‘理不尽’という言葉を辞書で引いたことがはありますでしょうか?
物事の筋道が立たないこと。道理に合わないこと。
とりあえずそんな感じの内容が出てくると思います。
何故いきなりこんなことを言い出すのかって思うかもしれません。
だけど、こんな状況に陥ったら誰だって‘理不尽’という言葉を思い出すでしょう。
「今回の目玉商品は何と言っても此れ!!」
バッと音を立てて檻にかけられていた布が外されたます。
檻越しに大勢の人々が私を見ています。勿論、檻の中にいるのは私の方ですね。
ぼんやりと座って観客を眺めていれば脇に立っていた初老の男性が私の首に繋がっている鎖を引っ張っりました。
「何でも良いから動いて喋れ!」そんなことを言われましてもこんな狭い檻の中で何をして、何を話せと言うのでしょう。
見上げた先にあった初老の男性の目は異様にギラギラとして私を見ています。
仕舞いには言う事を聞かないと切り刻んでやるとまで脅されてしまいまして、仕方なく檻の中で立ち上がって観客へ顔を向けました。
それだけで観客はざわめき立ちます。あまりジッと見られると恥かしいのです。
「…こんにちは。初めまして。」
たったそれだけしか言っていないのに観客は総立ちで私を見ようとするものですから、ステージと客席を隔てる柵は今にも倒れてしまいそうなのです。
初老の男性は観客席へ向かって叫びました。
「いかがです?動いて喋る愛らしいヌイグルミ!中身は人間、なのに体はヌイグルミという不思議な存在!!こんなもの滅多にいませんよ?五千万ゼアから、さぁさぁ買った買った!!!」
そう、私は今人身売買の会場にいます。それも何故かうさぎのヌイグルミという姿で、です。
普通に学校から帰ろうとしていたのに気が付いたら古臭い路地っぽい所にいて、それも子どもが喜びそうな可愛らしい真っ白のもふもふフワフワなヌイグルミ。
自分の体でなければとても可愛いのです。
訳が分からずウロウロしていたせいで捕獲されてしまったのですね。大失態です。
…私はどうしてこうボンヤリさんなのでしょうか?
六千万、七千万と跳ね上がっていく売値を聞きながら今後どうするべきか思案していると、不意によく通る声が会場に響き渡りました。
「――…一億だ。」
どよっと一際ざわめいた観客が揃って声のした方向へ顔を向けます。
私もそれに倣って檻の鉄格子の隙間から声の主を見ました。男の方ですね。
大勢の観客の注目を浴びても物怖じせず、堂々と歩いて来た男性は近くで見るとかなりイケメンさんで、頭に巻かれた布はどこかアジアンっぽいのです。
深い青色の髪に黄金色の鋭い瞳のそのイケメンさんは一度私を見て、それから背後にいた数人をチラリと見て、初老の男性へ顎で示します。
数人のうちの一人でガタイの良いお兄さんが持っていたケースのようなものをドン!とステージに下ろしました。とても重そうな音です。
初老の男性がケースを開けると中にはギッシリ詰まった札束のようなもの。
…初めて大量の札束というものを見ました。
驚いて見ていると初老の男は愛想良く笑って「一億以上はいませんね?では商談成立!」と声高らかに言い、私の入った檻の鍵をお兄さんに手渡しました。
お兄さんはアッサリ檻の鍵を開けると私を持ち上げます。
乱暴に扱われるのではと思いましたが、予想より丁寧に檻から出され、抱っこしてくれました。
先に言っておきますがイケメンさんは綺麗系の美形さんで、お兄さんは髪を編み込んでサングラスをかけたレゲエのような男らしい美形さん。
…レゲエさんがうさぎのヌイグルミを抱えてる図ってとっても変じゃありませんか?
誰もそのことに突っ込まないのが不思議です。何とも思っていないのでしょうか。
首の鎖は付けられたまま私はお兄さんに抱っこされて人身売買会場を出ました。
外はお世辞にも綺麗とは言えないませんが、ヨーロッパ調っぽい建物が広がる大通りには屋台がひしめき合い、物を売っていたり、何かを作っていたりと様々な人々がいます。
「おい。」
ドレス姿で目の前を横切って行った女性を追いかけて見つめていると首がグイと横に引かれました。
顔をそちらへ向けるとイケメンさんが私の首に繋がる鎖を持って見下ろしてきます。
「なんでしょうか?」
首を傾げて返事を返すと私を持っているお兄さんが「キャーッ、可愛いっ!!」と頬をすり寄せて来ました。
え、お兄さんはその姿でまさかのおネエ言葉を駆使しちゃう方なのですか?
ちょっとしたショックを受けながらもイケメンさんの視線を見つめ返していると、イケメンさんはニヤリと悪い笑みを浮べます。
カッコイイ人はどんな表情をしてもカッコイイのですね。
「お前、俺が誰だか分かるか?」
いいえ。全く以って分かりません。首を横に振って素直に返事を返します。
するとイケメンさんは殊更愉しそうに目を細めて私をお兄さんの腕の中から奪い取りました。
さっきまでは何も反応を示さなかったイケメンさんの後ろにいる人々が、ギョッとした表情で私とイケメンさんを見ます。
お兄さんに至っては私を返せとイケメンさんに文句を言っています。
イケメンさんはそれら全てを完璧スルーして私の首から鎖を外してくださいました。
「俺の名はヴェルノ=ウルフガング。…海賊だ。」
「アタシはアイヴィー=クウォーク、ヴェルノは船長でアタシは副船長なのよぉ。」
イケメンさんはヴェルノさん、お兄さんはアイヴィーさん。
アイヴィーさんは語尾にハートがついてそうな様子ですね。
頭を撫でられながら「可愛いうさぎちゃんの名前はぁ?」と問われたので答えます。
「真白(ましろ)といいます。」
「あらぁ、見た目通りの名前なのね。」
「あ、そうなりますね。気付きませんでした。」
今の体は真っ白なヌイグルミなので真白という名前は見たまんま。
でも、元々の名前なので変えようもありません。
私はヴェルノさんに抱えられたまま街を後にしました。