紙吹雪のアーチをくぐろう
静まり返った部屋の沈黙を破ったのは哲の低い声だった。
「それは、………本当か……?」
ぎゅっと私の手を握り返す哲。
私と哲の手は汗まみれだ。
絶望されるかな?という不安を飲み込み私は頷く。そして哲の目を真っ直ぐ見て「ごめんね」と謝罪をした。
哲は目を見開いて、勢い良く私を胸に抱き締めた。ドンッと哲の胸板に頭がぶつかった。おもわず痛くて顔を動かそうとしたら痛いほど強く抱き締められた。
「っ、何故謝るんだ」
「え、」
哲の鋭い目が私を刺す。
「…こんな、こんな、嬉しい事は無い。」
どくん、と胸がなる。
声が震える。
「…いやじゃ、ない……?」
「…当たり前だろ?俺と、お前の子なんだから」
哲が両手で私の頬を優しく掴んで目を合わせてくる。じわりじわりと哲の顔が滲んで、ポタリと暖かい涙が零れた。
とめどなく流れる涙を哲は唇で吸いとる。
目があって、唇と唇が重なり合って、哲は私のお腹に手を置いた。
「……プレゼント、あるじゃないか」
「…え?」
ここ。
と新しい命を授かっている私のお腹を触りながら笑った。
何が不安だったんだろう。
哲はこうして受け入れてくれる。
哲はいつも、優しく、受け入れてくれる。
1度止まった筈の涙がまた溢れて零れた。
「っ、う、」
嗚咽が漏れて、哲が仕方ないな。と笑いながら私をそっと抱きしめる。
「不安だったの、」
「あぁ」
「哲が、子供なんて要らないって言ったらって、私ごと捨てられたらって」
お腹に置いていた手を私の頭に乗っけると、ぽんぽんと撫でてくれる。子供が産まれたらこの優しい手は私だけではなく、私と子供の物になる。それがくすぐったいのと、ちょっとの嫉妬。
涙で濡れた目を哲に向ける。
「……すき。」
困った様に笑って哲は、私を持ち上げた。
「俺も不安だ。お前と子供を養って行かないとだし、お前は俺だけの物じゃなくなるんだな」
同じことを思っていたんだ。
その事が嬉しくて、うん、とうなずく。
「でも、不安以上に、嬉しいんだ。子供と、お前が待つ家に帰る事が、
」
「……私も、きっと大変だけど、哲が帰ってくるのを子供と2人で待つの楽しみなの」
お互い、笑いあって、そのままベッドに倒れこんだ。
まだ不安や絶望が全部無くなった訳じゃないけど、未来の事を想像するだけで幸せになれる。
しあわせなんだ。
「……しあわせだね」
ぽつりともれた言葉を哲がひろう。
「こんなに嬉しい誕生日ははじめてだ。」
手を絡めて何度目かのキスを交わす。
「………はなこ」
「ん……?」
「結婚しよう。」
わたしも、わたしもよ。
こんなに嬉しい事は無い。
お腹の中に不安と絶望、戸惑い、幸せ嬉しさ、希望全部が詰まっている。それを上回る哲の言葉。
ロマンチックさなんて何にも無いけど私はそれでも幸せだ。
(あぁもう、何回泣けばいいの。)
「……お願いします」
すり、と哲の首筋に頭をすり寄せると哲が息を飲んだ音が聞こえた。
私と哲はぎゅうと抱きつきあってその日は眠りについた。
希望と絶望を抱き締めて生きる。
哲さん誕生日おめでとうでした。
← →