第3章 B〜Passato〜

 

 洞窟について間もなく日が暮れて雨も降り出したため、結果先に進まなくて正解であった。
 初めての野宿(野営と呼ぶべきかもしれない)という経験に不安を抱えていたが、旅をしていく以上避けられないと野営に必要な物を一通りセーイから渡されていたため、思ったほど不便なことはなく、歌音達は安心してホッと息をついた。
 そして、安心すると同時に眠気が襲ってくる。いくら毎日部活で鍛えているとはいっても、慣れない環境や戦闘で皆思った以上に体力も精神力も消耗していたらしい。そのため、今夜は早めに就寝しようとなった。
 ただ、辺りにモンスターの気配はないとはいえ、危険がゼロなわけではない。念のため2人ずつ交代制で見張りをすることにした。
 魔力を消耗し過ぎた白石や、治癒したとはいえ大怪我を負ったユウジは除きあみだくじをした結果、@金太郎&銀、A謙也&財前、B千歳&歌音、C小春&銀(銀のみ2回引き受けてくれた)という順番となった。
 特に問題も起きず、しばらくして歌音達の順番が回ってくる。
 森の中は静かで、夜だからか鳥の声もしない。2人は始めのうちは雑談をしていたが、しばらくすると、千歳が歌音に向けて言った。
「何かあれば起こすけん、歌音は寝とってもよかよ?」
「さっきまで休んでたし大丈夫だよ」
 歌音が返すと、千歳は眉間に皺をよせ「歌音は嘘つきたい」と言い歌音のおでこに軽くデコピンをした。
「昨日からあまり眠れとらんこと知っとるばい」
「え?」
「目の下にくまさんおるけん、バレバレばい」
 誤魔化しはきかないと念を押す。
「……ちゃんと、休んではいるんだよ?」
 目を瞑って休んではいたが色々と考え事をしたりしていたら深い眠りにつけなかったのは事実だ。上手く隠しているつもりだったが千歳には見抜かれていたらしい。
「何か悩み事と?」
 俺でよければ話ば聞くばいと優しく言われ、歌音は少し迷った結果千歳には隠し切れないと思いぽつぽつと正直に話し始めた。
 異世界に来てから自分が皆の足を引っ張ってしまっている。それについて始めは悩みもした、しかし悩んだところで皆と同じような動きが出来るわけでもないため、自分に出来ることは何かを考えることにした。でも逆に皆に気を遣われてしまいあまり役に立てないとまた悩み始めてしまい思考がループしてしまっていること……。
「……ほんなこつ、歌音はむぞらしかねー」
 全てを聞き終えると、千歳は優しく笑った。
 皆と一緒だからストレスで眠れていないのではないかと勘繰っていたらしい。歌音は笑って皆と一緒なのは全然ストレスじゃないと否定した。むしろ、右も左もわからない異世界に一人で飛ばされなくて良かったと思っている。
「そぎゃん悩むことなか。歌音はそんままで充分ばい」
 いつも部員一人ひとりのことをよく見ており、一人ひとりのことを想って行動している。そんな歌音だからこそ、皆も彼女の力になりたいと思うのだ、と千歳は続けた。
「こんメンバーは歌音がおるけん、まとまっとるて俺は思うばい」
 千歳は“だから、歌音はここにいていいんだよ”という意味を込めて歌音に伝えた。
「……ありがとう」
 少し泣きそうな笑顔で歌音がお礼を言うと、千歳は笑いながら歌音の頭をちょっと乱暴にわしゃわしゃと撫でた。髪がぼさぼさになってしまっている。
歌音が苦笑いしながら髪を縛りなおそうとすると千歳は俺が縛っちゃると歌音に横へ向くよう指示した。そのまま慣れた手付きで髪の毛をとかし元通りに髪をポニーテールに結いあげた。
「ありがとう……千歳器用なんだね。ちょっとビックリした」
「昔、よう妹ん髪ん毛ば縛っとったばい」
 ニコニコと嬉しそうな顔で妹のことを話す千歳。本当に妹が可愛いようだ。
「ミユキちゃん、小4だっけ?」
「よう覚えとったね。歌音は妹とサイズが似とるったい」
「……え?」
「歌音もたいぎゃ小さか〜」
「……」
 チビと暗に言っているようなものだが、千歳に悪気はない。妹扱いをしているわけでもないだろう。彼くらい身長が高いと、小学生も中学生もみんな同じサイズに見えるのかもしれない。歌音は内心複雑ではあったが、それほど腹は立たなかった。
 妹は元気にしているかなぁと心配する千歳を見て、歌音はフフッと笑って兄妹っていいなと呟いた。
「歌音は兄弟おらんと?……なら余計に親御さん心配しちょるね」
 頭も良くて気遣いも出来て器量も良い、そんな歌音のことを両親は大層可愛がっているに違いない。そんな娘が行方不明となれば両親は居ても立っても居られないだろう。
 千歳はそう思って何気なく口にしたのだが、歌音の反応を見て思わず息を呑んだ。
「あぁ……大丈夫だよ。いないから」
 淡々と前を向いたままそう答える歌音の口元は普段と変わらず優しく微笑んでいたが、ほんの一瞬目がガラス玉のように虚ろになり、千歳の背中にゾクリと寒気が走った。
「え……」
「大阪に来る前に交通事故で死んだから」
「……辛かこと思い出させて、すまん」
「いや全然。こっちこそ気を遣わせてごめん」
 千歳が失言してしまったと慌てると、歌音は謝らないでと顔の前で手をぶんぶんと振った。その目にはいつも通り光が戻っており、先程一瞬だけ見せた表情は錯覚だったのではないかとすら千歳は思った。
 千歳は、人の家族構成を言い当てることが得意だ。その人を見ていると、なんとなくわかってくる。ただし、歌音に関しては、一人っ子だということまではわかったがそれ以上の家族構成が見えてこない。
「……歌音ん家族について、聞いてもよか?」
 これ以上踏み込んでいいものか迷いながらも千歳が訊くと、歌音は聞いてもなんも面白いことはないよと前置きした上で、話し始めた。
 歌音の小さい頃から両親は不仲であり、事故に合う直前は離婚協議中であったこと。それぞれが外に別の不倫相手を作っており、歌音の親権をどちらが持つかギリギリまで揉めていたこと。決める前に他界してしまったため、現在は父の姉……つまり伯母の養子となったが、伯母は仕事の関係で海外にいるため実質一人暮らしをしている。伯母の持っているマンションが学校の近くにあるため、中2の春に四天宝寺中に転入してきたこと。
「……あ、言っておくけど、別に私は自分が不幸だとは思ってないよ。今時両親が不仲とか離婚とか珍しいことでもないし、成績が悪いと怒られはしたけど、ネグリストを受けていたわけじゃない。それに、伯母さんは日本にいなくてもちゃんと気にかけてくれているし、生活に困ってもいない。充分恵まれていると思う」
 千歳が歌音の思いもよらなかった家庭環境に絶句し言葉を失っていると、歌音は笑ってそう付け加えた。
 歌音は笑って話しているが、家族には恵まれてきた千歳に彼女の気持ちを理解することは難しい。
 歌音の周りに気配りが出来て優しい穏やかな性格は、彼女自身が両親に大事に愛されて育てられたからだと千歳はずっと思っていたのだが、どうやらその認識は誤っていたらしい。
 千歳は今まで歌音については頭も良くて可愛い、マネージャーとしては申し分ない子だと好印象を抱いていた反面、色々とスマートに出来過ぎてちょっと面白みのないつまらない子という印象も抱いていた。
しかし、2人きりで話してみて千歳の中で印象が変わった。自分はここにいてもどうか不安になり悩み、健気に頑張る、愛され方を知らないちょっと不器用な普通の女の子だ……そう思ったら、千歳は切ないような愛おしいようななんとも言えない気持ちになり、歌音の頭を今度は優しく撫でた。
「……もう千歳はすぐそう──っ……」
 そうやって頭を撫でるんだから、と続けようとしたが、千歳の眼差しがいつもと違うことに気付き歌音は言葉を詰まらせた。
 いつもは可愛いマスコットを見るような目か、周りの反応を面白がっている目をして撫でてくるが、それとは違う、優しい真っすぐな眼差しに、歌音は顔を朱色に染めて千歳から目を逸らした。
「歌音?どぎゃんし──っ……」
 照れは伝染する。千歳も、歌音の予想外の反応にドギマギし、彼女の頭から手を離した。いつもは頭を撫でても無反応かちょっと困ったように苦笑いするかのどちらかで、このような可愛い反応をすることはほぼない。
 2人して顔を赤くさせて目を逸らし、付き合いたての中学生のカップルみたいな雰囲気になっている。(いや、2人は正真正銘の中学生なのだが、そこは突っ込まないでほしい)
 千歳は気付いた。歌音は今まで千歳が可愛いと頭を撫でたりしても反応が薄かったのは、無防備だからでも鈍感だからでもない。相手にそういう気がないとわかっているため反応がなかっただけだ。
 今、千歳は彼女に対して“愛おしい”と思って頭を撫でた。おそらく歌音はその感情を無意識に感じ取ったため照れていつもと違う新鮮な反応をしたのだろう。
「……なんなん、こん子……まうごつむぞらしか……」
 千歳は余計に赤くなった顔を手で押さえると、歌音に聞こえない声でそう呟いた。
 目を逸らしたままの歌音は、千歳の変化に気付くことはなく、時間がきて見張り番は交代となった。

「千歳」
 戻る直前、歌音が千歳を呼び止める。
「ん?」
「……えっと、色々話聞いてくれてありがとう」
 歌音が少し照れながらお礼を言うと千歳は優しく笑って、また何かあればいつでも相談に乗ると頷いた。
 おやすみと言い合い、それぞれの寝床に戻る。
 寝床に入ってしばらくすると、歌音は急に睡魔が襲ってきてそのまま深い眠りについた。おそらく、抱えていた悩みを千歳に打ち明けたことで、少し肩の荷が下りたのかもしれない。
 歌音はそのまま朝まで起きることも悪夢に魘されることもなくぐっすりと眠った。

「……なぁ、白石」
 歌音が本当に眠ったことを確認すると、千歳は小さい声で白石を呼んだ。
「なんや、千歳」
 白石が応答すると、千歳は「あ、やっぱり起きとった」と笑った。
 実は白石だけでなく、金太郎以外は皆起きており歌音と千歳の会話を聞いていた。歌音は全く気付いていなかったが。
「白石は、知っとったと?」
 何のことかは言わずもがな、歌音の家庭環境のことだろう。
「少し……な」
 両親を事故で亡くしていること、保護者である伯母が海外にいるためほぼ一人暮らしの状態であることは本人から聞き知っていた。
 しかし、それ以上のことは知らなかった。別に歌音が隠していたわけではなく、普通聞かれない限り自分から進んで話すことでもないだろう。
「今まで俺は歌音について何も知らんかったばい……」
 いや、今も全てわかったわけではない。知り合って数ヶ月という短い期間で理解しろという方が無理だ。それでも、今日ちょっとだけ彼女のことがわかった気がする。
 そして、もっと彼女のことを知りたいと思った。
「千歳、お前……」
 どうやら千歳も歌音に興味を持ったようだ。現時点で千歳が歌音に恋愛感情まで抱いているかまでは不明だ。しかし、それも時間の問題だろうと白石は思った。
 遅かれ早かれいずれこうなるだろうと白石は予測はしていた。……しかし
「……よりによってこのタイミングかい」
 白石は溜息を吐いた。
「ん?どぎゃんしたと?」
 千歳はきょとんと首をかしげて白石を見ている。190cmもある大男がそんな仕草をしても普通は似合わないのだが、千歳がやると妙に似合うのが白石には腹立たしかった。
「いや、なんでもないわ。……おやすみ」
 白石はそういうと千歳に背を向け目を瞑った。背中から千歳がおやすみと答えるのが聞こえた。

 おやすみと言い自分から会話を切ったものの、白石は眠れそうになかった。
 歌音が恋愛に対して臆病な理由について、ある程度は予想はしていたがやはりショックを受けた。
 これは一筋縄ではいかないだろう。歌音は自分達には比較的気を許してくれていると思うが、恋愛となるとまた別だ。おそらく彼女の攻略は容易ではない。
 白石の心配事は自身の恋路のことだけでは収まらなかった。
 慣れない異世界、朝から晩までずっと集団生活を強いられており、テニスは出来ないどころかモンスターと闘わなければならない。
 みんな、表には出さないが相当なストレスが溜まっているだろう。
 そして、これは該当するのは一部のみだが、好きな女の子と四六時中一緒にいるという環境。
 2人きりならともかく、恋敵も一緒だ。一緒にいることが出来て嬉しいという気持ちもないわけではないが、上手くいかずもどかしくなったり、恋敵に先を越されているのではないかと焦る気持ちの方が大きいだろう。慣れない環境下にある今は、余計に周りが見えず色々と拗らせてしまう者も出てきそうだ。現に今日財前は、歌音が謙也のことを好きなのではないかと変に勘繰って一人みんなの輪から離れてしまっていた。
 そこに千歳も参戦してくるとなると、どうなることやら……。
 勝手に一人で拗らせている分には関係ないが、それによりチームワークが乱れてしまうことを白石は危惧していた。この異世界で、チームワークが乱れたら命の危険もある。
 どうしたものかと、深く溜め息を吐く白石だった。

  



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