第2章 C〜Palazzo reale〜

 

 そして話は先程の王宮の場面へと繋がる。
「王を呼んで参りますので、ここでお待ち下さい」
 一同がローシに通された部屋は、学校の教室の2倍はあった。なんと、ローシ曰くこれでもかなり小さい部屋なのだそうだ。高価そうな財物が所々に置いてあり、これ売ったらいくらになるんだろうと歌音は頭の中で計算し始めたが、虚しいだけなのですぐに途中放棄した。
 待ってろと言われてから数十分がたち、まだなのかとそろそろみんな痺れを切らし始めたその時
「やぁ。待たせてすまない」
 扉が開き入ってきた人物の顔を見て金太郎以外の全員が息をのんだ。
 歳は歌音達と同じくらい。女性的な顔立ちの美少年で少し儚そうな印象を受ける。
「立海の幸む──」
「俺はこのユッキーラ王国の王子セーイだよ」
 綺麗な顔で笑みも儚げなのに何処か逆らえないような迫力があるその人物に、金太郎以外はとても見覚えがあった。
 どう声をかけていいものか歌音達が悩んでいると、廊下が騒がしくなり
「セーイ!何故そうお前は俺に黙って勝手に行くのだ!!」
 という男の声が聞こえ、
「ゲンか。うるさいのがきたな」
 セーイが眉を顰めてボソリと呟く。
 そして、そのゲンと呼ばれた男は部屋に入るなり
「勝手に出歩くなと俺はいつも言っているだろう。だいたいお前はいつも──」
 セーイに説教を始めた。
 ゲンの見た目はまるで厳格な日本の親父といった感じで、オサムよりも年上に見えるのだが……一同は、またもや見覚えのあるその姿に、先ほどよりも更に驚愕した。1人なら他人の空似で片付けられるが、2人となると偶然とはとても思えない。
「……なぁ白石、あの2人どう見ても」
「立海の幸村クンと真田やな」
「あっそういえば、さっきのローシさんも柳生君そっくりだよね。一体どーゆー事?」
 金太郎以外、つまり2,3年がひそひそと話していると
「何をこそこそと話しているのだ?」
 ゲンが咎めるような口調で聞いてきた。
「あ、すみません。私達の知り合いに、お2人にそっくりな方がいるものですがビックリしてしまって……」
「そんなに似ているのか?」
 歌音の言葉にゲンが少し目を見開いた。
「ええ、それはもう。似ているというよりも、瓜二つです」
 歌音は力を込めて言ったが……
「気のせいじゃない?」
 セーイに即答された。その笑顔の裏に「これ以上聞いてはいけない」と読み取った歌音達は、何故だかはわからないがこの話はタブーなのだと悟り口を閉ざした。
「えっと……」
「あ、俺のことはセーイでいいよ」
 セーイは、歌音が自分ををなんて呼んだらいいのか迷っているのを察して言った。
「セーイ王子」
「俺達のことは呼び捨てで構わないよ。歳も変わらなそうだし」
 セーイは微笑むが、流石に王子を呼び捨てする度胸はない。そのためセーイさんと呼ぶと「セーイでいいよ」と再度圧をかけられたため仕方がなく呼び捨てにすることにした。
「歌音、だよね?ローシから聞いたよ。彼、君の事えらく気に入ったみたいでね」
「あの堅物なローシがか?」
 ゲンが目を丸くすると
「ゲン、ローシはお前ほど堅物じゃないぞ。まぁ、お前の場合は更に考え方が古臭い…というか“見た目も言動も親父臭い”と付け加えなくてはならないか」
 セーイに鼻で笑われゲンはショックで言葉も出ないのか、口をパクパクさせた。そんなゲンには目もくれずにセーイは歌音の方へ歩み寄り
「確かにローシが言った通り知性のある目をしているね。あと、それに……」
 そう言い右手で歌音のあごをくいっと軽く持ち上げ、自分の顔を互いの吐息が肌で感じられるくらいまで近づけると
「ふ〜ん、結構可愛いね」
 と呟いた。
「……あの、顔近いです」
 歌音は反応に困り眉を潜めた。悪ふざけだとわかっているため照れたりもしない。知り合いにそっくりとはいえ王子の手を叩くわけにもいかないため、そっと手を押し返しセーイから離れる。
「フフ、動じないところも悪くないよ」
 そんな歌音を見てクスッと笑うセーイ。視線は歌音の方へ向けているが、歌音ではなく周りの男性陣の反応を見て楽しんでいるのは言うまでもない。
「ウホッ顎クイ!」
 と嬉しそうに奇声を発している小春は例外として、主に歌音に恋心を抱く男性陣は苛立ちを隠せずにいる。微妙な空気になっており、歌音が早くこの場所から出たいなぁと考えていると
「セーイ。他人で遊ぶのはその辺にしておけ。」
 いつの間にか扉の近くに立っていた人物が呆れて声をかけた。
「レン、来てくれたのか」
 二度有ることは三度有る、まぁこの場合三度有ることは四度有るになるのだが。
 突如現れた“レン”というその男を見ても歌音達は予感がしていたので今度は大して驚かなかった。
「次は柳君か……」
「ビッグ3の集合っちゃね」
 仮に今、詐欺師の彼や赤髪の彼が出現してもそうは驚かないだろう。
「レン。お前いつからいたのだ?」
 セーイより受けたダメージから少し復活したゲンがレンに聞いた。
「お前とほぼ同時に来ていたぞ。ずっとここにいたが?」
 気付かなかったのか?と首を傾げるレン。
(……気付かなかった)
 扉の前にずっと立っていたらしい。
しかし、歌音達はともかくゲンやセーイまで気付かなかったとは、この男、気配を消すことが出来るのだろうか。
「レン。では彼らに一通りの説明をしてくれないか」
 セーイが言い、レンは頷くと説明を始めた。
「始めに簡単に俺達の紹介をしよう。俺はレン。セーイの付き人兼参謀を務めている。そしてこの厳つい顔をした男がゲン。セーイ専属の騎士だ。これでも一応俺達と同い年だ」
 一応とはなんなのだとゲンが抗議したが、レンにスルーされている。
「そして最後にセーイ。この国の王子だ。しかし、今の表向きの王……つまりセーイの父親はとっくにご隠居されてセーイに全実権を譲っているから、実際のところ、セーイは王子ではなく王だ」
「ああ、それで……」
 歌音が納得したように呟いた。
 先ほど歌音がセーイに聞こうと思ったのはその事だったのだ。ローシは“王”が呼んでいると言ったのにセーイは“王子”と名乗ったため疑問に思っていたのだ。
「俺とレン、ゲンの3人でこの国を動かしているようなものかな。だけど国民の中にはこんな若造なんかに国を任せられるかっていう人も出てくるだろうから、これは内部だけの秘密なんだよ」
 セーイが苦笑いながらそう言った。
「……内部の話を俺達にしてよかと?」
 千歳が聞くとセーイはニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた。
「もちろん。君達とは長い付き合いになりそうだからね」
「……」
 鳥肌を立てながら一同は思った、長く付き合いたくはない、と。口には出せないが。
「ではまず、武器屋の店主から聞いている事を簡潔に説明してほしい」
 このままでは話が進まないと感じたのが、レンがそう切り出した。
「ツィーネという怪物を倒せる聖剣に謙也が選ばれたってことです」
「それはしょり過ぎやろ…」
 簡潔過ぎる歌音の回答に謙也が思わずつっこむが、
「ふむ、なるほどな」
 レンが頷いて手元の紙に何かをメモした。
「え、今のでわかったん?!」
「ああ、問題ない。重要な事を聞かされていないようだな」
「重要な事?」
「ああ。その聖剣がツィーネを倒せる剣だと言ったが、それは違う。直接ツィーネを倒せるわけではない」
 レンの言葉に困惑する歌音達。
「直接ツィーネを倒すのは、“召喚士”だ。聖剣はその召喚士を護る為に存在する」
「ショウカンシ……?」
「召喚士は、精霊や大天使を召喚し闘う。唯一ツィーネを封印することが出来るのが召喚士だ」
「じゃあ、勇者がツィーネを倒すっちゅー事やないん?」
 謙也が、期待を込めて聞くが
「勇者は、その剣で召喚士を護り、共にツィーネを倒すという使命がある。召喚士1人だけではツィーネを倒せない」
 と言われ、溜め息をついた。
「で、その召喚士とやらは何処におるんですか?」
 財前が肝心の事を聞くと、レンとゲンがセーイの方をチラリと見た。
 セーイは2人に向かって小さく頷くと、口を開いた。
「君達に探してもらいたい」
「…………はぁ?」
 目が点になる歌音達。セーイはふと真顔になり続けた。
「召喚士とは、数百年に一人現れるか現れないかと言われるくらい希少な人物なんだ。しかも、召喚の能力は生まれた時からあるわけでなく、ある日突然その能力が表れるから、見つけるのは困難なんだ。本人も自分が召喚士だという自覚があるわけじゃないしね」
「それって、召喚士が本当に存在するかもわからないのに探せって言ってるんですか?」
「探しようないやん……」
 歌音とユウジのごもっともな発言に、レンが再び口を開く。
「いや、召喚士は今この世界に確実に存在する。……何故わかるのかと聞きたそうな顔をしているな」
「その聖剣だ」
 ゲンが口を挟む。ちなみに今聖剣は本人は不本意であるが、謙也の腰元に収まっている。
「あぁ。その剣が勇者を選んだということは、召喚士が現れたからだ。“勇者”と“召喚士”は対の関係、片方のみが存在するという事はありえない。だから、今この世界の何処かに召喚士はいるという事だ」
「……つまり、俺達に召喚士を探して一緒にツィーネとやらを倒せ、って言いたいん?」
 白石が無表情に問うとセーイは笑顔で頷いた。
「ま、簡単に言えばそういうことかな。やってくれるかい?」
「断る!」
 全員、即答した。
「元はと言えばその“ツィーネ”って、魔族がこの世界の人間を怨んで生み出したんでしょ?怨まれるような事した方にも責任あるんじゃない?」
「なんで俺達がその尻拭いせなアカンのですか?」
「それは自分達で責任とらんといかんばい」
「アタシ達も元の世界に帰る方法探さなアカンし……申し訳ないけど、アタシ達には無理な話やわ」
 セーイは、歌音達の反応を予め予想していたようで眉一つ動かさずに聞いていた。
「……ま、そうだろうね」
 そして、少し苦笑いすると呟いた。
「やっぱ“お願い”じゃ駄目か……」
 セーイのそんな様子に一同は訝しげに眉を顰めた。
「“お願い”じゃなくて“命令”だと言ったら?この世界では王の命令に逆らう者は極刑だよ」
 セーイは突如無表情になり、言った。
「それでも断る……と言ったら?」
 白石が逆に問い返すと、セーイは「ゲン」と低い声で呟いた。すると、ヒュッという風を切る音と共に、ゲンが目には見えない早さで腰に差していた剣を抜き、白石の喉元近くに剣先を突きつけた。
 突然のことに全員驚いて息をのむ。
「これでもまだ断るって言うのかい?」
 剣を突き付けられ白石はギリッと下唇を噛み締める。そして、低く抑揚のない声で言った。
「……随分汚い手使うんやな」
 あまり使いたくなかったんだけどね、とセーイは肩を竦めた。
「……最低」
 吐き捨てるように財前が呟く。歌音達はゲンの剣が白石に突きつけられている為手は出せないものの、鋭い目でセーイを睨みつける。
 セーイは目を瞑り溜め息をつくと、ゲンに剣を下ろせと命じた。
 そして、再び歌音達の方を見据えて言った。
「勘違いをしてもらっては困るな。確かに君達はこの世界の人間ではないかもしれない。でも、この世界にいる間はこの世界の方針に従う、それは筋だと思うんだけど」
 郷に入っては郷に従えと言いたいらしい。確かにセーイのいう事もまぁ一理あるので歌音達は黙って続きを聞く。
「君達にツィーネを倒せとまでは言わない。召喚士を見付けてくれるだけでいい。召喚士は聖剣を持つ者にしか見付けることが出来ないんだ」
「……俺達に何かメリットはあるん?」
「ああ、勿論だよ」
 セーイはニッコリと微笑んだ。
「仮に君達が元の世界の方法を探す為に旅をするとしても、資金がないと旅は続けられない。でも、その資金を作るのは簡単な事じゃないよね?召喚士を探してくれるなら、充分すぎるくらいの資金を出そう」
 セーイはこの国の王子だ。それに事実上は王の権力を持っている。当たり前だが今言ったことはハッタリではない。
 歌音達は顔を見合わると、セーイ達に聞こえない声でこそこそと相談し合った。
「ね、どうする?蔵」
「この話?受けようと思っとるけど?」
「ってか断ったら多分命なかね……」
「せやけど、帰る方法は探さんでええんか?」
 謙也がそう言うと、みんな呆れたような顔をした。
「アホかお前。召喚士なんてもんは二の次や。帰る方法探すの優先するに決まっとるやろ」
「へ?白石何言うとるん?」
「帰る方法を探すついでに召喚士探すって事。経済面とか気にしなくてすむから私達も楽でしょ?」
「はぁ。あ、でも召喚士が見付かる前に帰る方法が見付かったらどないするん?」
「…………」
 あまりにも予想外な事を言ってくる謙也に(本人は至って真面目なのだ)呆気にとられて声が出ない歌音達。
「……そんなん、帰るに決まってますやん」
呆れながらも財前が言うと、謙也は「あ、そっか」と頷いたが、でも召喚士が見付からないとこの世界の人達大変なんじゃ…と呟いた。
“勇者”とやらに選ばれてしまった謙也本人が1番大変なハズなのに、つい他人の心配もしてしまう謙也。
「いい人過ぎやお前は」と銀が言い、小春は「そこもス・テ・キ」とハートを飛ばしてユウジに殴られた。
「召喚士は必ずいるらしいから見付かる可能性はあるけど、私達が元の世界に帰る方法はあるかさえわからないんだよね」
歌音が口を開く。
「多分召喚士の方が先に見付かる確率のが高いから、そこは心配はしなくても大丈夫だと思う」
 むしろ、歌音達にとってはそっちの方(帰る方法がみつからない方)が心配だ。。
「っちゅーか他人の事よりも自分の心配した方がええで“勇者様”」
 白石が最後の言葉だけ強調させて言うと、謙也は「それを言うなや」と半泣き状態になり、それを見た白石はクスクスと面白そうに笑っている。
「話し合いは終わった?」
 これまで歌音達が小声での話し合いが終わるのを待っていたセーイが、タイミングを見計らったように訊いてきた。
「ええで。その話受けたるわ」
 白石がそう答え、全員が頷く。
 それを見るとセーイは始めに見せた少し儚げな優しい表情になり「ありがとう」と微笑んだ。
「──もし……」
 ふいに今まで黙っていたレンが口を開いた。
「召喚士を見付ける事が出来たとしたら、その時は謝礼として、元の世界に帰る方法を教えよう」
 レンの衝撃的な台詞に歌音達は目を見開いてレンを見る。
「帰る方法知ってるんですか?!」
 歌音が身を乗り出して聞くと、レンは「あぁ」と頷いた。
「レ、レン?」
 セーイやゲンも驚いた顔をしてレンを見ている。
「俺の帳面には世界中の様々なデータが書かれている。俺にわからないことなどほぼない」
 レンは、威張るでもなく淡々と当たり前のようにそう言った。
 歌音達は期待を込めた目でレンを見つめるが……
「ただでは教えることは出来ないな」
「……召喚士と引き換えっちゅー事か」
 白石が溜め息交じりに言うと、レンは微笑みながら「その通りだ」と頷いた。
「すまないな。ツィーネを封印出来るのは今のところ召喚士しかいないんだ。しかし、ツィーネを野放しにしておくとこの世界自体が壊れてしまう。召喚士が見付かっていない今、我々にとって唯一“勇者”だけが頼みの綱なんだ」
 わかってくれ、とすまなそうに言ってレンは目を閉じて頭を下げた……実際には目は元から閉じているので頭を下げただけだが。
「兄ちゃんっ安心しぃ!ワイ達が絶対ショーカンシ見付けたるわ!」
「任しとけ……とまでは言えんばってん、出来る限りのことはするけん」
 金太郎と千歳の言葉に全員同意して頷く。元々皆、根は優しく思いやりのある人達なのだ。
「感謝する。召喚士を見付けてくれた暁には、元の世界に帰る方法を必ず教えると約束する」
 こうして、両者の交渉は成立し、歌音達は“帰る方法”を教えてもらうのと引き換えに“召喚士”を探す旅を始める事になったのだった。
 全て、レンの計算通りに事が進んでいたとは知らずに……

「なぁなぁ、兄ちゃん。一個聞いてもええか?」
 金太郎がレンに向かって無邪気な顔で尋ねた。
「なんだ?」
「さっきから気になっとるんやけど、兄ちゃんずっと目ェ閉じとるけど見え──ふごっ?!」
 言葉の途中で、金太郎が言おうとしているのがわかった謙也が慌てて金太郎の口を塞ぐ。
「ふがふ……ぷは〜っ…ケンヤ、何すんねん!!」
「金ちゃんアカンッその続き絶対言うたらアカンで!」
「なんでや?」
 謙也のあまりにも必死に止めるので、金太郎は一応黙って首を傾げた。
 どうやら、先程金太郎が静かで喋らなかったのは、その事について一人で考え込んでいたかららしい。
「今、何か言ったか?」
 レンがカッと目を見開いた。その光景は金太郎のトラウマになったらしい。

 ◇ ◇ ◇

 歌音達が去った後の王宮では──
「レン、お前本当にあの者達が元の世界に帰る方法を知っているのか?」
 ゲンがレンに聞いた。するとレンは
「何を言ってるんだ、ゲン。俺がそんな事知っているハズないだろう。異世界から人が来たなんて聞いたこともない」
 あっさりとそう答えた。
「んなっ──……」
 ゲンはあんぐりと口を開けて絶句した。
「……やっぱりな。だろうと思ったよ」
 セーイの方は推測していたらしく、驚くことはなかった。
「しかしまた何故そんな嘘をついたんだ?」
 ゲンが尋ねるとレンはふっと笑った。
「何故?愚問だな」
「なんだと?」
 そんなレンの鼻で笑うかのような態度にゲンは眉を上げる。
「ああ言えば召喚士の方を探すに決まってるからだ」
「召喚士の方?他に何を探すと言うのだ?」
 ゲンが不可解な顔をした。
「あいつらの事だ。セーイが言った条件だけでは、軍資金を貰えるのをいい事に、その金を使って召喚士を探す“フリ”をしながら、実際は元の世界に帰る方法を探すに違いない」
 それではいつまでたっても召喚士は見付からない。
 そこで“召喚士を見付ければ帰る方法を教える”という条件を付け加えれば歌音達はどうするだろうか?
 答えは明白である。何処をどうやって調べたらいいのか少しの目途もたたない帰る方法を探すより、必ずいるとわかっている召喚士を探した方が早い(しかも、聖剣が探すヒントになるのだ)。
 歌音達は召喚士を探す事に専念するだろう。レンはそこまで計算していたのだ。
「……しかし、なにもそんな嘘をつかぬともあの者達は召喚士を探したのではないか?」
 ゲンが言った。嘘のつくのは性に合わんと、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「甘いな、ゲン。彼らはこの世界の人間ではないんだぞ。召喚士がこの世界にとってどれだけ重要な存在かもわかっていない。それなのに、自分達の問題を差し置いてまでこの世界の為に召喚士を探すとは考えられない。……なぁ?セーイ」
 レンがセーイに同意を求めると
「フフ、そうだね。なかなか計算高くて抜け目のない連中だ」
 セーイはそう言ってクスクス笑った。
「しかし、だからと言って──……」
「ゲン」
 まだ納得がいかないゲンは抗議しようとしたが、セーイにより遮られる。セーイはさっきとは打って変わって厳しい表情をしていて、ゲンは思わず息をのんだ。
「今の状況をわかっているだろう。ツィーネを封印しない限りこの世界に未来はない。俺達だけの問題じゃない。もう時間はあまり残されていないんだ。」
 そう言ってセーイは一度深く溜め息をついた。そしてキッとゲンを見据え
「俺達は心を鬼にしてでも、使える物はなんだろうと使わなければならない。手段は選んでいられない」
 威厳のある声でそう告げると
「たとえ、この先それが大切な物を失う結果になったとしても……だ」
 そう続けてセーイは目を伏せた。彼らの事情を思えば、歌音達についた嘘で彼らを責めることなど出来ないかもしれない。まぁ、部外者の歌音達にとっては迷惑極まりないが。
「……すまない」
 セーイやレンの気持ちを理解したゲンは申し訳ないと2人に謝った。
「勿論、彼らには申し訳ないと思っている。だから、帰る方法が見付からなくても、彼らがこの世界で何一つ不自由なく暮らせるように力を尽くすつもりだ」
 セーイの言葉に他の2人もそうだなと頷いた。
「……そういえばセーイ、お前に言われたから彼らに召喚士の“あの事”を教えなかったが、本当にそれで良かったのか?」
 レンがセーイに訊いた。
「そこまでは彼らが知る必要もない……いや、むしろ彼らにとっては知らない方がいいだろう」
「召喚士が見付かった後の事は我々の問題だからな」
 セーイとゲンがそう言うとレンも頷いた。
「ところでさ、歌音ってどう思う?」
 セーイが急に話を変えて2人に問うた。
「どう、とは……?」
「どうかしたのか?」
 ゲンとレンはセーイの問いに少し戸惑っている。
「ああいうタイプ、俺の周りにはあまりいないから新鮮なんだよね」
 セーイは面白い玩具を見付けた子供のように喜々としてフフフと笑った。セーイの悪い癖が出たとゲンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「……ほどほどにな」
 レンはそっと溜息をついた。

「……っくしゅん」
 皆と一緒に道を歩いていた歌音の背筋に急に悪寒が走り、華奢な身体が一瞬小さく震えた。
 今晩は王宮に泊まって良いとセーイに言われたが、断った一同は宿を探しながら散策していた。宿まで馬車で送るとも言われたが、それも窮屈だし目立つので断った。援助してくれるのは有難いが、出来る限りセーイ達とは関わりたくないというのが本音だ。
「歌音、どぎゃんしたと?」
 後ろを歩いていた千歳がそんな歌音の様子に気付き声をかけた。
「なんか一瞬悪寒が……」
「これ、着ときんしゃい」
 千歳がそう言い自分が着ていた上着を歌音の肩にかける。
「あ、全然大丈夫、一瞬だけだから。ありがとう」
 歌音は千歳に上着を返そうとしたが、いいから着とけと無理矢理肩に羽織らせられてしまった。有難いのだが、すっごくぶかぶかで……重い。サイズがあまりにも違い、手が完全に隠れてしまって萌え袖どころではない。
「熱は……ないみたいやな」
 白石が歌音の額に手をやり、自分の額と熱さを比べる。
「どっか痛いんかっ?!大丈夫なん?!」
 そして謙也はむしろお前が大丈夫か?と問い返したくなるような凄い剣幕で歌音に詰め寄った。
「だ、大丈夫、何処も痛くないよ。ありがとう、本当に大丈夫だから……」
 皆過保護である。心配してくれるのは有難いが、それも度を越すとちょっと迷惑だ。それに、歌音は皆が心配するほどか弱い女の子ではない。
「歌音、具合悪いんか?」
 金太郎までが、心配そうに歌音を見つめる。
「全然大丈夫。何処もちっとも悪くないよ」
「ホンマに?」
 歌音が頷くと金太郎は良かったわーと、ニコッと笑った。癒しである。
「歌音、疲れたんやないか?」
 金太郎の次は銀が話しかけてきた。
「え、別に大丈夫だよ」
「今日はもう休んだ方がええやろ」
「いや、あの……」
「今日は一日ホンマに色々な事あったからな……」
「……えと、人の話聞いて?」
 まあ、確かに今日は色々な事がありすぎた。
 合宿に出掛けたはずが突然異世界に飛ばされ、モンスターと闘い、突然“勇者”だと言われ(これは謙也のみだが)王宮に行き、終いには王子に半分脅され“召喚士”とやらを探す旅を始めるハメになったのだ。
 波乱万丈の1日だったとしか言いようがない。
「……そだね。今日は休もうか」
 歌音は心配されるほど疲れてはいなかったが、実際日も沈みかけているため、反論せずに近くに宿はないかと探し始めた。
「……なんか、今日は疲れましたわ」
 そう言ってふわぁと欠伸をする財前。
「お前何か疲れるようなことしたか?」
 謙也は余計な事を言い、財前にジロっと睨まれている。
「あれ?」
「金ちゃんどうした?」
「なぁなぁ、千歳は?」
「え?あれ、千歳がいない?」
 いつの間にか音もなく千歳が消えていたのだ。
「ま、まさか神隠し?!」
小春がムンクの叫びのようなポーズで叫ぶ。
「千歳千里の神隠し……」
ボソッと白石が呟いた。何処かで見た事のあるようなタイトルである。
「それはアイツの得意技……ってふざけとる場合ちゃうやろーっ!」
 謙也が大声で叫ぶと
「ケンヤは相変わらずうるさかねー」
「なんやとって……」
「千歳?!」
 いなくなったかと思っていた千歳が歌音達の前方からのんびりと歩いてきた。
「宿、向こうに良さそうな所あったばい」
 どうやら彼は一人で宿を探しに行っていたらしいが……
「……何ね?」
 宿が見付かり喜んでいいハズなのに全員言葉もなく自分を凝視しているので、千歳は訝しげに眉を寄せた。
「ち……千歳、後ろ……」
「ん?」
 歌音に言われて千歳が後ろを振り向くと、そこには数十体のモンスター達が、親鳥について歩くヒナの如く、千歳の後を付いてきていた。
「………あれま」
「何が“あれま”や、このアホ!」
 こんな状況なのに、相変わらずのんびりとした口調で言う千歳の頭を白石がベシっと叩く。
「まぁ折角やし、この機会にさっき買うた武器使ってみればええやろ、な?」
 穏やかに銀が言うと、それもそうだなと皆頷いた。
「行くわよ、ユウくん!」
「おう、小春!」
 そう言って敵中に突っ込んでいく2人。それに続いて他の皆も先程の武器でばっさばっさと敵を薙ぎ倒していく。
「歌音は大丈夫か──って」
「……心配無用って感じっスね」
 心配するまでもなく、歌音はブーツで敵を軽々と蹴り倒していた。
 白石と財前はその姿を見て安心する反面、やっぱり男としては好きな女の子を護ってあげたいという気持ちも強いので、ちょっと複雑な心境だった。
 数分後、うようよいたモンスター達は跡形もなく消え去り(正確に言うと一匹残さず全部ぶっ倒し)、辺りは再び静寂を取り戻した。
 そして、一同は千歳が見付けてきた宿へと歩き出した。

 こうして、歌音達は
“召喚士探す旅”を始める事になった。


 そして、この時はまだ 
 まさかこの先に、過酷な運命が自分達を待ち受けているなんて
 当然ながら知る由もなかった──……



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