第2章 B〜Spada del CoraggiosoU〜



 珍しく静かで一切会話のない一同。
 金太郎までもが周りの空気に飲まれて少々緊張しているのか大人しくしている。それも致し方あるまい、なにせ今彼らがいる場所は、王宮なのだ。
 そんな場所で騒げるほどの図太い神経は……あるかもしれないが、神経は図太くても普通の常識くらいは持ち合わせている。
 と、まずはそもそもなんで彼らがこのような場所に来ているのか事情から説明したい。

「……は?勇者?」
 謙也が意識を失い倒れた後、店主が口にした台詞に一同は素っ頓狂な声を上げた。なんと、“謙也が待ちに待った勇者様で、この世界の救世主だ”と言うのだ。
「彼は、我々が長年捜し求めていた“勇者様”です!」
 店主は眠っている謙也を見ながら、感激で涙を流さんばかり……それどころか、しまいには拝み始めた。歌音達が「コイツ頭大丈夫か?」と冷たい目で見ていることにも全く気付いていない。
「勇者って……謙也はごく普通の少年ですよ?」
「そもそも、勇者ってなんね?」
 千歳が問うても店主は
「もちろん、長年探し求めていたこの世界の救世主です!」
 と満面の笑みで同じ回答を繰り返すため、
「せやから、その救世主っちゅーのが何なのか聞いてんねん!」
 その場にいる全員がイラっとし、大声でつっこんでしまったのも無理はないだろう。やっと、一同の苛立ちに気付いたのか、冷や汗をかきながら店主は説明を始めた。

「……えっと、何?つまり、この世界には魔族っちゅーのがおって、その魔族が生み出した怪物っちゅーのが……名前何やったっけ?」
 その後、意識が戻った謙也に店主から聞いた内容を一から伝えているのだが、当然ながら困惑している。ちなみに店主は一同に此処で動かず待てと言い残し、慌てて店を飛び出して行った。
「名前はツィーネでっせ」
「そのツィーネっちゅー怪物がこの世界をも破壊してまうくらいの恐怖の存在で、でも普通には倒すことが出来ん……ってあ゙ぁもう意味不明やっ!」
 謙也は頭を抱えた。突飛な話に頭の理解が追い付かないようだ。無理もない、突然誰かに取り憑かれたかのように自分の体のコントロールが利かなくなっただけでも普通大パニックだ。それだけで収まらず、更に意識を失って倒れ、目を覚ましたら自分が異世界の救世主で“勇者様だ”などと言われる……これで混乱しない人などいないだろう。
 あーだのうーだの発している言葉がもはや日本語ではなくなっている。
「ケンヤ、とりあえず落ち着きぃ」
 そんな謙也を見て銀が優しく声をかけるが、
「こないな状況で落ち着けなんて無理言うなアホ!」
 今の謙也には逆効果らしく、ますますパニックに陥って叫んだ。
「す、すまん」
 謙也のあまりの剣幕に何も悪くないのに思わず謝ってしまう気の毒な銀。それでもまだギャーギャー騒ぐため、ユウジがキレた。
「うっさいわ、ボケ。お前は発情期中の猫か!」
「騒ぐなっちゅー方が無理やアホ!あとその喩え方やめろ!」
 言い合いを始める2人。財前はそんな先輩らを横目で見て溜め息を吐いている。放っておくと話が進まないため、歌音は白石とアイコンタクトをとると、「ね、謙也」と優しい口調で謙也に話し掛けた。
「謙也が混乱する気持ち、すっごくわかるよ。私達も混乱しているくらいだから、当事者の謙也はもっと混乱するのは当然だよね。私達も詳しい話を聞いたわけじゃないから上手く伝えられなくてごめん。……わかる範囲で説明するから、続き聞いてもらえる?」
「お……おん。騒いでもうて堪忍な」
 歌音に優しく諭されると、謙也もなんとか落ち着きを取り戻した。
「ありがとう、じゃあ話を続けるね。さっき謙也が手にした剣……聖剣って呼ばれているらしいんだけど、その聖剣が“ツィーネ”という怪物を倒せる鍵を握っているらしいの」
 聖剣は選ばれた勇者ただ一人を除き、誰も触る事が出来ないらしい。前の勇者がこの武器屋に剣を持ってきて以来、誰も触ることが出来ずずっとそのままになっていたそうだ。
「さっきワイが触ったらビリビリってなったわ〜」
 先程、そうとは知らずに金太郎が聖剣に触れたところ、電撃のようなものが走り危うく感電しそうになった。悪意を持つものが触れると感電どころでは済まないらしい。
「その聖剣に選ばれたのが、謙也みたい」
 謙也はまだ困惑の表情のままだが、内容は理解出来たようである。
「……なんとなくわかったようなわからんような。で、結局俺はこれからどーすればええの?」
 謙也が聞くと
「さぁ……?」
 白石は首をかしげた。
「さぁって……」
 白石の一見気のないような返答に謙也が怒りかけるが
「すまん、俺らにもわからへん……」
 白石の本当に困惑した表情を見て、口を閉じた。
「歌音も言うてた通り、俺らも詳しいこと聞かされてへんのや」
 店主から簡単な説明をされただけで詳しいことは何一つわかっておらず、困惑しているのは全員同じだ。
「謙也、とりあえず店主さんが戻ってきたら色々聞こう?」
 そんな謙也を見て歌音が口を開く。
「歌音……」
 歌音は、なんとなく重くなってしまった空気を晴らすように努めて明るく口調で続けた。
「皆もついているし、このメンバーなら例え何があったってきっと大丈夫!」
「歌音さんの言う通りでっせ。たとえ生活に困ってもウチらが街中でお笑いでもやればお金には困りまへんし。ね、ユウくん」
「おう。きっとがっぽり稼げるでぇ〜」
 お笑いラブルスも至って気楽な口調で同意した。財前に「いや、絶対売れないと思いますわ」と言われギャイギャイ騒いでいる。
「ま、気楽に考えればよか。白石おるけん、余程ん事がない限り大丈夫たい」
「千歳。それ、褒め言葉として受け取ってええの?」
「………もちろん、白石ばたいぎゃ頼りになるて言いたかったとよ?」
「そらどーもおおきに。始めの微妙な間が気になったけど素直に受け取っとくわ」
 念のため断っておくと、2人は別に仲が悪いわけではなく周りを和ませようとしてふざけて言い合っているだけである。
(なんかこいつら見とったら真面目に悩むのがアホらしくなってきたわ…)
 と謙也が思っていると金太郎に
「悩んどると損やで、ケンヤぁ」
 と笑って言われた。後輩に言われてしまっては立場がなく謙也は苦笑いした。
「なんとかなるよ」
 とどめに歌音がニコッと謙也に笑いかければ
「せやな!」
 単純な謙也は数秒前とは打って変わって明るく笑った。
 そんな謙也に財前が「それでこそ先輩っすわ」と珍しい事を言い、なんや財前も可愛えトコもあるやんと謙也は満更でもない顔をしたが、財前が謙也を褒めるなんて事をするハズはなく
「謙也さんがいくら悩んだって解決出来ると思わへんし、ただ時間の無駄なだけっスわ……」
 と言われ謙也は一瞬で前言撤回した。
「お前はいつも一言多いんやーっ!」
 謙也の怒鳴り声が店内に反響し、全員が耳をふさぐと同時に店のドアが開いた。


◇ ◇ ◇


 店主が帰ってきたと思いドアの方を見たが……
「えっ?!」
 一同は思わずその光景を凝視した。なんと、そこには数十人の武装した兵士達がずらりと整列していたのだ。
「店主さんでしたら只今外出されています」
 歌音が内心ではかなり警戒しながらも伝えると、その兵士達の中で一番偉いと思われる眼鏡をかけた若い男が一歩前へ出て
「いえ、私達は王の命令により勇者様をお迎えしに参りました」
 と言いピシッと敬礼のポーズをとり、他の兵士達もそれに続いた。
「ねぇ蔵。おうって、王様……キングの事だよね?」
「多分な。“おう”って名前の人がおるなら別やけど」
 歌音達がひそひそと話し合っていると、店主が店の中へ入ってきた。
「あ、店主はん」
「あの、この方々は一体?」
 店主の登場にほっとする一同。しかし店主には歌音達の言葉など全く聞こえていないのか、スタスタと謙也のところまで歩いてくると
「この方です。この方が聖剣が選んだ正真正銘真の勇者様です!」
 と謙也を指し興奮気味に言った。
 すると先程の眼鏡の兵士(“ローシ”と名乗った)が謙也の足元に跪き
「勇者様、お会い出来大変光栄にございます」
 と言い深々と頭を下げた。
 仕種や口調が“紳士”と呼ぶにふさわしいローシと名乗った男を、歌音達は以前何処かで見かけた事がある気がしたが、心に余裕がないため思い出すことが出来なかった。
「つきましては誠に勝手ながらも、王が呼んでおりますので御同行願います」
「はぁ……」
 突然の出来事に驚き全員目が点になり何も言葉が出てこない。一同が黙っているのをローシ達は肯定の意味だと受け取り
「さあ、勇者様参りましょう。」
 と謙也を連れて行こうとした。ローシに腕をとられてやっと我に返った謙也は
「あ、あの俺達これからテーカに行かなアカン……あ、いえ、行く予定があって」
 と慣れない標準語と敬語で焦って言ったが、
「勇者様がわざわざ一緒に行く必要はないのでは?」
 ローシは心外だとでも言いたそうな顔をした。
「そんなわけにはっ──……」
 再び謙也が断りの言葉を口にしようとした瞬間、ローシ達の顔からすっと笑みが消え、謙也は思わず息をのんだ。
「そのような事は他の方達に任せて、勇者様は我々と一緒に参りましょう」
「……はい」
 口調はとても丁寧ではあるが、ローシからは有無を言わせない無言の圧力が感じられ、謙也は断ることが出来ずにその言葉に従った。
「感謝致します。では、参りましょうか」
 ローシは歌音達の方に一礼すると、謙也を連れて外へ出ようとした。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
 歌音が慌てて呼び止めるとローシは足を止め振り返った。
「何か?」
「もしかして、謙也一人だけを連れて行くつもりですか?」
「ええ勿論です。王の用事があるのは勇者様だけですから」
 ローシは当たり前のように答える。
「それがどうかされました?」
「であれば、謙也は連れて行かせません」
「歌音?」
 謙也が驚いて歌音を見た。
「どういう意味でしょう?」
 ローシと眼鏡越しに目が合い、歌音はその威圧感に一瞬凍りついたように全身が強張ったが、目を逸らす事はせず、ローシを睨みつけハッキリともう一度言った。
「謙也を“一人”で行かせることは出来ません」
「歌音さんの言う通りや。あんさん達がホンマに信用出来るかもわからへんのにケンヤ君を渡すわけないやろ。ねえ、皆?」
 小春の言葉に全員頷く。
「というわけなんで、どうしても連れて行きたいのなら、俺達全員連れて行ってくれません?」
 白石がローシに向かってニッコリと微笑みながら言った。笑顔で標準語を話す白石は、ローシにも負けず劣らずの威圧感がある。
「……断る、と言ったらどう致します?」
 腰に差している剣に触れながらローシが応答する。全員、部屋の温度が一気に氷点下にでもなったような錯覚に陥る。
「それは、ご想像にお任せしますが?」
 白石はローシの脅しに少しも動じる事はなく正面からローシの目を見据えた。
「き、君達何を言って──……」
 先程から店主は歌音達のローシに対する反抗的な態度に顔面蒼白になって震えている。
 正に一触即発か?!
 兵士達とのバトルが始まり──
 多人数の兵士達に勝てるはずもなく、敗北した歌音達は王に反逆した罪で死刑とされ、あわや十数年間という短い一生に終わりを告げることに……
 そして天国でみんな永遠に仲良く暮らしましたとさ。
 物語はこれにてジ・エンド──
 めでたしめでたし──なんてことにはなるハズもなく、睨み合ってからたっぷり数十秒がたっただろうか。ローシの肩からすっと力が抜けた。
 そして
「合格です。皆様歓迎致します」
 と言い、先ほどまでの威圧感が嘘のように、ふと穏やかな笑みを見せた。
「は?」
 歌音達の目が点になる。
「失礼ながら、あなた方の絆の強さを確認させて頂きました」
 ローシはそう続けた。
「絆……?」
「詳しい事は後程王から説明があるでしょう。外に馬車を待たせております。参りましょう」
 一同はまだ事態を把握しきれていなかったが、とりあえず緊張は解け、ぞろぞろとローシの後に着いて行き店を後にした。
「さぁ、どうぞお乗り下さい」
 ローシはそう言い御伽噺に出てきそうな大層立派な馬車を指差した。中はどう見ても大人が10人以上余裕で乗れるくらい広く、クッションの数も丁度全員分置いてあり
「……やられたばい」
「ええ」
 溜め息をつく千歳と小春。
「2人ともどないしたん?」
 そんな2人の様子を金太郎と謙也は不思議そうに見た。
「この馬車の広さ、私達の人数と同じ9つのクッション。そしてさっきのローシさんの言葉……」
「“始めから俺達全員連れてくつもりやった”って事っスね」
 未だ理解できていない謙也が「どーゆー事や?」と訊くと白石が答えた。
「試されとったんや」
「え、何を?」
「つまり、俺らは始めからローシさんの手の上で転がらされてただけやったっちゅー事や」
 そう言うと白石は疲れきった様に深く息をついた。
「じゃあさっきのは全部演技やったって事なん?」
「そーゆー事やな」
 馬車に乗るなど滅多に味わうことは出来ない体験に普段なら大はしゃぎしたのだろうが、一同は先ほどのやり取りのせいで精神的に疲れきっていたため、喋る気力もなく王城へ向かう馬車の中、黙りこくっていた。
 唯一金太郎だけが「馬車やー!!」と道中ずっと嬉しそうにはしゃいでおり、若いなぁと年寄り臭い事を一瞬本気で思ってしまった歌音達なのであった……




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