第3章 F〜Libreria〜

 

 翌朝、早く目を覚ました歌音は宿屋の周りを走った。
『お、早速走り込みか?偉いゾ〜』
 コケ太郎は当然同じスピードでは走れないため、歌音のリュックの中に入り応援だけしていた。
 体力を使い切るわけにもいかないため、ほどほどにし宿屋に戻ると
「あれ、歌音も出掛けてたんか?」
 後ろから凄まじいスピードで謙也が走ってきた。
「うん、ちょっと走ってきた。謙也も?」
 謙也は頷くと「おん。なんや、一緒に行けば良かったわ」と残念そうに言った。
「……いや、謙也と一緒に走るの無理だから。スピードについていけないよ」
「流石に一緒に走る時くらいテンポ合わせるわ。っちゅーか珍しいな、歌音が走り込みなんて……どないしたん?」
「ちょっと体力つけたいなって思って……」
「昨日のこと、気にしてるんか?」
 歌音の言葉で謙也はすぐ察したようだった。こういう時に、彼は鋭い。
「……あんなことが起きないように、少しでも強くなりたくて」
 隠しても無駄なため、歌音は正直に話す。彼女の気持ちを理解している謙也は、自分が守ってやるとは言えず「そっか、無理はすんなや」と一言だけ言った。
「うん。ありがとう」
「俺に出来ることがあればなんでも言うてや」
 協力すると言ってくれた謙也に、歌音は早速お願いをした。

 カキーンと、固いもの同士がぶつかり合う音がする。
 謙也が振り落した剣を歌音がステッキで受け止める。受け止めきれないと思った時は避ける。それをひたすら繰り返した。
 歌音が謙也にお願いしたこと、それは手合わせの相手だった。
 とはいっても、当然ながら手合わせをしたことがない2人は、この方法で合っているのかわからず手探り状態ではあった。
「俺ちゃんと避けたるから、ヌンチャクで攻撃してきてええで」
 そう言われ、剣を受け止めてからよける、その後ヌンチャクで攻撃をするといった動作を繰り返す。
「お、ええでええで、その調子や」
 本当はスピード狂にも拘らず自分のペースに合わせながら手合わせをしてくれる謙也に、歌音が手合わせをしながら「謙也……ありがとう」とお礼を言うと
「……え?」
 不意なことで動揺した謙也は動きを止めてしまった。
「え?」
 まさか謙也が動きを止めてしまうとは予測しておらずヌンチャクを振り上げていた歌音は、彼を避けようとしてバランスを崩した。
「歌音、危ないっ!」
 転びそうになった歌音を謙也が抱き留める。そこまでは良かったのだが
「うわっ!」
 今度は謙也が足元の石に引っ掛かってしまい、歌音を抱えたまま後ろに転んでしまった。
「いたたたたっ、尻ぶつけてしもうわ。……歌音は無事か?」
 訊いた後に謙也は、今の自分の体勢に気付いた。歌音を抱えたまま倒れたため、当然自分の真上には彼女。走り込みのため薄着だった彼女のシャツの間から胸の谷間が見えてしまっている。……歌音は気付いていないようだが。
「うん、謙也が庇ってくれたから無事だよ」
 ありがとうとお礼を言う彼女を、謙也は直視出来ずに「すまん」と一言謝るとすぐに起き上がった。顔が真っ赤になっている。
「ううん、こちらこそごめん。謙也、大丈夫?」
「おん、全然平気や。……今日は手合わせはここまでにしよか」
 顔を赤くしたまま歌音とは目を合わさずに謙也はそう言うと、凄まじいスピードで宿屋まで走り去っていった。
 そんな謙也の様子に首を傾げた歌音だったが、心の中で手合わせしてくれたことについてのお礼をすると、自分も宿屋の方へ向かった。

 ……その一部始終を財前がたまたま見ていたことに歌音達は気付かなった。

◇ ◇ ◇

 全員が起きると、朝食を済ませて一同は早速テーカへ向かった。
 テーカは図書館のようなものと聞いていたが、小説等の類は置いておらず図書館というよりは資料館と呼んだ方が正しそうだ。
 規模も地元の図書館と同レベルで、思ったよりも大きくなかった。 
「……そもそも、なしてこぎゃん山奥に作る必要があったと?」
 千歳が首を傾げた。いくら人が全然来ないからといって、山奥に作る必要性はない。
 置いてある資料もこの世界の歴史や新聞と言ったもので、然程重要そうなものは少ない。
 心にもやっとしたものを感じながらも、一同はこの世界の歴史を知るために端から資料を読み始めた。
 協力し合って資料に目を通したものの、レンやコケ太郎から聞いていた内容とほぼ同じであり、それほど真新しい情報は見当たらなかった。
 特に、元の世界に戻る方法に関しては全くもって情報がなかった。
「たとえば、昔話でも御伽噺でもええから“異世界から来た者達が化け物を倒してこの世界には平和が訪れた”みたいな話があれば良かったんやけど……」
 小春が呟いた。
 ファンタジー小説によくある、ドラゴンや魔王を倒すために異世界から召喚されたというものであれば、原因を倒せば帰れる可能性がある。
 しかし、そのような文献は見当たらなかった。過去の勇者や守護者達が異世界から来たという記述はやはり何処にもなかった。レンからも「過去にそのような事例はない」と言われていたため期待はしていなかったが、いざ自分達の目で再確認すると気が重くなった。
「……やっぱり、レンに元の世界に戻る方法を聞くしかないのか」
 ということは、つまり召喚士を見付けなければならないということだ。
 一同は、元の世界に戻る方法から召喚士を探す方法にシフトチェンジして再度資料を探した。 
 それでも新たにわかったことは、ほとんどなかった。
 唯一の新情報は、各地に聖洞(グロッタ)と呼ばれる洞窟があり、過去の召喚士一行が訪れて力を手に入れたということくらいであった。また、聖洞は不思議な力に守られており、一般人が入ると聖気にあてられてしまい、具合が悪くなってしまうそうだ。
『ま、それに念のため各聖洞には兵士達がいて常に洞窟を守っているゾ』
 コケ太郎が口を挟んだ。へぇ、そうなんだと相槌をうちかけた歌音だったが、ふとあることに気付く。
「……ねぇ、コケ太郎」
『なんだ?』
「コケ太郎は聖洞のことも知ってたの?」
 歌音が訊くとコケ太郎は勿論と頷いた。
「……もしかして、この辺の資料の内容は全て知ってる?」
 歌音は恐る恐る訊くと、コケ太郎は当然だと胸を張った。
「……私達、ここに来た意味なくない?」
 折角苦労してここまで来たのに……と思わずジト目になってしまう歌音達にコケ太郎は呆れた顔をした。
『なんだ、オマエらはオレに言われたこと何でも信じられるのか?会ったこともない身元不明の人間が作ったぬいぐるみだゾ』
「コケ太郎、ワイらに嘘つくんか?」
 ショックを受けた様子の金太郎に「ちゃうで、金ちゃん」と白石が声をかけた。
「“ちゃんと、自分達の目で確かめろ”……コケ太郎はそう言いたいんやろ?」
 白石の言葉にコケ太郎は頷いた。
 歌音達は納得すると同時に改めて思った。
 このぬいぐるみ──……いや、ドクターは一体何者なのか?と。


 次は、ここから一番近い聖洞に行こうかと歌音達が相談していると、千歳と財前が歩いてきた。
「あ、2人とも何処言ってたの?」
 千歳がすぐにふらっと何処かへ行くのは彼の専売特許であるが、財前が単独行動をするのは実は珍しい。財前は文句を言いつつも、なんだかんだ皆と一緒に行動をしている。
「散歩しとったら財前をみつけたばってん、連れてきたと」
「……人を迷子みたいに言うの、やめてもらえません?」
 こっちは千歳先輩と違うてちゃんと調べ物をしとったんですけど、と財前に睨まれると千歳は苦笑いした。
「……で、2人とも何か収穫はあったんか?」
 白石が訊くと、千歳が地図を取り出した。
「こん世界の地図やけん、旅の役に立つんじゃなか?」
 ちゃんと聖洞の位置も記載されている。レンに渡された地図より詳細が記載されていた。
 コケ太郎の中に地図も掲載されてはいるが、紙で見た方が見やすいこともあるし、万が一コケ太郎に何かあった時に持っていると非常に便利だ。
 千歳の放浪癖は困ったものではあるが、なんだかんだこうして皆の役に立つものを見付けてくるのは流石としかいいようがない。
「……で、財前の方は何か収穫があったんか?」
 白石が財前にも確認すると、財前は一瞬ビクッとした後首を横に振った。
「あ……特になんも。……すんません」
 歌音は財前の彼らしくない歯切れが悪い回答も気になったが、それよりも先程から彼の顔色があまり良くないことが気になっていた。
「光、顔色良くないけど大丈夫?」
 具合が悪いのではないか、それとも何かあったのかと歌音に聞かれると、財前はほんの一瞬だけ歌音の方を見たが、すぐに真顔に戻ると「気のせいとちゃいますか」と否定した。
「……でも」
「暗いからそう見えただけやと思いますけど。別に普段と変わらへんので心配せんといて下さい」
 歌音が更に声をかけようとするも、みなまで言うなとばかりに財前に被せられた。
「そっか……それならいいんだけど……」
 自分と目を合わせようとしない財前に、歌音はそれ以上声をかけることも出来ず黙ってしまう。
 少し気まずい空気が広がり白石は財前に声をかけるか一瞬迷ったが、財前の気持ちも痛いほどに理解しているため控えておいた。
 そして、極めて明るい声を努めて言った。
「とりあえず、次はこの聖洞に向かおうと思ってねんけど、皆ええか?」
 地図で、一番近くにある聖洞を指差す。
「ええんやないか?」
 銀が頷く。
「まぁ、焦ってもええことないし、のんびり行きまひょ」
「せやな。折角の旅やし、楽しんだモン勝ちや!」
 小春とユウジも空気を明るくさせようと振舞い、謙也も笑って「せやな、笑ったモン勝ちや」と同意する。
「……ワイ、そろそろテニスしたいわー」
 金太郎が言うと、白石はクスっと笑って
「せやな。この世界のスポーツにテニスと近いモンがあるか調べてみんのもええな」
 そうすればこの世界の強敵と戦うことが出来ると伝えると、金太郎は目を輝かせた。
 わちゃわちゃと騒がしい中、ラブルスに肩を組まれたり突かれたりしていく内に、財前も普段のペースを取り戻せたようで歌音はひとまず安心する。
 でも、近々ちゃんと話さないといけないなと思っていると、頭をぽんぽんと軽く叩かれた。「……あんまり一人で思い詰めるんやなか。もっと周りば頼りなっせ」
 千歳にそっと耳打ちされて、歌音は苦笑すると小さく頷いた。

 ──しかし後々一同は、この時もっと財前を問い詰めて置くべきだったと後悔することになるとは、この時はまだ知らなかった。



 Fine partita?
 o
⇒Continua?

──第3章 完──
   

  

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