第1章 A〜Un altro mondoU〜

  


「……歌音」
 自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がして歌音が目を開けると
「大丈夫か歌音、怪我してへんか?」
 心配そうな顔をした白石が映った。
「うん、大丈夫。なんともないよ。……ここは、何処?」
 そこは病院のベッドの上ではなく、芝生の上だった。
 どうやら歌音の他に目を覚ましているのは白石、千歳、財前の3人だけで、他の面々はまだ眠っていた。眠っているだけで皆怪我はなく無事のようだ。
「どう見ても合宿場所じゃなかね。何処にもホテルは見えんばい」
「天国?にしては地味すぎやな」
「地獄でもなさそうっスね」
 4人が辺りを見回していると、他の面々も目を覚まし始めた。
「目ェ覚ましぃ。ケンヤ」
「……なんや銀、もう着いたん……って、ここ何処やっ?」
「ケンヤ、やかましいでぇ。なぁ、ここで合宿するん?」
「え、でもホテル何処にも見えまへんけど」
「っちゅーか草しかないで」
 トラックと衝突した時、熟睡していて何が起きたのか事情を知らない他の者達が困惑していた。
「なぁ、一体何があったん?」
 起きていた4人がわかる範囲で説明をする。
 といっても、蛇行運転しているトラックが迫ってきた⇒轟音を聞いたし意識も失ったため多分ぶつかったと思うが、痛みを感じた記憶はないためよくわからない⇒気付いたら知らない場所にいた。
 結論、何が起こっているか全くわからない。
「……ワイ達死んでしもたん?」
 金太郎が悲しそうな目をして歌音に聞いた。
「金ちゃん……ごめん、私にもわからない」
 金太郎の言う通り、トラックと正面衝突したなら通常無事ではあるまい。ここは死後の世界だと考えてしまえば色々と辻褄が合う。しかし、そう割り切ってしまうにはここの光景はあまりにも現実すぎるのだ。
 全員黙り込んでしまい、どんよりとした重い空気が広がる。
「痛ーっ!イキナリ何すんねんっ白石ぃっ!!」
 と、その時何を思ったのか白石が謙也の頬を思い切り引っ張った。当然謙也は涙目になって白石を睨む。
「とりあえず、俺ら死んではないみたいやで。」
「はぁっ?」
「死人に痛覚ないやろ?」
 確かに、と皆が頷く。
「自分の頬にしろや!」
 謙也が抗議するがあっさりと無視された。結構力が強かったらしく片頬が赤くなっている。
「ワイ達生きとるんやな?良かったわ〜!」
金太郎は死んだわけではない事がわかると急に元気になりピョンピョン飛び跳ねている。
「それにしても、一体ここは何処なんや?」
 全員が疑問に思っている事をユウジが口にした。
 そう、死んだわけではないことはわかったのだが、根本的な事は何もわかっていないままである。
 再び黙って考え込んでいると、不意に歌音があっと声をあげた。
「歌音、どぎゃんしたと?」
「ね、オサムちゃん何処?」
「あっ……」
 歌音の言葉で他の者達はやっとオサムがいない事に気が付いたらしい。健二郎の時といい皆ちょっと酷い。
 一同が近くの草むらを必死とまではいかないが探していると、
「な、なんやあれっ?!」
 突然謙也が大声で叫んだ。
「……ケンヤ、今度は一体なんや……っ?」
 騒がしい謙也に思わず溜め息をつく白石だったが、視界に入り込んだ物体に思わず息を飲んだ。
「何あれ……虫?」
 歌音が怯えて呟く。
「えらいごっつい奴ちゃなぁ」
 金太郎は怖がっていない、むしろ喜んでいるようだ。
「何ねアレは。魔物?モンスターたい?」
 視界の先には、青虫を何百……いや、何千倍も大きくしたような生物がいた。
「青虫にしてはデカ過ぎやな。俺よりデカいで」
「謙也さん、もしかしてビビってます?」
「ビ、ビビってへんっちゅー話や!」
 絶対嘘やな、とどもる謙也を見て誰もが思った。
「と、とりあえず逃げよう?」
 歌音の言葉に皆一斉にそのモンスターとは反対の方向に走り出したが
「……どうやら囲まれたみたいやな」
 チッと白石は舌打ちをした。同じような生物4匹に四方を囲まれてしまったのだ。
「どないします?」
「どうにかして逃げなしゃーないやろ」
「この状況でどうやって逃げるんスか?」
「俺に聞くな!」
 睨み合いを始める財前とユウジ。
「……」
 言い忘れていたが、あまり苦手というものがない歌音の唯一の弱点とも呼べるものは“虫”だ。
 四方を囲まれた時から、顔面蒼白になり顔が引きつっている。
「歌音、こっち来んしゃい」
 そんな歌音の様子に気付いた千歳は、歌音をかばうように自分の近くによせた。
 全員に緊張が走った、その時
「お前オモロイ生き物やな〜、名前なんて言うん?」
 なんと金太郎がモンスターの頭を撫でながら話しかけた。
「き、金太郎はん?」
「やめや金ちゃん!危ないで!」
「ホンマにデッカイなぁ〜」
 金太郎は周りの忠告も聞かずに今度はモンスターの上に乗ろうとした。
『ギュルルルル──』
「おわっ!?」
 当然、モンスターは暴れだし金太郎は振り落とされた。
「何すんねん!痛いやんか〜!」
 金太郎がモンスターの頭をペシッと叩いた。
『ギュルッ──』
 それが引き金になったのか、モンスター達が一斉に襲い掛かってきた。
「っ!」
 絶体絶命の大ピンチか……と思いきや、そこはさすが強豪校のテニス部レギュラーとでも言うべきか。だてに毎日鍛えているわけではない。
 あっという間にモンスターをのしてしまった。
 しかし、これにて一件落着というわけにはいかず
「いやっ!何これ?!」
「歌音っ!」
 1匹のモンスターが倒れる直前に吐き出した太い糸のような物が、歌音の体に巻きついた。

◇ ◇ ◇

「……すまん」
 銀が俯いた。
「銀の力でも無理か」
 白石が溜め息をつく。
 先程から歌音の体に巻きついた糸を銀が力ずくで引き千切ろうと試みているのだが、糸はビクともしないのである。それどころか少しずつ巻きつく糸の量は増えている。
「そんなっ……じゃあどないすんねん!」
「……他の方法探すしかありまへんやろ」
「他の方法って何があるん?何か思い付いたんか?」
 焦った口調で財前に詰め寄る謙也。
 財前は「さぁ」と冷ややかな目で謙也を一瞥した。
「さぁって何やねんそれ!お前、歌音の事どうでもええんかっ?」
 財前の態度にカチンときた謙也が怒鳴る。すると財前はムッとした顔で謙也を睨み
「自分は何も考えずに他の人にばっか聞いとるヒトに言われたないですわ」
 と吐き捨てるように言った。
 どうでもいいわけがない。財前も先程から必死で解決方法を考えてはいるが、自分達は丸腰で周りにあるものは草のみ。解決方法を見つけることが出来ず、イライラが募っていた。
「ちょっと光、言い過ぎでっせ。ケンヤ君はただ……」
 小春が慌ててフォローしようとしたが
「俺何か間違っとります?」
 口は悪いが、財前の言っている事も間違ってはいないので小春も謙也も黙って俯いてしまう。
 重い空気が広がる中
「ふんぎぃ!」
 突然の叫び声に振り向くと、金太郎が渾身の力を込めて歌音の体に巻きついた糸を引き千切ろうとしていた。
「金ちゃん、力ずくに引っ張っても無理ばい」
「わからへんで、頑張れば取れるかもしれへん!」
 ちなみに先ほどから金太郎、千歳、白石の3人は言い争う2人を全く無視して、何とか糸を取ろうと試行錯誤していた。
「今は言い合いなんてしとる場合やないで」
 ユウジの言葉に銀が深く頷く。
「……すんません」
 なんと財前が謙也に向かって素直に謝り、全員が驚き一瞬固まった。財前も、3人を見て頭を冷やし冷静になったようだ。
 謙也は面食らった顔をして
「いや……その、こちらこそ、すみません……」
 としどろもどろになりながら言った。一体どっちが先輩なんだかわからない。
 そしてその後全員で知恵を搾り出して歌音を助けようと試みたが、糸が取れることはなかった。
「ありがとう。もういいよ」
 歌音が言う。糸は歌音の体の4分の3くらいにまで増し、蚕が作る繭のようになっていた。
「この糸どうやったって取れないし。……それにこれ以上みんなに迷惑かけたくない」
 歌音がそう言うと当然ながら全員怒った。
「迷惑なわけないやろ!」
「迷惑やと思ったら始めから放っときますわ」
「確かにお前はそーゆー奴ちゃな」
「そーゆーユウジ先輩もやと思いますけど?」
「お前と一緒にすんなや」
「ちょっと二人とも……まぁ、みんな好きでやっとるさかい、そないな事言わんといて、歌音さん」
「うん、ありがと……」
 皆の言葉に歌音は困ったように笑った。
 足手まといにはなりたくない。先ほどモンスターを倒した時も、そして今も、自分は何も出来ず足を引っ張っている。歌音はそんな自分が嫌で仕方がなかった。
 もちろん、他の者達はそんな事気にしていない。正直なところ歌音以外の運動能力が普通でないだけであり、歌音は至って普通だ。歌音が勝手に一人で悩んでいるだけなのだが。
「痛っ!」
「歌音は気にしすぎばい。余計な事は考えなくてよか」
 そんな歌音の心中を察し千歳が歌音の額に軽くデコピンをした。
 千歳には敵わないと歌音は苦笑した。
 しかし、肝心の糸の方は増えていくだけで全然取れる兆しは見えずは歌音の胸元より上の辺りまで巻きついていた。一同に落胆の表情が見え始める。
 そうこうしていく内に糸はついに歌音の首に巻きつき、
「っ……」
 歌音は呼吸さえ出来ない状態になってしまった。
 その姿を見た瞬間、白石の中で何かが切れた。
 そして、本人も無意識の内に
『──……』
 何か呪文のようなものを唱え始めた。
「し、白石?」
 全員が呆然と白石を見る。
 そして
『──!』
 白石が最後に何かを叫ぶと、ゴォーッという音と共に一瞬の内に糸が炎に包まれ塵となった。
「歌音っ、大丈夫か?!」 
「うん、大丈夫。……一体何が?」
 歌音は喉を絞めつけられていた為数回咳き込んだが、怪我もなく無事なようだ。何が起こったのかと目をぱちくりさせている。
「蔵が助けてくれたの?」
 歌音が聞いても、白石はボーっとしていて反応がない。
「白石ぃ?どないしたん?」
「あ、金ちゃん?」
 金太郎に袖を引っ張られてやっと我に返った白石。歌音の無事を見て胸をなでおろすと、皆が何か言いたそうにしているのを感じ「みんなどないしたん?何が起きたん?」と聞いた。
「いや、俺らが聞きたいわ!!」
 謙也のツッコミに白石は目をパチクリさせた。
「何も覚えてへんのですか?」
「……微かに記憶に残っとるような。夢やなかったんか」
 白石によると、あの時自分の中で何かがスパークした途端、頭の中に流れ込んできた言葉を無意識に口に出したらしい。
 しかし、自分が炎を生み出したとは俄かには信じがたいようだ。
「そん呪文、今でも覚えちょる?」
 千歳の質問に白石は少し考え込むと
『──……』
 何かを呟いた。
 すると白石の手のひらの上にボワッと小さな炎の塊が生まれた。
 しばらく白石はその炎を消そうとしたり大きくようとしたりと奮闘していた。そして「なるほど」と呟くと、笑顔でこう言った。
「どうやら俺、自由に炎操れるみたいや」
 その言葉に全員が絶句したのは言うまでもない。
 まあ、何はともあれ白石の炎のおかげで歌音は助かり、同じモンスターが再度現れたとしてもヤラれる心配は少なくなった。また、周りを見渡すがオサムらしき人物も見当たらない。
 一同は落ち着いてこれからどうするべきか考え、とりあえず遠くに見える街へ向かって歩き出した。

 そして、それがこれから始まる長い長ーい冒険への始まりであった。




 Fine partita?
 o
⇒Continua?

──第1章 完──


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