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会場に着き、今日は観客席で観戦といういいご身分の1軍メンバーとは別れ2軍の部員たちに控え室まで着いていく。
控え室までの通路を歩いていると、今日同じ会場で試合をする泉真館高校のジャージを着た選手とすれ違った。そうだ、今日は秀徳や誠凛のメンバーもここにいるんだ。モブの顔まで覚えていないからわからないが、この人たちも漫画に登場していたんだろうか。柄にもなくテンションが少し上がってしまい、キョロキョロしながら歩を進める。そんな私に霧崎部員が怪訝そうな視線を浴びせかけているのを感じていると、前方の自販機の近くにオレンジ色のジャージを着た選手二人が立っていた。遠目からでも目立つその外見を目にして思わず声を上げてしまう。

「あっ!!」

「…何?蒼井さっきからおかしいんだけど」

「な、なんでもない…ほら、控え室着いたからみんな入って」

「ちょ、押すなって」

完全に訝しがっている同学年の部員の背中をぐいぐい押して控え室にブチ込む。部員全員が控え室に入ったのを確認してドアを閉め、もう一度自販機がある方に目を向ける。

キタ!!

間違いない、あの緑髪とでこっぱちは…秀徳の緑間真太郎と高尾和成!!うわ、あの二人が動いてる…!!霧崎のアイツらを初めて見たときなんかより百億倍嬉しい。てか緑間くんすっごい美人なんですけど!
興奮のあまり二人を血走った目で凝視する私の視線を感じたのか、高尾くんがこちらを向いた。
霧崎部員と同じく、不審げに目を細めた高尾くんにならって緑間くんもこちらを向いた。接触できるチャンスなんて今しかないかもしれない、多少変人だと思われてもここは行くべきだろう。やっと夢だった黒バスのキャラと対面できるんだ…!
呼吸を整えて、大股で彼らの元へ一歩踏み出したその瞬間。
私の身体は何者かによって強い力で後ろに引き戻された。その拍子に足がもつれ、後ろの人物に背中をあずける体勢になる。こんな乱暴なことしてくる奴は一人しか思い浮かばない。私はわざとらしいため息を吐きながら頭を上にもたげた。

「またお前か」

「…何チョロチョロしてんだバァカ」

私の手を引いたのは予想通り、観客席に居るはずの花宮真だった。チョロチョロしてんのはお前の方だろう。ムカつくからわざと花宮真に背中で体重を掛けまくったらお尻を膝で蹴られた。ありえない。最低。

「…てか、こんなことしてる場合じゃなかった。ごめん今あんたのお守りしてる暇ないんだわ」

「ふざけんな、お前みたいな無能の尻拭いさせられてるオレの身にもなれカスが」

後ろでピーピー喚いている花宮真を無視して秀徳1年コンビの方に目を向ける。もうどこかへ行ってしまっているのではと焦ったが、幸いまだ二人は自販機の前でこちらを向いていた。…が、さっきとは様子が違う。
彼らは明らかに敵意のこもった目で私と、私の後ろの悪童を睨んでいたのだ。
最悪だ、悪名高すぎんだろコイツ。私関係ないのに超睨まれてるし。未だ手を掴んでくる花宮真を私も睨み上げる。アンタが近くにいると私のイメージまで悪くなるんですけど!

「ちょっとマジで離して。キモイ痛い臭い」

「…チッ」

「あっ、ちょっと!!」

私の浴びせた痛罵に舌打ちをした花宮真は、そのまま私の手を引っ張って会場の出口まで連れて行こうとする。何を考えてるんだコイツは。コイツなんかのために秀徳の二人との接触チャンスをみすみす逃してたまるかと必死で抵抗するが、バスケ部強豪校のキャプテンの力には敵うはずもなく、そのままずるずると引きずられていく。ちくしょう!!せめて…せめてコイツと仲良くなんてないことを彼らに知っていて欲しい!私は大声で叫んだ。

「花宮くっせぇ!!」

「うるせぇな!!」

花宮真が私の小学生並みの悪口に食い気味にキレた直後、背後で高尾くんが発したであろうブハッという吹き出すような音が聞こえたので、私は安堵しながら会場の外まで大人しく引きずられることとなった。



花宮真は、私を会場外のアプローチのところまで連れてくるとそこでやっと手を離した。
またしてもこちらを振り向かない花宮真の背中を私は見つめる。あの時と一緒だ。視聴覚室の外へ私を引きずり出した時と、シチュエーションも、背中も。
先程は、私の夢だった黒バスの登場人物と接触する機会を奪いやがった目の前のコイツにどんな罵詈雑言を浴びせかけてやろうかと考えていたが、口をついて出たのは頭で練り込んでいた汚い言葉とは真逆の一言だった。

「…ごめんね」

風の音にさらわれてしまいそうなくらい小さく響かせた声は、ちゃんと花宮真に届いたらしい。振り向いたその顔は、私の真意を探るように眉を顰めていた。

「あ?」

「花宮が信じてないとしても、言うべきじゃなかったと思う」

私の曖昧な言葉で何のことか理解したらしい花宮真は、少し目を見開いたあといつもみたいに変な笑い声を発した。

「別にそんなこと聞きたくてここ連れてきたんじゃねぇけどな。…オイ、今日の秀徳戦どっちが勝つんだ」

「…言わない」

「言え。言わないと退部にすんぞ」

「最っ低…」

今度は私が花宮真の本心を探るような苦い表情になる。何ニヤニヤしてんの、怒ってないの?やっぱり私の言うこと信じてるの?
もう彼らが動揺する可能性があるようなことは言いたくなかったが、自分の立場を利用した脅しに屈してしまった私は先ほど謝罪の言葉を発した時よりももっと小さい声でポソッと呟いた。

「ウチがダブルスコアで負ける」

「ふはっ!まぁ、懲りねぇキチガイ発言に免じて許してやるよ」

「はぁ!?アンタが言わせたん…ぶっ!!」

私の怒声にニヤニヤ気持ち悪く笑いながら、花宮真は手に持っていた何かを私の顔面に思い切りぶつけてきた。ちょっと、まあまあ痛かったんですけど。
ガサッと音を立てて地面に落ちたそれは、花宮真が朝からずっと手に持っていた紙袋だった。花宮真の顔色を窺いつつ、紙袋を拾う。ずっと不機嫌そうに地面を睨みつけているが、制止こそされなかったので見てもいいと判断して、中身をそっと覗いた。

「…え…?」

中には、私がいつも目にしているけれど私だけが持っていないもの。

「これ…」

「部室に大量に余ってて邪魔なんだよ」

紙袋から静かに取り出し、広げてそれの全体像を確認する。
紛れもない、霧崎バスケ部のジャージだ。ただただびっくりしてジャージを見つめ続ける私に、花宮真は続ける。

「ウィンターカップ予選の決勝に行くことが目的なんだったらもうすぐマネージャー辞めんだろ?どっちにしろゴミだから代わりに処分しとけ」

そうだ、私ウィンターカップの決勝が終わったらすぐに辞めてやるって思ってたっけ。…そんなこと、

「そんなことすっかり忘れてた…」

花宮真と全く会話をしていなかった期間に、この気まずい空気のままマネージャーを続けるのは難しいと感じたことがある。どうせすぐに辞めるんだから、そんな心配はさらさら無用なのに。私は無意識に、これからもずっと大嫌いなバスケ部を一番傍で見ていくつもりだったんだ。

「ふはっ、こんなもんで喜ぶなんてつくづく安い女だなてめぇは」

「喜んでなんか…っ!!」

反論しようとして、すぐに口を手でおさえた。弁解の余地もないほど、自分の表情が緩んでいることに気づいたから。こんな奴にでも、私の居場所を与えられたことが嬉しくて。
未だジャージを手に広げたまま固まっている私を置いて、花宮真は会場の入口へと戻っていく。

このジャージを着たら霧崎バスケ部の関係者と見なされるだろう。きっと、部員たちと同じように周囲から不愉快と憎悪の混じった目で見られるだろう。

そんな考えをどうでもいいとかなぐり捨てるように、花宮真に霧崎バスケ部員と認められた証を勢いよく制服の上に羽織って、私は花宮真の背中を追い掛けた。



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