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広い室内で、スクリーン上の観客の歓声だけが聞こえる。

「…は」

開かれた口から小さく息を漏らす花宮真から視線を逸らし、私は小さな声で続けた。

「今年はその二人を主軸に展開している試合が多いから一年だと思って油断せずに注意したほうがいい」

「やめろ」

「木吉鉄平も、復活した。体力に難はあるけど、プレイの水準の高さは去年と変わってな」

「やめろっつってんだろ!!!」

抑揚なく綴られた言葉を遮り、花宮真は室内に響き渡る声で吠えた。背後の異常な空気に、今度こそ周りの部員はざわつき出した。

「花宮、どうしたんだ」

珍しく慌てた様子の古橋康次郎は立ち上がり一度映像を止める。
周囲に視線を泳がせ、歯を食いしばった眼前の男。

「何でもねぇよ。スカウティング続けとけ」

舌打ち混じりに指示を飛ばした後、花宮真は視聴覚室を出ていった。
私のブレザーの襟を乱暴に掴んで引きずりながら。



騒然とした室内をあとにしても、花宮真は私から手を離さないまま歩き続けた。首根っこを掴まれて体勢を崩したまま無理矢理歩かされている私は、抵抗することもなく黙っている。
…まあ、部員を揺さぶるようなこと言った私が悪い…か。胸ぐらの次は首根っこを掴むのかと、相変わらずの乱暴な態度にはやはり苛つくが。
無茶な姿勢で歩を進めるのも限界がきたらしく、バランスを崩してとうとう地面にくずおれてしまった。その拍子にやっと襟から手が離れ、当事者も足を止める。

「…いった…」

「……」

私がわざわざコイツの逆鱗に触れる言動をとったにせよこの扱いはむかつくので、一言ぐらい憎まれ口を叩いてやろうと花宮真を見上げたが、その瞬間地面に手をついたままの姿勢で固まってしまった。

目の前には私が予想していた花宮真はいなかったから。
いつもみたいに敵意剥き出しの目で私を見下ろしているのかと思った。怒りに唇と眉を歪ませているのかと思った。
でも、私が目にしているのはそのどちらの花宮真でもなくて。

ただ苦しそうに、悲しそうに笑っている。

「ふはっ…」

「はなみや、…?」

やめてよ、何でそんな情けない顔見せるの。いつもみたいに傲慢不遜な態度で私に突っ掛かってきてよ。じゃないと私も言い返せない。

「お前は、試合結果を知っていると言った。誠凛との試合の結果を。本当か嘘かは今はどうでもいい。だが…お前が知っていると仮定して、お前が助言めいた事を俺に言ってきたってことは……オレは」

何で、そんな苦しそうに話すの。アンタは勝つことになんて興味ないんでしょう。なんで私が言ったこと覚えてるの。そんなんじゃ、まるで、

「オレたちは、負けるってことか…?」

まるでアンタが負けたくないって言ってるみたいじゃんか。
今まで聞いたこともない消え入るような花宮真の声に、私まで思わず眉を下げてしまう。

暫しの沈黙の後、花宮真はゆっくりと目を閉じて息を吐き、そして視聴覚室へと歩いていく。

「まぁ、仮定の話だ。お前が未来の出来事を知っているなんてこと信じるよりお前がただのキチガイだと考える方が余程現実的だしな。嘘くせー茶番に付き合うのもいい加減疲れるわ」

声色は元の調子に戻っていた。でも、私はその背中を見つめることしか出来なかった。



「…っ、…」

花宮真が目の前から居なくなったことで緊張の糸が緩み、嗚咽が出そうになる口を手の甲で抑える。

私は許されないことをしてしまったんだ。
彼らがおそらくこの先知るであろう情報を、知るべきではない場面で知らせた。
何がルール違反じゃない、だ。完全にアウトだ。ただのひとりの人間が、神様みたいなことをして花宮真の心を乱したんだ。

でも、ただアイツの歪んだ顔見たさに誠凛の情報を知らせたんじゃない。

彼らのことは好きになれるはずもないが、ただ一つ。
バスケに対して、決して真っ直ぐにではないが向き合っているあいつらの姿を、美しいと感じてしまったから。

この感情は一体何だろう。今まで感じることもなく、これから先もこんな気持ちになることもないと思っていたこの感情は。

私は目をぎゅっととじたまま、いつまでもその場でうずくまっていた。


それからウィンターカップ予選の決勝リーグまでの一ヶ月、私が花宮真と言葉を交わすことはなかった。

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