私専用特撮ヒーロー

「行ってきます!」

数十分後、満面の笑みで家を出た私が着ているブレザーは、ものの見事にもとある純白色に戻っていた。芳香剤までつけてくれたらしく、柔らかい香りが私を包んでいる。
結局髪の毛も征十郎がきれいにアイロンをかけてくれて、私の髪は今過去最高にツヤツヤだ。
スキップをしながら通学路を進む私の後ろを、征十郎はいつもどおり飄々と歩いている。まったく、新学期だっていうのにどうしてそんなに落ち着いてられるのか理解に苦しむよ。

「ちょっと征十郎!もっとテンション上げていかないと暗いって思われて友達できないよ?」

「もっとテンション下げないと騒がしいと思われて人が離れていくぞ?」

「もー!!そういうの売り言葉に買い言葉って言うんだよ!!」

「へぇ…そんな難しい言葉知ってたのか」

本気で驚いたようにこちらを見つめる征十郎のカバンをぽすっと叩きながら、私は昨日から気になっていたことを尋ねた。

「そういえば、征十郎部活に入るの?」

昨日の帰り際、教卓に置いていた部活申請届けの束から一枚とっていく征十郎の姿を目にしたのだ。ちなみに、私は入りたい部活もなかったのでプリントは貰って来なかった。

「ああ、バスケ部に入部しようと思ってる」

「バスケ部!?」

う、うそー…征十郎は運動も得意だけど、暇さえあれば囲碁や将棋ばっかりやってるから(私も一緒にやりたかったけど、ルールを説明されてもちんぷんかんぷんだったのでそのうち相手をするのをやめた)そっちのほうが好きだと思ってた…。そのことを征十郎に伝えると、彼はそっちとも迷ったけど、と頷いた。

「バスケはただ身体を動かすだけじゃない。緻密なゲームメイクをデザインしたり、相手の出方を読んだりと頭も動かさなきゃ勝てないんだ。その点では囲碁や将棋より魅力的に感じたからね。それに帝光中はバスケ部の強豪校らしい。充実した部活生活を送れそうだ」

ペラペラと楽しそうに動機を離す征十郎。内容についてはほとんど何言ってるかわかんなかったけど、最後の言葉だけが胸に引っかかった。でも、それを振り切り激励の言葉を掛ける。

「征十郎にピッタリなスポーツだね!応援してるよ。試合見に行くからね」

「ああ、ありがとう」

その後しばらく朝のお母さんの鬼っぷりについて話していると、前を歩いていた女生徒二人がこちらを振り向いていた。制服やカバンのパリパリさから予想して、同じ中学一年生らしい。小声で話している内容が微かではあるが聞こえてくる。

「ねえ、後ろの男の子めちゃくちゃかっこよくない?」

「思った!同じ学年っぽいよね、何組かなあ。話しかけてみる?」

「え、でも隣になんかいるよ」

「あ、ほんとだ。いやでもあの雰囲気は幼馴染以外の何者でもないでしょ」

その会話を聞いた私は驚いて征十郎の方に顔を向ける。征十郎にも女の子たちの会話は聞こえているはずだが、大して興味がないのか、それともよくあることなのか特に気にしている様子はない。

「征十郎って…めちゃくちゃかっこいいの…?」

「?いきなり何を言い出すんだい、翠」

私はいそいそとカバンの中からケータイを取り出し、待ち受けにしている最近人気の男性アイドルグループのメンバーと目の前の征十郎の顔を見比べる。
そ、遜色ねえ…それどころかこのイケメン集団の中でも征十郎はセンター張れるレベルじゃん…!私は改めて赤司征十郎という男の偉大さを感じた。

「征十郎ってほんとに完璧なんだね…」

「そんなことないさ、俺にも手に入らないものはある」

謙遜する征十郎をよそに、女生徒によって気づかされた事実と先ほどの征十郎の言葉を思い起こした私は、さっき感じた胸の引っ掛かりを無視できなくなっていた。



私の隣の家に住む征十郎は、私の幼い頃からの遊び相手だった。私が遊んでもらっていた、という言い回しの方が正しいが。
征十郎の家は、中流家庭レベルの一軒家が軒を並べるこのあたりの住宅街にはそぐわないほど立派な造りをしている。お屋敷みたいなその家に、子供特有の好奇心と探究心で無断で入り込んでしまったのが彼と出会ったきっかけだ。あとで鬼…間違えた、お母さんに死ぬほど怒られたが、勝手口から顔を覗かせる私を笑顔で手招きして入れてくれたのは実は征十郎である。
よく喋るわけでも、進んでおままごとや怪獣ごっこに付き合ってくれるわけでもないのに、征十郎の隣にいるのは楽しかった。それはひとえに征十郎が私にとても優しかったからだと思う。せわしなく口を動かして喋り続ける私の話をずっと聞いてくれ、私が怪我をして泣いてしまった時にはあやしてくれる。同い年とは思えない征十郎のスーパーヒーローっぷりに、この10年あまり何度助けられたことか。あんなに怖いお母さんが居るのに私が甘ちゃんに育ってしまった理由には、多少なりとも征十郎が関係しているはずである。

このとおり、私の隣にはいつも征十郎がいてくれていたわけなのだけれど。


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