丁度タイミング良く扉がノックされ、入って来たのはアイヴィーさん。私を見て黄色い声――で、いいのでしょうか――を上げて抱きついてきます。
「いやーん!すっごく似合ってるわ〜!!可愛い!!」
ほらと鏡を前に置いてもらえると、真っ白なヌイグルミの首元には蝶々結びされた黒と白のストライプリボン。リボンの中央には青い大きめの宝石が輝いていました。
鏡の中から見つめてくるうさぎのヌイグルミは赤い目で見つめ返してきます。
花の模様が薄っすら描かれた白いワンピース姿のうさぎは私ですね。初めてヌイグルミの全貌を見ることができました。
振り返るとヴェルノさんとバッチリ目が合います。
「こんな高価な物、いただいていいのですか?」
「あぁ。どうせ奪ったモンだ。」
海賊というものはもしかすると下手に働くよりお金になるのかもしれません。
大切にしなければいけませんね。
首輪のようにも見えますが、せっかくの好意を無碍にする訳にもいきませんし、光り物は大好きです。
アイヴィーさんは何やら数枚の紙をヴェルノさんに渡して難しいお話を始めてしまいました。
二人ともとても真剣な表情なので私は黙って待機するとしましょう。
机に端にぺたんと座って傍の宝物の小山をしげしげと眺めて待ちます。どれもキラキラしていて綺麗なのです。
一番近くにあった腕輪を拝借させていただいて着けてみましたが、やっぱりヌイグルミの腕には大きすぎてダメですね。大きな宝石を中心に透明で小さめな宝石がいくつも絡み合って出来た腕輪は少々重さがあります。
一体どれほどの価値があるのでしょうか?
する事もありませんので一緒に置いてあった少し汚れた布で腕輪を磨きます。多分この布は宝物を磨くための布なのです。
地味な作業ですがやり出すと楽しくて腕輪だけでなく傍にあった小山の物を丁寧に拭いてしまいました。
何かが綺麗になるという事はとても清々しい気持ちになります。
ヌイグルミなので汗なんて出ませんが、額を拭ってしまうのはクセですね。
結構な時間をかけて拭き終わるとポンと頭に手が乗ってきました。見上げるとヴェルノさんが可笑しそうに笑っています。
「随分熱心だったな。」
何せ光り物は大好きですから。
何時の間にはアイヴィーさんはいなくなっていました。何時の間に。
私は一仕事終えた心地よさに机の上に寝転がってしまうことにしました。ヌイグルミでは行儀が悪いとか、はしたないなんてないでしょうし。
耳がカサリと何かに乗ってしまいました。
起き上がると先程アイヴィーさんが置いていった紙のようで、同じ大きさの何枚かの紙には何やら色々と線やら文字が書かれてあります。
…これはもしかしなくとも地図なのでしょうか。
文字や線を見ながら机の上に並べてみるとパズルのようでちょっと面白いのです。
随分変な形の島が現れました。片方は真っ平らなのですがもう反対側はリアス式海岸によく似た所がいくつもあります。…まるで一つの島が半分に裂けたようなのです。
丸いヌイグルミの手でなぞってみたりなんかしていましたらヴェルノさんに汚れるからと取り上げられてしまいました。
もう少し見ていたかったのに残念です。
ヴェルノさんが懐から出した銃を掃除し始めたので今度はそちらを見学することにしました。
現代のようにマガジンを入れるタイプではなく、古いリボルバータイプで丁寧に汚れを拭いたりシリンダー部分を確認したりと忙しそうです。
転がされていた弾丸は丸い先端をしています。
船の揺れで机から転がり落ちそうになっていたのでワンピースのスカート部分に入れて安全確保。弾丸を入れる時に手渡しましたら何してんだと苦笑されてしまいました。
銃の手入れを済ませてしまうと用事はなくなってしまったらしくヴェルノさんは椅子から立ち上がります。
意を決して机から飛び降りようとした私に気付いてくださって、抱えてもらいました。
歩きたいなと思ったのは秘密です。
どちらにせよ私の今の身長では扉のドアノブまで手が届きませんから部屋を出ることもできませんし。
薄暗い廊下を歩いていますと船員さん方が何人か掃除をしたり洗濯をしたりと忙しそうにしていて、少し申し訳ない思いを感じます。役立たずなヌイグルミの体が恨めしい。
甲板へ出た私は目が点になりました。
だって三百六十度全てが青いのです。
何時の間に出航したのでしょう?
明るい空の青と濃い海の青、海独特の磯の香りが全身を包み込みます。こんな広大な海の風景を見たのは初めてでしたので私の口は開きっぱなしなのです。
…このヌイグルミでは口は見えませんが。
ヴェルノさんは船首の縁で海を眺めます。私も縁に乗りたかったのですが落ちては一大事なので置いてありました木箱の上に座ることにしました。そうすると丁度縁から頭だけ出るので安心して海を見ることが出来るのです。
でもヌイグルミというものはとても不便です。
ちょっと大きな波が来て船体がグラリと傾くと頭でっかちなこの体は、勢いに耐え切れずコロンと転がってしまうのです。
箱から落ちた私をチラリと見て「苦労してるな。」なんて言うヴェルノさんでしたが、そう思うのでしたら箱の上に戻るのを手伝って欲しかったです。
優しいかと思えば船長さんはちょっと意地悪でした。
漸く箱の上に戻ると綺麗なカモメさんが丁度船の縁にとまります。黒い瞳がキュートです。
ジッと見つめていたらカモメさんが突然口を開きました。
【あんた変な姿をしているね。】
ビックリです。まさかカモメさんの言葉が分かるとは。
「ヌイグルミですから。」
【ぬいぐるみ?それって人間の子どもが持っているやつかい?】
「はい。中身は人間ですけど、体はヌイグルミなんです。」
【へぇ!不思議だねぇ。】
どうやらお話好きなカモメさんは本当に不思議そうに首を傾げて私の手を嘴で軽く突付きます。
カモメさんの翼を撫でさせてもらっていますとヴェルノさんが私とカモメさんの様子を見ている事に気が付きました。
「誰と話してるんだ。」
「カモメさんです。」
「…分かるのか?」
「はい。何故だか普通にお話できるようです。」
ヴェルノさんはカモメさんを見ました。
カモメさんは空を見上げると【あら、】と首を傾げます。
どうしたんですかと尋ねましたらもうすぐ嵐が来そうだと教えてくれました。でも空は気持ち良いくらい快晴なのです。
またねと言って飛んで行ってしまったカモメさんを見送ってから私もヴェルノさんへ嵐の報告を。
「これから嵐が来るかもしれないそうです。」
「あのカモメが言ってたのか?」
「はい。」
ヴェルノさんは少し考えた後、傍を通りかかった船員さんに嵐が着た時のための準備をしておくようにと声をかけました。
信じてもらえたようで嬉しく思います。