第4章 @〜Trauma〜

 

 結局テーカでの調べ物に半日以上かかったため、後は自由時間にし聖洞へは明朝出発することにした。
 この世界に来てからは、仕方のないこととはいえほとんど自由時間というものはなくずっと団体行動をしていたため、たまには息抜きをしようと白石が提案したのだ。
「くれぐれもモンスターが出る村の外には行くんやないで。……特に千歳と金ちゃん」
 放っておくと何処に行ってしまうかわからない2人に白石は念を押す。
「……わかっちょるばい」
 千歳が苦笑いしながら散策はこの村の中にすると頷く。念のため見張り役も兼ねてコケ太郎は千歳と行動を共にすることになった。
「金ちゃんは、俺と一緒にテニスみたいなスポーツがあるか探そな」
 白石が言うと、金太郎は笑顔で頷いた。
 あとのメンバーは放っておいても問題ないだろう。また、白石がこの時間を自由時間にしたのはもう一つ狙いがあった。
「あ、歌音。悪いんやけど、買い出しお願いしてもええか?」
 勿論と歌音が頷く。
「あと、財前。荷物持ち頼むわ」
 財前に声をかけると彼は驚いた顔をした。
「え……なんで俺なんスか?部長が行けばええやないですか?」
 普段であれば頼まれなくても行くであろうに、困った後輩だと白石は心の中で溜め息をする。
「俺は金ちゃんの子守りをするさかい、無理や」
 それとも、歌音一人で行かせる気か?と言われ、財前ははぁと溜め息を吐くと「わかりました」と渋々承諾した。
「ほな解散。みんな夕飯までには宿屋に戻りや」
 俺のフォローはここまでやな、と白石はそっと呟くと金太郎を連れて商店とは反対方向へ歩いていった。

「ごめんね光。付いてきてもらっちゃって……」
 歌音が謝ると財前は少し困ったように「いや、別に……」と答えた。
 なかなか目を合わせてもらえず、歌音は少し哀しそうな顔で俯く。
 彼が好き好んでそのような態度をとっているわけではないことは理解している。ただ気まずいだけであろう。
 どうしたものかと悩んでいるとつい無言になってしまい、2人の間にただただ気まずい空気が広がった。
 結局、商店で買い物をする間も必要最低限の会話しか出来なかった。

「荷物俺が持って帰るんで、先輩先帰ってええですよ。俺ちょっとその辺歩いてから帰るんで……」
 商店から出ると、そう財前が言った。
「え、その辺って……村の外に出るつもり?」
 商店は村の入口にあり、しばらく1本の道が続いている。
 つまり、帰り道を歩かないとなると必然的に村の外に出るしかない。
「……モンスターが出るような所は行かへんし、すぐに戻るんで」
 1人にさせてほしいと暗に言っている財前に、歌音は何も言えなかった。
「わかった。くれぐれも気を付けてね」
 そう言うと歌音は財前に背を向けて宿屋の方へ向かった。

 折角白石が気を利かせてくれたのに何も出来ず、歌音は自分の不甲斐なさに歩きながら溜め息を吐いた。
 ずっとこのままなのか、それとも時間が解決してくれるのか……
「……いや、時間は解決してくれないか」
 放っておくとどんどん悪い方向に転がってしまいそうだと思った歌音は、立ち止まると振り返った。
「嫌われたら嫌われたで仕方ない。少なくとも今のままよりはマシ」
 そう覚悟を決めると、歌音は財前の方に走った。

 一方歌音と別れた財前も、深い溜め息を吐いていた。
 白石が気を遣って自分と歌音を2人きりにしたことに勿論財前も気付いていた。
 そして、歌音が自分のことをずっと気に掛けていたことも、どうしても目を合わせることが出来ずに彼女を傷付けていたことも、わかっていた。
 ちゃんと向き合わなければならないと思いつつ、どうしたらいいのか財前も悩んでいたのだ。
「謝る?……いや、謝ってほしくなさそうやな、あの人は」
 光のせいじゃないんだから気にしないで、と確実に言われるだろう。そうでなくても、おそらく彼女は自分に「気にするな」と声をかけようとしている。ただし、一方的に気にするなと言ってもこちらの心情としてはそうもいかないと理解しているから、出方を考えているのだろう。
 気を遣わせたくはないが、どうしたらいいのかわからず結局彼女から逃げてしまった。
 村の外の森をあてもなく財前がぶらぶらとしていると、
「──光、待って!」
 帰ったと思っていた歌音が後ろから追いかけてきたので、財前は驚いて目を見開いた。
「歌音先輩……なんで……」
「……今、光を放っておいたら絶対後で後悔すると思ったから」
 走ってきたため歌音は肩で息をしていた。
「……相変わらず、お節介っスね。そない“可愛い後輩”を放っておけなかったんスか?」
 可愛い後輩というところを強調する。自分で言っておきながら財前はズキっと胸が痛んだ。
「後輩とか先輩とか関係なく、光は大事な仲間だから」
 と歌音が答える。……ああ、この人はこういう人だったな、と財前は思った。
 歌音は、後輩扱いされたくないという財前の気持ちに気付き、敢えてそのような言い方をしたのだろう。
 しかし、そんな気遣いにも今は少しイラっとした。後輩扱いしてくれた方が今は気が楽だ。
 放っておいてくれ……財前がそう言おうとした時、2人の前にモンスターが現れた。
 鳥型のモンスターのため、飛び道具の方が有利である。いつも通り財前は銃を構えようとしたが、
「──っ」
 昨日の出来事が頭の中でフラッシュバックし、銃を握る手が震えた。それでもなんとか両手で構えて撃とうと試みるも、両手共にカタカタと震えてしまい引き金を引くことが出来なかった。
 それほど強いモンスターではなかったため、歌音がヌンチャクで倒して事なきを得た。
「…………」
 しかし、財前が銃が握れなくなるほどショックを受けていたとは、歌音はおろか財前自身すら思ってもいなかった。自分の手元を見ながら呆然としている。
 まだカタカタと震えている財前の手を、歌音はそっと掴むと「とりあえず、村の中へ戻ろう」と声をかけた。
「……放ってお」
「放っておけるわけないでしょ!」
 放っておけと財前が全て言う前に、歌音が声を荒げた。出会って1年以上経つが、彼女が財前に声を荒げたのはおそらく初めてだった。
 ひゅっと息を呑んだ財前に歌音は「怒鳴ってごめん」と謝ると、戻ろうと再度優しく声をかけた。
 今度は財前も頷くしかなかった。先程掴まれた手を振り払おうとしたが、反対にギュッと強く握られてしまい逃げようがなかった。……いや、振り払おうとすれば振り払うことは出来たが、財前はそうはしなかった。

 村の中へ戻ると、商店から少し進んだところにある周りにほとんど家のない空き地で歌音は立ち止まった。
「……ごめんね、光」
「え?」
「いっぱい傷付けて、ごめんなさい」
 歌音は両手で財前の右手をギュッと握ると、そう謝った。
 しばらく黙って歩いたことで、財前も落ち着いたのだろう。もう手は震えていなかった。
「……は?なんでアンタが謝まるんスか」
 まさか謝られるとは思っていなかった財前は、ポカンと歌音の方を見た。
 すると、「あ、やっと目合わせてくれた」と歌音が笑うため、財前はすっかり毒気を抜かれて溜め息を吐いた。
「謝るのは俺の方やろ、普通……」
「なんで?光は操られただけで何も悪いことしてないじゃん」
 せやけど……と言いかけた財前に歌音は首を横に振った。
 たまたま財前だっただけで、彼でなくても、誰であっても結果は同じだっただろう。
 いや、近接武器であれば逆に命を落としていたかもしれない。
「そもそも、私が油断したり弱くなければこんなことにならなかったんだよ……」
 だから、自分に原因があると彼女は続けた。
「今後、そういうことが起きないように、私はもっと強くなりたいと思う。……でも、頑張ったところですぐに皆に追い付るわけじゃないのはわかってる」
 もしかしなくても永遠に追いつけないかもしれない、と歌音は思っている。
「……でも光。今回のこと気にするなって言っても、きっと光は気にしちゃうんでしょ?」
 歌音に訊かれると、財前はちょっと考えながらも素直に肯定した。
「まぁ……ぶっちゃけ、気にすんなっちゅー方が無理っスね……」
 自分の思った以上に彼女を撃ってしまったことがトラウマになっていた。
「だよね……じゃあ、そんな光に付け込んで図々しいお願いしてもいい?」
 唐突に頼み事をしたいと言われて財前は目を丸くした。
 先程から謝られたり頼み事をされたり、歌音の行動が読めない。
 彼女はテニス部のメンバーの中で数少ない常識人のハズだったが……と財前が戸惑いながらも頼み事の内容を尋ねる。
「私も強くなるように頑張るけど、でもきっとそれでも皆より弱いからこれからもいっぱい足引っ張っちゃうと思う……」
 俯きながらそこまで言った歌音は、顔を上げて財前の目を見た。
「だから……お願い。今度はその銃で、私のことを守って──……」
 歌音の言葉を聞いた財前は、元々丸くしていた目を更に見開いた。
 驚いて言葉を失っている財前を見て、歌音は自分の言ったことに今更のように恥ずかしくなった。しかも、財前の右手をずっと握ったままだったことに気付き、更に顔が朱色に染まる。
「……私何言ってるんだろ、ごめん光。今のは忘れて」
 顔を赤くして手を引っ込めようとした歌音の手首を、今度は財前が掴んだ。
 財前はそのまま歌音の腕をグイっと引くと、彼女の顔に自分の顔を近付けてニヤっと笑った。そして
「ええですよ。俺が歌音先輩のコト守ったりますわ……」
 と歌音の目を見つめながら告げた。
「……先輩、返事は?」
 いつの間にか形勢逆転されてしまったが、財前が普段の調子を取り戻したのであればそれでもいいかと歌音は思った。
「じゃあ……お願いします」
 歌音が恥ずかしそうにそう答えると、財前は微笑んだ。
 その笑顔は、いつものブログネタを思いついたような面白がる笑みでも、先輩達のギャグに呆れて見せる嘲笑でもなく、彼が滅多に見せることのない心から笑う素直な微笑みだった。

「……先輩、顔真っ赤っスね」
「うるさいよ」
「帰りは手繋がへんのですが?」
「……繋ぎたいの?」
「恋人繋ぎならしたってもええですわ」
「しません!」
「……チッ」
「でもまだ時間あるし、折角だからゆっくり散策して帰ろっか」
「……はい」

 財前のトラウマが完全になくなったわけではないだろう。
 おそらく、これからもしばらくは悪夢を見てしまったり銃を握ることが恐いと感じることもあるだろう。
 でも……
 何かを倒すためよりも、誰かを守るための方が人はずっと強くなれるはず──……。


 


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