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ウィンターカップ予選の決勝リーグ1日目、霧崎第一バスケ部は学校の最寄駅に集まっていた。空は透き通るほどの快晴で、今日は過ごしやすい一日になりそうだ。

「マネージャー、まだ瀬戸が来てませーん」

「知るか。ほっといて行くよ」

今日は秀徳戦だ。確か当て馬として2軍と試合させていたはず。ボタン一人いなかろうと支障はないだろう。まあ、観客席で惰眠を貪っている描写があったので遅れても会場には来るのだろうが。

先日の対鳴成の試合は、知っていた通り霧崎のボロ勝ちだった。もう何度も見ているのでラフプレーに関しては何も思わなかったが、試合後の観客の私たちを見る目には少しげんなりとした。私は制服姿で、部のジャージを着ていないので(というか与えられていない)多少は嫌悪の目から逃れられたが、ほかの部員は面白いぐらい睨まれていた。それでも肩で風を切って歩いていたレギュラーメンバーはさすがと言うべきか。

部員全員が会場へと赴くので、かなりの人数が電車に乗り込むことになる。幸い昼前の空いている時間なので、乗客に迷惑をかけることはないだろう。
我先に座席に座ろうとする原一哉の頭をはたきつつ、瀬戸健太郎以外の全員が乗っているか適当に確認する。車両内に秩序なく散らばっている部員たちに一ヵ所に集まるよう指示すると、こちらを見ている花宮真と目が合った。
視聴覚室での件を思い出して勝手に気まずくなった私はすぐに目を逸らす。
そもそも最初から仲がよかった訳ではないので私と花宮真の間に溝があるのも当然ではあるが、ここ1ヶ月まともに話もせず、溝が埋まりも深くなりもしないこの状況はさすがにやりづらい。
私も霧崎バスケ部の練習風景だけは嫌いじゃないと認めてからは以前と比べたら仕事を請け負うようになったし、部員たちと話をするようにもなった。だからアイツと無理に意志疎通を図らなくともマネージャー業はこなせる。それでもこのままずっと一定の距離を保ちながら部活を続けていくのは難しいような気がした。

「あ、そこ席空いたからマネージャー座んなよ」

「いいよアンタ座りな」

「いーからいーから」

「わっ、」

都市部に近い駅で乗客が一気に吐き出されたのち、1つだけ空いていた席に原一哉に両肩を押される形で座らされた。お前さっきあんだけ座りたそうにしてたじゃんか。
試合前の選手を差し置いて自分だけ座ることに後ろめたさを覚えつつももう席に着いてしまったし、と居直る。ふと視界の端に見慣れた霧崎のジャージが見えた。

「!!」

驚きのあまり声が出そうになったがすんでのところで堪える。隣に花宮真が座ってるとか!!てか他の部員みんな立ってんのにコイツはいつから座ってたんだ、どうせ試合出ないんだから他の部員に席譲れや、とか自分を棚に上げた思いを巡らせながら隣の席でだるそうに腕を組んでいる花宮真を見つめる。
私の怪訝そうな視線に花宮真は一瞬こちらを見て私の姿を認めたが、すぐに顔ごと逸らされた。
どういうつもりだ、と私は目の前に立っている原一哉を睨み上げる。コイツが私と花宮真の険悪な空気を感じ取っていないわけがない。原一哉は両手をつり革に捕まらせながら、ガムを膨らませてニヤニヤと笑っているだけだった。

まあ、いい。気まずいのも電車を降りるまでの数分だけだ。私も無視を決め込んで、選手である原一哉の足に蹴りを入れるというマネージャーとしてあるまじき行為をとってから目を閉じる。
突然、ガタン、と言う音とともに電車が揺れた。直後カーブに入ったのか、重力に従って傾く車内。部員がよたよたとよろめいているが、バランスを崩しているのは座っている私も同じで。

「ちょ、ちょ、ちょ…」

心の焦りが声に漏れる。私は今、見事に全体重を花宮真に預けてしまっているのだ。身長差から花宮真の肩に顔が乗ってしまい、その距離は限りなく近い。い…いたたまれない…!!

「…ごめん…」

完全に私からそっぽを向いているので花宮真の表情はわからない。が、不機嫌そうに眉をひそめているのは明らかだ。この気まずさから脱却したくて、私も眉間に皺を寄せてしぶしぶといった風に謝る。

「…マジ迷惑だわ。お前みたいなブスに寄っ掛かられても嬉しくねーんだよ。キモい重い臭い」

「はぁぁ!?臭くはないでしょ!!」

あまりのデリカシーのない発言に、反応が返ってきたことに驚きながら顔を上げる。いつの間にかこちらを向いていた花宮真と近い距離で視線がかち合い、追い討ちをかけようと開きかけていた口をつぐむ。花宮真もギョッとした表情をして、舌打ちをしながら前を向いた。
やっとカーブを乗り越えたらしい電車は、数十秒ぶりに体勢を立て直す。私もすぐに花宮真から離れて姿勢を正した。

「あーキモかった。あれぐらいの傾きに踏ん張る体力もねーのかよ」

「…うるっさいな!!最初っから座ってるアンタに言われたくないんだけど!!」

「オレは荷物が沢山あるからいいんだよ。誰かさんが仕事しないせいでオレが荷物持ちを任される羽目に…」

「どうせ余計なモン持ってきてんでしょ!!さっきから思ってたけどこの紙袋超邪魔!!カバンに詰め込めあるいは捨てろ」

コイツ、ほんとはめちゃめちゃ馬鹿なんじゃないの!?口喧嘩が小学生並なんですけど。まだギャンギャン吠えてくる隣の男にイラついて足元の紙袋を蹴り飛ばした。足癖が悪いと自分でも思う。
倒れた紙袋を見て、これまで我関せずな態度だった原一哉がなぜか吹き出していた。

「死ねよお前マジで死ね。線路の上で寝とけ轢いてやるから」

「あーもーうるさい!!チェンジ!!原ここ座れ!!」

「花宮、蒼井、うるさい。駅に着いたぞ」

終わりの見えない私と花宮真の諍いにとうとう古橋康次郎が割って入ってきた。花宮真は勢いよく立ち上がって真っ先に電車を降りていく。
もう、何なんだよ。久しぶりに喋ったかと思ったらまた喧嘩腰の態度とってきて…

あ。

私、花宮真と久しぶりに喋ったんだ。

「蒼井、何で笑ってるんだ?」

「…え?」

「あー、あれ瀬戸じゃね?」

「タクシーで来んなバカ!!」


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