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※途中まで花宮視点

本当に一体何者だ、蒼井翠は。まさか、誠凛バスケ部のうちの誰かの近親者…?バスケ部をツブそうと復讐を買って出たのかもしれない。それだけのことを誠凛にしてやった自覚はある。アイツが誠凛という高校を知っていたことへの裏付けにもなる。いや、だとしたら2軍との会話の中でのアイツの言動と矛盾している。第一アイツはあくまでこちらのプレイ内容には興味がない素振りを一貫しているのだ。アイツの企みはもっと別のところにある気がする。
調査書の数多の空白を目にしながら、数秒の間で一度に沢山の思考を過ぎらせる。

「おーい、もうチャイム鳴ったからオレ戻るけど。」

「…勝手に戻れ」

「ん、じゃーまた部活で」

いつの間にか鳴っていたらしい授業終了の合図で蒼井翠への興味も削がれたのか、健太郎はあくびをしながらPC室を後にした。オレは指で机を一定のリズムで叩きながら先ほどの考えの続きを脳内に巡らせる。
…アイツは、「ウィンターカップ予選の決勝」と具体的な場面を口にした。もし、万が一アイツが言っていたこと本当だとしたら最低でもその時まではアイツはオレ達の部を試合出場不可な状態にすることはない。
いや、アイツがただのモノホンのキチガイだったとしても、予選の決勝に行くことは信じて疑っていないようだったのでどっちにしろ勝ち上がるまでは何もしてこない…か?

と、ここまで考えて段々ムカついてきたので思考を中断させた。
なんでアイツ一人の為にオレがここまで頭働かさなきゃなんねーんだ。やめだ、馬鹿馬鹿しい。いきなりしゃしゃってきた得体の知れない女子なんかに部をツブされてたまるか。もし何かやらかしてきたらどんな手を使ってでも再起不能にしてやる。

パソコンをシャットダウンして席を立とうとしたオレは、不意にアイツのあの発言を思い出して上げかけていた腰を止めた。

「勝ち上がる。私は試合結果も知ってる。」

ふはっ、よくよく考えたらマジで突拍子もない発言だ。第一、オレは勝ちなんざに興味はねぇ。ーだから、



「私は、試合結果も、知ってる。」

あの言葉は、忘れろ。



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私は、今日の部活の終了を告げるホイッスルを体育館内に思い切り響かせた。本当はあと5分くらい残っているが、パイプ椅子に座ってあやとりをしているのも飽きたので早めてやった。せっかく部活終了まで残ったのに今日の仕事がホイッスル吹きだけだというのもなんだか腑に落ちないので、今日は特別に戸締りもしてやろう。
どう考えても心の篭っていない「お疲れ様」を部員たちに言うと、早く出て行けと言わんばかりに体育館の扉の前に鍵をちらつかせながら仁王立ちする。さっさと帰ってドラクエでもしたい。
モップがけを終えて体育館を出ていく部員たち。その顔はまるで屍のようだ。腐っても強豪校、練習メニューは殺人的に厳しいらしく部活後は毎回死にかけの顔をして去っていく。ゾンビの大行列を横目に今日の夜ご飯のことを考えていたら、頭上から抑揚のない声が響いた。

「蒼井、体育館の鍵を渡してくれないか」

死んだ魚があらわれた。部員とは最低限の話しかしないが、その中でもこいつとはわりとマジで接点がない。下手したら会話をするのも初めてかもしれない。

「いいよ、戸締まりくらいやるから。だからさっさと出て行って」

虹彩と瞳孔の色にほとんど差がない目が気味悪くて、下を向きながら吐き捨てる。なんなの、カギ閉めすらできないと思ってるわけ。

「そうじゃない。オレ達は閉門時間まで練習するから蒼井は先に帰ってくれていい」

その言葉に驚愕した私は魚の顔を思わず見上げてしまった。目を丸くしているだろう私を不思議そうな顔で見つめ返す魚。うっ、なんて不気味な目。
だって、彼はもう既に汗だくで疲れきった表情をしている。そんなんで更に閉門時間までって…これから軽く三時間もまた練習するつもり?

ハッとして体育館内を見渡す。眉毛やガムを始め、霧崎バスケ部のレギュラー陣が未だボールを追っている姿が目に映った。
…もしかして、いつも部活が終わってからも自主練をしているのだろうか。

何やってんの、頭おかしいんじゃないの。どっからそんな気力と体力が湧いてくるんだ。選手が苦渋を嘗めてる姿を見たいだけのあんたらに、そこまでする理由なんかないんじゃないの…?

「…バッカみたい」

私は目の前の男に鍵を乱暴に手渡すと、カバンを手に持つ。古橋康次郎は私を束の間怪訝そうな目で見ていたが、すぐに踵を返し練習しているチームメイトに加わっていった。

暗くなった廊下をぽつぽつと歩いていた足を止め、まだ電気が煌々と点っている体育館を振り返る。

前と同じように、どうせまた負けるのに、と思った。自業自得だから情なども湧かない。

でも、なぜか無様だとは思わなかった。


ウィンターカップの予選まで、あと一ヶ月。



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