紙吹雪のアーチをくぐろう
嬉しい事が有った日も、嫌なことが有った日も帰り道は足取りがついつい軽くなってしまう。
ふらふらくらくら。
酔っている訳では無いけれど彼奴の待つ家に帰ると言うのは酒を飲んでふわふわしている時の様に陽気になれる。
……はなこに会うまでは自分がこんなに単純だった何て知らなかったな…。
寒くなり、空が高くなった。
はなこと同棲を初めて2年目の冬がくる。
冷たくなった手をスーツのポケットに入れて恋人の待つ家へ急いだ。
どうしよう。
私の頭の中にはその言葉しか浮かんで居なかった。
生理がもう、暫く来てなくて、哲の誕生日ケーキを買いにデパートへ行っていた途中物凄い吐き気に襲われた私は、一つの希望と、不安を抱いて病院に向かった。
結果は、思った通り、
私は、新しい命を預かっていた。
「……どうしよう、」
カタカタと震える。
もうすぐで大好きな哲が帰ってくる。何時もなら早く帰ってきて。なんて願うのに、今は帰ってこないで、帰って来て。そんな葛藤をしている。
折角の哲の誕生日。
ケーキも買わずにバクバク破裂しそうなくらい鳴っている心臓を抑えて帰って来た私は、哲に電話を何回も掛けようとしたが、かけれなかったのだ。
「……てつ、」
そう呟くとインターホンが鳴った。
「っ、てつ……」
緊張で上手く運べない足は、縺れながらも必死に前へ進む。
そして私は、玄関のドアを開けた。
そこには、はにかんだ姿の哲が立っていて、
「ただいま」
優しい声色で言う。
私はそれが何だか嬉しくて、悲しくて、哲に抱きついた。
哲は私の頭を撫でると靴を脱いでリビングへと足を進めた。
大きな彼の後ろ姿。
哲は私が妊娠してると聞いたら、どうするんだろう。
嫌がる?私と別れたいって思うかな。重たい、って思うかな。
不安で胃が痛くて、脈がどくどくうつ。いつの間にかかいていた汗が背中を伝って、気持ち悪い。
「…はなこ?」
一向に玄関から動かない私を不審に思ったのか哲はリビングから私の所へ戻ってきた。
哲の表情が、顔が見れなくて私は俯いたまま哲のワイシャツを掴んだ。
「……ごめんね、」
「…何がだ?」
「………誕生日なのに、ケーキも、プレゼントも用意出来なかったの…」
(違う、これもあるけどもっと大事な事があるのに、言えない…)
そう言うと、上でふっ。と笑う気配がした。
思わず上を向こうとすると後頭部を抑えられて、あ。と思った瞬間には深い口付けに襲われていた。
「…っん、んん」
「ふ、…ん、」
息が苦しくなり、哲の体をとん、と押し戻すとその腕を掴まれて更に深く口付けをされた。
「っ、はァ…ゃ」
「……ベタかもしれないが、…俺は、お前が居てくれるだけで良いんだ」
やっと解放されたと思うと二人の唾液が混ざり合いつぅ…と糸が引いた。それをごく自然に舐めとる哲の姿がいやらしくてカァッと一気に身体が火照る。
お前が居てくれるだけで良い。
って前に伊佐敷に借りた漫画でイケメンな男の人が可愛い女の子にそう言っていたのを読んだけど、別にドキドキしないなぁ。って思ったのを撤回しよう。
凄いドキドキする。
「はなこ」
熱のある声で呼ばれて、ぴくりと肩が揺れた。
まずい、
流される。
流されても良いけど、でも私はまだ大事な事を言っていない。
おめでとうも、…新しい命を授かった事も。
「あのね、哲」
息を吸ってやんわりと肩を掴む手を外して、そのままきゅっと握ると、哲は、ん?と首を傾げた。
その姿が可愛くて、少し笑った。
「私、私ね、………妊娠したの」
絶望と、希望がやってくる。
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