ヴェルノさんの海賊船に着くと、船に乗っていた方々が全員茫然とした様子で船長である彼の腕の中にいる私を凝視しました。
もし私があなた方の立場でしたら同じ行動をしていたと思います。
イケメンな方がうさぎのヌイグルミを抱えて戻ってきては驚きますよね。それも海賊船長ではなおさらです。驚かれるのも無理はありません。
縄梯子を片腕でヒョイヒョイと上がって行くなんて流石海賊です。私には到底真似できない腕力と俊敏さです。
船の甲板に下ろされ、漸く私の足は地面を踏むことができました。
ちょっと揺れている気がしますが慣れれば問題ないかと思われます。
自分の頭から横に立つヴェルノさんの足へ水平に手を動かしてみると腰よりも低く、膝よりはやや高い。…一応耳の一番長い部分で測ってみたのですが。
「何してんだ。」
呆れたような表情で見下ろされてしまいました。
「私ってとっても小さいですね。」
「人形だからな。」
せっかく歩けると思ったのに、またヒョイと抱き上げられてしまいます。
真上にはアイヴィーさんの顔。
頭の上にスリスリと顔を寄せられます。この体でも感覚はあるようで、頭の上に温かな感触がありました。
ぶらんと手足が宙に浮いている状態で少々不安定な体勢のまま動かない私を船員の一人が指差しました。
「船長、何ですかコレ!」
人を指差してはいけないのですよ。
…ヌイグルミの場合は良いんでしょうか?
「俺のペットだ。」
「ペットですか?」
「人形は船員にはなれねェからな。」
それもそうですね。濡れてふにょふにょになって、使い物にならなくなってしまいそうです。
潮風にさらされたらカピカピになりそうですし。
何はともあれ御挨拶というものは大事なのです。
「はじめまして、真白といいます。ヴェルノさんに買われたうさぎのヌイグルミです。役に立たないかもしれませんがお世話になりますので、よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げると意外にも「あ、あぁ」とか「お、おう」とか戸惑いながらも返事を返してくれました。
海賊とは言っても実は皆さん優しい方々なのかもしれませんね。
船員さん方も気になりましたが私はアイヴィーさんに抱えられて船内へと足を踏み入れました。
やはり暗いです。足元というか、廊下の角とか隅っこが見えません。
アイヴィーさんに船内を一人出歩かないよう注意されまます。
何故ですかと聞くと、とても良い笑顔で――
「こんなに暗いと蹴られたり踏まれちゃうでしょ?」
――と言われました。確かにその可能性は高いです。
思わず頷いた私にアイヴィーさんは声を上げて笑いました。
入り組んだ廊下や階段を進むと、大きな扉の部屋があって、先を歩いていたヴェルノさんがその扉を開けました。
暗さに慣れた視界に明るく柔らかな日の光が眩し過ぎて目が開けられません。
何度か目をシパシパさせているとまた可愛いと頭を撫でくり回されます。
ヴェルノさんは地図や本、様々宝石などが置かれた部屋の中央にある大きな椅子に腰掛け、私はその目の前にある大きな机の上に乗せられました。
アイヴィーさんは部屋を出て行ってしまいます。
…自分の身長よりも高い机では飛び降りるのは怖いですね。
金の瞳にジッと見つめられたので、私はヴェルノさんの目の前に失礼ながら座らせていただきました。
どうやら正解だったらしく、少し骨張って傷跡なんかが残る手が私の手を掴んで、何やら触り心地を確かめているようで。
私としては触られている感覚はありますが、それだけなのです。
「お前、元は人か?」
唐突な問いでしたが、はいと強く頷くとどうして人形になったんだと聞かれました。
答えられるのならば答えたいのですが、残念なことに私の中にその答えはありません。
分かりませんと言うとそうかと短く返されます。
あなたが何を求めているのか私には測り知ることは出来ません。
「私はこの船で何をすればいいのでしょうか?」
ヌイグルミでは皿を洗うことも洗濯をすることも出来ないかもしれません。せいぜい軽い荷物を運ぶかお掃除くらいしか思い浮かばないのです。
でもヴェルノさんの言葉は予想外でした。
何もする必要はねェ。
それでは何のために私を買ったのでしょう?思わず私は聞き返してしまいました。
「珍しいもんを手元に置いておきてェと思っただけだ。」
「では私の仕事はヴェルノさんのお傍にいることになりますね。」
「そうなるな。」
ヴェルノさんは私を見つめ、一言「お前が女じゃねェのが惜しいな、」ポツリと呟きます。
一応女ではありますが。そう言うとヌイグルミじゃ抱けないし、そんな気も起きないと言われました。
成る程そういう意味でしたか。ヌイグルミ相手ではどうしようもありませんね。
「申し訳ありませんが、私の体では抱き枕くらいにしかなれません。」
「まぁ、クッションくらいにはなるだろ。」
この船の中で私の仕事は二つできました。
いち、船長であるヴェルノさんの傍にいること。
に、抱き枕もしくはクッション代わりになること。
人間の体であれば少なからずドキドキする状況なのですが、いかんせんヌイグルミの体ではドキドキどころか心音すらしていないので少女漫画的展開は望めません。
ヴェルノさんは机の上に乗った沢山の宝物の中から何かを取り出すと、指で来いと示されました。
どこまで行けば良いのか分かりませんでしたので目の前まで近寄ってみることに。
首元で何やらゴソゴソと手を動かした後に満足げな顔で見下ろされました。