第3章 E〜Sono in pensiero〜
ほどなくして一同はテーカがある小さな村、ベーラに到着した。
賑やかだった大都市のカイリとは打って変わり、ベーラは人通りも少なく家もぽつぽつとしかない。
そのため当然ながら商店街のようなものはなく、村の入口に必要最低限の物だけを売っている小さな商店が一つあるだけだった。
にも拘らず大人数が泊まれる宿屋だけはあり、どこかアンバランスな村だと歌音達は思った。
日も暮れ始めていたため一同はテーカでの調べものについては明日にまわし、本日はゆっくり休むことにした。
ベーラの宿屋はこの世界では大変珍しく2人用の小部屋もあったので、歌音は今回は1人で泊った。……いや、正確には1人ではない。コケ太郎も一緒なので1人と1匹というべきか。
この世界に来てから初めて1人となった歌音は、今自分達に起きていることについて改めてゆっくり考えた。
武器を持ってモンスターと戦いながら旅をする。自分は使うことが出来ないが火を操ったり怪我を治療することが出来る魔法も存在するこの世界。まるでロールプレイングゲームの世界のようだ。
しかしここはゲームの世界ではない。モンスターを倒したからといって戦いには慣れたところでレベルが上がるのが数字で見えるわけでもないし、ゲームの世界のように瀕死状態から蘇生したりHPを回復するアイテムがあるわけではない。傷を負ったら痛いし、いくら傷を治療出来るとはいえ死んでしまったらそれで終わりだ。
「そっか……さっき私一歩間違えれば死ぬところだったのか」
歌音はポツリと呟いた。
死と隣り合わせの旅だということは理解していたつもりだった。
謙也が小春とユウジのおふざけにツッコミをして山道を滑り落ち怪我をした時にそう怒ったのは自分だ。
それなのに……
「……自分のことを棚に上げて他人には偉そうに怒るなんて呆れちゃうよね」
歌音が自嘲気味に笑うと、コケ太郎が反応した。
『なんのことだ?』 リマネオに操られた財前に追いかけられたあの時、間に入ってくれようとした千歳を断った。あの時は、千歳にリマネオを追ってもらうのが最善だと思ったからだ。
でも、自分では財前を止めることはおろか彼から逃げ切ることすら出来ず大怪我を負ってしまった。
『あの時は、オマエの決断がベストだったとオレも思うゾ。リマネオを放っておいたら皆怪我だけでは済まなかったダロ?』 コケ太郎がそう答えるも、歌音の顔は晴れなかった。
確かにあの状況でリマネオを放っておくわけにはいかなかった。それに財前を千歳に任せて自分がリマネオを追ったところで何も出来なかったに違いない。
その時の決断が間違っていたとは思わない。問題はその後だ。
「……光が2丁銃を持っているを忘れていたのは事実だし、もっとやり方があったのは確かだよ」
銃を1丁取り上げたことに安心して油断していたのかもしれない。
『まぁ、そうかもしれネェが、最終的には皆無事だったし結果オーライで別にいいんじゃネェのか?』 何をそんなに気にしているのだとコケ太郎が問う。
歌音が後悔しているのは、自分が大怪我を負ったことでも死にかけたことでもない。
今回の出来事で、顔には出さずとも財前はかなり責任を感じている。
財前だけでなくリマネオに操られてしまった4人は“操られたこと”ではなく“仲間を傷付けてしまったこと”に少なからず責任を感じてしまっている。自分達に非がない、致し方ないことだとは頭では理解していても、こればかりは理屈ではない。
とはいっても財前以外の3人の傷はそれほど時間をかけずとも自然に癒えるだろう。
しかし、財前はそうもいかない。
彼は、操られ自分に非はなかったとはいえ自分の手で仲間を殺しかけてしまった。しかも歌音が血だらけで倒れた瞬間を目の当たりにしてしまっている。トラウマにならないハズがない。
「……私が弱いから、光を傷付けた」
そう呟くと歌音は両手をギュッと強く握りしめた。
そんな歌音の様子を見ていたコケ太郎は、仕方ないなとばかりに小さな首をすくめると、彼女の腕の中にジャンプした。
『それなら、これから強くなればいいだけダロ』「……コケ太郎?」
『過去の出来事を後悔したってどうにもならネェのはオマエもわかってるダロ?……じゃあ、同じことを繰り返さない為に何をするかが大事なんじゃネェのか?』「……そうだね」
コケ太郎の言葉に歌音は頷いた。
「どうしたら、強くなれるかな?」
体力をつけるには筋トレをしたり走り込みをすればよいが、戦闘能力の上げ方はモンスターと戦う以外に思いつかない。
『こればかりは経験を積めとしか言えネェが……空いた時に誰かに手合わせを頼めばいいんじゃネェか?』 悩む歌音にコケ太郎がそう提案した。
「うん、そうする。ありがと、コケ太郎」
歌音はお礼を言うとコケ太郎の頭を撫でた。
『体力作りは明日からにして、とりあえず今夜はもう休めヨ』 放っておくと今からでも走り込みに出掛けそうな歌音にコケ太郎は先手を打つ。
「……うん、おやすみなさい」
明日は早く起きて走り込みから始めようと心に決め、歌音は眠りについた。
◇ ◇ ◇
気が付くと霧の中にいた。
上下左右何処を見ても霧……靄がかかって自分の手すら見えない。
「ここは、何処や──……?」
そう呟く自分の声も何処か遠くの方から聞こえてくる。
走っても走っても霧は晴れることはなく、自分がどちらの方向から走ってきたのかさえわからない。
「先輩ら何処へ行ったんスか?金ちゃん、何処や?」
普段はやかましくて煩わしく思う仲間を今は求めてしまう。
「……歌音先輩」
想いを寄せている彼女の名前を口にした瞬間、目の前の霧が晴れた。
霧が晴れた先に見えたものは、血だらけで倒れている彼女の姿……
そして、自分の両手は血で真っ赤に染まっていた。
「────っ……」
声にならない叫び声を上げたところで、財前は目が覚めた。
全身に嫌な汗をかいている。べたっと纏わりつく寝間着が気持ち悪い。
財前は、隣のベッドで眠る銀を起こさないように気を付けながらそっと部屋を抜け出した。
悪夢の原因は、自分でもわかっていた。
操られている最中の記憶は財前にはなかった。ふと我に返った時には上半身を血に染めた歌音が立っており、そのまま倒れてしまった。
始め、財前は何が起こったのか理解出来なかった。慌てて彼女のそばに走り寄ろうとした時、自分が銃を握っていることに気付いた。
まさか、自分が彼女を撃ったのだろうか……。
信じたくはなかったが、周りの状況を見るととそれ以外考えられなかった。
たまたま千歳がリマネオの妖術を解き、小春が歌音の治療を行って大事には至らなかったが、何かが少しでも遅れていたらおそらく彼女は死んでいた……いや、自分が殺していた。
財前は自分の震える右手を左手でギュッと押さえた。
今回の出来事は誰にも責任はない。防ぎようのなかったことだとは理解はしている。
たまたま操られなかったメンバーがいて助かったが、全員が操られてしまう恐れもあった。
そのため、リマネオが去った後に「今回の出来事は誰も悪くないから誰も引き摺らない」と全員で決めた。しかし……
「そう簡単に割り切れるもんやないっスわ……」
財前はそう呟くと溜め息をついた。
昨日、歌音が謙也の傷の手当をしながら本気で怒っていた時、白石に指摘された通り少なからず自分は謙也に嫉妬をした。
自分はあまり彼女に怒られたことがない。怒られるようなことをしないからかもしれないが、基本的に彼女は後輩に甘い。
今回のことも、歌音は自分が撃たれたことよりも、撃ってしまった財前の方を心配するのだろう。
……でも、財前は心配されたいわけでも、甘やされたいわけでもない。
後輩としてではなく、対等な立場で接してほしい。
ずっとそう思っていた。
「……でも、またあの人はこんな俺を心配するんやろな」
財前は悲しそうに笑った。
しばらく夜風にあたり、財前が部屋に戻ると枕元にメモと水が入ったボトルが置いてあった。
“あまり思い詰めるんやないで 何かあれば相談に乗る”
メモには達筆な字でそう書かれていた。眠っていたと思っていた銀が置いてくれたのだろう。
財前は心の中で銀にお礼を言うと、布団に潜り再び目を閉じた。
しかし、財前自身が思うよりも彼の傷は深かった──……。
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