第3章 C〜Marionetta T〜

 
 翌朝。天気も回復したため一同はテーカを目指して再び進み始めた。
「歌音、よく眠れたと?」
 歩きながら千歳が歌音の耳元で小声で尋ねると、歌音は「うん、ありがと」と笑って頷いた。目の下の隈も薄くなっているため、嘘をついている様子はない。
 はにかむ彼女が可愛くて千歳はいつもの癖で思わず頭を撫でそうになったが、既の所でその手を止める。昨日の夜のことを思い出し、気恥ずかしくなったためだ。
「良かったばい」
 行き場を失った手はそのまま千歳のパーカーのポケットに戻された。
「……ん?」
 いつもと違う光景に、一部がおやっと首を傾げる。口に出して指摘をする者はいなかったが、勘の良い面々は千歳の変化に気付いたようだ。この先何事も起きなければよいのだが……と白石は皆に気付かれない程度に小さく溜息を吐いた。

 昨日の反省を生かし、充分に警戒しながら先へ進む。メカラグモのような強いモンスターは現れなかったが、注意をするに越したことはない。
 しばらく歩き、テーカまで残り4分の1というところまで進んだ時、一同の前になんの前触れもなく唐突にその人物は現れた。


「アナタ達が、勇者ご一行さん?」
 何の気配もなく突然目の前に現れた人物に、一同は驚いて飛び上がった。そして、その人物を見て息を呑む。
「綺麗な人……」
 歌音が思わず呟いた。目の前にいる人物を警戒していないわけではない。現に目の前の人物は口元こそ弧を描いているが、目は笑っておらず自分達に対して敵意を隠そうともしていない。
 警戒はしながら、それでも思わず声に出してしまうほどにその人物は美しかった。
「え、女の子……?」
 その声に反応した目の前の人物は、歌音を見て驚き目を見開いた。先程まで目をギラギラと光らせ敵意を剥き出しにしていたのに、歌音を見る目にはそれほど敵意は感じられず、歌音は首をかしげた。
「……えっと、どちら様?」
 謙也が声をかけると、その人物は再び敵意を剥き出しにし「それが聖剣?……つまりアンタが勇者ってわけね」と、彼が手に持っている聖剣を忌々しそうに見た。
「私の名前はリマネオ。魔族……つまり、貴方達の敵よ」
 敵だろうとは予測していたが、突然の魔族の出現に一同は息を呑む。
 しかし、コケ太郎から聞いていた情報と目の前のリマネオの見た目は完全に一致しない。
 魔族の特徴であるエルフのような尖った耳ではなく、長い艶やかな髪は漆黒だ。一致しているのは肌が白いことと眼が赤いということだけ。
 歌音達が戸惑っていると、コケ太郎が「もしかしたら魔族と人間のハーフかもナ」と呟いた。
 魔族と人間は敵対していると聞くがその両者のハーフもいるのか等、詳細を確認したかったが、残念ながら今はそういう状況ではない。
 「私は魔族です」と急に言われても、この世界の住人でない歌音達にはイマイチピンとこなかった。頭の中では自分達の敵になると理解はしているが、魔族に恨みを持っているわけでもないため「そうですか、それでは戦いましょう」とはなれずにいた。
 また、歌音達にはわかるハズもなかったが、同じくリマネオも混乱していた。
「聞いてもいいかしら?なんで女の子が勇者と一緒にいるの?誰かの恋人かなにか?」
 急な質問に歌音は戸惑いながらも「いえ、違いますけど」と否定した。事実だから仕方がないが、その回答に一部が苦虫を噛み潰したような顔をする。
 ではなんで一緒にいるのかというリマネオの更問には「守護者らしいから?」としか返せなかった。守護者だと言われはしたが、特別な力を覚醒させたわけでもない歌音には守護者だという自覚は正直あまりない。
 リマネオは歌音の解答を聞くと「白魔法士以外の女の子の守護者なんて聞いたことないけど……」と聞こえない声で小さく呟き首をかしげた。
「ふーん……ま、いっか。ねぇ、貴女お名前は?」
「歌音ですけど……」
 向こうも名乗ったため、一応名乗り返す。
「そう、歌音ちゃんっていうの。あのね、歌音ちゃん。私は女の子を傷付ける趣味はないの」
「はぁ……そうなんですか」
 唐突にそんなこと言われてもそれ以外に返しようがない。だから何なのだ、じゃあ帰ってくれよと歌音は思った。戦わないに越したことはない。 
 先程からリマネオが何をしたいのかわからない。勇者が憎いというのはわかったが、それにしてはすぐに襲ってくる気配はないし、女の子である歌音に対しては敵意がないような素振りを見せる。リマネオの真意が見えない。
「……歌音、こっち来なっせ」
 なんとなく嫌な予感がした千歳は歌音を背中に隠して庇う。他のメンバーもさりげなく歌音より一歩前に出た。
「へぇ……一応女の子はちゃんと守るんだ」
「さっきからなんやねんわれ!」
 ユウジが怒鳴るとリマネオは「キャーこわーい」とわざとらしく脅えてみせた後、手に隠し持っていた物を投げた。
 周囲に煙幕が張られ歌音達の視界が不自由になる。
 その隙にリマネオは歌音の目の前まで近付くとニヤリと笑った。
「……貴方達は大切なこのコを傷付けることは勿論しないわよねー」
 視界がクリアになった時には、歌音の顔の目の前にリマネオの顔があった。リマネオの赤い瞳が紫色に変化する。
「さぁ歌音ちゃん。私のお人形(マリオネット)になって──……」
 そう言いリマネオが歌音と目を合わせるのとほぼ同じタイミングで、謙也が歌音の元へ駆けつけた。そのまま歌音の手を引き、リマネオから遠ざかる。
 そんな謙也を見てリマネオがクスクス笑った。
「もう遅いわよ、その子は私の言うことだけ聞くお人形さんになっちゃったんだもの」
「どーゆー意味や?!」
 歌音に一体何をしたんだと、謙也が噛みつくように聞き返すと同時にその手にある聖剣が一瞬光る。
「……謙也、落ち着いて。私は大丈夫だから」
 しかし、今にもリマネオに飛びかかろうとする謙也を止めたのは、予想外の人物だった。
「歌音?なんともないんか?」
「うん、今は平気」
 リマネオの紫色に変化した目を見た直後、頭がクラクラし何も考えることが出来なくなったが、謙也の声が聞こえた瞬間元に戻った。
 そんな歌音の様子に一番驚いたのはリマネオだった。
「……どうして私の術が効かないの?」
 呆然と歌音を見ている。そして視線を歌音から謙也の手元に移すと、まさか…と呟いた。
「聖剣がその子を守ったっていうの?」
 リマネオは先程謙也が自分に対して大声を上げた時、一瞬聖剣が光ったことを思い出した。真実は定かではないが、勇者である謙也が“歌音を守りたい”と強く願ったため、聖剣が反応したのではないかとリマネオは推測した。
 本当に忌々しい聖剣だとリマネオは唇を噛みしめる。
 歌音に術が効かないのであれば、勇者本人である謙也にも効かないであろう。そう思ったリマネオは、作戦を変更した。
「そうよ……先に勇者を消しちゃえばいいんだわ」
 リマネオの瞳が再び紫色に変わり歌音がハッとする。先程と同じ現象だ。
 自分には効かなかったが、あの時リマネオはなんと言っていただろうか……?
「フフフ……さぁ、勇者を倒しなさい」
「みんな彼女の目を見ちゃダメ!操られる」
 慌てて叫ぶも時すでに遅し。ほとんどの者達がリマネオの目を見てしまった。
 歌音が気付いた通り、リマネオの妖術はマリオネット。自分の紫色に変化した瞳を見た者を操ることが出来る。
 ただし、歌音達は知る由もなかったが、能力の発動にはとある条件があった。
 それは“両の目で直接ハッキリと見ること”だった。つまり……
「……む?」
「えっと、何が起きたん?」
「みんなどぎゃんしたと?」
 目を閉じていた銀、眼鏡をかけていた小春、片目の視力が著しく悪い千歳にはリマネオの術は通じなかった。
 またしてもリマネオは自分の思惑通りに事が進まず、チッと舌打ちをすると綺麗にマニキュアを塗った爪を噛んだ。
 しかし、前述の3人と聖剣に守られた謙也や歌音を除いた4人……白石、ユウジ、財前、金太郎には自分の妖術が効いたとわかるとリマネオはニヤッと笑った。
「……まぁ、いいわ。それなら全員で相打ちしてもらうから」
 思い通りには行かなくとも形勢は自分の方が有利だ、リマネオはそう判断した。
「本当は女の子は傷付けなくなかったんだけど……そうは言ってられないわ。ごめんね、歌音ちゃん」
 リマネオがそう言った直後、操られてしまった4人が武器を手に襲ってきた。
「白石──っ……正気に戻りや!」
 ワイヤーで攻撃され謙也が悲痛な声を上げる。しかし白石は何の反応も示さず、人形のように無表情にただただ攻撃をしてくるのみ。他の3人も同様であった。
 ユウジの攻撃を小春が、金太郎の攻撃を銀が、かろうじで防ぐ。
 しかし、なんとか攻撃を防いではいるものの、操られているとはいえ大事な仲間を傷付けることは出来ない。そのため一方的な攻防戦が繰り広げられることになってしまった。
 歌音はというと、財前の銃弾からただひたすらに逃げていた。千歳が間に入ろうとするが「こっちはなんとかするから千歳はリマネオをお願い!」と歌音に止められる。
 千歳は迷ったが、脅威であるリマネオを放っておくわけにもいかず、またコケ太郎にも『リマネオをなんとかしないとこの状況は回避出来ネーゾ』と言われ「何かあったらすぐ呼びなっせ!」と歌音へ向かって叫ぶとリマネオの姿を探した。
 辺りを見渡すも、リマネオはこの騒ぎに乗じて身を眩ませてしまっていた。しかし妖術を使ったままこの場を去ったとは考えにくい。何処か安全な場所でこちらの様子を観察しているに違いない。
 そう思った千歳は上の方を探した。案の定、リマネオは少し離れた木の上に登り、高いところから自分達の様子を見物していた。
「やっと見つけたばい」
 千歳が何本も続けて矢を放つが、リマネオは持っていたムチで蝿でも叩くかのように楽々と払い落とす。
「……なかなかやるばいねー」
 もちろん、千歳もそんな簡単にリマネオを倒せるとは考えていなかった。でも、今は時間がない。こうしている間にも仲間同士が不本意にやり合っている。
 また、先程から急に銃声が聞こえなくなったことを千歳は気にしていた。
 歌音が財前の銃弾を上手く対処出来た結果なら良いのだが……最悪の結果を想像しそうになり千歳は頭を振る。落ち着いて考えようと思ってもどうしても焦りの方が勝る。
「……しょんなかね。弓が効かんのなら実力行使で行くしかなかかねー?」
 千歳はそう言うと、リマネオが登っていた木を勢いよく蹴った。太い幹がしなる。
「え?キャァーッ!」
 まさか蹴っただけでここまで幹がしなるとは思っておらず油断していたリマネオが悲鳴と共に上から落ちてきて尻餅をついた。
「見下ろされる気分はどぎゃんね?」
 そんなリマネオを上から見下ろすと、千歳はポキポキと指を鳴らした。
「ちょ、ちょっと……アンタもしかして女の子を殴るつもり?」
 リマネオが青褪めて後ずさる。
「まさか。“女の子”はくらわさんばい」
 千歳はニコニコと笑って首を横に振った。
「そ、そうよね……」
 リマネオは安心したのもつかの間、バキッという音と共に頬に衝撃が走り身体が後ろに吹っ飛ぶのを感じた。一瞬何が起こったのかわからず呆然としていると
「……ぬしゃ、“女の子”やなか」
 目の前には冷たい目をした千歳が立っていた。凍り付くような視線にリマネオが震え上がる。
「やれやれ。こぎゃん姿歌音には見せられんばいね」
 千歳はそう呟くと、もう一度容赦なくリマネオを殴った。
「術者を気絶させれば、術は解けるんやかと?」
 そう言いリマネオに攻撃を続けようとした千歳をコケ太郎が止めた。
『いや、そうとは限らネー。むしろ術を解けなくなる危険もあるゾ!』
「……フフ、ご名答」
 殴られた頬を押さえながらリマネオが立ち上がる。
「仮に私を殺したところで、術は解けないわ。ただ永遠に貴方達を倒そうとする人形になるだけ」
 頬を腫れ上がらせながらもリマネオはクスクス笑った。
「ちなみにいくら殴ったところで無駄よ。私は絶対に術を解かない」
 そう言うとリマネオは鋭い蹴りを繰り出した。千歳はギリギリのところで腕を交差しガードする。
 リマネオと肉弾戦を繰り広げながらも、千歳はどうすれば術を解くことが出来るのか考えた。
 ただ倒すだけでは術を解くことが出来ないのであれば“リマネオ自身に解かせる”しかないのだが、それは望めそうにない。
『何かしら術を解く方法はある。よく考えろ!チトセ、お前ならわかるハズだ!』
 コケ太郎が叫んだその時、千歳の頭に何かが入り込んできた。
「っ──……これは一体?」
 突然目の前とは違う光景が千歳には“見えた”。なるほど、と呟くと一旦リマネオから距離を置き、弓矢を構えた。
「矢なんて放っても無駄よ、いくらでも払い落としてあげる」
 リマネオは様子の違う千歳に警戒しながらもムチを構える。
「──術、解かせてもらうばい」
 千歳は矢に力を籠めた。すると、矢がキラキラと光りだす。
 そして、リマネオの一点を目掛けてその矢を放った。

『もう一人覚醒したナ……』
 コケ太郎がポツリと嬉しそうに呟いた。

 ◇ ◇ ◇ 

 少し時間は遡る。
「……ハァハァ」
 歌音は千歳の助けを断ったものの、財前から逃げ回るのみで体力が限界に達していた。 
 当然ながら財前の方が足が速い。ここが森の中でなければとっくに捕まっていただろう。今はなんとか木の影に隠れながらやり過ごしてはいるが、それも時間の問題だ。
 現在の状況を打破しようと必死で考えようとするも、酸素が行き届いていない頭では思考回路が上手く働かない。ヌンチャクも途中で落としてしまった。
 そうこうしている内に財前がすぐ近くまで追ってきて、逃げ場を失った歌音は一か八かの賭けに出ることにした。
「光、ごめんっ──!」
 そう言うと、歌音は財前に正面から強く体当たりをした。勢いが余り押し倒したような形になってしまったが、とりあえず財前の足を止めることには成功する。
 そのまま左手の銃を取り上げ歌音がホッと息を吐いたのもつかの間
 ────バンッ……
 破裂音と共に歌音の左肩が熱くなった。
 歌音が顔を上げると、目の前には上半身だけ起き上がり右手で銃を構える無表情の財前がいた。
 ドクンドクンと痛む左肩に手を当てると、ドロッとした血がべっとりとつく。
 あ、自分は今彼に撃たれのか……と、歌音は痛みでぼんやりとする頭の中で理解した。同時に、そういえば光は拳銃二丁持ってたっけ……と思い出したがもう遅い。
「逃げなきゃ……」
 アレ……逃げるって何から?なんでこんなことになっているんだっけ?
 血を流し過ぎた歌音は意識が朦朧としてきて、色々と正常に物事を考えられる状態ではなくなっていた。
 でも、そんな中でも一つだけ思ったことがあった。
“今自分が死んだら、自我を取り戻した光が責任を感じてしまう”
 その状況だけは避けなければと、歌音がフラフラになりながらも立ち上がり財前に背を向けた。
 その時、離れた場所で閃光が見えた。
「……え……歌音先輩?」
 閃光が消えた後、自分の名前を呼ぶ声が聞こえ振り向くと、財前が目を見開いて自分を見ていた。無表情ではなくちゃんと表情が戻っている。
「光……良かった……元に戻って──」
 なんとかしてくれたんだね千歳、と歌音は安心するとそのまま意識を手放した──……。
   
 

 

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