スカーレット・ライト

夢を見ている間に夢だと気づく夢を明晰夢と呼ぶそうで、私は今まさにそれを体験しているようだ。
今よりずっと背が低い幼い頃の私が、しきりに首を左右に動かしながらある人物の姿を探し回っている。ふふ、私ったら、すっごい顔して泣いてる。昔は泣き虫だったもんなあ。
必死に探した甲斐あって目的の人物の姿が小さな視界に捉えられる。自分でも耳を塞ぎたくなるぐらいのがなり声でその人物の名前を叫ぶと、私に気づいた彼はこちらへ歩いてきてくれた。
眼前に広がる、燃えるような赤。子供心に美しいと思った私は、その瞳に吸い込まれるようにしゃくりあげていた声を引っ込めた。
ガキんちょのくせに妙に大人びた笑みを浮かべて、彼は私の手を引く。繋がれた手を見つめて、これ以上ないってくらいの安心感を覚えた。
よかった。あの頃のきみに、夢の中だけどまた会えた。


「ー翠」

そこで、あたたかいひだまりのような声が私を現実世界に引き戻す。

「……ん、」

「…寝て、た?」

「あはは、寝ちゃってた。部活終わった?」

「今終わったとこ。それよりごめん、起こしちゃって」

なんか、そのまま死んじゃいそうな寝顔だったから、と柄にもなく不安そうにこぼす彼に、何それ、と笑ってしまう。
どこにも行かないよ、と言う代わりに彼の手をきゅっと握った。すぐに握り返してくれる手の温度を感じながら、先ほど見た夢を思い起こす。

あの頃はまだ、あの真紅の髪色は希望であったし、泣いている私をあやすように繋いでくれていた彼の手は、ちゃんと手の形をしていた。

もう再び希望を持つことも、彼の手に温もりを求めることも、かなわないけれど。



スカーレット・チェーン



「っきゃーーーーーーーーーーーー!!!!」

ありふれた一般家庭ののどかな朝食風景は、私の断末魔の叫び声によって瞬く間に戦場へと姿を変えた。

「ブレザーにお味噌汁こぼしちゃったー!!」

「もー!だからちゃんと脱いで食べなさいって言ったでしょう!」

小言を言いながらも私のお弁当の準備と仕事に行く支度を同時並行しているお母さんは、
とてもこんな私と血が繋がっているとは思えないほどテキパキしている。

「だって早く制服着たかったんだもんー…ってお母さんこれシミ取れない!!どうすればいいの!?」

「自分で何とかしなさいよ!この状況見てなおお母さんの仕事増やすつもり!?」

「この状況を!」と繰り返し言いながら、お母さんはウインナーを焼いているフライパンを宙に掲げる。
ど、どうしよう。髪の毛もキレイにして、歯も磨かなきゃなのに。ああ、今日の時間割もまだセットしてなかった。入学早々遅刻なんて嫌だよー…

どの問題から片付ければいいのかわからず、味噌汁くさいブレザーを手にしたまま悶えていると、外からお隣さんの門が開く音が聞こえた。
こんな切羽詰った状況でも耳ざとくその音を聞きつけた私は、大きく息を吸って救難信号を響かせた。

「せえええええじゅうううろおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

一拍間を置いて、家のチャイムが鳴る。
しめた!!私はドタドタとはしたない足音を響かせて玄関のドアを開く。

「…さすがに朝っぱらからその大声はよしてくれないか」

ご近所さんに不審がられるだろう、と呆れ顔でぼやく征十郎がそこにはいた。さすがとでも言うべきか、制服はピシッと着こなされており、頭の特徴的な赤は寝癖のひとつもなく無造作に揺れている。

「征十郎お願い!!今日も車で送ってもらうんだよね!?一緒に乗せてくれはしないでしょうか!!このとおり!」

「生憎だけど、今日から歩いて学校に行くことにしたんだ」

「えええ!!もう終わったー…完全に遅刻だ…」

頼みの綱であったアカシ・アッシー作戦も失敗し、ぼさぼさの髪でうなだれていると征十郎は私の手から味噌汁ブレザーを取り、上がらせてもらうよ、と靴を脱いで屋内へと進んでいった。

「…征十郎?」

「翠を見たら大体のことは把握したよ。これは俺が洗っとくから、先に時間割を合わせておいで」

「…征十郎!」

目をキラキラと輝かせて征十郎の背中に向かって土下座する私。振り向いた征十郎は、ほんとに遅刻するよ、とおかしそうに笑った。



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