。
俺が唯一大切に思っていた隣に住んでいた男の子。
彼が俺はすごく大切で、そして守ってあげたいと思っていた。今俺が弔くんをそう思うように。


「あの子の名前…なんだっけ?
元気にしてるかなあ」


覚えているのは猫っ毛で黒髪でそして、

ヒーローが大好きだったことそれだけだった。

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