第3章 D〜Marionetta U〜

 


 数十分後、歌音が目を覚ますと肩の傷は塞がっており痛みもなくなっていた。どうやら小春が治療してくれたようだ。
 操られてしまった4人も元通りに戻っており、心配そうにこちらを見ている。歌音が財前の方を見ると一瞬だけ目が合ったものの、すぐに逸らされてしまった。
 まず、先程何が起きたのか、リマネオはどうしたのかと聞こうとした歌音の目に、見てはいけないものが映った。
「えっと……あれは?」
 歌音は思わず瞬きを繰り返した。
 それは、目隠しをされた挙句両手首を体の後ろで縛られたうえ、木に括り付けられて意識を失っているリマネオの姿だった。
「……本当に何が起きたの?」
 皆が何かしたとは考えたくないが、とりあえずリマネオを縛り付けたのはここにいる誰かで間違いないだろう。
「心配せんでも、危険だから縛り付けただけやで」
 歌音の戸惑いを感じたのか、小春が説明してくれた。
 まず、千歳が覚醒したこと。
 千歳のアラウザルは、“相手の弱点、何処をどう攻撃すれば敵を倒せるのか見抜く力”また、アラウザル状態の時は矢に力が籠もり、普段よりも早く鋭い矢を射ることが出来るそうだ。
 結局、リマネオの術はどうやって解いたのか?という歌音の質問には千歳自身が答えた。 
 リマネオは、妖術をかけると同時に体の一部が結晶化する。その結晶を壊せば術を解除出来る仕組みらしい。
 千歳は覚醒した時そのことを知り、矢で水晶化した部分を壊し術を解除した。
「頬っぺたが結晶化してたん?……敵さんとはいえ可哀そうやったから治療しといたけど」
 頬がパンパンに腫れ上がっていたと小春が聞くと「あーそうかもしれんねー」と千歳は明後日の方を向き口を濁した。本当は頬ではなく別の部分だったのだが、なんとなく、殴ったとは言いづらかった。
 矢で結晶を射抜くとリマネオは気絶し、まだ目覚めてないとのこと。目が覚めてまた術を使われても迷惑なので、目隠しをして木に縛り付けているそうだ。
「そっか……」
 女の子にその仕打ちはちょっとだけ可哀そうな気もしたが、小春が治療し傷はないようなので、仕方ないのかなと歌音は思った。
 そうこうしていると、リマネオが「ん……」と身じろぎする。目が覚めたようだ。
「ごめんなさいね、縛り付けたりしてもうて……また術を使われたら困っちゃうもんで……」
 小春が申し訳なさそうに言うと、リマネオは戸惑ったように聞いた。
「……なんで殺さなかったの?私は魔族よ」
「なんでなん?て聞かれても、そもそも“殺す”なんて選択肢なんて考えてもみんかったわ」 
 謙也が答えると、リマネオは「意味わかんない、変な子達……」と呟いた。
「私から魔族の情報を聞き出そうとしても無駄よ。……だって“知らない”もの」
「知らない?」
「貴方達も私の見た目でわかったでしょ?私はハーフなの。魔族界でも人間界でも爪弾きされる存在……」
 リマネオは淋しそうに笑った。演技をしている様子ではないし、リマネオの見た目がコケ太郎から教わった魔族の特徴と完全に一致しないのは事実だ。
「じゃあなんで私達を襲ったの?」
「……人間が憎いから」
 歌音の問いにリマネオは低い声でそう答えると、それに……と付け足した。
「勇者を倒せばアイツらを見返せると思った」
 アイツらとは、おそらく自身を爪弾きにした魔族のことだろう。リマネオにはリマネオの事情があるようだ。
 歌音達がなんと声をかけたらいいものか迷っていると、リマネオが言った。
「……ねぇ、聞いてもらえるとは思わないけど、お願いしてもいい?」
「なんや?いくら別嬪さんの頼みでも死ぬことは出来へんで?」
 謙也が言うとリマネオは可笑しそうにちょっと笑った。
「違うわ。もう術使ったりしないから、目隠しとってくれない?拷問されているみたいで落ち着かないのよ……」
 歌音達は「どうする?」と顔を見合わせる。そして、謙也がリマネオに近付くと目隠しを外した。ついでに手首を縛っていた紐も解く。
 本当に目隠しをとるとは思っていなかったリマネオが、口をぽかんと開けた。
「……呆れた。貴方達はよっぽどのお人好しなの?それともただの馬鹿?」
 甘すぎるにもほどがあると、リマネオは続けた。
「そんなんじゃいつか騙されるわよ。私がまた術を使ったらどうするつもりなの?」
 何故かリマネオの方が怒っている。
「……そもそも、貴方達は魔族が憎くないの?」
 リマネオに聞かれ、歌音達は首を傾げた。魔族についてよくわからないのだから、憎いもなにもない。
 歌音達はリマネオに、自分達が一昨日この世界に来たばかりの余所者であること、勇者だ守護者だと言われ仕方なく旅に出てはいるが、本当は召喚士よりも元の世界に戻る方法を探していると説明した。
「……なにそれ」
 リマネオは信じられないと思った反面、納得もした。
 この世界の人間であれば老若男女問わず誰もが、魔族とわかった瞬間に憎悪の眼差しを向けてくる。どんなにお人好しな人間でもそれは変わらない。
 それなのに、目の前の者達は魔族と知った後も困惑した表情をしていただけだったし、先程のような目にあった後でもリマネオに対して憎悪の目を向けてこない。それどころか、目隠しや縄を解いてしまった。普通の人間であれば考えられない行動をとっている。
 この世界の人間ではないからと言われれれば納得できるような気がした。
「……なんで、この子達が勇者になっちゃったのかしら」
 少し悲しそうに呟くリマネオを見てユウジが口を開いた。
「なぁ、なんでそないに人間が憎いん?お前も半分は人間なんやろ?」
 半分は人間の血を引いているにもかかわらず、自分は"魔族だ"と名乗り敵意をあらわにしてきたリマネオ。
 先程、自分は魔族にも人間にも爪弾きされる存在だと言っていた。であればどちらも同じくらい憎んでいてもおかしくないのに、魔族に対しては見返したいという台詞のみだった。
「……魔族だった私の母はすごく美しかった。でも、力には恵まれなかった」
 ユウジの質問にリマネオは顔を歪めながら自分の生い立ちについて語り始めた。
 魔族だからといって、皆が皆妖術を使えるわけではない。力を持たぬ者もいる。リマネオの母がそうだった。
 魔族の集落では力を持たぬ者はあまり歓迎されない傾向にあるため、集落の外れの方に住んでいたり、魔族の集落から離れ、人知れず山奥等にひっそりと暮らしているものも多いという。リマネオの母は後者であった。
 静かに、それでも平和に家族と暮らしていたが、ある日たまたま人間の兵士に見つかってしまった。
 逃げようとしたが逃げきれず家族は殺され、リマネオの母は殺されはしなかったものの、兵士に捕まり監禁された。
「そして、その時に出来た子供が私」
 子供が出来たと知った兵士はリマネオの母を捨て行方をくらました。
「ちなみにね、母には元々婚約者がいたの……」
 その後兵士の元から逃げたリマネオの母は婚約者の元へ助けを求めるも、人間と交わった女は汚らわしいと拒絶された。
 途方に暮れた母は魔族の集落であるチュードに逃げリマネオを産む。
 しかし、不本意とはいえ人間と関係を持った者が歓迎されるハズもなく、そこでの暮らしも決して平和なものではなかった。
 唯一の救いはリマネオが闇魔法の力の持ち主だったことだろう。見た目により差別を受けたものの、闇魔法の持ち主だということで最低限の生活は保障された。
「……男は嫌い。特に人間の男は反吐が出る程にね」
 リマネオは憎々しげに下唇を噛み締めるとそう言った。
 リマネオの立場であればおそらく誰もが人間を……男を憎みたくなるだろう。
 歌音達は返す言葉が見つからず沈黙が広がる。
「"兄ちゃん"は男が嫌いやから、女の恰好しとるんか?」
 沈黙を破ったのは金太郎だった。
「え?」
 金太郎の発言に一部が目を見開く。
「……ちょい待ち、金ちゃん今"兄ちゃん"って言うたか?」
 謙也が聞くと、金太郎は頷いた。
「せやで。リマネオの兄ちゃん、めっちゃ別嬪さんやけど、男やで」
 千歳は勿論気付いていた。先程「ぬしゃ“女の子”やなか」と言ってリマネオを殴ったのは彼が男の娘だとわかっていたからだ。小春も薄々気付いていたらしい。他は歌音も含め気付いていなかったため、目を丸くしている。
「ボク鋭いわね。そうよ、男が嫌いだからこの恰好しているの」
 リマネオは頷いた。
「貴方達が他の人間と違うことや、お人好しだってことはわかったけど、それでもやっぱり……私にとって人間は敵よ」
 ごめんねと彼は謝った。
「……私達も敵ってことだよね?」
 彼の立場なら仕方ないことだと理解しながらも、歌音が悲しそうに言うと、リマネオはしばらく考えた後笑って首を横に振った。
「貴方達は“異世界人”だから人間としてカウントしないことにするわ」
 あまり嬉しくない言われ方だが、敵ではないと言ってくれただけいいだろう。
「……私からは貴方達に手を出さないわ」
 でも、味方でもないとリマネオは続けた。
「私の仲間や、他の魔族が貴方達を攻撃するのを止めたりもしない。それに……貴方達が憎い人間に成り下がったと判断した時は、容赦しない」
 そう言うとリマネオはチラリと歌音を見た。彼女を自分の母親のような目に合わせたら許さないと言いたいのだろう。
「……それじゃあ、私はもう行くわ。手当てしてくれてありがとう」
 リマネオはそう言うと、森の奥へと消えていった。
 初めて魔族と出会い、そして戦い、最後には休戦協定を結ぶというよくわからない体験をした一同。また、リマネオとの出会いは色々考えさせられることも多かった。
 疲れてはいたが、テーカまでの道のりはもう少しということで、一同は歩みを進めた。

   

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