4

※花宮視点



カーテンを閉め切って日差しを遮断した室内で、オレはカタカタとキーボードの音を響かせる。

パソコンに不規則な文字列を叩き込み、画面が「起動中」となったところで、部屋の扉が勢いよく開いた。
していることがしていることなので、扉の音にビクリと肩を震わせつつも、音の主を視界に入れた瞬間その肩の力も抜ける。

「健太郎か。授業中だろ」

「その言葉そっくりお返ししますわ。寝てたら次の授業移動教室だったみたいで誰も教室に居なくなってたんだよ」

寝癖のついた髪をボリボリと掻きながら、チームメイトの瀬戸健太郎はオレ一人しかいないPC室に足を踏み入れる。授業をいくらサボろうとも、コイツは誰にも咎められもしないし、その授業態度が成績に響くこともない。粗悪な授業態度も出席日数も成績に響かせられないほど、試験の点数が他と比べて群を抜いているからだ。

「花宮こそ優雅にパソコンしてんなよ。お前のクラス今体育だろ」

「ふはっ、お手手繋いで仲良くサッカーなんてやってられるか。見てるだけで虫酸が走る」

「あらら。相も変わらず悪童だねぇ」

まあ、それはオレも一緒か。


オレの後ろまで回り込んだ健太郎は、つい先ほど処理を施したオレの目の前にあるパソコンをひょいと覗き込む。

「で、その悪童さんはコソコソと何やってんの?」

「わざとらしい…お前なら見てわかんだろ。ハッキングだよ」

「いや、それは分かるけどさ…」

コイツの頭をもってすれば、パソコン上に表示されている無数の英単語を読み取ってオレが今していることを見抜くなど造作もないことだろう。実にわざとがましい。

ようやく切り替わった画面を右から左、左から右へと読み流し、目的の単語が目に入るのを待つ。

「全校生徒の個人情報なんかハッキングしちゃって、お前らしくないな。天下の花宮くんは一体誰に興味を持ったのかな?」

「いい加減五月蝿いぞ。ここに居座るんだったらおとなしくしとけよ」

オレの隣の席に深く腰掛けて茶々を入れてくる健太郎を諫め、四角い画面に踊らせていた視線を、ある一点で止める。

「…蒼井、翠」

画面の真ん中に映る単語を読み上げた微かな声を、健太郎は聞き逃しはしなかった。

「…え、蒼井翠ってウチのマネ?え、嘘、お前あの子のこと」

「下らねー妄想すんな。原共々ツブすぞ」

ったく、どいつもこいつも色恋沙汰に繋げやがって。
オレが嫌いな人種は、イイ子ちゃんと、分不相応に俺と渡り合う奴。蒼井翠は笑えるくらい思いっきり後者に当てはまっている。
大した仕事しねぇ上に、ナメた口ききやがるアイツに何度も反吐が出そうになった。アイツの存在ごときが癪に障ったと思われるのも腹立たしいので、こちらから退部にはぜってぇしねえけど。
どう見てもバスケに興味なさそうな顔で入部届けを提出しに来たときは、コイツもオレらのプレイを見ればすぐ辞めるんだろう、と思っていた。
だが、蒼井翠は試合が終わった後もあの能面ヅラをかましてベンチに座っていた。あの、我ながら卑劣な試合内容をものともしないように。

まるで、オレたちがそういったプレイをすることを、知っていたかのように。

正しいとは言えないプレイ内容を展開するオレを擁護するかのような2軍のクズ共との会話。
それに加えて、まだ始まってすらいない試合の結果を知っている、なんていうキチガイ発言だ。ただのハッタリだと言ってしまえばそれまでだが、既に膨れ上がっていた蒼井翠への疑念がそれを許さなかった。


「健太郎も薄々勘づいてるんじゃねーの?…アイツ、ぜってぇ何かよからぬこと考えてる」

「てかあの子オレと会話するとき絶対目見ないんだよなー。ずーっとデコにあるホクロ見つめてやんの。なんか恥ずかしくなるわ」

「安心しろ、オレと会話する時は眉毛しか見てこない。目ェ見て話したくないほど嫌ってるんだろ、オレ達のこと」

「そんな嫌いな奴らばっかりの巣に自ら入り込んですることと言えば、まぁ巣を引っ掻き回すこと以外ないわな。……ハハ、面白いな。確かに怪しい」

さほど興味もなさそうにオレの問いかけに応答していた健太郎だが、パソコン上に記されている蒼井翠についての調査書を見た途端、興味深そうに声色を上げた。

「高2になって転校してくる前の学歴が一切不明…ふはっ、こうなりゃ本当に高校生なのかすら怪しくなってきた」


[ 5/12 ]

[*prev] [next#]
[back]



×
- ナノ -