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教室のものよりも少しばかりお金がかけられている椅子にふんぞり返りながら、警戒心満載の目でこちらを見つめる部員どもをボーッと見つめ返す。

「おい」

「…」

「シカトぶっこいてんじゃねえぞブスコラ」

「ハイじゃあ鳴成高校の試合のDVD再生するね」

「仕切んな!!」

花宮真の耳障りな声が広い視聴覚室を支配する。再生ボタンを押そうとデッキに向けたリモコンを横取りして、私の代わりにDVDを再生させる花宮真。結局押すんだったら同じじゃん。

「レギュラーメンバーだけ集まれっつったんだよ。無能マネは帰れ無能マネは」

花宮真はリモコンを机に放り投げながら、視聴覚室の後ろの方に移動して行った。リモコンは大きな音を立てて机の上に留まる。オイオイ、学校の備品の扱い方悪すぎだろ。

「いつも部活と試合以外の集まりには顔出さないのに今日に限って何考えてるんですかー?」

花宮真が一番後ろの席に座ったのを皮切りに、ほかの部員たちも適当な位置に座り始めた。原一哉もその一人で、わざわざ私の右隣に座りながらこちらへの疑念を隠すことなくこちらに向けてくる。

「うっさい。隣座んな」

ガムの甘ったるい匂いに胸やけがする。何考えてるのかなんて、そんなの。
…私にも分かんない。
今日は久しぶりに部活が休みで、ほんとなら家でドラクエざんまいの予定だったのに。何で必要性がないのに嫌いな奴らとビデオ鑑賞会してんだろ。

「暗い方が見やすいから電気消すぞー」

額にボタンのある男がアイマスクをスタンバイさせながらスイッチを切っていく。お前は少しでも快適に寝たいだけだろう。

真っ暗になった視聴覚室を、スクリーンに映る試合模様が照らしていく。
隣のガムは頭の後ろで手を組みながら、興味なさげにボールを奪い合う画面上の選手を眺めている。

確か、ウィンターカップの予選で霧崎第一は鳴成に大差をつけて勝利していたはずだ。それこそ対策する必要もないのではと思うほどに。それとも、あの完全勝利も「解剖」があったから…?
そっと、一番後ろの席のアイツを振り返る。暗くてよく見えないが、肘をついていて…逆の手が動いているから、何か書き物をしているらしい。
私らにはこんなDVD見せといて(正直素人目には何やってるかわかんないから退屈だ)お前は呑気に落書きかよ。死ねよ。
今朝足で椅子を蹴られた腹いせに、後ろからあの気持ち悪い眉を引きちぎってやろうと静かに席を立った。隣のバカは口からでなく鼻から風船を出して寝ている。誰にも不審がられないように、さりげない動きで通路を進む。瀬戸健太郎のいびきがうるさい。
何とか気づかれずに花宮真の後ろまで回り込むと、奴の手元を覗き込む。
ルーズリーフに花宮真が書いていたのは、バスケのフォーメーションだった。さすがに落書きはしてなかったか。それにしてもおびただしい程のルーズリーフの量に眉をしかめてしまう。コイツ、席に着いてからの十数分でこんないっぱい書いたの?机に収まりきらなかった用紙が床に数枚落ちてしまっている。

「…っはぁ!?てめー何でこんなとこいんだよ死ね」

暗いためよく見えず、首を突き出しすぎたせいで私の髪の毛が花宮真の肩に触れてしまっていたらしい。勢いよく振り向いた花宮真は瞬時に腕でルーズリーフを隠した。
何の真似だよ、だの今度は何企んでやがる、だのブツブツ言いながら机の紙をかき集める花宮真。床に落ちている分には気づいてないらしいので、焦る姿見たさに拾ってやった。

「てめっ…!」

案の定私の行動を見てうろたえた花宮真は、私からルーズリーフを取り返そうと立ち上がった。ガタンと物音がする。数名が何事かと振り返った。
そんなに見られたくないものでもないでしょうに。ただのフォーメーションでしょう、それに私はバスケのルールをしらないのでこんなものただの幾何学模様にしか見えない。
すると、左上の空白に文字が書いてあったので目を凝らしてみた。瞬間、ルーズリーフは取り上げられ花宮真の手に戻った。
やれやれ、今日はよくコイツに物を奪われる。頭の片隅ではぼんやりそんなことを考えながら、私は取り上げられる直前に見えた文字が信じられなくて未だ先ほどルーズリーフがあった空間を見つめていた。花宮真は気まずそうに再び席に着く。

「…対、誠凛…って」

「黙れ息すんなツブすぞ」

花宮真は盛大にため息をつきながら髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回す。よく見れば、机の上の紙すべてに「対誠凛」と書いてあり、そのあとにナンバリングがしてある。これ、全部誠凛と戦うための作戦…?
でも、霧崎第一が誠凛と戦うことになるのは両方が決勝リーグに進出した場合で、今の時点ではもちろん戦うことなど決まっていない。それなのに、ここまで作戦を練り込む理由は。

「私が言ったこと、信じたの…?」

私の消え入るような声を聞いて人でも殺しそうな目でこちらを睨みつけた目の前の男。

「…んなわけねぇだろバァカ。予選に出場する高校に対する作戦は全部考えてある」

ああ、もう。大嫌いな花宮真が今言ったことが、嘘だとわかってしまう。わかってしまう自分が大嫌いになりそうだ。花宮真が発した言葉が取り繕いだと見抜いてしまうくらいにはコイツと同じ時間を過ごしてきたんだと感じた。
信じてはいないにしても、私の言葉を意識はしてしまっているということだろう。

机を見れば無造作に散らばる、執念。周りを見渡せば、不鮮明な努力の痕。
目の前の光景と、先日目にした自主練の風景を頭の中で重ね合わせる。

知らぬ間に私が発していたのは、自分の耳をも疑う言葉だった。

「誠凛に…今年、パスに特化した選手と跳躍力を活かしてプレイする選手が入部した」


私、悪魔に魂でも売ってしまったのかな。みっともなく口を開いている悪魔を見ながら、ぼんやりとそう思った。


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