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霧崎第一バスケ部の見知った面々が、ジャージ姿でボールを手に佇んでいる。
花宮真がボールを数回地面につき、ミニゲームが始まった。
彼らとお揃いのジャージを着ている私も最初は遠くからその姿を眺めていたが、やがて輪に加わって不慣れな動作で一緒にボールを追いかけ出す。
随分と長時間ゲームをしていたはずだが、その間ラフプレーは一度もなかった。

「…」

目を閉じたまま、手探りで起床時間を告げている目覚まし時計を探す。なんて夢を見ているんだ私は。昔なら寝ゲロしてるレベルで不快な夢だっただろう。でも、今は。

「…もうちょっと見てたかったなぁ…」

ベッドから身体を起こし、機械音の止んだ目覚まし時計を撫でながら呟く。

この気持ちは何だろう。

ベッドから出て、自室を見渡す。前世の私とは明らかに違う趣味の色合いの家具が並ぶ部屋。この世界での私の母親らしい人が私を呼ぶ声が階下から聞こえてくる。
どうして私はこの世界に来たんだろ。解らないことだらけだ。
その謎も、今日解けたりするのかな。私の胸に棲みつくこの気持ちの名前が解ったりするのかな。
両頬を一度パンッと叩き、制服に着替えてその上にジャージを纏う。
もう一度聞こえてきた母親の声に応えながら階段を駆け下りた。

今日、ウィンターカップ予選の決勝として誠凛高校対霧崎第一高校の試合が行われる。



会場に着き、やはり心なしかピリついた空気の部員たちに控え室まで着いていく。私まで緊張してしまいそうになるのを堪え、各々ストレッチなどを始めている部員の横で救急箱の中身を確認する。

「…あ」

「んだよ、忘れ物か無能マネ」

一人ストレッチもせずロッカーにもたれかかってあぐらをかいている花宮真が私のつぶやきに反応する。普通に聞けばいいのに、いちいち減らず口を叩いてくる隣の男にジト目で冷たい視線を送りながら私は立ち上がった。

「テーピングの残りがちょっと少ないかも。大丈夫だと思うけど一応売店で予備買ってくる」

「無能無能無能。ちゃんと用意しとけバァカ」

「うっざ…部費でお菓子買ってやるから。バレて部活停止になれ」

「は?横領罪だぞ死ねよ犯罪者」

「早くテーピング買ってこい蒼井。花宮もそろそろ着替えたほうがいい」

「チッ」

「チッ」

試合前の部員の精神状態を悪化させるような私たちの汚い言葉の応酬に古橋が仲裁に入る。最近は彼は私と花宮真のいいストッパーになってくれている。
ムカついたので原のスポーツバッグを蹴り飛ばし(後ろで「何で!?」と声が聞こえたが全力でシカトした)、控え室を後にした。



売店でちゃんとテーピングだけを購入して先ほど歩いた道のりを引き返す。歩きながら今日の夜ご飯は何かなー、こっちの母親は料理がすごく上手だからテンション上がるわー、などと雑念を思い浮かべる。他校の控え室のドアの前を通りかかったとき、ちょうどそのドアが開いた。

「オイ黒子どこ行くんだよ!試合前にウロウロすんなっつの」

「ちょっと二号散歩させてきます。しばらく控え室で留守番で可哀想なので」

「つーか、毎度会場に連れてきてんじゃねーよ!!」

「連れてきたのボクじゃないです」

目の前で繰り広げられている口争いを、ポカンとしながら眺める。手に持っていたテーピングを落としたところでハッと我に返り、無礼ながら指を指して叫んでしまった。

「火神大我!!」

「…あ?誰だアンタ?」

見知らぬ女に名前を呼ばれたことで不審げにこちらを見つめる背の高い男の子。どっからどうみてもあの火神くんだ。誠凛の子達にも会えるとは思っていたけど、こんな近くで姿が拝めるとは。秀徳コンビと出くわした時といい、なかなかの強運を持ち合わせているかもしれない。

「火神くん有名なんですね」

「うわあ!!黒子くん!」

「え」

先ほどの二人のやり取りを聞いていたはずなのに、黒子くんがいることを忘れて驚いてしまった。本当に影薄いんだな、この子…
状況が飲み込めず困惑している二人をよそに、興奮してしまっている私は舐め回すように二人と一匹を見る。すると、再度控え室の扉が開いた。そこから顔を出したのは、誠凛のキャプテンとバスケ部創部者で、私は今以上に目を丸くする。

「お前ら大人しく中入っとけダァホ!」

「あっ、日向先パ…や、コイツが2号散歩連れてくとか言うから」

「誰だまた犬連れてきたのは!!」

「いやあ今日は冷え込むから湯たんぽがわりにと思ってな」

「お前かよ木吉!!」

日向先輩の生ダァホを頂いてしまった…!漫画で見たような誠凛メンバーのやりとりに半ば恍惚としながら聞き入っていると、やっとこちらに気づいたらしい日向先輩と目が合った。
その瞬間、呆れたように目を細めていた彼の表情が憎々しげなものに変わった。まるで、緑間くんや高尾くんが花宮真を見た時のような。いや、日向先輩の視線からはそれよりももっと大きい憎悪の念を感じる。
私を、というより私のジャージを見据えつつ日向先輩は低く唸る。

「…霧崎の人が控え室まで何の用すか」

日向先輩の声に黒子くんと火神くんは驚愕してこちらを向く。私の左胸で踊っている校名を目にして、二人の目も日向先輩と同じ感情を露わにした目になった。

「んだよ、例のクソヤロー共の共謀者か。オレらの名前も知ってる訳だぜ」

「…あ…」

「みんな顔が怖いぞー。この子は関係ないかもしれないだろ」

こんなにも剥き出しの負の感情を一手に背負ったことがなかった私は混乱し、言い訳の言葉も紡げずただ狼狽える。今にも食って掛かってきそうな日向先輩の肩をポンポンと叩き、木吉先輩は穏やかに笑い諭すように言った。
だが、私への疑念は隠せておらず、こちらの方は一度として見ない。

「何でそうお前は楽観的なんだよ…オラ、もう控え室戻っとけ」

一度深くため息を吐いて心を落ち着かせたらしい日向先輩は、先程と打って変わってキャプテンらしい表情に戻り同級生や後輩を控え室に押し込む。四人が控え室へ消えていく間、誰一人として私の方を見なかったが、ドアが閉まる寸前黒子くんがこちらを横目で見た。そして、一言呟いた。その言葉に喉の奥がヒュッと音を立てた。



重厚な扉の閉まる音と共に私は通路に一人になる。ショックで頭の中がぐるぐるして、息がうまくできない。歯を食いしばり、情けない顔になってしまうのを抑える。
霧崎第一のバスケ部員になるというのはこういうことだ。ずっと憧れていた人たちに敵意を向けられるのだということも予想がついていた。
それでも、いざ憎悪の念を向けられても、私はこのジャージを脱ぎ捨てられないんだな。

覚束無い足取りで霧崎の控え室に戻ると、ちょうど部員がコートに移動するところだったようで、控え室からぞろぞろと部員が出てきた。
花宮真がこちらに気づき、おっせーよ、と言いながら中指を立ててくる。
今まさに卑劣な行為に及ばんとしている部員たちの背中に、何故か頼もしさを感じてしまう私は頭がおかしいんだと思う。


この気持ちの名前は、まだ解らない。


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